コスト削減から売上拡大へかじを切る
AIで売上増を実現する企業はわずか2割 TD Bankが狙う「AIで年間10億ドル創出」の勝算
AI導入企業の約9割が財務的リターンを得られない現実に直面している。業務効率化止まりの投資から脱却し、売上直結の成果を引き出すために先進企業が実践する「新たな測定指標」と組織づくりのこつを解き明かす。
カナダのトロントに本社を置く北米最大級の金融グループTD Bank GroupはAIの取り組みに大きな期待を寄せている。しかし、AIを導入する多くの企業と同様に、成果を財務面で測定することは困難な課題となっている。
TD Bank Groupの社長兼CEOを務めるレイモンド・チュン氏は2025年9月に行った投資家向け説明会で、同社が「AIから年間10億ドルの価値創出を目指している」と述べた。同社は、その半分を売上の拡大から、残りをコスト削減から創出する計画で、具体的な施策によってすでに明確な成果が出ているという。
この説明会以降、TD Bank Groupは目標に向けた進捗(しんちょく)を報告している。2025年第4四半期の決算説明会では、2025年に実施した約75件のAIユースケースにより1億7000万ドルの価値を創出したと報告した。2026年には2億ドルの価値が生み出される見通しだという。
同行でアナリティクス、インテリジェンスおよびAI部門の責任者を務めるテッド・パリス氏によると、同行は機械学習や予測分析を長年利用してきた。これまでにキャンペーンの最適化や最適な推奨商品の提示、与信判断にAIを活用してきた他、店舗の最適な出店場所を特定するための地理空間マッピングや業務文書を読み取る自然言語処理も利用している。
この基盤の上に、同行は過去10年間にわたりAI戦略を推進してきた。2018年にはAI企業のLayer 6を買収し、現在は同行のAI研究拠点となっている。ここ数年は、生成AIや自律型AI(エージェンティックAI)、高度なAI機能をより多くの業務プロセスに導入している。年間10億ドルの価値を達成するためにワークフローを変革することが目的だとパリス氏は説明する。
「従業員を支援するためにAI機能を強化している。これにより従業員はより高い価値を生み出す役割へと移行できる。また、顧客体験の向上にも取り組んでいる」(パリス氏)
売上拡大に向けてAIを見据えるTD Bank Group
AIによって年間10億ドルの価値を生み出すというチュン氏の公約は、同行のAI施策が確実に投資対効果(ROI)をもたらすための指針となったとパリス氏は語る。「ROIを意識することで、取り組むべき優先事項に集中できる」(パリス氏)
同行は、AIによって測定可能な形で売上を伸ばせる事業機会を意図的に特定しているとパリス氏は話す。例えば同行は、2025年6月に予測AI基盤モデル「TD AI Prism」を発表した。顧客を理解し、顧客のニーズに最適な商品を提案するために同モデルを活用している。
パリス氏によると、同モデルの目的は個別化された顧客中心の金融体験を提供することにある。同行の発表によれば、初期のテストで、TD AI Prismは従来のモデルに比べて顧客ニーズの特定精度が20~30%高かったという。
パリス氏は、売上拡大を示す別の例としてマーケティングでのAI活用を挙げた。既存顧客や潜在顧客向けに個別化されたコンテンツを生成し、多様なチャネルを通じて配信している。また、消費者の行動が従来の検索からシフトしていることを受け、「ChatGPT」「Claude」「Gemini」などのAIプラットフォーム上での営業・業務遂行の向上にもAIを利用しているという。
2026年5月に発表された別の事例では、自律型AIを用いて住宅ローンや不動産担保信用枠の申請手続きを自動化した。これにより顧客1人当たりの平均申請時間は15時間から3分未満へと短縮された。
パリス氏によれば、同行の幹部はコスト削減と売上拡大の双方を達成できるようAIユースケースごとに指標を設定している。具体的な売上拡大の指標には、顧客獲得や顧客維持、エンゲージメントについての測定基準など収益重視の指標が含まれる。ただしパリス氏は、個々のAI施策のROI測定に用いている具体的な数値についての言及は避けた。
AIのROIを得るには工夫が必要
大半の企業は、AI活用を収益成長に結び付ける段階へ移行できていない。AI投資から得られるROIは、依然として効率化や生産性向上によるものに偏っているのが現状だ。
