WAN高速化の現実解【前編】
WAN高速化装置の導入効果が得られる条件とは?
WANの帯域を広げても体感速度が上がらない。それを解消するのがWAN高速化装置だ。通信を最適化し、LANとWANの実効速度の違いを吸収できるが、決して「万能」なソリューションではない。
コンプライアンス強化、生産性の向上、自然災害や人的災害への対応など、ITマネジャーやシステムマネジャーにとって多くの課題が山積している。最近よく耳にするのが、セキュリティ強化を目的としたサーバ統合だ。国内拠点や海外に分散したサーバをセンターに統合すれば、セキュリティ面ではデータ管理の一元化による情報流出の防止、運用面ではバックアップの一元化による運用管理者の負担軽減などのメリットがある。
また、ワークスタイルの多様化や開発体制の分散化により、場所や時間に関係なく開発が行われるようになっているが、それに伴い開発環境の善しあしも生じており、その改善が生産性の向上にそのまま直結している。さらに、自然災害や人的災害によるデータ消失が発生した場合でも業務を継続できるシステムの構築も重要となっている。
WAN高速化装置の利用シーン
こうしたセキュリティ強化、グローバル化、業務継続の必要性といった企業を取り巻く環境の変化を背景に、「WAN高速化装置」は登場した。WAN高速化装置を定義するならば、TCP最適化(TCPウィンドウサイズ拡張)、WAN最適化(QoSやキャッシュによるデータ量調整)、アプリケーション高速化(アプリケーションに特化した高速化)の機能をすべて備えた装置、となる。それでは、WAN高速化装置は具体的にどのような場面で役立つのだろうか。
サーバ統合におけるWAN高速化
拠点に設置されていたサーバをセキュリティや運用面からセンターへ統合することは、コンプライアンス対策の強化を行う企業にとって必要不可欠となっている。その一方で、拠点のユーザーからすれば、ローカル環境にあったサーバがセンターに統合されてLAN内のアクセスからWANを介したアクセスに切り替わると、帯域が狭くなる上に遅延も大きくなるため、サーバへのアクセスが極端に遅く感じてしまう。また、海外で開発を行っているような場合には、さらに大きな遅延が原因で直接サーバにアクセスして作業できず、開発スピードを低下させる要因ともなっている。このような環境でWAN高速化装置を導入すれば、WANを介したアクセスがあたかもLAN内のアクセスであるかのように体感速度を向上させる効果がある。
ディザスタリカバリシステムにおけるWAN高速化
ディザスタリカバリ(DR)システムは、遠く離れた2拠点間の大容量データを一方向または双方向でバックアップし、業務継続を図るシステムだ。サーバ統合により集約されたデータを別サイトにもコピーすることで、自然災害や人的災害に備える。このようなシステムでは、災害発生後にデータを戻すリストア時間の短縮が非常に重要となる。通常はWANを介してバックアップデータを戻すわけだが、転送時間を考えると、距離にもよるがバックアップテープを輸送して戻す方が早いということになりかねない。しかし、WAN高速化装置で日々のバックアップデータの差分をキャッシュすれば、リストアが発生しても蓄積されたキャッシュを利用することで高速にデータを戻すことができる(図1)。
実際の導入効果は?
次に、WAN高速化装置を導入した場合、どの程度の高速化効果が得られるのか。事例を交えながら解説する。
遅延:25ms/帯域:100Mbpsの東京-九州間でのファイル共有の場合
国内のネットワーク回線における東京-九州間の遅延は約20~25ミリ秒(以下、msと表記)となる。ここでは、遅延25msの100Mbps回線のファイル共有について説明する。帯域が100Mbpsもあればファイル共有など遅くならないと思われるかもしれないが、この環境でファイル共有の試験を行うと、驚くほど「遅い」ことが分かる。例えば、79.1MバイトのPDFファイルをWindowsエクスプローラでリモートのサーバにコピー(アップロード)した場合、155秒もかかる。これをスループットに換算すると約4Mbpsだ。回線が100Mbpsなのにその4%しか使えていないことになる。次に、FTPのPUTを同じファイルで実行すると44.7秒かかり、スループットは約14Mbpsとなる。
この環境でWAN高速化装置を導入したところ、ファイル共有のアップロードは12秒で53Mbpsのスループットとなり、FTPのPUTは8.66秒で73Mbpsとなった。WAN高速化装置で劇的なスループットの向上が実現した(図2)。
遅延:80ms/帯域:1.5MbpsのCADの場合
国内のサーバに海外からアクセスする環境においてCADの設計開発を行う場合について説明する。国内とは異なり遅延が大きく回線帯域も狭いため、通信が遅いことは明らかだ。本来であれば直接サーバへアクセスしてCADを使った開発を行いたいのだが、遅すぎて仕事にならない。そのため、ローカルで設計したデータを夜間バッチでサーバへ送るという処理が必要になる。実際にCADで10Mバイトのデータを読み込んでみると、28分もかかってしまった。これではデータを読み込むだけでその間しばらく休憩を取ることになり、開発時間よりも休憩時間が長くなってしまう。そこでWAN高速化装置を使ってみると、1回目の読み込みは3分ほどかかったが、2回目以降は40秒ほどで終了した。この速度であれば直接サーバにアクセスして開発を行えるため、開発スピードが向上し、業務スタイルも改善される。
通信の最適化やキャッシュで遅延を克服
以上、WAN高速化装置が求められている背景とその効果について概説したが、次にWAN高速化装置がどのような技術を使っているのかを、基本技術と応用技術に分けて説明しよう。基本技術に関してはベンダーごとに違いもあるが、一般論として紹介する。
WAN高速化の技術には大きく
(1)TCPウィンドウサイズ拡張
