AIインフラ選びに変化の兆し
AI基盤は本当に「オンプレ回帰」する? Broadcomの言い分と企業の本音
2026年8月に開催された「VMware Explore」では、AIワークロードの運用基盤に関する議論があった。一方Broadcomは「オンプレ回帰」を主張する。企業の本音や実態は。
生成AIの活用が広がる一方で、「AIワークロードはどこで動かすべきか」という問いに、明確な答えを出せていない企業の情報システム(情シス)部門担当者の声がある。
一方、パブリッククラウド前提で進めてきたAIワークロード運用の議論に、ここへ来て「オンプレミス回帰」の兆しが見え始めている。
2026年8月、米国で開催されたVMwareの年次イベント「VMware Explore」では、AIエージェント開発に取り組む企業の担当者が、「クラウドかオンプレか、もしくは別の選択肢か」実体験を交えて語った。
「オンプレ回帰」を掲げてきたBroadcomの主張
2023年にVMwareを買収したBroadcomは、パブリッククラウドよりプライベートクラウドを優位とする立場を明確にしてきた。同社経営陣は、いずれ多くのエンタープライズAIワークロードがオンプレミスへ回帰すると主張し続けている。
ただし、この主張はこれまで懐疑的に受け止められてきた。一方、同イベントに参加した北米の銀行のVMware製品担当者は、当初は懐疑的だった自身の見方が変わりつつあると明かした。同社では、GPUを備えたサービス基盤を提供できる段階にはないものの、次世代のワークロードにはGPU対応が不可欠になるとの認識を示した。
高性能でなくても使えるAIモデルが後押し
オンプレミスでのAI活用を可能にしている要因の1つが、AIモデル自体の進化だ。最新世代のGPUは依然として高価で入手しにくく、世界的な供給不足を背景にメモリの調達も難しい。一方旧世代のGPUやCPUでも、近年急速に性能が向上した小型・特化型のオープンモデルであれば十分対応できるようになってきているという。
セッションに登壇した醸造企業New Belgium BrewingのIT運用ディレクターのアダム・リトル氏は、「プロジェクト開始当初は最高性能のモデルが必要だと誰もが考えていたが、計画から実行までの短期間で、あらゆる領域のAIモデルの性能が急速に向上した」と振り返った。
リトル氏によると、New Belgium Brewingでは醸造プロセスや事業の複数領域でAIエージェントを使った自動化を進めている。さらに、自社の内部データで学習させたモデルを含む複数のモデルを使い分けているという。
同氏によると、制御データの処理に使うモデルと、予防保全に使うモデルは「全く異なる」という。汎用(はんよう)の最先端モデルであれば、あらゆる用途に適しているわけではないと説明した。用途に応じてモデルを入れ替え、設計できる柔軟性が重要だという。
同じセッションに登壇した米国の非営利金融機関US Senate Federal Credit UnionのCIO、マーク・フルニエ氏もAIエージェント運用について話した。同氏によると、サイバーセキュリティチームが同社初のAIエージェントを構築する際、複数の特化型モデルを使い分けたことが有効だった。さらに、モデルを動かすデータをオンプレミスに保持することも同様に重要だったとし、使い慣れたインフラ内で管理できる点が、セキュリティと統制の面で自社にとって重要だったと語った。
フルニエ氏によると、同社のITオペレーションチームはネットワーク仮想化基盤の運用に習熟しており、パブリッククラウドでは得られない可視性と統制が得られているという。
Broadcomは「転換点」を宣言するが、実態は割れている
セッションに登壇したBroadcomのある担当幹部は、トークンコストの高さが市場に大きな変化をもたらし始めていると主張。さらに、Broadcomと調査会社Radius Techが共同で実施したITインフラおよびAIワークロードに関する意識調査の結果を紹介した。同調査は、ITの専門家1800人を対象としたものだ。調査によると、「本番のAIワークロードをプライベートクラウドで稼働させる予定」と答えた回答者は全体の56%に上った。さらに、AI運用におけるパブリッククラウドの利用は前年から15ポイント減少し、41%になったという。
一方、調査会社IDCが2025年12月に実施したアプリケーションプラットフォームに関する調査によると、AIアプリケーションの展開先を「プライベートクラウド」と答えたのは全体の49.9%。「パブリッククラウド」と答えたのは50.1%だった。さらに、回答者の63.6%はパブリッククラウド利用比率が「増加する」と予想した。21.6%は、「現状維持する」と答えた。同調査は、アプリケーションプラットフォームの意思決定者304人が回答したものだ。
調査を担当したIDCのアナリスト、マシュー・フラグ氏は、「パブリッククラウドからプライベートクラウドへの大規模な回帰が起きているとは考えていない」と述べた。ワークロードの絶対数が増えている中で、その一部にとってはパブリッククラウドが最適解ではないというだけであり、今後はハイブリッドが主流になるとの見方を示した。
大手企業の実態も「回帰」より「使い分け」
VMware Cloud Foundation(VCF)に関する講演に登壇したStandard Chartered Bankの担当者は、200以上のクラスタにまたがるグローバルなプライベートクラウド刷新という大規模プロジェクトを2年がかりで進めてきたことを紹介した。しかし同社のクラウドインフラ責任者は、このプロジェクトの一環としてパブリッククラウドからワークロードを移行させる動きは特に取っていないと説明した。パブリッククラウドとオンプレミスそれぞれの障害耐性を見極めている段階であり、一部のワークロードはクラウドへ、一部はオンプレミスへという判断になる可能性はあるが、大規模な回帰は行っていないという。
New Belgium Brewingも、売上データやERP、CRMアプリケーションはMicrosoft Azureで運用し、オンプレミスにはAzure Arcを展開するなど、プライベートとパブリッククラウドを併用している。同社では当初から大半のワークロードをオンプレミスで稼働しており、パブリッククラウドへ移行してから戻したわけではないという。同社は営業・マーケティング分野のAIエージェントにはMicrosoft Copilot Studioの活用を検討しており、適材適所でツールを選ぶという方針を強調した。将来的にはMCPコネクターなどを介して、コストやモデルの柔軟性次第で一部をオンプレミスに移す可能性もあるとしている。
情シスにとっての示唆は
プライベートクラウドの優位性を強く主張する企業は、業界内でもBroadcomほど際立った存在は少ないというのが実態に近いようだ。ただし、市場全体の行方がどうであれ、IT部門がAI戦略を検討する上で、こうした議論には目を向ける価値があるとの指摘もある。
調査会社VB Intelligenceのリードアナリスト、ロブ・ストレチェイ氏は、多くの企業がAI活用に向けてプライベートクラウドを真剣に検討し始めており、トークンコスト増大への懸念がこうした動きを後押ししていると分析する。コストは依然として安くはないものの、長期的には大幅に抑えられる可能性があると強調する。CIOの立場であれば、両方の選択肢を確保しながら、自社のインフラをAI対応にしておく判断をするだろうと述べる。
情シスにとっての論点は、「クラウドかオンプレか」の二者択一ではなく、ワークロードごとにデータの所在・ガバナンス要件・コストを踏まえて置き場所を選び分けることにある。ガバナンスやデータ主権への配慮が強い業務、リアルタイム性や統制を重視する業務はオンプレミスに、変化の速い営業・マーケティング領域などはパブリッククラウド上のサービスにといった使い分けは、既に複数の企業で実践され始めている。自社のAI活用方針を検討する際は、「回帰」というキーワードに引っ張られすぎず、ワークロード単位での適材適所の判断軸を持つことが重要になる可能性がある。
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