企業利用で求められる要件とは?
家庭用の無線LAN機器を企業で使うべきでない“ごく当然の理由”
いつでもどこでもネットに接続できる手段として、無線LANに寄せられる期待は一段と高まっている。企業として導入する際には、押さえておくべき前提がある。投資を無駄にしないための基礎をおさらいしよう。
スマートフォンやタブレットの普及やクラウド活用が進んだ結果として、企業内のクライアント向けネットワーク環境を無線に切り替える企業が増えている。IDC Japanの「国内企業向け無線LAN機器市場の2013年の実績と予測」によれば、国内企業向け無線LAN機器市場は、前年比24.3%増という高い成長率を示している。
固定された端末同士を接続する有線LANの場合とは異なり、無線LAN導入の際に注意すべきポイントは多数ある。もちろん、家庭内で無線LANを使い慣れているという人は少なくないだろう。だが、むしろ家庭で当たり前のように慣れ親しんでいる無線LANだからこそ、いざ企業内で利用するとなったときに、予期せぬ問題が起こることがある。
企業用無線LANは家庭用無線LANと違う
さまざまなメディアや調査会社が企業向け無線LAN機器ベンダーの動向を発表しているが、それらを見ると、家庭用機器で高いシェアを誇るベンダーがそのまま上位に名を連ねていることが多い。そうしたベンダーの製品を導入した理由は単純明快で「価格が安いから」というものが多い。SOHO型の小規模オフィスで接続する端末も少なければ、それはそれで合理的な選択ではある。
だが、クライアントPCの主流がデスクトップ型からノート型に変わり、スマートフォンやタブレットなど多数のデバイスが接続されるようになったことで、状況は変わりつつある。「大手の企業では無線LANがプライマリーのネットワークになりつつあり、そこにある程度の投資が必要ということも理解されている」。シスコシステムズ エンタープライズネットワーク事業 ユニファイドアクセス部部長の田村康一氏はそう語る。
一方、コスト最優先で機器を選んでしまった結果、安価な無線LANアクセスポイント(AP)がやがて快適な速度を維持できなくなるというトラブルも後を絶たない。
家庭用と企業用の製品では同時接続可能な台数が異なる。企業用は10台以上の同時接続が可能であることが多いが、家庭用などの安いAPでは、せいぜい3台程度だろう。
ここで、アルバネットワークスが行ったある実験を紹介しよう。同社では、会議室内に同社の企業向けAPと家庭用の市販APを設置。それぞれ1メートル離れたところに5~20台のクライアント端末(Android/iPad/iPhone/Mac OS/Windows 7)を置き、約10MバイトのYouTube動画を一斉に再生した。その結果、5台と10台の実験では顕著な差が見られなかったが、20台同時接続では、速度に10倍以上の差が生じた。また、別途iPad14台で同じ実験を行ったところ、スループットは2倍の差だった。
接続される端末が増えるとパフォーマンスが下がる。ごく単純な理屈だが、実際に家庭内で10台の端末が同時につながるということはないので、なかなか理解されにくいようだ。
ところが、オフィスでは、狭い空間から多人数が同時に1つのAPへの接続を行う。会議室に4,5人集まってそれぞれがノートPCとスマートフォンやタブレットを持ち歩いているような状況では、それだけで端末は10台近くになる。多人数の同時接続が可能なAPでなければ、パフォーマンスの低下をより切実に体感することになるわけだ。
企業だけでなく学校などでも事情は似たようなものだ。教育現場へのITの導入が盛んになりつつあるが、タブレットなどの購入に予算が取られる分、無線LAN機器のコストは抑えられる傾向にある。本来必要なインフラへの投資を渋った結果、肝心のタブレット自体が十分に活用されないという本末転倒な事態も起こっているのだ。
カタログスペックに惑わされてはいけない
新しいテクノロジーはまず最終消費者に向けた市場で投入される。それが企業用の製品にまで普及するのは。しばらく先になるのが常だ。「最速」「1台で100台のクライアント端末に接続」などのキャッチフレーズを掲げた家庭用製品に魅力を感じるのは不自然なことではない。だが、上に述べた通り、カタログに示された「理論値」は、実際に使用する条件によっては、ほとんど意味がない。また仮に電波が遠くまで飛んだとしても、端末の側からの上りの電波が弱く、トータルでパフォーマンスが出ないということもある。
「混み合ってきた際にどれくらい性能が発揮できるのか、デバイスが移動した際にAPの切り替えがうまくいくのかといった実際の性能が大事なポイントだと考えています」と語るのは、アルバネットワークス 名古屋支店 中部営業部 技術部長の天野重敏氏だ。
後述するように、企業用の無線LAN機器では、混み合っているAPは他のAPに振り分けを自動的に行うなど、工夫されている。カタログスペックだけではなく実用面での性能が大事になるというわけだ。
混雑時に出力を上げるのは逆効果
