大林組は、BIMソフト「Revit」に関する社内問い合わせを自動化するAIエージェントを構築した。Microsoft Copilot Studioを使い、約1.5カ月でMVPを開発した背景とメリットを紹介する。
大林組は、建築や土木関連で使用されるBIM(ビルディングインフォメーションモデリング)ソフト「Revit」に関する社内問い合わせを自動化するため、「Microsoft Copilot Studio」を使ったAIエージェントを構築した。問い合わせ担当者(コンシェルジュ)の対応時間と、ユーザーによる自力での問題調査時間を合わせ、設計部全体で年間1万8960時間を削減できる見込みだ。
同社は、エンドユーザーの課題を解決できる最小限の機能に絞った製品「MVP」(Minimum Viable Product)として、このAIエージェント(以下、コンシェルジュ型AIエージェント)を約1.5カ月で開発した。大林組はなぜ、コンシェルジュ型AIエージェントを作り込まず、MVPを開発する方を選んだのか。MVPを導入したことで得られた効果とともに紹介する。
大林組の設計部では、Revitに関する社内問い合わせに、3人のコンシェルジュが対応している。問い合わせ件数は月間約40件で、1件当たりの対応時間は約180分、合計すると月間約120時間に上っていた。特に時間を要していたのが、問い合わせの原因を特定するためのコミュニケーションだ。
設計者が「Microsoft Teams」(以下、Teams)に質問を投稿すると、コンシェルジュは、操作時の状況や質問の背景を確認するために追加の質問を重ねていた。文字だけでは状況を把握できず、別途打ち合わせが必要になることもあり、対応工数が膨らんでいたという。
過去の問い合わせ履歴は「Microsoft Excel」で管理していたが、記録されていたのは主に質問と回答の要約だった。回答に至るまでの過程や、利用者から共有された画面画像などが残っておらず、担当者以外が過去の対応内容を再利用しにくい状態だった。
問い合わせをするユーザー側にも課題があった。新入社員やRevitの利用経験が浅い従業員にとって、複数の従業員が参加するTeamsのチャネルで初歩的な質問をすることは、心理的な負担になっていた。
その結果、コンシェルジュに質問せず、自力で検索したり操作を試したりするユーザーもいた。大林組によると、こうした自己解決のための作業に、ユーザー1人当たり月約5時間を費やしていたという。Revitを使う設計者300人で換算すると、月間1500時間に相当する。
大林組は、こうした課題を解消するため、スキルアップNeXtの支援を受けてコンシェルジュ型AIエージェントを構築した。
開発にはMicrosoft Copilot Studioを採用した。大林組は既に社内で「Microsoft 365」を利用していたため、新たなインフラ環境を構築せず、既存の基盤を使って開発を始めることができた。
一般に新しいAIツールを導入する際は、セキュリティや社内規定に照らした利用可否の確認、インフラの準備などに時間がかかる。今回は、既存のMicrosoft 365環境を活用することで事前準備を減らし、約1.5カ月でMVPを構築した。
プロジェクトを主導した大林組 設計本部設計ソリューション部の榊原氏は、プロジェクト開始前にMicrosoft Copilot Studioの研修を受けていた。この経験によって基本機能や開発の進め方を理解していたことも、要件定義や開発会社との意思疎通を円滑にしたという。
構築したコンシェルジュ型AIエージェントは、Revitの作図講習資料などの社内ドキュメントや、過去の問い合わせへの回答履歴を参照し、ユーザーからの質問に回答する。
ただし、全ての質問に回答させる設計にはしなかった。複雑な質問には無理に答えさせず、基本的な操作方法や社内ルールなど、比較的単純な質問の一次対応に対象を絞った。
この方針によって、約80%の回答精度を持つ一次受付用のAIエージェントを構築したという。
