AI関連費用の暴走を食い止める【前編】
無料ツールが予算を破壊する? 「AIの高額請求」を引き起こす3つの落とし穴
企業での気軽なAIツールの利用が、あっという間に高額請求に化けるケースが続出している。固定費を前提とした従来のIT予算管理では、変動するAI関連支出を見落としがちだ。経費を爆発させる「隠れ要因」とは。
小規模で始まったAIツールの試験導入が急速に拡大し、想定外の請求高騰につながることがある。
ある部門がAIチャットbotのサブスクリプションを契約し、開発者が試作品のプログラムに、AIエージェントを呼び出すためのAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)キーを軽い気持ちで組み込む。初期費用は低く、予算管理表を見ても目立つ金額として計上されないため見過ごされやすい。しかし利用が拡大するにつれて、無料ツールが企業向けライセンスに切り替わり、開発者が本番システムでAPIを呼び出し、AIエージェントが自動的にタスクを実行し始める。複数の事業部門が互いの状況を知らずに、機能が重複するAIツールを購入してしまうこともある。
請求書を支払うIT部門や財務部門にとって、その結果は衝撃的だ。予算をオーバーする高額請求が届くことになるからだ。クラウドサービスの利用についても、過去に同じような変化が見られた。かつてクラウドサービスの利用料が高騰した際に企業が費用管理を強化したのと同じように、AIツールに対しても経費統制が求められる段階に来ている。
AI関連費用は一晩で大きく変わる
想定外のAI関連支出が発生することは、初期のクラウドサービスを経験した人にはなじみのあるパターンをたどる。当時のクラウドサービスも、請求書が届いて初めて本当の支出額が明らかになっていた。
大半のAIツールは、クラウドサービスの費用と同じように変動する。固定契約ではなくトークン消費量に応じて増減する傾向があるため、企業が事前にAIツールの料金を正確に把握することは難しい。
ある大学では、この変化がほぼ一晩で起きた。
セントルイス健康科学薬科大学(University of Health Sciences and Pharmacy in St. Louis)のCIO(最高情報責任者)を務めるザック・ルイス氏によると、2024年、同大学の各部門が独自の予算で個別にAIツールを契約した結果、AI関連支出はほぼ0からあっという間に継続的な経費項目に変わった。「IT部門や財務部門などが承認やデータ保護の一貫したプロセスを整備する前に、職員が個別に購入していた」と同氏は振り返る。
これと同じパターンは、高等教育機関だけではなく、さまざまな業界の企業でも見受けられる。
「大企業のIT部門は概してトークン消費量と経費の予算化に苦労している。2023年後半から2024年前半の予算策定時に明確な料金体系や予測手法がなかったためだ」。IT製品の保守サービスを手掛けるRimini StreetのCIOであるジョー・ロカンドロ氏はそう指摘する。導入初期における支出の大部分は、従業員がさまざまな業務向けのプロンプトを試し、学習するための費用だったというのが同氏の見立てだ。
利用が拡大した費用が増加する要因は、おおむね以下の点に集中している。
- LLM(大規模言語モデル)のAPI利用
- GPU(グラフィックス処理装置)などのコンピューティングリソースの消費
- AI機能を搭載したSaaS(Software as a Service)のサブスクリプション
- AIエージェントの実行
- 企業が承認していないAIツールを従業員が利用する「シャドーAI」への支出
AI費用の隠れ場所
予期せず増加したAI関連の費用は、複数の場所に隠れていることがあり、経理部門が請求書を受け取るまで気付かれないことがある。以下はその例だ。
1.従業員による利用
個人の購入は最も見落としやすい。「従業員が契約するツールのサブスクリプションは、追跡と予測が極めて困難だ」とルイス氏は話す。部門単位の予算や、現場に支給されている法人用クレジットカードを使った独自の決済で購入すると、実態の把握はさらに難しくなるという。
開発者も、APIの呼び出しやAIモデルのテスト、ファインチューニング(微調整)の作業で経費を発生させることがある。
2.AIエージェント
AIエージェントの費用は特に厄介だ。単純なライセンス契約ではなく、複数のステップからなる複雑な処理によって支出が発生するからだ。
「予算超過の主な原因は、AIエージェントが複数のシステムをまたいで何度も検索を実行するなどの複雑なタスクを処理することにある」とロカンドロ氏は説明する。こうしたタスクは計算能力を大量に消費し、想定外の支出を生み出しやすい。処理をやり直す必要があれば支出はさらに膨らむ恐れがある。
コンサルティング企業Deloitte Consultingのプリンシパルであり、AIインフラ部門の責任者を務めるニコラス・メリッツィ氏は、企業がAI関連支出の管理を、利用量と定額ライセンスに基づいて構築していることを指摘する。「見落としがちな経費増加の本当の要因は、利用者数ではなく、裏側で実行されている複雑なAI処理のループにある。大容量のコンテキストウィンドウや再試行ロジックなどは請求項目としては現れないが、積み重なることで1つのタスクの実行費用を気付かないうちに引き上げる」
3.データ関連費用
データの特徴を数値の並びとして表現した「ベクトルデータ」を扱うデータベース、ストレージ、データの検索など、データに関する部分も想定外の支出を生む要因だ。データの保管や検索にかかる費用はデータ量に比例して増減する傾向があるが、実際に運用してみるまでは、その正確な料金構造や費用対効果を事前に見極めることは難しい。
FinOpsの新たな課題
IT運用に財務の規律を適用する「FinOps」は、当初はクラウドサービス料金を管理するために導入された。企業は試行錯誤を重ねながら、さまざまな形でAIツールの予算管理にもFinOpsを応用し始めている。
