“医療のIT化”最新動向「レセプトオンライン請求義務化」 第2回
導入事例が示す、レセプトオンライン化対応の“理想と現実”
医療現場からの反発が根強い「レセプトオンライン請求の義務化」。特にその費用を医療機関に負わせている点が批判を浴びている。実際にはどれくらい掛かるのだろうか? 対応を進めている診療所の医師に話を聞いた。
医療機関が用意すべきものとは?
これからオンライン化対応が必要になる医療機関は、現在のIT環境に応じて以下の3つのパターンが想定される。
- 手書きで紙のレセプトを作成して、審査支払審査機関に提出
- レセプトコンピュータ(以下、レセコン)で電算処理したものを紙で出力して提出
- レセコンで電算処理したものを電子媒体に保存して提出
上記のいずれのパターンでも、最終的には「レセコンで電算処理したデータを専用のネットワーク回線に接続し、審査支払機関に送信する」ことが義務付けられている。各医療機関は、自身の環境に足りないものを今後補っていく必要がある。
社会保険診療報酬支払基金(以下、支払基金)は、その特設サイト上で各医療機関に向けてオンライン化のために用意するものやその対応手順を紹介している。
まず医療機関は、審査支払機関に「電子情報処理組織の使用による費用の請求に関する届出」「電子証明書発行依頼書」(※)を提出し、厚生労働省が進める3つの接続方式から回線接続を選択して回線事業者に申し込む。
※ 電子証明書発行依頼書は、支払基金にのみ提出する。
その後、支払基金から届く送信用ソフトウェアを送信用端末にインストールし、ユーザー設定情報(オンライン接続時に使用する利用者IDとそのパスワード)を用いて設定作業を行い、支払機関との導通試験を実施する。さらに、必要に応じて医療事務員へのトレーニングや確認試験を実施した後、実際に請求を開始するという流れだ。
実際、オンライン請求化対応にはどれくらいの費用が掛かるのだろうか? 支払基金のサイトでは、導入費用に関するモデルケースが紹介されている。
| オンライン化のモデルケース | 想定金額 | |
|---|---|---|
| 初期コスト | オンライン請求用端末 | 約10万円 |
| 電子媒体用ドライブ(端末に付属されている場合は不要) | 約1万円 | |
| 電子証明書発行料 | 4000円 | |
| ネットワーク回線接続に掛かる費用 | 約2万8000円 | |
| 合計 | 約14万2000円 | |
| 運用コスト | IP-VPN接続の場合(回線種類によって異なる) | 約6000円 |
今回の義務化では「医療機関にその導入・運用コストを自己負担させる」点を批判する声が挙がっている。また、機器の導入コストが実際にはモデルケースの何倍も掛かるともいわれている。こうした批判を受けて、厚生労働省は導入が難しい医療機関に対する支援策として、2009年度一次補正予算での補助金の拠出や代行請求サービスの利用などで対応する予定だ。
東京都医師会の理事にオンライン化対応の課題を聞いた前回に続き、今回は実際に対応を進めている「日本橋形成外科・皮フ科・美容外科」にその対応に掛かる費用について話を聞いた。また、同医院から対応を委託された中央ビジコムの担当者に導入のポイントや現在の市場動向を聞いた。
診療所の導入事例:日本橋形成外科・皮フ科・美容外科
日本橋形成外科・皮フ科・美容外科では、3年前に開業した当初から三洋電機の診療所用レセコン「Medicom-MC/X」を使用している。レセコンで計算したレセプトを紙に出力し、所属する日本橋医師会に提出。医師会は審査支払機関に一括で請求している。
現在、同医院では月に平均300~400件のレセプトを作成しているという。既にレセコンを導入しているので先述の「2. レセコンで電算処理したものを紙で出力して提出」のパターンに該当し、2010年4月までに対応することが義務付けられている。
国際医療活動にも従事する同医院の森岡大地医師は、導入を開始した理由を「海外出張が多いため、早めに導入しようと考えた。また、中央ビジコムが展開する早期導入キャンペーンを活用したかったからだ」と語る。同医院ではそのキャンペーンを利用することで「通常の導入費用よりも2割安く済む」という。
