無謀なカスタマイズが予算を溶かす?
ERP移行を失敗させないための「NO」と言う技術
ERP刷新は情シスが直面する最も複雑かつ高コストな挑戦だ。ガートナーの専門家によれば、成功のかぎは技術選定以上に「最初の90日のガバナンス」と「冷徹なスコープ管理」にあるという。予算超過や遅延を防ぐための現実的な処方箋を提示する。
ERP移行ほど、CIO(最高情報責任者)の能力が試されるITプロジェクトはない。
ERP移行は、CIOが主導する取り組みで最も複雑でコストがかかるものの1つだ。基幹業務プロセスに影響を及ぼし、大規模なデータ変換を伴う。また、IT部門、事業部門、システムインテグレーター(SI)間の緊密な連携が必要となる。ERP移行における成功のかぎは技術そのものというよりも、スコープ、データの準備、チェンジマネジメント、測定可能なビジネス価値の定義といった、初期段階の意思決定にかかっている。CIOは相反する圧力のバランスを取らなければならない。ステークホルダーの支持を維持しつつ、「ノー」と言うすべを身に付けるべきだ。
ガートナーのパートナーであるジャッキー・スワンソン氏とアンドリュー・ヘス氏が、予算内に収める方法や、よくある落とし穴を回避するコツを語った。
エグゼクティブサマリー
- 最初の90日以内に、明確な決定権限とエスカレーション体制を含む強力なガバナンスを構築する
- スコープ(適用範囲)を厳格に定義する。ビジネス目標に合致しない要求には「ノー」と言う準備をしておく
- チェンジマネジメント(変革管理)とデータの準備を優先する。これらは遅延とコスト超過の主な要因となる
- ビジネスケース(投資対効果の検討)の根拠を、測定可能な成果に置く
プロジェクトの成否を分ける「最初の90日」
ガートナーコンサルティングでパートナーを務めるスワンソン氏は、主に業界側の視点からクライアントを支援している。一方、シニアエキスパートパートナーのヘス氏はテクノロジー側を専門とし、30年以上のERP経験を持つ。
ERP移行の最初の90日間は重要だ。この期間にどのような行動を取るべきか。スワンソン氏は「プロジェクト計画、ガードレール、運営委員会の設置といった、プロジェクトを組織化するための下準備が成功の土台になる」と指摘する。
ヘス氏も、プロジェクトガバナンスが最優先事項だと同意する。ソフトウェアベンダーやSIerとの交渉に追われている間にも、決定権限や報告(エスカレーション)ルートを明確にするための体制を整えておくべきだという。
過去の失敗から学ぶ「モデレーター」の必要性
スワンソン氏は、過去10年でERP導入の管理手法に変化があったと述べる。かつて同氏がPwCに在籍していたころと比較すると、SIerとクライアントの間に入ってプロジェクトを調整するサードパーティーを雇う企業が急増したという。多くのプロジェクトが途中で頓挫してきた経験から、強力なプログラム管理チームの必要性が認識されるようになった。
予算を維持する上で、スコープの管理は必要だ。スワンソン氏は「ERP導入は刺激的なプロジェクトなので、スコープクリープ(範囲の肥大化)が起きやすい」と警鐘を鳴らす。業務プロセスを理想通りに再設計しようとしたり、当初の予算にない新しいモジュールを追加したくなったりするからだ。プロセスの再設計が必要な場合もあるが、その際はスケジュールや予算への影響を慎重に見極める必要がある。
「80対20の法則」とカスタマイズのわな
不必要なカスタマイズはERPプロジェクトを停滞させる。スワンソン氏は、多くのクライアントで「80対20の法則」を推奨している。つまり、業務の8割にはベストプラクティスが組み込まれた標準機能(アウトオブザボックス)をそのまま適用し、残りの2割を設定(コンフィギュレーション)で対応する。ソースコードを書き換える「カスタマイズ」は極力避けるべきだ。
ヘス氏は、ある製造業での例を挙げた。ある営業担当者が、将来も自分が作成した複雑なスプレッドシートを使い続けたいと主張したという。ヘス氏は「新しいシステムを、現在のやり方と全く同じように設定しようとすると、往々にして不十分な導入結果に終わる」と指摘する。ベンダーが提供する標準機能は、多くの研究開発を経て導き出されたベストプラクティスだ。それを活用することで、導入中だけでなく、将来のサポートやメンテナンスの負担も大幅に軽減できる。
また、AIの台頭も、業務プロセスを見直す好機となっている。将来どのような働き方をしたいのか、どの核心的なタスクをAIに任せられるのかを検討することで、より戦略的な組織へと進化できる。
追跡すべき指標とビジネスケースの定義
CIOは、納期や予算といった当たり前の指標だけでなく、ユーザーの定着度(アダプション)も追跡すべきだ。スワンソン氏は「人々がシステムを受け入れ、それが日常業務に利益をもたらしているかを確認する必要がある」と語る。
ビジネスケース(投資の根拠)も重要である。単に「システムが古いから新しくする」という理由では不十分だとヘス氏は指摘する。例えば、製造業であれば在庫削減といった明確で測定可能な価値に焦点を当てるべきだ。「在庫を5%削減する」という目標は現実的で、計算上、1億ドル以上の価値を生む可能性がある。
ソフトウェア費用や人件費といった「コスト」は明確だが、どのような「利益」を得られるのかを明確にする必要がある。海外進出を可能にするのか、在庫を減らすのか。プロジェクトチームがビジネスケースを深く理解していれば、SIerとの交渉でも自社の利益を代表して動くことができる。
CIOが陥りやすい「準備不足」の落とし穴
ヘス氏によると、多くのCIOが「もっと早く、もっと深く取り組むべきだった」と後悔するのが、チェンジマネジメントとデータの準備だ。
チェンジマネジメントの手を抜くと、システムを構築する努力が全て台無しになる。また、データの整理はプロジェクト開始前に行うべきだ。顧客マスターを確認し、重複を特定するといった作業には多大な労力が必要となるが、これを軽視するとスケジュールに悪影響を及ぼす。
そして何よりスコープの管理だ。ヘス氏は「新しい要求に対するデフォルトの回答は『ノー』であるべきだ」と断言する。スコープを制御できなければ、コストとスケジュールの超過は避けられない。
ビジネスリーダーとのバランス
ビジネスリーダーからの要望に全て「ノー」と言うのは難しい。ヘス氏は、そんなときこそビジネスケースに立ち返るべきだと話す。効率化やIT環境の簡素化といった当初の目標に照らし合わせるのだ。
一方で、標準機能で対応可能な便利な機能(UIの改善など)を「おまけ」として提供し、ユーザーの抵抗感を和らげる工夫も有効だ。スワンソン氏は、構造化されたシステム選定プロセスを踏むことも強調する。初期段階で必要な機能を絞り込んでおくことで、導入の途中で「面白そうだから」という理由で機能を追加したくなる誘惑を抑えられる。
最後にヘス氏は、「ERP導入を単なるITプロジェクトと見なさないことが、成功への近道だ」と締めくくった。リーダー層から現場チームに至るまで、ビジネス側の積極的な関与とIT部門との調和があってこそ、真の力が発揮される。
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