専任のIT担当者がいない町工場が、約500万円を投じて全社的なAI教育を実施。現場主導で40種以上のアプリケーションを開発し、経営者の壁打ち相手となるAI秘書も構築した。独自のAIツール開発の裏側に迫る。
製造業における人手不足とコスト至上主義が行き詰まりを見せる中、静岡県掛川市の精密板金加工メーカーであるコプレックが、現場の従業員主導でAIツールを活用した抜本的な業務変革を実現している。同社は専任のIT担当者が不在の状況下で、約500万円を投じて全従業員の20%に当たる現場の従業員向けにAI研修を実施した。
結果として、現場の溶接工やトラック運転手までもが自らアプリケーションを開発する「AIブーム」が社内に巻き起こり、40種類以上の業務改善ツールが生み出された。ホワイトカラーの定型業務が自動化される時代において、コプレックはテクノロジーを駆使して新たな製造手法やイノベーションを生み出す「ハイスペックブルーカラー」の育成を目指している。
専任IT担当者がいない中小企業のコプレックは、いかにして全社的なAI活用を定着させ、経営トップの意志決定を支援する高度なシステムを構築したのか。同社代表取締役の小林永典氏(一般社団法人Factory Pride Association代表理事)が、その独自のシステム設計と、次世代の製造業を見据えた戦略を明かした。
AIツールへの投資として、コプレックは「Claude」のアカウントを約30件取得し、そのうち10件は上位版を契約している。安価なオンライン教材を用いて個別に学ばせる手法を採用せず、あえて約500万円という高額な外部研修を導入した背景について、小林氏は「社内にAIブームを起こしたかった」と説明する。共通の知識と課題を持つ集団を形成し、互いの成果を評価し合う環境を意図的に創出した。
この取り組みによって、2026年6月時点では従業員の半数以上がAIを利用できる状態になった。現場から生まれた活用法は、測定器の管理アプリケーションや棚卸しシステムの自作、IoT(モノのインターネット)機器と連動したレーザー加工条件の最適化など多岐にわたる。事務部門においても、毎日数十枚の伝票を手入力していた作業をAI技術による光学式文字認識(OCR)に置き換えることで、数時間かかっていた作業をわずか5分に短縮した。これらのツールは、プログラミング経験がない現場の従業員が自然言語による指示で開発している。
コプレックのAIツール活用は現場の業務改善にとどまらない。経営層の意志決定を強力に支援する仕組みとして、小林氏自らがAI秘書「Lucas」を開発した。毎朝、メールやカレンダー、社内コミュニケーションツール、売り上げデータなどの最新情報をAI秘書が読み込み、集約した情報をHTML形式のダッシュボードとして出力する。ダッシュボード画面には、売り上げ推移や損益分岐点、着地予測などの主要な経営指標が集約され、一目で状況を把握できるよう設計されている。
Lucasは、単なるスケジュール管理に終わらず、各情報源から重要な事象を抽出して「トピックス化」する機能を持つ。抽出された複数の課題に対して、小林氏がまとめて指示を書き込むと、AIモデルが一括で処理のためのプロンプトを生成する。これによって、経営トップの業務の抜け漏れが劇的に減少した。
自社の過去20年分の決算書や月次の損益計算書、会議の議事録などをAIモデルに学習させている。自社の内情を詳細に把握したAIモデルは、海外の最新の技術ニュースなどを翻訳して収集するだけではなく、「そのニュースが自社にどのような影響を与えるか」という独自の示唆を提示する。小林氏は、自社の状況を深く理解し、何時間でも議論ができる「壁打ち相手」が誕生したことが、企業の経営能力そのものを底上げする効果をもたらしていると強調する。
同社が自作のシステムにこだわる背景には、生成AIが物理的なセンサーやロボットとつながり、工場を自律的に制御する「フィジカルAI」時代への強い危機感がある。小林氏は、大企業が提供する既存のシステムを「使う側」にとどまれば、競合他社との差別化は難しいと指摘する。自社の事業に最適化されたシステムを自ら「作る側」に回ることで、独自の競争力を確保しようとしているのだ。
コプレックのシステム構築における工夫の一つが、AIツールに読み込ませるファイルやディレクトリの構造化だ。
ファイル構成を見ると、「00_STR_Strategist」(戦略担当)、「01_SEC_Secretary」(秘書担当)、「02_CFO_Finance」(財務担当)、「03_CHRO_HumanResources」(人事担当)など、番号が振られたフォルダが並んでいる。小林氏は、各フォルダに役割定義文や専用データを格納し、仮想的な「AI担当役員」として機能させている。専門領域ごとに情報を分離・整理することでAIモデルの応答精度を高めるとともに、人間が直感的に指示を出せる状態を整えた。トップの「戦略AI」が他の「財務AI」や「人事AI」のフォルダを参照し、AI担当役員同士が連携して複雑な課題を処理する仕組みも構築している。
情報漏えいを防ぐためのセキュリティ対策として、クラウドストレージのデスクトップ版を活用し、データのミラーリング機能を利用している。ファイルをローカルに実体として置きながら、変更が即座にクラウドストレージに反映される仕組みを構築することで、AIツールによるローカルファイルの操作制限をクリアしつつ、安全なバックアップと共有を両立させている。
費用削減や手順書の順守といった従来の価値観だけでは、急速に変化する市場を生き抜くことは難しい。最初からAIツールを活用することを前提とした「AIネイティブ」な新興企業が製造業にも登場すると予測される中、コプレックの取り組みは、既存の企業がテクノロジーを武器に、いかにして新たな競争力を獲得すべきかというモデルを示している。
本稿は、アイティメディアが2026年6月8〜11日に開催した「変わる情シス 2026 春」における、6月10日のセッション「AIを『使う側』で終わらない町工場 ── ハイスペックブルーカラーという選択」を基に作成しました。
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本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。
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