「AWS Summit Tokyo 2014」EdTech & Research セッションリポート
広島大学が基幹系をAmazonクラウドへ移した理由
「Amazon Web Services(AWS)」に基幹系システムを移行した広島大学。その決断を後押ししたものとは何か。なぜAWSなのか。同大学の情報担当副理事を務める相原玲二教授の話から明らかにする。
東急ハンズに協和発酵キリン、ノエビアホールディングス――。基幹系システムをクラウドへ移行させる動きが相次いでいる。運用負荷の軽減や構成変更の迅速さなど、クラウドのメリットを評価しての動きだ。
この動きは企業にとどまらず、教育機関にも広がりつつある。中国地方を代表する教育機関である広島大学は、その代表格だ。同大学は、アマゾン データ サービス ジャパンのクラウドサービス群「Amazon Web Services(AWS)」を利用し、財務会計・出張旅費などの財務系システムと、人事給与・労務管理といった人事系システムをクラウドへ移行した。
広島大学は、どのような経緯でAWSへの移行を決断したのか。移行に当たって直面した課題とは。同大学で情報担当の副理事と情報メディア教育研究センター長を兼務する相原玲二教授が、アマゾン データ サービス ジャパンが2014年7月に開催したユーザー向けイベント「AWS Summit Tokyo 2014」の講演で明らかにした。その講演の内容を紹介する。
AWS利用の現状:「SAP ERP」「COMPANY」をAWSで稼働
財務系システムと人事系システムのシステムインフラをAWSへ移行した広島大学。財務系システムにはSAPジャパンのERPパッケージ「SAP ERP」、人事系システムにはワークスアプリケーションズの人事給与パッケージ群「COMPANY」を採用し、双方をAWSで稼働させている。
財務系システムのAWSへの移行は、川崎重工業のIT子会社であるベニックソリューションが担当。一方の人事系システムは、AWSの構築・運用をワークスアプリケーションズが代行するサービス「COMPANY on Cloud Managed Service(CCMS)」を採用し、SaaSと同様な形で利用しているという。
クラウド移行の背景:環境変化に対処する手段として採用
広島大学が基幹系システムのクラウド移行を決断した背景には、2004年度の国立大学法人化に伴うコスト意識の高まりがある。2004年度以降、システム経費は国の補助金である運営費交付金で賄われるようになった。各大学の裁量で執行可能な運営費交付金だが、年々削減される傾向にあり、システム投資への配分は「うかうかしていると減らされてしまう状況だ」と相原教授は語る。
システムインフラへの要求の多様化も、クラウド移行を後押しした。広島大学のシステムはこれまで、教育研究用、事務用、学術用(図書館)の主要3システムとキャンパスネットワークなどで構成されていた。ただし最近では、学習管理システム(LMS)や研究者総覧システムなどの比較的新しいシステムへのニーズが高まり、「ある日突然、『新しいシステムを作ってほしい』といわれることも増えてきた」(相原教授)という。
こうした環境変化に対処する手段として白羽の矢が立ったのが、クラウドだった。
クラウド移行対象の選定:人的、機能的な課題から事務用システムに白羽の矢
クラウドへの移行を進めるに当たって最初のハードルとなったのは、「どのシステムをクラウドへ移行すべきか」を決めることだったと、相原教授は振り返る。
学部や研究室などのシステムは、全ての研究者が「クラウドへの移行が必要だ」と判断すれば移行できるが、考え方が異なる多様な研究者の意思をまとめるのは簡単ではない。特に共同研究用のシステムとなると、関係者が多岐にわたり、全員の同意を得るのはさらに難しくなる。一方、教育研究用システムは多数の機能を備えた大規模システムであり、丸ごとクラウドへ移行するのは難しいと判断した。
こうした検討の末に、クラウド移行の候補として残ったのが、財務系システムや人事系システムを含む事務用システムだった(写真1)。
「ガイドライン」作成で移行をスムーズに
事務用システムは、合意形成すべき関係者の数やシステムの複雑さで大きな問題はなかったものの、考慮すべきことはまだあった。事務用システムをクラウドへ移行するには、事務情報の管理責任者と管理運用担当者の同意が必要になる。だが当時は、「クラウドへ移行すべきかどうかを責任者、担当者が判断できる明確な基準がなかった」(相原教授)のだという。
こうした背景から、2012年度に丸1年掛けて検討・作成したのが、「クラウドサービス利用ガイドライン」である。同ガイドラインでは、クラウドの利用や運用で注意すべき45項目のチェックリストを用意し、「担当者レベルでクラウド利用の是非が判断できるようにした」と相原教授は説明する(図1)。
AWS選定の理由:「SAPが動くクラウド」が採用の条件
一口にクラウドといっても、AWS以外にも日本マイクロソフトの「Windows Azure」やニフティの「ニフティクラウド」など、国内外問わずさまざまなサービスがある。AWSを選定した理由は、2012年のプロジェクト推進当時、「主要なクラウドのうち、SAP ERPを正式サポートしたのがAWSしかなかった」(相原教授)からだという。
日本マイクロソフトが2014年6月、SAP ERPなどの業務アプリケーション群「SAP Business Suite」のWindows Azureでの稼働をサポートするなど、SAP Business Suiteを稼働可能なクラウドの選択肢は増えつつある。広島大学は、基幹系システムのインフラとして「AWSにこだわっているわけではない」(相原教授)ものの、「現状は堅牢性と柔軟性を評価し、当面はAWSの利用を続ける」(同)考えだ。
移行期間を優先し、システムを“そのまま”移行
SAP Business Suiteは当然ながら、財務系だけでなく人事系業務もカバーしている。また上述の通り、SAP Business SuiteはAWSでの稼働もサポート対象だ。同様に、COMPANYも財務会計をそろえており、CCMSを利用すればAWSでも問題なく稼働できる。これらを考慮すると、AWSへの移行を機に、財務系、人事系システムのパッケージを統合するという選択肢もあったといえる。
広島大学がSAP ERPとCOMPANYの併用を続けた最大の理由は、クラウド移行にかかる期間を短縮することだ。広島大学は2004年、SAP ERPの前身である「SAP R/3」を使った財務系システムと、COMPANYを使った人事系システムを本格稼働させている。AWSへの移行に当たっては、原則として既存のシステムを変更せず、ほぼそのままの形でAWSへ移行させることにした。AWSへの移行には2013年度のほぼ1年をかけたが、「もし移行を機にシステムを変えていたら、移行作業は1年では終わらなかっただろう」と相原教授は語る。
そもそも、財務系システムはSAP R/3、人事系システムはCOMPANYとパッケージを使い分けていたのはなぜか。システム構築当時、財務会計にはSAP R/3を利用することが決まっていたが、人事系システムについては、「SAP製品群では国内教育機関のニーズに合わないと判断した」(相原教授)ことが背景にある。教育機関での利用実績があったことも考慮し、COMPANYを採用したという。
導入効果:「クラウド=コスト削減」の直結は危険、柔軟性と安全性が鍵
AWSへの移行で得た最大の効果は、「運用の柔軟性が増したことだ」(相原教授)という。コマンドやAPIを利用し、仮想マシンの起動や終了、ロードバランサの設置といった運用作業を効率化。深夜にはシステムを停止したり、土日祝日には仮想マシンの数を減らして縮退稼働をするといった細かな制御をすることで、従量課金のメリットも生かしている。
コスト削減もクラウド移行の目的の1つに据えていた広島大学。ただし、相原教授は「クラウドへ移行しただけでコストが大幅に削減できるわけではない」と指摘する。ハードウェアとソフトウェア、運用管理を含めたシステムのトータルコストは、AWSへの移行前後で横ばいか、若干多めに掛かると同大学は試算する。
本格的なコスト削減には、複数の大学による共同利用システムへの移行などが求められるというのが、相原教授の考えだ。ただし、「従来と同等のコストで、必要になったときにリソースをすぐに増やせるようになったことは大きな利点。セキュリティ面でも、大学のサーバ室にサーバを置いておくよりもどう考えても安全だ」と、同教授はコスト削減以外のクラウドのメリットにも目を向けるべきだと語る。
今後もクラウドの利用を拡大
広島大学は今後、クラウドの利用範囲を拡大する考えだ。大学の公式Webサイトと、研究者総覧・研究力分析システムのインフラは、いずれも2014年度にAWSへ移行する。教職員・学生用メールシステムやインターネット出願システムは、AWSとは別のクラウドを利用して新システムを構築する。双方とも、2015年度から本格利用を始める考えだ。
環境変化に対処する手段としてクラウドを選んだ広島大学。ガイドラインの作成などの同大学の取り組みは、クラウドの利用を検討する他の教育機関にとっても参考になるだろう。
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