そもそも、混雑した環境を回避して高速な通信を実現するために強い電波を飛ばせる製品を選ぶこと自体も、ありがちな誤解の1つだ。実際には、狭い空間に複数のAPが存在する環境下で、個々のAPからの電波の出力を上げると、お互いの電波が干渉し、かえってつながりにくくなってしまうのだ。
高密度なWi-Fi環境の場合、むしろ干渉を避けるためにそれぞれのAPからの出力を下げることがある。「高密度な環境でも良好な電波が届くようにするには、必要十分な出力でたくさんのセルをたくさん確保することが重要」と、シスコシステムズ エンタープライズネットワーク事業 コンサルティング システムズエンジニア 古川裕康氏は語る。
例えばスタジアムや国際会議の会場、あるいは学校など、同時に非常に多くのワイヤレスデバイスを接続しなければいけないときには、APの出力を落として狭いエリアごとに指向性アンテナを調整し、空間を細かく分けるのだという。接続可能エリアを数多く設定することで、全体として快適な速度とたくさんの同時接続数を実現できるというわけだ。
高密度なWi-Fi環境は大規模施設に限った話ではない。私物端末の業務利用(BYOD)というトレンドも重なり、一般的なオフィスでもこうした対策が必要になってくる。フロアに何十台もAPを置いていると、同じチャンネル同士が干渉して同じ帯域を食い合うことになる。AP同士で定期的に電波をやりとりして最適な出力に調整する仕組みが必要になってくるのだ。
無線LANコントローラーが重要に
APが複数台になってくると、それを一元管理するための無線LANコントローラーが必要になる。「シスコのコントローラーにはRadio Resource Management(RRM)というソフトウェアが組み込まれており、AP同士の定期的な電波のやりとりに基づいて、それぞれ干渉がないよう、電波の出力を適正にコントロールできます。これは高密度Wi-Fiでは重要になってきます」(古川氏)。こうした仕組みも、家庭用の無線LAN機器にはないが、企業向けのシステムとしては重要な機能といえる。
1つのフロアだけでなく建物全体、あるいは支社なども含めた多拠点のアクセスポイントを集中的に管理する仕組みは、各ベンダーの差別化ポイントにもなっている。鍵になるのは「見える化」。目に見えない電波だからこそ、リアルタイムに状況を把握することが重要になってくる。
無線LANコントローラーの中には、どこにどれくらいの電波が到達しているのか、さらに、Wi-Fi同士だけでなく、電子レンジやBluetoothなどによる干渉も特定し、収集したデータをもとにAPが自動的に電波の最適化を行ってくれるものもある。
可視化の意義を強調するのは、ネットワーク統合管理システム「AirWave」を販売するアルバネットワークスも同じだ。前出の天野氏は「管理がいかに簡単にできるのかは、大きな差別化のポイントです。例えばまだAPを入れていない会議室でタブレットを使いたいというニーズが出てきたとして、電波の状況をシミュレーションして可視化できるといった機能は情報システム部門だけではなく総務部門においても高く評価されています」と語る。
ネットワークの規模によっては、独立型のAPだけあれば十分というケースももちろんあるだろう、だが、ある程度の数のAPを抱えているのであれば、無線LANコントローラーは欠かせない。繰り返すように、電波は目に見えない。可視化の仕組みがなければ、接続が不調な時の原因究明は困難だ。デバイスが移動するたびにAPを手動で切り替えなければいけないのでは、ユーザーも不便だし、サポートの回数が増えて管理者の負担にもつながりかねない。
同じようで同じじゃない
また、家庭用の安い機器ではしばしば端末との相性も問題になる。相性が合わず最初からつながらないということもあれば、端末のOSがバージョンアップされて急に使えなくなることもある。昨日使えたものが今日使えないというのでは業務に支障が出る。
その点、「シスコのアクセスポイントは独自のチップを使用しており、さまざまな端末との相性も検証しています」(田村氏)というように、企業用に特化した製品を供給するベンダーは、価格に見合った高い信頼性を強調する。
ネットワークにつながらないことがストレスというだけならまだしも、工場などではダウンタイムがそのまま利益の損失につながるし、病院などミッションクリティカルな現場では人命に関わる自体をも引き起こしかねない。
単に目先のコストだけで選択すると、ごく近い将来、もう一度機器を買い直さなければいけないということにもなりかねない。一度購入した機器は5年程度は使うことになる。その間にも端末は無線化が進み、タブレットに最適化したリッチなコンテンツも増えてくる。トラフィックが減ることはあり得ない。今はそれで十分でも、5年先まで使えるインフラになるのかは熟慮すべきだろう。
コスト意識が高いのはもちろん悪いことではない。だが、安物買いの銭失いは避けたいものだ。
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