歯科医自身が「FileMaker」で構築
「全くの初心者だった」 歯科医が開発した補綴治療計画ツールに込める思い
恵愛歯科クリニックが「FileMaker Pro」で独自開発したソフトウェア「Owlview(アウルビュー)」。なぜ歯科用ソフトウェアを院長自身が開発したのか。工程や費用はどうだったのか。院長の杉原 新氏に聞いた。
1990年に開業した千葉市稲毛区の恵愛歯科クリニック。月間の診療件数は約700件と、歯科としては少なくない患者に歯科治療を提供している。同クリニックは一般歯科、小児歯科としての保険診療に加え、自由診療のインプラント治療(顎の骨に人工歯根を埋め込み、欠損した歯を補う治療)なども提供している。治療に際しては、患者の目の前に設置したモニターに口腔(こうくう)内の治療の様子を表示するといった、新たな取り組みを実施している。
一般的に、歯科の自由診療の価格は、通常の保険診療に慣れた一般人にとっては極めて高額に映りがちだ。そこで同クリニックは、治療の実際や自由診療の見積額を患者に分かりやすく示すツールを利用している。それが市販のデータベースアプリケーション開発ツール「FileMaker Pro」をベースに、クリニックで独自開発したソフトウェア「Owlview(アウルビュー)」だ。ソフトウェア開発のいきさつや現状について、院長の杉原 新氏に聞いた。
患者の満足度を追求する、より良い自由診療
そもそも日本には公的医療保険(国民皆保険)制度があり、歯科や医科が提供するさまざまな治療行為や検査について、診療報酬による公定価格が設定されている。こうした保険診療を受ける場合は、自身が加入する公的医療保険に基づく一部自己負担額を支払えばよい。
保険診療の他には、各医療機関が独自で価格設定をする自由診療がある。その中で一般人が接する機会が多い自由診療といえば、歯科の補綴(ほてつ)である。
補綴とは、何らかの理由で歯の一部が欠けたり、抜けてしまったりしたものを、人工の材料を使用して補填(ほてん)する治療を指す。代表的なものが「義歯」と呼ばれる入れ歯だ。それ以外にも、欠損した歯の前後の歯が残っている場合の「ブリッジ」による治療や、顎骨に金属のねじを埋め込み、その上に人工の歯を増設するインプラント治療も広まっている。
保険診療でこうした補綴治療をする際は、使用できる材料があらかじめ決められている。自由診療は、保険診療の範囲で認められている補綴材料と比べて、見た目(審美性)や耐久性に優れた材料を選択できる。
自由診療の参考として、インプラント治療の例を見てみよう。おおむね歯1本分をインプラントで代用すると、費用は30万~40万円程度かかるといわれており、治療費は患者が全額自己負担する。こうした高額な治療では、患者も納得して治療を受けたいと感じるのは言うまでもない。
一般的な歯科医院で、歯科医が患者に自由診療の治療内容を説明する際に使う道具は、歯の模型(上下の歯がついたプラスチック製モデル)や、補綴に使用する材料のサンプル、写真などだ。この場合は患者が治療後のイメージを持ちにくいという課題があった。自由診療の治療費についても、料金表を示したり、手書きの見積もりを提示したりしながら口頭で説明することが一般的だったが、これでは聞き違いが生じる可能性もあった。
杉原氏の印象としては「極めてまれな出来事」だったというが、過去に患者から「治療後の仕上がりが想像していたものと違う」というクレームを受けたこともあった。「クレームが発生すると、患者も歯科医も互いに苦労することになる。こうした行き違いを避けたいという思いを昔から抱いていた」と振り返る。
治療説明&見積もりツールの理想は「歯の表と裏が見えること」
そのため同クリニックでは以前、市販の画像ソフトウェア「G.CREW」(現在は販売終了)を使ってインプラントやブリッジなどの画像を作成し、JPEG形式のエックス線画像(患者自身の歯のレントゲン画像)にかぶせるように、これらのパーツをドラッグ&ドロップして見せながら患者に説明をしていた。最終的に完成した画像を保存し、患者ごとに作成した見積書に貼り付けてプリントアウトし、書類を渡すという一連の作業をしていた。
患者数が多い同クリニックの性格上、杉原氏はこの作業をさらに効率化して、より短時間で完了できるようにしたかったという。杉原氏は「画像データや価格データを1つにまとめてデータベース化し、簡単な操作で説明や見積書作成ができるシステムはないかどうか、2012年ごろから模索していた」と説明する。
G.CREWを使った従来の手順では、患者が幅広い選択肢を比較検討することが難しいという課題があった。治療法の違い、素材を変えた場合の費用負担の違い、自費治療と保険治療のメリット、デメリットなどを、分かりやすく具体的に患者に伝えるのが容易ではなかったからだ。
そこで杉原氏は、国内外の歯科用システムを比較検討した。補綴の手技や使用できる材料は、国内外でほとんど違いがないことに着目した。最初はドイツ製のソフトウェアに目を付けたが、導入を断念したという。「新しい治療方法や補綴材料を追加する機能に乏しく、拡張性に欠けていた」「画像の表示方式が旧来型の見せ方(上下の歯並びを俯瞰[ふかん]して並べる見せ方)だった」「患者説明の機能だけで、見積書機能がなかった」(杉原氏)ことが、その理由だ。
ツール検討時に杉原氏が重視した点は「歯の裏側の様子が見えること」だった。インプラントやブリッジによる治療では、歯の前側はセラミックスで白くても、裏側は銀色の素材を使用する場合がある。大きく口を開けると、相手に歯の裏側の銀色が見えてしまう。この状態を気にしない患者もいるが、強い拒否感を示す患者もいる。だからこそ、この点を分かりやすく説明するツールが必要だと同氏は考えていた。