Deloitteが2026年1月に公表したレポート「State of AI in the Enterprise」では、企業がAIから効率化や生産性向上の成果を得ている一方で、それ以外の恩恵は期待の域を出ていないと指摘されている。レポートには「特に売上拡大は期待にとどまる傾向が強い。将来的にAIの取り組みを通じて売上を伸ばしたいと考える企業が74%に上るのに、売上拡大を達成しているのはわずか20%にとどまる」と記されている。
他の調査でも同様の傾向が示されている。コンサルティング会社West Monroeが2026年7月に公表したレポート「Building The AI-Native Enterprise」によると、88%の企業がなんらかの形でAIを利用しているものの、財務的リターンを得ている企業はわずか6%だった。
West MonroeのパートナーでCFOアドバイザリー部門のマネジングディレクターを務めるコナー・オーガスティン氏は、企業がAIの取り組みからROIを得られない理由は幾つかあると語る。AIで解決できるビジネス上の課題や事業機会を特定することよりも、AIを使うこと自体に集中してしまう企業もあれば、AI導入の成功に必要なデータモダナイゼーションなどの基盤整備を省いてしまうケースもある。変革を定着させるために必要なチェンジマネジメントを軽視した企業もあるという。
企業はコスト削減や生産性向上のためにAIを導入し始めたが、現在はより変革的なプロジェクトへと軸足を移しつつあるとオーガスティン氏は述べる。「そうした施策の多くは経営陣が期待したROIを出せておらず、視野を広げようとしている」(オーガスティン氏)
オーガスティン氏は、あるB2B企業のクライアントでこのアプローチが成果を上げた事例を目撃した。この企業は他社と同様に、バックオフィスの効率化にAIを利用していたが、売上拡大にAIを役立てる方法の模索へとかじを切った。現在は、社内外のシグナルをAIで分析し、解約や契約更新の見送りのリスクがある顧客を特定している。導入したツールには解約リスクのある顧客を表示するダッシュボードがあり、生成AIが各顧客を引き留めるための営業担当者の具体的なアクションを提案している。
同社はAIツールの出力結果を週次の営業会議のアジェンダに組み込んだ。「顧客の解約を防ぎ、売上を維持できているため、トップラインに影響を与えている」(オーガスティン氏)
AIの価値を測定する
調査会社Forrester Researchで新興技術担当バイスプレジデント兼プリンシパルアナリストを務めるブライアン・ホプキンス氏は、多くの経営幹部がAI導入の価値測定に苦慮していると指摘する。
2026年4月にForrester Researchはレポート「AI Value Matrix: A Framework For Measuring What Matters」を発表した。このマトリックスは、トップライン(売上)、ボトムライン(利益)、リスク管理という3つの財務的成果と、生産性、エンゲージメント、戦略という3つの価値メカニズムで構成されている。生産性向上のためのAI活用は測定しやすい短期的な成果をもたらすが、顧客エンゲージメントのためのAI活用は測定がより難しい中期的な成果をもたらす。戦略についての成果は測定が最も難しく、効果が現れるまでに最も長い時間を要する。
こうした課題があるものの、企業はトップラインの向上や戦略的な成果を追求し、成功を判定するための指標を特定すべきだとホプキンス氏は語る。
これに取り組む企業の一部は、バリューマネジメントの実践を導入している。ホプキンス氏によると、その目的は「競合他社で大きな優位性を築くために、AIを活用して動かすべき重要な指標」を決定することにあるという。
オーガスティン氏は、どのような指標を使って判断すべきかを特定していないために、ボトムラインやトップラインに影響を与えているかどうかが分からない企業もあると補足する。
売上に対するAIの効果を評価する際、何を測定すべきかを判断するのは難しい。粗利益率や総売上高には多くの要因が影響するため、AIの影響を正確に測定できる可能性は低いとオーガスティン氏は言う。ただし、買掛金回転日数(DPO)や売掛金回転日数(DSO)といった従来ある指標は、AIを単独で導入した際に企業の財務にプラスの影響を与えているかを判断するために活用できる可能性がある。
オーガスティン氏によると、前述のB2B企業のクライアントは効果を測定することでAI施策が成果を上げていると確認できたという。同社は契約解除件数のような大まかな指標の利用を避け、ツールの価値を測るために「解約リスクのある顧客の解約率」を測定する新たな指標を導入した。
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