コンシェルジュ型AIエージェントが簡単な質問に即時回答することで、コンシェルジュの対応業務は月間80時間、年間960時間減らせる見込みだ。創出した時間は、複雑な問い合わせへの対応や、社内基準の策定、マニュアルの更新といった業務に充てる。
一方、ユーザーが検索や試行錯誤に費やしていた時間は、設計者300人への展開時に月間1500時間、年間1万8000時間削減できると試算している。
コンシェルジュの対応工数とユーザーの自己解決時間を合わせると、年間の削減見込みは1万8960時間となる。
コンシェルジュ型AIエージェントの導入効果は、時間の削減だけではない。ユーザーが初歩的な内容を気兼ねなく質問できるようになることも、大林組が期待する効果の1つだ。
対人の問い合わせでは、「このような基本的なことを質問してよいのか」とユーザーがためらうことがある。コンシェルジュ型AIエージェントが相手であれば、他人の目を気にせず、必要なときに繰り返し質問できる。
設計工程の早い段階で疑問を解消できれば、誤った操作や社内ルールに沿わない設計を後工程へ引き継ぐリスクも減らせる。
大林組は、次工程へ移る前の一斉チェックで発見されていた修正作業について、プロジェクト当たり200件の手戻りを削減できると見込んでいる。
今回の開発では、AIエージェントを構築したからこそ明らかになった課題もあった。既存のマニュアルや問い合わせ履歴をそのままAIに読み込ませても、必ずしも適切な回答が得られるわけではないという問題だ。
例えば、既存のマニュアルには、推奨する操作方法は書かれていても、「実行してはいけない操作」や例外条件が明確に記載されていない場合があった。
人間の熟練者であれば、経験や暗黙知を基に不足する情報を補える。しかし、AIが回答するには、判断に必要な条件やルールを明示し、機械が理解しやすい形でデータを構造化する必要がある。
大林組は今回の開発を通じて、既存データが「AI Ready」、つまりAIが活用しやすい状態になっていないという組織的な課題を特定した。
スキルアップNeXtは、実務での利用を想定し、「Microsoft SharePoint」を使って問い合わせ履歴や回答評価を保存する運用フローを設計した。併せて、あらかじめ用意した質問と正解例を使うベンチマークQAを作成し、AIの回答精度を継続的に検証できる仕組みを整えた。
大林組は現在、Revitを利用する従業員が多いグループ会社を対象に、コンシェルジュ型AIエージェントのトライアルを実施している。
ユーザーからは「想定していたよりもしっかり回答する」といった評価が寄せられている。一方、AIが十分に回答できない領域についても、具体的な要望やフィードバックが集まっている。
こうした回答できない質問は、単なるAIの弱点ではなく、既存マニュアルや問い合わせ記録に不足している情報を発見する材料になる。
Microsoft Excelの質疑集に記録されていなかった情報や、マニュアル内の分かりにくい記述は洗い出し、資料の更新や質疑集の標準化につなげる。AIの利用とナレッジの改善を循環させる狙いだ。
大林組は今後、MVPの開発で判明したデータ整備の課題を踏まえ、コンシェルジュ型AIエージェントが参照するナレッジの管理・蓄積方法を自社主導で整備する。
コンシェルジュ型AIエージェントの運用を通じて、データが整っている領域では適切に回答できる一方、情報が不足する領域では回答できない状況が可視化された。これにより、データ構造化の必要性について、社内の理解を得やすくなったという。
今後は、設計部内で実施している業務改善アイデアの募集とも連携し、今回構築したAIエージェントをモデルケースとして、他のソフトウェアや部署への横展開を進める。
チャット形式の画面や回答を制御する仕組みは、参照するナレッジを入れ替えることで別の業務にも応用できる。併せて、従業員がAIエージェントの作り方や活用方法を学ぶ研修も検討する。
将来的には、質問にテキストで回答するだけでなく、AIエージェントがシステムを操作し、人間に代わって一連の業務を実行する仕組みの構築も目指すとしている。
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