Owlviewの開発費用は30万円強
各社のツールを比較検討していたさなかに、杉原氏がインターネット検索で偶然見つけたのが、FileMaker Proおよび、FileMaker Proが標準サポートする画像管理機能のプラグイン(機能拡張用ソフトウェア)だった。杉原氏は「FileMaker Proのオブジェクトフィールド(バイナリファイルを格納するデータベースフィールド)を利用した画像管理は、自分のアイデアを具現化するのではないかと直感した」という。
杉原氏は早速、このプラグインの開発会社に連絡を取り、自身の構想を説明したところ「FileMaker Proを利用すれば、ご自身で開発可能では」と提案を受けた。全くの初心者ながら開発に取り組むことを決意した杉原氏は、まずFileMaker Proの有料レッスンに通ったそうだ。
「全くの初心者だったが、FileMaker Proはプログラミングの開発言語を知らなくともスクリプトのみで編集ができた。新たに作成した補綴材料の画像は次々にオブジェクトフィールドに追加すればいいし、直感的に開発しやすかったため、自分がやりたいと思っていたことがほとんどできた」(杉原氏)
ベースとなる仮フォームを作成した後は、実際にクリニックで運用しながら発生した機能改善点を、毎日朝の約2時間を割いて実装していった。患者とのやりとりで必要性に気付いた画像や、実際に患者から受けた「治療の説明が欲しい」「治療に要する期間を知りたい」といった要望を機能として盛り込み、ブラッシュアップしていったという。オブジェクトフィールドに格納する画像は、印刷時に画質が劣化しない程度まで圧縮してGIF形式(一部はPNG形式)で作成した。その数は約5000種類に上る。
原型を立ち上げてから約2年で、ほぼ現在のOwlviewに通じる基本形を完成させた。システム立ち上げの2年目以降は、杉原氏だけでなく、同クリニックに勤める他の歯科医にも実際に使用してもらい、意見を取り入れて機能改善を進めていった。
この間、開発に要した直接費用は、FileMaker Proのソフトウェア代を除くとレッスン費用(約10万円)、外部ベンダーに依頼したプラグイン開発費用(画像の反転機能など、約20万円)で、合計で30万円強だった。軽度なバグの修正や、歯科診療報酬改定で自由診療範囲が変更になった場合の修正など、日常的な維持管理は全て杉原氏自身が実施している。
自由診療の売り上げ増にOwlviewが貢献
来院患者のエックス線画像はJPEG形式で保管し、「氏名」「院内のカルテ番号」をタグ付けしている。データはOwlviewをインストールした院内のWindowsノートPCで管理している。
ユーザーはOwlviewにカルテ番号を入力すると、患者のエックス線画像を確認可能だ。上顎と下顎ごとに、歯の番号、補綴の種類、材質を選択してクリックすると、自動的に作図された画像(歯の正面から見た画像と、裏側の画像)で、治療後のイメージを閲覧できる。
Owlviewは最大4種類の治療プランを一覧表示する機能も持つ。それぞれの治療プランごとに、上顎と下顎がセットになった治療イメージ画像を付けた見積書も作成できる。歯科医はツールを操作する工程を見せながら、患者に治療計画と費用の違いを説明し、イメージ画像付きの見積書を持ち帰って検討してもらう。
杉原氏は「このツールは、若年者だけでなく高齢の患者でも治療内容を理解しやすい。画像付きの見積書をプリントアウトで持ち帰れるので、患者は家族との相談がしやすくなった」と説明する。杉原氏も、同クリニックのスタッフも、患者が疑問点を尋ねやすくなって、反応がリアルタイムで把握しやすくなり、コミュニケーションが円滑になったと感じているそうだ。実際にOwlview運用以後は患者からのクレームがゼロになり、2016年における自由診療の売上高は50%増という成果があったという。「この結果は、自由診療の件数が増えたおかげ。患者に治療説明がしやすくなり、患者の潜在的な欲求をすくい上げることができた結果と考えている」と杉原氏は語る。クリニック内で症例検討会をする際にもOwlviewの画面を利用することがあるそうだ。
2017年5月にOwlviewを商品化
Owlviewの現状での課題は、既存のレセプトコンピュータ(レセコン)や画像ビュワーとの連携機能がないことだ。レセコンとの連携はベンダーに開発依頼をすれば解決するものの、同クリニックではコストパフォーマンスの観点から取り組んでいない。画像ビュワーとの連携がない点については、作成した補綴治療の画像をPCのデスクトップに画像ファイルとして保存した後、Owlviewのオブジェクトフィールドに吸い上げて管理することで対処している。
杉原氏としては機能拡張の考えはなく「むしろ現状維持をベースに、不要な機能やデータをそぎ落として、自由診療の説明と見積もりに特化したソフトウェアにしたい」という意向だ。過去には、インプラントの成功率などのデータも自動入力していたそうだが、使用経験から不必要と感じて削除したという。患者に関するデータも、前述のように「氏名」「カルテ番号」「エックス線画像」のみに絞り込んでいる。
Owlviewについては杉原氏が特許を取得し、イエスウィキャン(ファイルメーカー社認定デベロッパー)が販売会社となって2017年5月に発売した。基本はオンプレミス型のソフトウェアだが、将来的にはOwlviewをクラウドサービスの「FileMaker Cloud」で運用することも視野に入れているという。
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