「個別RAG」はもはや限界 AWSが「AWS Context」で打ち出した重要な転換点
生成AIエージェントが本番環境で失敗する最大の要因は「文脈の欠如」だ。AWSが発表した「AWS Context」は、企業内の膨大なデータとビジネスロジックをナレッジグラフ化し、AIに高度な「状況判断力」を授ける。個別最適化したRAGの限界を打破し、ガバナンスと精度を両立させる新たな武器の全貌に迫る。
Amazon Web Services(AWS)は2026年6月17日、エージェント型AIツールを本番環境で適切に動作させるために必要な「コンテキスト」を接続する機能を発表した。データプラットフォーム提供各社が同様の機能を相次いで打ち出す中、AWSもこの流れに加わった形だ。
コンテキストとは、企業の独自データやビジネスロジック(企業の規則や過去の分析結果など)を指す。これらを付与することで、AIエージェントは状況を把握して自律的に行動できるようになり、従業員の業務支援やビジネスプロセス全体の実行が可能になる。適切なコンテキストがなければ、エージェントは手元の情報だけで推論を行うため、不正確な出力につながる恐れがある。
同社のユーザーカンファレンス「AWS Summit New York 2026」で発表された「AWS Context」は、関連データとビジネスロジックを自動的に「ナレッジグラフ」へマッピングするサービスだ。エージェント型AIアプリケーションはこのグラフを検索・探索し、得られた情報を出力に反映できる。
McKnight Consulting Groupのリードデータエンジニア、ジェイク・ドレザル氏は、AWS Contextがエージェント型AIの中核的な要件に対応していると評価する。同氏によれば、この新サービスによって、従来のデータ取得パイプラインでは不十分だった点を改善できるという。
「各チームが個別にRAG(検索拡張生成)を構築する現状から、企業全体で共有され、ガバナンスの効いた1つのコンテキスト層へと移行する重要な転換になる」(ドレザル氏)
AWS Context以外にも、コンテキスト接続を強化する機能が追加された。データカタログサービス「AWS Glue Data Catalog」のビジネスコンテキスト付与およびセマンティック検索機能や、オブジェクトストレージ「Amazon S3」のアノテーション機能などだ。
コンテキストが成功の鍵を握る
「RAG最前線」に関連する編集部お薦め記事
エージェント型AIの開発は、2024年にエージェントがエンタープライズAIの最先端として台頭して以来、大半の企業にとって重要な取り組みとなっている。それと同時に、エージェントが企業固有の特性を理解するために必要なデータやビジネスロジックが各社のプラットフォームに蓄積されていることから、データ管理・分析ベンダーの大半は、顧客が自社固有の情報を活用したエージェントを容易に構築できる開発環境の提供を開始している。
しかし、近年のAI開発への熱狂とは裏腹に、Deloitteが2026年に実施した調査など複数の研究によると、ほとんどのAI関連の取り組みが本番環境への導入に至っていない実態が示されている。技術や人材の不足、企業としてのコミット不足といった要因があるが、最大の障壁は、膨大なデータ資産を「AIが利用可能な状態」に整理し、エージェントに供給すべき関連データを見つけ出して運用することにある。
これを受け、2026年にはGoogle Cloud、Microsoft、Databricks、Snowflake、MongoDB、Tableauといった主要なハイパースケーラーやデータプラットフォームベンダーが、エージェントとコンテキストを接続するツールを相次いで投入した。
AWSのデータアナリティクス担当テクノロジーバイスプレジデント、マイラン・トムセン・ブコベック氏はブログ記事で次のように述べている。「AIエージェントの決定を信頼するには、エージェントにコンテキストを持たせることが必要だ。エージェントが必要なコンテキストに安全にアクセスし、信頼できる決定を下せるようになれば、新たな可能性が開ける」
AWS Contextは、ビジネスパーソン向けのAIアシスタント「Amazon Q」を支えるナレッジグラフ技術を拡張したものだ。このナレッジグラフはデータセットやダッシュボード、メタデータをカタログ化するだけでなく、利用パターンを学習して回答の関連性を高める。Amazon Qが個々のユーザーを支援するのに対し、AWS Contextのナレッジグラフは企業全体のAIアプリケーションに情報を提供する。
さらに、AWS Contextにはガバナンス機能が組み込まれている。アクセス可能なデータを制限できるほか、「誰の権限で、どのエージェントが、どのデータにアクセスしたか」を可視化する。全てのクエリはアイデンティティー(身元)を認識するため、エージェントは許可された情報のみを閲覧・運用できる仕組みだ。
TreeHive Strategyの創設者であるドナルド・ファーマー氏も、この新サービスが切実なニーズに応えるものだと指摘する。
「AIエージェントが企業データに基づいて信頼性の高い推論を行えないのは、コンテキストが欠如しているからだという主張は広く認識されている。今回の発表で最も優れた点は、アイデンティティー認識型のクエリ設計だ。エージェントのアクセス権限をIAM(アイデンティティーアクセス管理)と連動させ、適切な認可のみを継承させる手法は、ガバナンス上の実課題に対する堅実なアーキテクチャだ」
一方でファーマー氏は、利用パターンからナレッジグラフが学習する機能については、注意が必要だと警告する。
