IT部門ではなく経営戦略室が開発を担う
SAP導入後も残る“Excel依存” 京急電鉄は「kintone」でどう解消した?
グループ共通システムとしてSAP S/4HANAを導入しても、周辺業務にMicrosoft Excelを使うままでは入力不備や属人化のリスクが残る。京急電鉄がkintoneを活用して、現場主導でプロセスを標準化した事例を紹介する。
企業がグループ共通の経理システムとして「SAP S/4HANA」のような巨大ERP(統合基幹業務システム)を導入しても、周辺業務の運用がそれに追い付かないケースはよくある。中核のシステムが高機能でも、現場からのデータ入力プロセスが旧態依然のままならば、データ品質の低下や運用の属人化といった問題を引き起こすからだ。
京浜急行電鉄(以下、京急電鉄)も、SAP S/4HANA導入後にこうした壁に直面した。同社は2022年にSAP S/4HANAの運用を開始したが、グループ約40社から寄せられる取引先マスターの申請業務は、依然として「Microsoft Excel」(以下、Excel)とメールに依存していた。SAP S/4HANA特有の複雑な入力項目に対する記入漏れや不備が多発し、特定の出納担当者がExcelマクロを保守する属人化した運用が、ガバナンス上の大きな懸念となっていた。
この課題を解決するため、京急電鉄はサイボウズの「kintone」を採用し、申請からSAP S/4HANAにアップロードするファイルの生成までを一元化した。注目ポイントは、システム連携で「APIによる直接連携」という手法をあえて見送った点と、IT部門ではなく経営戦略室という現場部門が主導して実作業を進めた点だ。
API連携の「理想」を捨てた理由
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kintone利用事例
京急電鉄は、グループ共通の経理システムSAP S/4HANAへの取引先マスターの申請と登録の業務を、サイボウズのkintoneで一元管理している。IT部門の支援の下、経営戦略室の2人ほどが中心となり、実作業3〜4カ月で開発した。2026年2月から本格稼働している。出納担当者の処理時間は、年間約600時間、約75%の削減が見込まれる。同年10月19日、サイボウズが事例を公開した。
京急電鉄は、鉄道とバスを中心に、不動産、ホテル・レジャー、流通などを展開する。人口減少で、旅客収入だけには頼りにくくなり、沿線の開発や新規事業といった攻めの展開が求められている。業務システムの共通化と効率化のため、SAP S/4HANAを、2022年にグループ各社で順次使い始め、グループ共通の経理システムとして運用を開始した。
グループで共通システムを使うようになったことで、新たな課題が出た。取引先マスターの登録と更新を、Excelファイルの申請書に記入し、グループウェアやメールで、グループ各社から受け付ける。出納担当者が確認し、Excelマクロで、SAP S/4HANA用のファイルを生成していた。SAP S/4HANA特有の入力項目が複雑で、記入漏れや、半角片仮名の混入、略称のルール違反が多発した。メールでの授受で、最新版や処理状況を把握しにくく、確認や差し戻しにも時間がかかった。申請する側はミスを恐れ、出納側は不備を指摘せざるを得ず、やりとりがぎすぎすした。Excelマクロの保守も、特定の担当者に依存し、チェックの結果や承認の履歴が残らず、ガバナンス上の懸念もあった。グループ約40社から1日約10件の申請があり、取引先マスターの更新は頻繁に発生する。
3つのノーコード/ローコードツールを比べ、kintoneを選んだ。決め手は、画面、項目、プロセスを自由に設定でき、豊富なプラグインで、複雑な処理を扱える点だ。2024年8月に始まったプロジェクトは、IT部門の伴走の下、プロトタイプを作って一部の利用者に公開し、フィードバックを反映するアジャイル型で進めた。その後、経営戦略室で開発し、実作業は3〜4カ月で本番稼働した。
連携は、SAP S/4HANAとkintoneを直接つなぐのではなく、マスターの申請、承認、データ整形を担うフロントのアプリケーションをkintoneで開発し、SAP S/4HANA所定の形式のファイルを介する形にした。大規模なシステム開発をせずに費用を抑え、SAP S/4HANAの運用を生かして、申請業務を改善できた。申請者がアプリケーションで登録と更新の内容を申請すると、必須項目、選択肢、デフォルト値が表示され、自動チェックで記入漏れや表記のばらつきを抑える。内容の確認、差し戻し、承認はプロセス管理機能で管理し、出納担当者の承認後、SAP S/4HANAの登録形式のファイルを生成してアップロードする。
2026年2月の本格稼働で、申請の内容、処理状況、過去の変更履歴が、kintoneで一元管理された。メールやExcelファイルを探す手間がなくなり、記入漏れと入力形式の不備が抑えられ、申請者と出納担当者の双方の負担が軽くなった。SAP S/4HANAアップロード用ファイルの生成も標準化され、担当者ごとのばらつきや属人化の抑制につながっている。定量的な効果は測定中だ。従来は出納担当者の処理に1件当たり10〜30分かかり、年間2400件とした場合年間400〜1200時間に相当する。平均処理時間が、1件当たり20分から5分に短縮されたと仮定すると、年間約600時間、約75%の削減が見込まれる。
京急電鉄 経営戦略室業務デザイン担当 課長の田中晋平氏は、シンプルな改善であれば、非エンジニアの担当者でも、自らkintoneで形にできる可能性があり、「どの業務を、どのような目標で、どれだけ改善するのかを明確にすることが重要」だと話す。次のステップは、現場や管理部門の担当者が、自らkintoneで改善に取り組む市民開発だ。AI機能「kintone AI」の活用を見据え、まずはクローズドな環境で、安全に試す段階だ。
(※)この記事は本多和幸氏と谷川耕一氏によるIT事例メディア「CaseHUB.News」に掲載された「京急電鉄、SAPへの取引先マスタ申請をkintoneで一元管理 年600時間減の見込み」(2026年10月20日)を、TechTargetジャパン編集部で一部編集し、転載したものです。
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