クラウドERPに乾杯
「ビールはうまいが経営はいまいち」、そんな地ビール企業を救ったのは?
クラフトビール(地ビール)分野で存在感を増していた米新興企業が、業務プロセス管理の不備で失速の危機に陥った。その状況を好転させたのが、社外から引き抜いたCFO兼COOが導入した「クラウドERP」だ。
どんな企業であれ、利益率と業務コストの見通しが甘ければ経営危機に陥るのは必定だ。米Golden Road Brewingは、競争が激しいクラフトビール業界で有望視されている新興企業である。だが業務プロセスの管理がずさんだったために、華々しいデビューに急ブレーキがかかりかねない状況に追い込まれていた。
Golden Roadは、米ロサンゼルスを中心とした市場向けに缶入りクラフトビールを販売する目的で2011年に設立された。2013年には出荷量が年間1万8000バレル(約2150キロリットル)に達し、クラフトビール業界で最も急速な成長を遂げた企業の1社として数えられるまでになった。同社はクラフトビールを地元の卸売業者と店舗に販売するだけでなく、人気の高い地ビールパブの経営も手掛けている。
2013年、「Budweiser(バドワイザー)」で有名な米ビール会社大手のAnheuser-Buschから、ポール・バージス氏がGolden Roadの最高財務責任者(CFO)兼最高執行責任者(COO)として引き抜かれたとき、Golden Roadの製品はコンシューマーの間で人気が高かった。にもかかわらず、バックエンドの業務プロセスが確立していなかったために、この成功にかげりが見え始めていたという。
醸造長でも「製造コストが分からない」
「受注から請求書発行の間の管理が全く行われていなかった」とバージス氏は振り返る。醸造長の中には、1バッチ(1釜分)のビールを製造するのに実際にどれくらいのコストが掛かるのかを知らなかった人もいたという。Golden Roadの共同創業者であるメグ・ギル氏とトニー・ヤノー氏は、ビール造りでは業界関係者から高い評価を得ていたものの、経理能力に対する評価は散々だった。
経営学修士(MBA)の資格を持っているバージス氏は、米Intuitの会計ソフト「QuickBooks」と表計算ソフトに頼るのをやめて、ERPシステムを導入する必要があると判断した。「問題はERPシステムを導入するかどうかではなく、どのERPシステムを導入するかということだった」と同氏は語る。
幾つかの選択肢を検討した後でGolden Roadが最終的に選んだのは、米Orchestraが独SAPのクラウドに実装したアプリケーションだ。「SAPのバックボーンがあるので、安心感があった。最も避けたかったのは、新しいプラットフォームの導入でリスクが生まれることだった」とバージス氏は話す。
バージス氏はAnheuser-Busch在籍時にSAPシステムを扱った経験がある。Golden Roadが導入した「OrchestratedBEER」は、OrchestraがSAPの中堅・中小企業向けERP「SAP Business One」をビール業界向けにカスタマイズしたバージョンだ。Golden Roadの当時の従業員は50人で、そのうちOrchestratedBEERを使用する従業員はわずか2人だった。現在、Golden Roadの従業員は116人で、うち12人の従業員がOrchestratedBEERを使っている。
OrchestratedBEERでは、社内の業務データが一元的に表示される。バージス氏によると、手作業による非定型作業から自動化システムへの移行を容易にするために、導入は段階的に進めているという。総勘定元帳(GL)システムから導入を開始し、現在は生産システムを導入中だ。同社は新システムの必要性を従業員に教育する努力も怠っていない。新しい業務のやり方に適応するのは容易でないことを知っているからだ。「気楽に考えてはいなかった。ERPを業務に導入するのは一大事だと思っていた」と同氏は話す。
バージス氏によると、新しいERPシステムのおかげで会計処理と受発注処理が迅速かつ容易になったという。「原料と在庫の管理、バッチと変更記録の監査といった業務も改善された。その結果、急速に拡大する当社の販売網の要求にも対応できるようになった」
「当社が潜在顧客から提案を受ければ、15分以内に回答できる。これは新規顧客の獲得と既存顧客の維持につながる」とバージス氏は話す。「Golden Roadが新たに手に入れたのは、素早く決定を下す能力だ」
勘に頼らない経営
米市場調査会社IDCで中堅・中小企業の調査を担当するレイ・ボッグズ副社長によると、在庫管理が複雑な企業の場合は、ERPシステムを活用する効果は大きいという。ビール業界の場合、季節によって原料が変わることがあるだけでなく、製法にも絶えず改良が加えられている。
「この業界は伝統的な職人の世界であると同時に、温度や反応時間、発酵時間などを測定する化学者の世界でもある」とボッグズ氏は話す。この創造性と精密作業の結合は、IT開発に例えることができるという。「各段階の作業を正確に把握しておく必要がある」(同氏)
予測の改善と監査に役立つERP
従業員数90人の米Avery Brewing(以下、Avery)がOrchestratedBEERを導入したのも、こうした精度に対する要求からだ。当時、Averyは銀行と投資家の注目を集めようとしたが、いずれも資金の提供に消極的だった。Averyが利益の正確な把握と予測ができていなかったからだ。
「銀行に行くと、『あなたの会社の財務戦略を教えてもらいたい。また、ソフトウェアを今後どう活用するつもりなのか』と聞かれる」と話すのは、Averyの監査役を務めるコナー・ヘルトン氏だ。「システムに監査機能があるのは助かる。融資を受けるには監査が必要になるからだ」
名前にこだわらない
Golden Roadの場合と同様、Averyも複雑なERPシステムの導入を段階的に進めた。銀行と投資家たちは、同社が導入したのはOrchestratedBEERであることを知っていたが、Averyでは、OrchestratedBEERをその略称である「OBeer」と呼ぶことにした。この呼称のおかげで、製造部門と経理部門のスタッフは本来の業務に集中できたという。「えたいの知れない複雑な業務システム」という威圧感を感じなくて済んだからだ。
「製造部門のスタッフはERPを使いたがらない。彼らがやりたいのはビールを造ることだ」とヘルトン氏は語る。「製造部門のスタッフに『ERPを使ってもらいたい』と言うのは、小さな子どもに『毎晩欠かさずに歯を磨きなさい』と言うようなものだ。ERPを使ってもらうには、使うのが簡単で面白いと思わせるようにする必要がある」
Averyも何段階かに分けてERP導入を進め、その過程でユーザー(従業員)からのフィードバックに基づいてバグを修正したりプロセスを調整したりした。
「どのプロセスが改善できるかを最終的に判断できるのは従業員。だからユーザーのフィードバックが大切なのだ」とIDCのボッグズ氏は言う。「ただし要望リストを作成しても、全ての要望をかなえられるわけではないことを理解する必要がある」
本稿筆者のクリスティン・パリゾ氏は、ビジネスとテクノロジーを専門とするフリーランスライター。
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