「AWSの説明では、グラフがエージェントの利用するデータ結合パスを監視し、人間による再キュレーションなしに正しいパターンを企業全体に普及させるとしている。しかし、これはエージェントが常に『正しい判断』をしていることが前提だ」(ファーマー氏)
十分なコンテキストを持たないエージェントは不完全で、誤ったパターンに従ったり、不適切なデータソースを参照したりする可能性がある。「こうしたやりとりから学習するグラフは、人間の介入なしにエラーを複製・拡散させてしまう恐れがある。これを修正するためのフィードバックがどう機能するのかを知りたいところだ」とファーマー氏は述べている。
コンテキストを補完する追加機能
AWS Contextがエージェント型AIにナレッジグラフを提供する一方、現在プレビュー版として提供されているAWS Glue Data Catalogのビジネスコンテキストのセマンティック検索機能はそれを補完するものだ。同機能により、ユーザーはカタログ内のテーブル、ビュー、カラムをビジネスの説明文、用語集の用語、カスタムメタデータで拡充し、エージェントに追加のコンテキストを提供できる。
また、一般提供が開始された「Amazon S3 annotations」では、S3オブジェクトにビジネスコンテキストを直接付加できる。この情報は、S3上のオープンテーブルフォーマット「Apache Iceberg」のテーブルにも保存可能だ。
ドレザル氏は、これらの機能を戦略的なインフラ拡張だと評価する。特に、S3オブジェクトに最大1Gバイトのコンテキストを付加でき、それが自動的にIcebergテーブルに反映される点は重要だという。
「派手さはないが、全てのデータプラットフォームチームが現在手作業で対応している実務上の摩擦を解消してくれる」(ドレザル氏)
今後の展望について、ドレザル氏はストリーミングデータへの対応を課題に挙げる。エージェントは静的なレポートとは異なり、自身の知識に基づいて自律的に動作するため、常に最新の情報が必要だからだ。数カ月前のデータに基づいて行動すれば、最適な意思決定は望めない。
「今回発表された機能は、データレイクやウェアハウス、静的なオブジェクトに偏っている。しかし、エージェントにはライブの運用データに基づいて推論を行う能力がますます求められるようになるだろう」とドレザル氏は結んだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
TechTarget発 先取りITトレンド
米国TechTargetの豊富な記事の中から、最新技術解説や注目分野の製品比較、海外企業のIT製品導入事例などを厳選してお届けします。
この記事の著者
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
事例
[アルプス システム インテグレーション株式会社] 中小企業でも安心して活用できる「手ごろなSOCサービス」とは? -
製品資料
[株式会社シーイーシー] 脱VMwareに成功した企業は何をどう実践した? 事例に学ぶ戦略立案&実装のコツ -
製品資料
[株式会社オービックビジネスコンサルタント] ランサムウェア攻撃を“二重の防御構造”で防ぐ、クラウド型基幹システムの実力 -
製品資料
[株式会社オービックビジネスコンサルタント] 動画で知るランサムウェア被害企業のリアル、会計データが無事だった理由とは -
市場調査・トレンド
[セコムトラストシステムズ株式会社] EDR導入を成功に導くロードマップ:選定/稟議/運用のつまずきを防ぐコツ
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
2
「IBM i(AS/400)はクローズドなシステム」という誤解 DXに寄与する一歩
-
3
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
4
慶應義塾が「Notion」を選んだ理由 AI導入の盲点になる“情報のサイロ化”
-
5
生データを隠してデータ連携 KDDIが4000万人の顧客情報を安全に分析できた理由
-
6
「ノートPC派」は損をしている? Dellと考える“自作PC”のメリット
-
7
「また同じ説明か」 消費者の半数が離脱するAIチャットbotの“記憶喪失”
-
8
「0.3秒のスピード顔認証」の入退室管理が社員に好評 事例に学ぶオフィス改革
-
9
鹿島建設のDXを阻む「10年前のAWS」 安全性と自由度を両立したモダナイズ
-
10
1200万円のSaaS導入を回避 スギ薬局「運用費10万円」のAIエージェント構築術
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
2
DX/AI投資の壁を突破、現代の最高財務責任者が直面する課題と克服のヒント
-
3
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
4
LLMが兵器化? 元FBI高官が鳴らす警鐘とセキュリティツール統合のポイント
-
5
システムの保守がモダン化を阻む? 「変えない判断」から脱却する方法とは
-
6
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
7
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
8
“あのファイル転送”で暗躍するノーウェアランサム
-
9
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
-
10
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー