医療機関のIT導入事例:クラウド型情報共有ツール「サイボウズLive」
情報共有で在宅医療の質の向上に取り組む「睦町クリニック」
在宅医療サービスの質の向上には、スタッフ間の円滑な情報共有が不可欠である。睦町クリニックはサイボウズのグループウェア「サイボウズLive」を利用し、その実現に取り組んでいる。
脳卒中や認知症などで通院が難しかったり、自宅でがんの緩和ケアなどを求める患者を対象とする「在宅医療」のニーズが高まっている。在宅医療には、医師や看護師の往診、作業・理学療法士の訪問リハビリテーション、歯科医師の訪問歯科診療など、さまざまな種類がある。また高齢患者の場合、訪問看護ステーションや居宅支援事業所など介護サービスを提供する施設と連携を取りながら、自宅療養を支援することも多い。
多職種、多事業所の連携が必要になる在宅医療だが、患者情報を共有する際の難しさが指摘されている。その理由は、それぞれの業務の独立性が極めて高い点にある。例えば、医師は診断や治療に専念し、その補佐役である看護師は医師の指示の下に患者を手当てする。また、在宅介護の司令塔となるケアマネジャーは介護プランを作成する役割を担い、訪問介護事業所のヘルパーはそのプランに従い訪問入浴などの各種サービスを提供する。1人の患者を包括的にサポートするものの、スタッフ間での情報共有は難しい。
そうした中、神奈川県横浜市の「医療法人 鴻鵠会 睦町クリニック」(以下、睦町クリニック)は2010年4月、サイボウズのグループウェア「サイボウズLive」を導入し、在宅医療・介護に従事するスタッフ間の情報共有に取り組んでいる。同クリニックがグループウェアを導入した目的は、スタッフ間でより密な連絡を取り、患者情報をより深く共有する場を提供することで、在宅医療サービスの質を高めることにあるという。
情報共有の困難さがサービス向上の壁に
睦町クリニック院長 朝比奈 完氏は「在宅医療では、スタッフが役割ごとに独立して動いている。この点が組織的に連携する病院医療と大きく違う。そのため、病院以上に情報共有が必要であるにもかかわらず、その体制づくりが難しい」と説明する。
これまで睦町クリニックでは、診断や処置の内容を患者宅の連絡ノートを記入し、それをスタッフ間の情報伝達に利用してきた。しかし、患者宅を訪問して連絡ノートを確認する必要があり、スタッフごとに情報を把握するまでの時間に差が生じていた。また、患者宅への訪問予定は患者の状況によって変更することが多く、その場合は電話やFAXを利用して各事業所に連絡していた。しかし、該当スタッフが外出していたり、業務中は携帯電話に応答することも難しく、その情報を最も必要とするスタッフに対するタイムリーな連絡が難しかった。
高い機密性に着目し、サイボウズLiveを採用
そこで睦町クリニックは、現場の情報共有を目的としたIT化を検討する。その選定に当たっては、導入コストを抑えるために無償ツールであることが前提条件だった。幾つかの無償ツールを検討した結果、朝比奈氏は2009年秋、当時サービスを開始したばかりのサイボウズLiveに着目した。同クリニックでは以前からグループウェア「サイボウズ Office」を利用しており、その有効性を既に認識していた。
朝比奈氏は「医療情報はその取り扱いに慎重を期すことが不可欠。サイボウズLive以外のツールでは機密性に課題があった」と語る。メンバー間の情報共有を支援するという特性上、コラボレーションツールの多くは、あるユーザーがどういうプロジェクトに携わっているかを別のユーザーでも把握しやすい。その点が在宅医療での利用には適さないという。
在宅医療でコラボレーションツールを利用する場合、患者を主体としたプロジェクトを立ち上げ、そのケアに当たる複数のスタッフで情報を共有することになる。例えば、あるメンバーがプロジェクト情報を登録した場合、そのプロジェクトの存在自体を別のメンバーでも確認できる。それが第三者に情報が漏えいするリスクになり得るのだ。
一方、サイボウズLiveでは共通の属性を持つ情報を「グループ」として取り扱う。グループ情報にアクセスするには、グループの管理者から招待されてメンバーになる必要がある。また、グループ間での情報の機密性も高く、他のグループの存在やメンバーがどのグループに属しているのかも分からない。
「サイボウズLiveの画面を眺めていた際、グループ情報が表示されないことに気が付いた。患者ごとにグループを作成してスタッフの情報交換が可能で、そのグループの存在を第三者に知られる心配は一切ない。これを機に、サイボウズLiveでの情報共有を真剣に検討するようになった」(朝比奈氏)
サイボウズLiveは、1グループ当たり20人以下の場合は無料で利用できるクラウド型サービス。スケジュールや掲示板、共有フォルダ、ToDoリストなど情報共有に必須の機能をWeb画面から利用でき、画面を閉じれば端末側にデータが残らない。また、携帯電話やiPhone、Androidなどのモバイル端末に対応し、「サイボウズLive for iPhone」「「サイボウズLive for Android」といった専用アプリも提供している。
開始1年で参加メンバーは100人に到達
導入に当たり朝比奈氏は、疑似グループを作成して利用するなどさまざまな条件でセキュリティを検証した。その結果を踏まえて、「機密性が極めて高い情報共有環境を実現できる」と判断し、睦町クリニックは2010年4月にサイボウズLiveを導入した。その後、朝比奈氏は医療機関のメーリングリストや講演などで情報共有ツールの利用を広く発信するとともに、メンバーを集めて情報共有活動の実践に乗り出した。
睦町クリニックでは現在、訪問看護ステーションや居宅介護支援事業所、調剤薬局、地域包括支援センター、近隣の病院の医師や地域医療連携室などの100人以上と連携してメンバーでサイボウズLiveを利用している。IT環境は事業所によって異なるが、インターネットに接続可能な端末であれば利用できる点も多事業所で採用されている理由の1つだといえる。
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あらゆる患者情報を共有
参加メンバーは、これまで連絡ノートに記録していた診療やケアなどの情報をサイボウズLiveに入力している。また、移動中や外出先など場所を問わず、携帯電話やスマートフォンを用いてそれらの情報をリアルタイムに確認する。
サイボウズLiveのグループでは画像情報なども管理、共有可能だ。睦町クリニックでは、診察時に撮影したじょく瘡(床ずれ)などの患部画像をサイボウズLiveに保管している。患部の経過状況が一目で確認でき、電話やFAXでは実現が難しかった情報の共有も可能になった。
「私は医師なので他のメンバーがどんな情報を必要としているのかは、分からない部分もある。しかし、現時点ではメンバーがサイボウズLiveに入力する情報に特に制約は設けていない。業務には直接関係がないと思われる情報から気付かされることもある」(朝比奈氏)
サイボウズLiveの利用が進むにつれ、スタッフ間のコミュニケーションも活発に行われるようになった。グループの掲示板には患者情報だけでなく、患者や家族への接し方の相談、よりよいサービスを提供するためのディスカッションなども行われている。
参加メンバーは連絡ノートへの記録に加えて、同様の内容をサイボウズLiveに入力する作業を行う必要がある。しかし、利用から1年後に実施したアンケートでは、90%以上のスタッフが「サイボウズLiveの利用を肯定的に捉えていた」という。多くのスタッフが情報共有の重要性を実感したことを示している。
在宅医療における情報共有の大切さ
サイボウズLiveの導入効果は、患者やその家族からの信頼の獲得という形で表れている。2010年4月、サイボウズLiveで初めて情報共有を行った患者は情報共有開始から2週間後に亡くなった。その死亡診断に訪れた際、朝比奈氏は遺族から次のように告げられたという。
「私があるスタッフに話したことが、別の医師や訪問看護師に伝わっていることを知り、多くの人に支えられていることを実感した。この思いを支えに、これからも生きていける」
朝比奈氏は「スタッフ間の情報共有が促進することで、患者とのコミュニケーションの取り方も確実に変わり、患者やその家族が安心して幸せに日々を過ごせることにも役立つ。在宅医療サービスの質の向上のため、情報共有の重要性を関係者はもっと理解すべき」と語る。
その上で「情報共有を通じて、患者や関係スタッフが新たな価値を享受できるようになった。しかし、医療分野ではそれが必ずしも収益に直結するわけではない。運用コスト面を考慮しても、1グループのメンバーが20人までは無料で利用可能なサイボウズLiveの存在意義は大きい」と説明した。
睦町クリニックは現在、横浜市の「在宅療養ネットワーク強化に向けた提案型委託事業」を受託。同事業を通じて、在宅医療における情報共有の促進に今後も取り組んでいく。
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