組み込みシステムって何?【後編】
組み込み業界が携帯電話から自動車にシフトし始めたのはなぜか?
前回に続き、組み込みシステムの分類をソフトウェア面から考察するとともに、現在の組み込みシステムのトレンドと今後の展望について述べる。
「意外と知らない組み込みシステムの分類方法」では、ハードウェア構成から見た組み込み(Embedded)システムは明確な区別が難しく、使用方法から判断するのが分かりやすいという話をした。では、ソフトウェアから見た場合、組み込みシステムをほかのシステムと明確に区別することはできるだろうか?
明確な分類ができない理由は開発コストに関係する
一言でいえば、ソフトウェア面から見ても、組み込みシステムを一般的なシステムと明確に分けることは難しい。一般的なシステムとほとんど変わらないことも珍しくない。なぜなのか? 具体的な例を挙げて説明しよう。
情報掲示板(電車のホームにある行き先および発車時刻を示す電光掲示板や、空港におけるフライトの発着案内など)で、Windowsのエラーメッセージが出ているのを見たことはないだろうか。中には、ブルースクリーンを表示するものもある。日常的に見掛ける機器やシステムにWindowsがそのまま搭載されているのは珍しくない。Microsoft Visual Basic(VB)などでプログラムが書き込まれているものもざらにある。
なぜ個別のプログラムを組むのではなく、PCレベルのものを使うのか? その一番の要因は開発コストにある。ハードウェアとインフラは最もコモディティー化しているものを使うのがコスト削減につながるためだ。
最近では、Javaが共通言語の1つになってきたため多少動向が変わってきているが、ほんの数年前まではコストを抑える1つの方法として、デスクトップアプリケーションをVBで記述するのが一般的だった。例えば、前述した電光掲示板の動作は、定期的に表示すべきデータを取得し、そのデータを画面出力するのみとなる。特に複雑な動作はないため、アプリケーション開発に掛かるコストさえ抑えればトータルコストも安くなる。そのため、「PC+Windows」の組み合わせで十分に機能を満たせる場合は、特定用途向けのプログラムをわざわざ組まずに済ませることになる。
PCを使う場合、選ぶOSでコストは変わる
もちろん、VBを使うためにはWindowsプラットフォームを使う必要があり、Windowsのライセンスの購入が必要だ。しかし、たとえWindowsのライセンスで3万~4万円のコストが掛かっても、開発期間を1週間短縮できるのなら、コスト全体としては多大な釣りが来る計算となる。一般的に量産効果が期待できないアプリケーションを作る場合、単価は多少上がっても許容される。むしろ開発コストや開発期間を抑える方が重要となる。
ただし、「PC+Windows」の組み合わせはPCを使う場合がメインである。これ以上のクラスのもの、例えばPCサーバクラスの通信機器などになると、性能に対する要求もクリティカルになってくるため、OSに関してもチューニングしやすいものが好まれる。結果、LinuxやUNIX、リアルタイムOS(RTOS)を使うケースが非常に多い。もっと上、つまりメインフレームクラスのシステムになると、そのハードウェアを提供するベンダーがOSやミドルウェアを同時に提供し、これを使う形になるのが一般的だ。
「PC+Linux」の組み合わせは、「PC+Windows」の組み合わせの次に多いと思われる。Windowsより数が少ないのは、Linuxでシステムを組むには相応の知識を持つエンジニアを継続的に確保していく必要があるためだ。やはり、高いスキルがなくても使いこなしやすいWindowsの方が一般的といえるだろう。
OSすら必要ないシステムは「組み込み」と区別できる?
ではごく小規模なシステムはどうだろう。こちらは千差万別だ。携帯電話のように、ある程度の機能を搭載しているものにはOSがあり、OS上でアプリケーションソフトウェアが動く。しかし、小規模のものでWindowsが使われることはそれほど多くない。マイクロソフトは、組み込み向けRTOS「Windows Embedded CE」を提供しているが、このクラスになるとどのみちハードウェアはアプリケーションに合わせて作る(つまり、PCの流用はない)。そのため、結局はOSとアプリケーションを全部自分で用意することになるパターンが多い。しかも、OSを実装しない場合も少なくない。例えば、車のドアミラーの制御にはいちいちOSを入れる必要がない。
例に挙げたドアミラーの構成を見てみよう。運転席でミラーの制御ノブを操作すると、その操作結果はLIN(Local Interconnect Network)というバスを経由し、ドアミラー制御システムに「ワンクリック分、上に」「ワンクリック分、左に」などといったコマンドが届く。これをLINインタフェース(I/F)経由で取り込んだCPUは、フラッシュメモリに内蔵された「ワンクリック分上=X軸モーターを右回転2度分」のように指示を解釈し、それに相当するだけの駆動パルスをデジタル-アナログ(D/A)変換経由でX軸モーターに送る。これを受けてモーターは2度回転し、少し上を映すようになるという仕組みだ。
この程度のシステムの場合、OSを使うメリットはない。OSが役に立つのは以下のような場合だ。
- 複数のタスクを並行して実施する
- メモリ管理やデバイス管理などをアプリケーションから切り離して行う
単純なシステムでは、どちらのメリットも享受できない。むしろOSを動かすことで余分なCPUパワーやメモリが必要になり、OS自身のコストも掛かる。Linuxなど無償のOSでもメンテナンスコストが掛かるし、VxWorksなどの有償RTOSを使う場合はそのライセンス料も必要だ。従って、こうしたものにOSを搭載する、といった動きには今のところなっていない。
結局は用途で区分、しかし昨今はソフトウェア面に注目が集まる
ソフトウェアの面から見ても、組み込みシステムか否かを明確に定義できる判断基準はないということが分かっていただけただろうか。上に挙げたようなプリミティブな構成の製品ならば、組み込みシステムに分類しやすいだろう。ただ、その上のグレードになると、「それが組み込みシステムなのか否か」をソフトウェア構成で判断するのは難しい。
前回のハードウェア面から見た話と総合すると、「ハードウェアだけでもソフトウェアだけでもなく、両方を組み合わせた結果として特定用途向けになっているもの」が、組み込みシステムといえる。
ちなみに昨今では、「あるシステムが組み込みシステムか否かを決めるのはソフトウェア」という傾向が強くなりつつある。以前はPCなどの汎用システムの性能が追い付かず、特定業務に必要な処理性能やニーズを満たすためには、専用ハードウェアを持ち込まなければならない場面が多かったからだ。ところが、ここ10年で、以下のような事情が生まれてきた。
- 汎用のハードウェアの性能が急速に上がった
- 専用回路(ASIC:Application Specific IC)の製造に必要なコストが大幅に上がった
そこで、「なるべくなら汎用のハードウェアと専用ソフトウェアで構成し、コストを抑えたい」という傾向に変わってきた。これには、専用回路には専用回路対応の専用ソフトウェアが必要になるという事情も絡んでいる。専用ソフトウェアを汎用開発ツールで作ることができればよいが、できない場合はまず専用の開発ツールを作らなければならない。それには手間や高い技術を必要とする。
しかし、汎用のハードウェアであれば汎用開発ツールで作ることができる。この差は、特に多品種少量が求められる現場では非常に大きい。大規模なSCM(Supply Chain Management)の構築やERPを使った企業情報システム構築とはまた違った形ではあるが、ソフトウェアの重要度が上がりつつあるのが昨今の組み込みシステムの傾向といえるだろう。
組み込み業界は携帯電話から自動車へシフト
最後に、最近の組み込みシステムのトレンドを簡単に紹介しておこう。
2000年に入ってからの、組み込み業界の話題の中心は何といっても携帯電話であった。理由は幾つかあるが、最大の理由はマーケットが急速に伸びたことにある。携帯電話業界では、「ある程度マーケットが飽和しつつある状態でも、買い替え需要を狙ってより高機能かつ小型の製品を半年サイクルで投入する」という、ある意味狂ったマーケット形成が行われてきた。しかし、ここに来て買い替え需要も飽和し始めている。さらに、開発費の高騰により携帯電話事業から撤退するベンダーも出てきた。これは国内のみならず全世界的な傾向だ。
キャリアベンダーの中でもコストを抑える動きは同じだ。例えば2008年1月、NTTドコモはGoogleと提携し、Googleの携帯電話用ソフトウェアプラットフォーム「Android」の採用を決めている。もはやこうした形でプラットフォーム開発コストを抑えなければならないほど、携帯電話のマーケットはもうからなくなっているのだ。
代わりに、最近組み込みシステムが注目され始めているのが自動車業界だ。もともと自動車は非常に多くの半導体を搭載している。システム化されていないこの部分の「置き換え」が各社の狙いである。
自動車のどこに「組み込みシステム」を適用するのか
具体的にちょっと例を挙げてみよう。下の図2は、車のミラーとパワーウィンドウを従来型システムで構成した場合だ。バッテリーからミラー操作パネルに電源を引き、ここから左右のミラーに2軸分(X軸とZ軸)の配線を引っ張ることになる。パワーウィンドウは各ウィンドウに1基ずつあるモーターまで配線を引く。そのため、必要な配線は合計で4対(+バッテリーにつなぐ1本)となる。ほかにもワイパーや集中ドアロックなど、配線すべきものはかなり多い。これらをすべてコントローラーから引っ張ると、全体の配線はかなりの量になる。実際、小型車でも数十キロ、大型車では100キロ近い配線が車の中で利用されている。
ところが、先ほども出てきたLINを使うことで、この配線を整理することができる。例えば、図3のような構成になる。
数珠つなぎのようにミラーやパワーウィンドウのモーターをつないでいけば済むので、全体の配線量を減らすことができる。さらに、操作パネル周囲に配線が集中するのを避けられる。パーツが減れば故障の可能性も減るし、配線が減れば重量軽減にもつながる。
特に最近は省エネが叫ばれており、自動車メーカーはいかに車重を減らすかに腐心している。数十キロ減る効果は見逃せない。軽量であることだけを重視すれば、一番良いのは「パワーウィンドウなし」「ミラー調整は手動」だが、商品構成上なかなか受け入れられないだろう。最近の自動車マーケットは、主要なターゲットを女性に定めている。女性のニーズを考えると、軽自動車のような低価格車両であっても「安い分使い勝手は悪い」という車両は受け入れられないことが多い。そのため、自動車メーカーは使い勝手はそのままに(パワーウィンドウあり、ミラー調整は自動)、車重を減らすために知恵を絞っているというわけだ。
自動車が組み込みシステムを採用すればマーケットは確実に拡大する
組み込みシステムを使った構成の場合、まずLINコントローラーに1つ、そしてミラーに各1、パワーウィンドウに各1で合計5個のコントローラーが使われることになる。ドアロックやワイパー、エアバッグなど、ほかにも配線が必要なものはたくさんある。そのため、コントローラーの数はまだまだ増え、車両全体で数十個のMCU(Micro Control Unit)が使われることになる。この車種が1万台生産されればMCUの消費量は数十万個になる。さらに高級車になると、カーナビやクルーズコントロール、もっと上級になるとITS(Intelligent Transport System)まで搭載している。これらすべてに組み込みシステムを採用すれば、売り上げ増大は間違いないといえるだろう。
そのような事情があり、2007年から2008年にかけて、主要な半導体ベンダーはいずれも車載向けシステムの製品群を発表したり、車載向けシステム専門の事業部を新たに発足させたり、といった動きを見せている。今後数年は、この車載向けのシェア争いが非常に激しくなると思われる。
ただ実のところ、このマーケットも無限ではない。例えば、図1にあるようなMCUとモータードライバ、下手をするとモーターまで含めて数千円以下という要求が自動車メーカーからは突きつけられる。理由は簡単で、ミラー調整を従来型配線からLINを使ってネットワーク化しても、運転者にはメリットがないからだ。カーナビなどであれば、目に見える形でユーザーメリットがあるので最終的な価格に転嫁させやすいが、ミラーやパワーウィンドウは「あって当然のもの」であるため、それを理由に価格を上げることは難しいのが現状だ。
そうなると結局、従来の配線を使った場合と大差ない金額でない限り、自動車メーカーには組み込みシステムを採用した構成を受け入れてもらえないことになる。もちろん先にも述べた通り、重量や部品点数の軽減というメリットはある。しかし、それによって燃費が倍になったりするわけではないから、ユーザーへの価格転嫁は非常に難しい。
特に昨今は全世界的な景気減退期にあり、自動車の需要自体も落ちている。しかも、自動車の価格自体が下がり始めている。例えば、インドのTata Motorsは、30万円以下の低価格車「Tata Nano」を発表した。各社ともこれへの対抗で低価格品を用意し始めるだろう。その動きの中では、利用されるコントローラーの数こそ増えても、売り上げが伸びにくいことになる。
今は組み込みの各メーカーが自動車業界に参入を始めたばかりだが、数年後には携帯電話同様にメーカー淘汰(とうた)の動きが明確に出てくるのではないかと筆者は見ている。その次には何が来るのか? それが今後の焦点になりつつあると考えてよいだろう。
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