同医院では、まず2009年7月に支払基金へ申請書類を送付した。また、同年8月に支払基金から送られるオンラインキットをセットアップし、IP-VPN接続のための回線工事を実施する。その後、導通試験と事務員へのサポートを受けて、2009年9月請求分(2009年8月の診療報酬)から対応する予定だという。森岡医師によると、オンライン化で掛かった費用は「すべての工事費を合わせて20万円」になる。
取材前に想定したよりも「安価でかつ短期間でその対応が進んでいる」という印象を受けた。導入に際して困った点はないのだろうか? 森岡医師は「回線接続の設定のために、余計なコスト負担を強いられた」と語る。
同医院では、オンライン化対応で院内のネットワーク環境の変更を余儀なくされている。森岡医師は開業時に「いずれオンライン化されるだろう」と考えてLANケーブルを敷設し、運用コストが安価なUSENの光ファイバー、IP電話、コピー機をセットでリース契約を結んでいた。しかし、支払基金から指定されたのは「NTT回線のみ」だったため、院内のネットワーク環境をすべてNTT回線に切り替える必要に迫られた。その場合は月々の通信費が増えるだけでなく、電話番号も変更せざるを得なくなる。幸いFAXがNTT回線であったのでADSLルータを用いて、FAX回線からレセコンへ接続させることで対応した。それでも「月々数千円の通信費の増加は避けられない」という。
現場の医師が考えるオンライン化のメリットとは?
森岡医師はオンライン化されるメリットについて「支払請求処理が高速化され、診療報酬の返戻処理の問題が解消される」点を挙げている。
同医師によると、退職による社会保険から国民健康保険への切り替え、転職による健康保険組合の変更など「保険の切り替え時期に診療を受ける被保険者が意外に多い」という。この場合、現行では数カ月から半年遅れで支払基金から差し戻され、医療機関は患者に再度確認を求める必要がある。患者から新しい保険情報をもらって再請求すると、さらに数カ月の期間を要することもある。
レセプト請求がオンライン化されると、「レセプトの受付時間延長」や「事前チェック」などの一般的なメリットのほかに、診療報酬の審査や返戻、再請求問題を早期に解消することが可能になる。
経営視点で見るとデメリットもある
しかし、政府の「医療機関への負担はそれほどない」という見解に対しては、同医師は「実際にはそんなことはない」と断言する。
厚生労働省はレセコン導入の支援策として、診療報酬に「電子化加算」点数を付与している。レセコンを導入している病院および診療所は、初診時の診療報酬1件につき3点(1点=10円)が加算される。しかし、森岡医師によると「これは実質的なサポートにはならない」というのだ。
同医院では、1カ月で平均150人の初診患者が訪れる。電子化で加算される診療報酬は、1カ月で平均4500円になる。前述した支払基金のモデルケースの1カ月の通信費が「約6000円」だと、結果的には月々の運用コストを補えないという試算が出る。
さらに「ある美容外科の診療所では、コストパフォーマンスを考えて保険診療をやめ、自由診療のみに切り替えることを検討している」という。これは自由診療だけでも経営可能な専門分野での特殊なケースかもしれない。しかし今回の義務化は、医療機関の経営方針を変える影響力を持つことを示しているともいえる。
現場とのギャップは大きい
森岡医師は「行政側と医療現場とのギャップは大きい。コンピュータを使ったことがない医師も多くいる。医療費の抑制や業務効率化のための施策の選択肢の1つとしては良いだろうが、完全義務化する必要性を感じない。現場はかなり困惑している」と語る。
「高齢の医師の中には“必要最低限の暮らしができればいい”という考えで、今までのかかりつけの患者のためだけに医療に従事したいという人もいる。今回の義務化によって、こうした想いが絶たれてしまうこともある。本当に切実な問題だ」(森岡医師)
森岡医師のこのコメントから、本制度が現場の医師からどれだけ敬遠されている状況にあるかが分かる。また、それらの医療機関で保険診療を受けていた被保険者の立場はどうなるのだろうか。
システム導入のポイントとは?
