在宅専用の業務支援システムも活用
【事例】iPhoneで在宅医療を効率化する「桜新町アーバンクリニック」
東京都世田谷区で在宅医療を展開する「桜新町アーバンクリニック」。iPhoneやクラウドサービスを積極的に取り入れ、在宅医療サービスの質の向上に不可欠なスタッフ間の情報共有を進めている。
“ファミリードクター”をコンセプトに地域医療を支える
2000年設立の「医療法人社団 プラタナス」(東京都世田谷区)は、地域の子どもから高齢者まで家族全員のかかりつけ医となる“ファミリードクター”をコンセプトに、世田谷区に「用賀アーバンクリニック」「桜新町アーバンクリニック」「松原アーバンクリニック」の3つの拠点を構える。通院が困難になり往診を希望する患者の声を受け、2003年から在宅医療に取り組んでいる。また、「鎌倉アーバンクリニック」(神奈川県鎌倉市)などと診療所間ネットワーク「プラタナス・ネットワーク」を運営し、東京都や神奈川県で在宅医療を展開。現在、グループ全体で施設患者2000人、一般の住宅患者300人を対象にした医師や看護師、医療/介護スタッフが連携するグループ診療を実施している。
2005年に開院した桜新町アーバンクリニックは、内科や皮膚科、小児科、消化器内科などの一般外来、禁煙、物忘れなどの専門外来、在宅訪問診療を展開している。遠矢 純一郎氏が院長になった2009年に在宅医療部を設立し、在宅訪問診療を開始。現在、約130人の在宅患者をサポートする。
呼吸器科/神経内科医として病院勤務の経験がある遠矢氏は、「人は高齢になるほどさまざまな病気を抱える。病院の診療では、病気ごとに各診療科に見てもらう必要がある。高齢化が急速に進む中、病院よりも自宅の近くにいる医師が包括的にケアできることが求められる」と、在宅医療の重要性を語る。
在宅医療では医師や看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなど多くのスタッフが患者をサポートする。患者への診療行為や介護スタッフのケア記録などを共有するため、多職種、多事業所の円滑な連携が欠かせない。しかし、患者情報を共有する際の難しさも指摘されている。桜新町アーバンクリニックでは、ITを活用してその課題解決に取り組んでいる。
在宅医療の情報共有にiPhoneを活用
10年以上在宅医療に従事してきた遠矢氏は「従来の往診では電子カルテを搭載したノートPCを持ち歩き、現場でデータ通信カードをPCに挿してインターネットにアクセスしていた。しかし、持ち運びに不便で紛失や盗難のリスクがあった。また、携帯性に優れるPDAを試してみたが、診療現場でうまく活用できなかった」と語る。
桜新町アーバンクリニックで在宅医療を開始する際、遠矢氏は発売されたばかりの「iPhone 3GS」に着目。「何ができるのか分からなかった」が、iPhoneを2台購入し、同クリニックの看護師 片山智栄氏とともにiPhoneアプリを活用してメールやファイルの送受信を開始した。遠矢氏は「“こんなことができれば”と考えていた機能を実現するアプリが既にあった。少しずつインストールして使い始めた」と当時を振り返る。
遠矢氏が業務利用するiPhoneには、500種類以上のアプリがインストールされている。桜新町アーバンクリニックの在宅医療部では、医療関連アプリだけではなく、汎用的なアプリを組み合わせている。例えば、電子カルテの情報を閲覧する専用ビュワーを利用したり、「Googleカレンダー」でスタッフのスケジュールを共有したりしている。
また、移動中にボイスレコーダーに診療記録を録音してそのデータをメールで転送し、事務スタッフがその音声を起こして電子カルテに反映している。さらに、床ずれなどの画像を撮影してクラウドストレージ「Dropbox」に保存したり、医学文献の情報検索や薬品の在庫・発注管理などに利用(関連記事:クラウドストレージへの不安を払拭した医療機関の活用例)。その他、iPadを用いて患者やその家族に病状や治療方法などを動画で説明している。「院外にいてもデータの同期がスムーズにでき、多くのスタッフ間でリアルタイムな情報共有が可能になった」(遠矢氏)
App StoreにはiPad/iPhone用の医療関連アプリケーションが4000種類以上登録されている。遠矢氏は「最近は自分が必要なアプリを探すのに手間が掛かるほど。また、多くのアプリを組み合わせて使うため、手順が複雑になっている。今後はアプリの独自開発にも挑戦したい」と語る。
多職種連携の課題を解消する地域連携支援システム
遠矢氏は「在宅医療では、患者の日常ケアを行う訪問看護師、ヘルパーなどのスタッフとの情報連携が重要。ただ、医療/介護連携、いわゆる地域医療連携の情報共有には幾つか課題がある」と説明する。患者宅の連絡ノートで診断や処置の内容を共有したり、他の施設への連絡には電話/FAXを使うことが多い。しかし、この方法では患者宅でしか情報を確認できなかったり、重複記録の手間や情報の統一性に欠けることがある。その課題解決策として、桜新町アーバンクリニックではクラウド型地域情報連携基盤「EIR」を導入している。
EIRは「患者登録」「訪問メモ登録」「スケジュール管理」「各種書類作成」などの機能を提供。iPhoneやAndroid端末などで情報入力や参照ができ、看護師が実施した処置や画像記録を張り付けるなども可能だ。
「多くの地域連携では、情報公開の範囲を医師や看護師、薬剤師などに限定している。しかし、最も患者の身近にいるヘルパーや家族との情報共有やコミュニケーションが重要」(遠矢氏)
EIRでは、全ての情報を介護者や患者やその家族とも共有できる。また、掲示板のように関係者が気になった点などを書き込んだり、あるテーマについて議論するなどコミュニケーションツールとしても利用できる。
在宅専用業務支援システムも活用
桜新町アーバンクリニックではクラウドサービスを利用し、現場の情報共有の仕組みを実現した。しかし、在宅医療特有の業務を効率化するシステムが別途必要になった。同クリニックは2010年、在宅専用業務支援システム「おかえりくん」を開発・運用している。
おかえりくんは、往診や処方、検査、処置の記録などに加えて、往診スケジュールや医材の予定管理、各種書類/処方せんの一括作成、連携先管理や診療情報の自動配信、医療保険と介護保険の請求一元化、統計処理などの機能を搭載している。例えば、ケアマネジャーや訪問看護師の所属事業所を管理したり、FAXやメール、EIRなどスタッフに個別の連絡手段を設定できる。担当患者の更新情報があった場合、設定した連絡手段でスタッフに一括通知する。これにより、事務担当者がMicrosoft Excelを使い、手作業で管理していた連携先やスタッフへの伝達業務を自動化し、業務負荷を削減している。
IT化の動機は「患者への情報公開」
プラタナスは、用賀アーバンクリニック開院時(2000年)に電子カルテを導入するなど、早くからIT化に取り組んできた。当時、同アーバンクリニックの副院長だった遠矢氏は「電子カルテは、医療サービスの全体の質を上げるためにも欠かせない要素」と語り、その導入目的として以下の3つを挙げている。中でも「一番の動機は、患者への情報公開だ」という。
- 処方せんの指示など「診察業務の効率化」
- 医師間での患者情報を共有する「グループ診療の支援」
- 患者とその家族と病気の状況を共有する「患者への情報公開」
患者への情報提供で目指しているのは「医療の透明化」だ。また設立当初から、診察後にカルテを印刷して患者に渡している。「受け身になりがちな患者自らが自分の病気や処方薬について理解し、健康管理に取り組んでほしい」という思いがあるという。診療時の説明では分からなかったことも、後でじっくりカルテを読むことで理解するケースがあるという。
プラタナスでは、患者やその家族が院外から診療情報を閲覧できるサービス「オープンカルテ」を提供。専用ポータル画面でIDとパスワードを利用してアクセスし、カルテ情報や画像/臨床などの検査結果、処方情報を参照する。紙でも診療記録を渡しているため、情報共有手段を限定していない。「海外にいる患者の家族がサービスを利用することもある」(遠矢氏)
情報公開を進めることで「あのクリニックは連携しやすい」という他の事業者の評価が広がっているという。「在宅医療では情報共有に積極的に取り組むクリニックの方が、口コミなどで患者が集まりやすい。実際、桜新町アーバンクリニックの在宅患者の9割が口コミで集まった」(遠矢氏)
情報の二次活用にもITを利用
遠矢氏は「日々蓄積される医療/介護の情報を正しく評価し、診療やケアの質をより向上させたい」と今後の展開を語った。その例として、認知症の経過やターミナルケアの痛み止めの管理などの情報を数値化、可視化してアウトカム評価につなげる「ナレッジベースの構築」を挙げている。遠矢氏は2012年にオランダを視察し、訪問看護ステーション500カ所のデータを蓄積したシステムを見学している。EIRを応用して医療/介護の膨大な情報を生かしたいという。
また「急激に進む高齢化には、ただ単にヒューマンリソースを投入しても追い付かない。少人数で効率的に質の高い診療やケアを提供できる仕組みが必要。桜新町アーバンクリニックでの取り組みがITを活用して業務の効率化するモデルケースになれれば」と話す。
クリニック紹介
桜新町アーバンクリニック
遠矢 純一郎院長
東京都世田谷区に2005年6月開業
【診療科目】
一般外来(内科/皮膚科/小児科/消化器内科/婦人科/心療内科)、専門外来(禁煙外来/物忘れ外来)、在宅訪問診療・緩和ケア、健康診断(定期健診、特定健診、生活習慣病健診、婦人科健診)
【Webサイト】
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