従来のIT予算管理は、支出が固定で予測可能であることを前提としている。これに対してAI関連費用は、消費量に応じた支出や激しく変動する利用量、従業員が個別に利用しているツール、人間の関与なしに支出を生み出すAIエージェントを考慮しなければならない。
ソフトウェアベンダーCertiniaの最高財務情報責任者を務めるエリン・ソーヤー氏は、従来のIT予算管理がAI関連予算に対して機能しないのは、サーバなどの固定された設備に対して、1カ月遅れで届く事後の請求書を基に管理するスタイルだからだと指摘する。同氏は、「自社の利益を守りつつビジネスのスピード感を維持するには、システムの利用状況をリアルタイムで監視し、必要に応じて即座にAIモデルの利用制限をかけられる仕組みへと、管理の軸足を移すべきだ」と語る。
保険・金融サービスブローカーのWorld Insurance AssociatesでCIOを務めるマイケル・コリガン氏は、自社が既に持っている能力を拡張することで、AIツールへのROI(投資対効果)に関する課題に取り組んでいる。同氏によると、同社は大手クラウドベンダーに関する強固なFinOpsのルールを確立しており、消費量の追跡や需要の予測、事業部門への経費割り当て、利用パターンの最適化を実践してきた。
コリガン氏は「こうしたルールのほとんどを、AIモデルのトークン消費にも適用できた」と語る。その結果、World Insurance Associatesは、セキュリティ審査や期待されるROIの測定など、他のIT投資と同じルールを使ってAIプロジェクトを評価しているという。
全ての支出がサブスクリプションの契約や請求書に現れるわけではない。マーケティング技術ベンダーBranchの最高AI変革責任者を務めるクリスティーン・パーク氏は、次のように指摘する。「企業は技術の導入は計画するが、変革の計画は立てていない。システムを利用できることは技術の定着を意味しない。従業員が技術を使いこなし、業務の進め方を変えるまでの時間も投資の一部だ」
次回は、想定外のAI関連費用を生まないための5つのベストプラクティスを紹介する。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
TechTarget発 先取りITトレンド
米国TechTargetの豊富な記事の中から、最新技術解説や注目分野の製品比較、海外企業のIT製品導入事例などを厳選してお届けします。
この記事の著者
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社キーエンス] なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは -
製品資料
[株式会社セールスフォース・ジャパン] 「CRMは設計と無関係」は本当か? PLMとの融合で実現する高速開発 -
事例
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] AIエージェントの時代にどう備える? 「新たな働き手」を支える3要素とは -
製品資料
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] “横並びの自動化”から脱却、AI活用で生産性と競争力を高める秘訣 -
製品資料
[サイボウズ株式会社] AIが「わざわざ使うツール」になっていない? 業務で自然に使う導線にする秘訣
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
法務と開発者で「言葉が通じない」問題 トヨタやソニーが語るOSS管理の真実
-
3
ChatGPTは“検索しまくり”でGeminiは“淡泊”? データが明かすAIの裏側
-
4
なぜ「Gemini 4 Argon」は出遅れたのか? Googleが狙う“逆転のシナリオ”
-
5
「中堅・中小企業のネットワーク・セキュリティ運用実態」に関するアンケート
-
6
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
7
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
8
情報漏えいはなぜ繰り返されるのか 今すぐ見直すべき「境界」
-
9
情シスの約8割が転職や退職を意識 調査で分かった“辞めたくなる最大の理由”
-
10
【漫画付き】ひとり情シス協会が明かす、RAG導入でしくじる企業「2つの共通点」
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
2
家庭用Wi-Fiルーターの業務利用は危険? 避けるべき理由と具体的な対策
-
3
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
-
4
財務部門がAIを最大限に活用する方法 無駄のない戦略的リーダーシップへの道
-
5
LLMが兵器化? 元FBI高官が鳴らす警鐘とセキュリティツール統合のポイント
-
6
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
7
なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは
-
8
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
9
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
10
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー