生成AIは導入すれば終わりではない
本番稼働に進むAI活用は何が違う? “PoC止まり”を食い止めた企業は何をした?
生成AIの活用を、PoCには成功しても本番環境での活用に至っていない企業がある。本番運用までの壁を乗り越えた企業は何をしたのか。
「生成AI(AI:人工知能)活用、PoC(概念実証)は成功したが、本番稼働まで進められていない」――。生成AIやAIエージェントの導入が加速する動きがある一方、生成AIを本番稼働に生かせていないという企業からの声が聞こえてくる。特に、PoC止まりではなく、投資対効果(ROI)の獲得や企業価値の創出につなげていく生成AIの使い方をするためにはどうすればいいのか?
2025年11月、データサイエンスの専門家、アルジュン・スリニバサン氏は自身が本番稼働までに直面したAI活用の課題と教訓について講演した。この内容は、ヘルスケアに特化した自然言語処理ベンダーJohn Snow Labsが主催するApplied AI Summit 2025のセッション「Lessons learned from deploying enterprise grade GenAI apps」で共有されたものだ。
本番稼働できた企業はここが違う
スリニバサン氏によると、企業にとって、データとAIを競争優位としてどう捉えるかが重要だ。一般的に語られるAIの成熟度モデルは、横軸にデータとAI活用の成熟度、縦軸に競争優位性を置いている。
生成AIを導入した企業は一般的に、最初に「振り返り」(Insight)を実施する。具体的には、BI(ビジネスインテリジェンス)ツールを使ってデータを整理し、ダッシュボードを介してデータを可視化する。「重要業績評価指標」(KPI)に基づいて、データからさまざまな指標を評価する。これにより、「何が起きたか」「なぜ起きたか」を把握できる。
次の段階で企業が実施するのが、「Foresight」(先読み)だ。売上予測、需要予測、予知保全、解約予測など、さまざまな観点から予測を立てる。
一方、近年の生成AIやAIエージェント時代に見られる新しい段階が「行動」(Action)だ。Foresightを経て獲得した予測結果をトリガーに、生成AIやAIエージェントが自律的にアクションを実行できるようになった。スリニバサン氏はこれを、「真の価値が生まれる段階だ」と強調する。予測結果を“実際の業務アクション”につなげた段階で生まれるのが、同氏が述べる“真の価値”だ。
PoC止まりを脱するには?
スリニバサン氏は、「AI活用は直線的に進むものではない」と指摘する。同氏の経験では、まずガバナンスと実験環境を整え、小さく始めることが重要だという。初期段階では「Everyday AI」と呼ぶ、低工数で導入でき、効果が見えやすいユースケースに取り組んだという。その後、高いROIが見込める事例へ拡張することが有用だ。
例えば、社内のナレッジ検索、文書の要約や翻訳、コード生成の支援など、主に従業員の生産性向上を目的とした活用だ。同時に、人、業務プロセス、技術の3要素を意識し、利用部門の巻き込みやスキル向上、チェンジマネジメントにも力を入れたという。
スリニバサン氏によると、その後はより高いROIが期待できるユースケースへと進む。例えば、在庫管理、需要予測、価格最適化、レコメンデーションなど、従来の機械学習と生成AIを組み合わせ、業務の中核に組み込んでいった。つまり、生成AIは単体で使って価値を生み出すよりも、既存の業務プロセスに組み込むことで効果を発揮する。
実運用で見えた課題
「AIプロジェクトを本番展開する際、多くの企業が共通して直面する課題がある」。スリニバサン氏はこう指摘する。データ品質の確保、適切なガバナンス、ROIの可視化、スケーラビリティ、業務への定着だ。
「技術的な成功だけでは不十分で、ビジネスKPIと結び付け、関係者の合意形成を進めなければ、PoCで終わってしまう。ROIは売上や利益だけでなく、業務効率、知識共有、顧客体験の向上といった間接的な価値も含めて評価する必要がある」(スリニバサン氏)
ガバナンスとスケーリングの重要性
「エンタープライズAIでは、倫理性、説明責任、セキュリティ、法令順守が不可欠だ」。スリニバサン氏はこう指摘する。同氏はそこで、ユースケースの選定から運用、監視までを一体で設計したという。以下の技術を組み込むことで、信頼性と拡張性を確保しているという。
- MLOps
- 機械学習(ML:Machine Learning)と運用(Ops:Operations)とを組み合わせた手法。機械学習システムの開発、トレーニング、運用を効率化する。
- LLMOps
- LLMのテストや評価、デプロイ(配備)を支援する。
- 監査に利用可能なログ
- 「ヒューマン・イン・ザ・ループ」(HITL:Human-in-the-Loop)
- AI技術が生成した情報や提案を人間が確認、修正することでAIと人間が協力して作業をするという考え方。
「エージェントAIにおいては、『なぜその判断をしたのか』を後から説明できる仕組みが特に重要だ。これは内部監査や規制対応だけでなく、現場の信頼を得る上でも欠かせない」。スリニバサン氏はこう強調する。
まとめ
スリニバサン氏は「生成AIは魔法の道具ではない」と指摘する。事業戦略と整合させ、段階的に導入し、継続的に改善していくことで初めて価値を生むと同氏は説明する。「重要なのは技術そのものではなく、『どう使い、どう定着させるか』だ。PoC止まりを脱し、成果を出している企業は、この点を強く意識している」(同氏)
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