また森岡医師は「オンライン化に当たっては、コンサルティングを含めた医療機器ベンダーの支援が不可欠だ」と語る。そこで、今回対応を委託された中央ビジコムの担当者にその導入ポイントを聞いた。
中央ビジコムの東京東営業所サポート課の係長、大野和幸氏は、支払基金が提示しているように通常は2、3カ月でオンライン化に対応しているが、「医療機関によっては大幅に予定が遅れる場合もある」と語る。
その理由について大野氏は「支払基金側の点数計算処理を可能にするために、レセプトデータのコード体系を整備する必要があるから」と説明する。
医療機関が手書きで作成したレセプトは、実際の疾病名や診療行為、薬剤名などを記載している。しかし、レセコンを導入して電算化すると、それらすべてをコード(数値)に切り替えなければならない。
また、既にレセコンを導入している場合でも、オンライン請求する際には厚生労働省が指定するマスター規格に基づいたコードを付加する必要がある。レセコンの多くは各社が独自で管理しているコードを持っており、医療機関によってはその管理様式が異なる。そのため、ベンダーが医師と連携してマスターの項目の洗い出しやそのすり合わせなどの作業を行わなければならないのだ。
中央ビジコムの販売支援部の次長、坂下栄光氏は「特に、疾病名のコードを置き換える作業が難しく、かなりの時間を要する」と指摘する。国際的な統一規格「ICD10」(※)の疾病名に合わせる必要があるからだ。また同氏は、「診療科目が多い医科病院では取り扱う項目数が多いため、コード体系の整備に掛かる工数を考慮する必要がある」と説明する。
※ ICD10:WHO(世界保健機関)が発行する国際疾病分類。
このように、実際には支払基金のモデルケースよりも、導入期間が長くなるケースがあることが分かった。また、医療分野だけに限ったことではないが、導入前のマスターデータの設計や移行が不十分だと、運用後にトラブルが発生する可能性も考えられる。
診療所の導入状況
支払基金が2009年7月に発表した統計資料「レセプト電算処理システム普及状況内訳」によると、診療所におけるレセコン導入率は約3割で、そのうちオンライン化対応しているのは全体の10%に満たないという。
前述したように手書きの紙媒体から移行する場合は、レセコン機器や接続端末の導入、専用回線の敷設、セキュリティ対策の準備だけでなく、医療機関の独自のマスターを作成する必要がある。
ベンダー側はこの現状をどうとらえているのだろうか。また「2010年5月請求分から」という期限までに、義務化対象となる医療機関すべてに対応することは可能なのだろうか?
坂下氏は「“できる、できない”ではなく“やらなければならない”」として、既存顧客への提案や導入支援セミナーを開催するなどを行っていると説明する。しかし、実際には「補助金の問題を含めて、現場の医師が足踏みをしている状態だ」とも指摘する。
期限まであと8カ月という段階にしては、導入状況はかなり遅れている。また、期限直前に医師からの対応要請を受けたとしても、ベンダー側の人的リソースがそうした多くの需要に対応できるかは疑問だ。
診療所経営の圧迫要因にもなり得る
レセプトオンライン請求義務化の一番の導入障壁は、レセコン機器の導入やネットワーク接続などの導入・運用コストだと考えられる。しかし、実際にシステムを導入する際には、請求用マスターの置き換え作業などの個別カスタマイズが必要になる。単純にベンダー任せにすると、運用開始後に支障を来す恐れもある。
公的病院の閉鎖騒動をめぐって首長へのリコール請求が起こるなど“医療経営の危機”が叫ばれている。病院の経営危機には、地域住民への影響を考慮して国や自治体が中心となって救済策を取ることが多い。一方、診療所の経営については積極的な救済策がなく、あまり関心が高くないようにも思える。しかし、診療所を経営する医師にとってみれば、レセプトオンライン請求の義務化という制度は「その経営を圧迫する要因の1つ」にもなりかねない。
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