(2)データ圧縮・データキャッシュ
(3)アプリケーション予測
の3つがある。
始めに(1)のTCPウィンドウサイズ拡張についてだが、TCPウィンドウサイズ(※注)について説明すると、「一度に送受信可能な最大データ量」となる。Windows XPではウィンドウサイズが最大64Kバイトに制限されているので、WAN高速化装置で使用するウィンドウサイズを64Kバイトよりも大きくすれば一度にやりとりされるデータ量を大きくでき、結果として高速化が行える。つまり、対向にある装置間で一度にやりとりされるデータ量を大きくして、TCPによる確認応答の回数を減らすという考え方だ(図3)。
※注:TCPのスループットは、このウィンドウサイズとパケットが通信ホストの間を往復する時間「ラウンドトリップタイム(RTT)」によって決まる。つまり「TCPスループット=ウィンドウサイズ÷RTT」となる。
(2)のデータ圧縮・データキャッシュは、WANに転送されるデータ量を少なくするためのものだ。その実現方法は各社各様であるが、一般的に用いられているのは、圧縮であればLZ圧縮、データキャッシュであればバイトキャッシュである。バイトキャッシュとは、ファイルをビット単位に分割し、分割したデータセグメントにIDを付与して管理する方式である。バイトキャッシュ以外の方式としてオブジェクトキャッシュもあり、WAN高速化装置はこれらのいずれか、または両方の技術を使っているが、セキュリティの観点からオブジェクトキャッシュの使用には注意を要する。
というのも、オブジェクトキャッシュはバイトキャッシュとは異なり、ファイルそのものを装置に保存する方式だ。つまり、ファイルサーバ統合の考え方は、拠点にファイルそのものを置かないことであるため、サーバ統合後にWAN高速化装置上にファイルを保存しては本末転倒となってしまう。WAN高速化装置の仕様を導入目的に合わせて事前に確認する必要がある。
そして(3)のアプリケーション予測は、本来クライアントとサーバ間でデータのやりとりをしているアプリケーションの振る舞いをWAN高速化装置が代行することで、LAN内での通信のやりとり自体をWAN側に流さない仕組みである(図4)。つまり、クライアントはあたかもLAN内でサーバとやりとりしているかのようにWAN高速化装置とやりとりをし、サーバもクライアントとやりとりしているかのようにサーバと同拠点内のWAN高速化装置とやりとりすることになる。WAN高速化装置で細かなやりとりを終端すれば遅延の大きいWANに大量のトランザクションが流れないため、遅延の影響を受けずに高速化が可能だ。
アプリケーション予測技術が適用される代表的なものとして、Windowsファイル共有で使用されるSMB(Server Message Block)/CIFS(Common Internet File System)プロトコルがある。通常のPCでは、前述した通りTCPのウィンドウサイズが64Kバイトだが、このSMB/CIFSで使用されるブロックサイズは4K~16Kバイトと細かくなっており、この単位でサーバとのやりとりや確認通知を行うと非常に効率が悪く、レスポンスが遅くなる。これらの細かいやりとりは遅延の小さいLAN内でWAN高速化装置が代理で処理し、WAN上はプロトコルを独自に変換してまとめてデータ転送を行うことで高速化できるのだ。
こうしたWAN越しのファイル共有のパフォーマンス改善を図るソリューションはWAFS(Wide Area File Service)と呼ばれる。このほかにもアプリケーション予測による最適化の対象には、Exchange Serverで使用されるMAPI(Messaging Application Program Interface)、HTTP/HTTPS、Oracle JInitiator(Oracle E-Business Suite 11i)などがあり、今後もアプリケーションに特化した技術開発が進められていくだろう。
WAN高速化にも得手・不得手がある
WAN高速化装置の効果や高速化技術について説明してきたが、WAN高速化装置は決して万能でないということも最後に付け加えておきたい。
WAN高速化装置の仕組み上、効果が得られるのは、帯域が狭く遅延が大きいWAN環境において、FTPやファイル共有などのプロトコルで一度に大容量のデータをやりとりするような場合である。逆にいうと、広帯域で遅延がほとんどない環境で、非常に小さいデータを大量にやりとりする場面には効果が得られない。このようなケースでは、ウィンドウサイズを広げられないのに加え、キャッシュ効果が期待できず、アプリケーションのやりとりもWAN高速化装置で代理することができないからである。例えば、OracleのSQLコマンド(SQL*Plusなど)を広帯域WANで使用している場合には、WAN高速化装置でOracle SQLのやりとりを代理する機能がないため、効果がほとんどなく、導入メリットがない。また、映像などの共通性がないデータについてもキャッシュによる高速化効果が得られない。
WAN高速化装置は、高速化の効果が期待できる環境へ導入すれば非常に有用な製品となるが、あらゆる環境において、すべてのアプリケーションを高速化することができるわけではない。次回はこの点を踏まえつつ、WAN高速化装置の具体的な導入方法や失敗しない製品選びについて解説する。
<筆者紹介>
岩本直幸
ネットマークス 技術本部DC技術部第二技術室 第二グループ
2003年の東京-沖縄間ディザスタリカバリ実証実験に参加し、WAN回線の遅延による性能劣化を体感。2004年夏ごろにWAFS製品と出会い、2004年末に米Riverbed Technologyを訪問。2005年からWAN高速化装置の拡販と啓もう活動に従事。
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