「データは贈り物であり、贈り物は使うべきだ」と専門家
プライバシーはいずれ無くなる――スマホで進む「パーソナル化」の光と影
コンシューマーの行動や興味関心といった情報をスマートデバイス経由で収集し、個人の購買意欲の向上に結び付けようとする動きがある。その光と闇を追った。
スマートデバイスから得たデータを基に、個人に特化した情報を提供するモバイルパーソナライゼーション。未来のモバイルパーソナライゼーションは、次に見るお勧めの映画や最寄りのピザ屋を提示するといった単純なものではなくなっている。特定の個人を対象としたアプリケーションには、多少の薄気味悪さを感じざるを得ない。
モバイルパーソナライゼーションといえば、現在地に基づいてお勧めのレストランを紹介することと同義だった。レストランガイド「Zagat」の初期の頃がまさにそうだ。だが現状のモバイルパーソナライゼーションは、そのようなサービスにとどまらなくなっている。
米技術団体Mass Technology Leadership Council(MassTLC)が米ボストンで2014年7月下旬に開催したイベント「2014 Mobile Summit」で、複数のモバイルアプリ専門家が参加したパネルディスカッションの様子から、モバイルパーソナライゼーションの現状を探る。
個人情報を利益に変える「パーソナライゼーション」
スマートデバイスは新しい市場を形作りつつある。その市場では、企業が絶えずコンシューマーの現在地を把握してデータを収集する。企業は蓄積した情報に基づき、そのコンシューマーの詳細な人物像を描く。そのコンシューマーがコーヒー愛好家なのか、買い物好きな人なのか、メジャーなスポーツのファンなのか、といった具合だ。
企業はコンシューマーの一挙一動を把握し、その情報に基づいて製品をコンシューマー1人ひとりに合わせて細かくカスタマイズする。モバイルパーソナライゼーションでは、「不特定多数の人に向けた情報を発信するのではなく、特定のコンシューマー個人に向けたメッセージを発信する」と、パネリストのヘンリー・チポラ氏は説明した。チポラ氏は、米ボストンに本社を構え、モバイル分析とマーケティングを専門としている米新興企業Localyticsで最高技術責任者(CTO)を務める。
「全てのユーザーは、それぞれ異なるユニークな存在である。利用状況に基づいて、応援しているスポーツチームを特定できる。購入したいと思う可能性の高い商品を提示することも可能だ」。チポラ氏はこう語った。
データから得られるナレッジは、いずれ全てのアプリに組み込まれるとチポラ氏は予想する。例えば、米メジャーリーグ(MLB)の野球チームであるBoston Red Sox(レッドソックス)のファンが「ESPN SportsCenter」のようなスポーツ情報アプリを起動したとする。アプリでは、同チームに関する記事や、ボストン近郊で開催される同チームの関連イベントを優先的に表示する。それだけではなく、アプリの装飾ではレッドソックスカラーが採用されるようにもなる。
「詳細な個人情報を収集し、収集したデータに基づいてお勧めの商品を提示する手法は、現時点でも売り上げに影響を及ぼしている」。そう語ったのは、パネルディスカッションでモデレーターを務めたニツァン・シャー氏だ。シャー氏は、米ボストンを拠点に新製品/サービスの開発やテストなどをサポートするHigh Start Groupでパートナー管理に従事している。シャー氏によると、米Amazon.comで購入された商品の35%以上、米Netflixで視聴者が選んだ映画の75%は、個人に特化したお勧め情報に基づいているという。
モバイルアプリに関する「30秒ルール」
「デザイナーや開発者であれば、モバイルパーソナライゼーションに関心を寄せることが必須事項になっている」。こう語ったのは、ボストンを拠点に、位置情報、コンテキスト、インテリジェンスを専門にビジネスを展開する大手データ関連企業Skyhook Wirelessでマーケティング部門の副社長を務めるマイク・シュナイダー氏だ。
未来のモバイルパーソナライゼーションを現実のものにしつつあるアプリも存在する。高齢者やペットなどのケアをしてくれる人とケアサービスを利用したい人をつなぐCare.comでモバイル製品部門のディレクターを務めているライアン・チャールズ氏がお気に入りのアプリとして挙げた米Myndの「Mynd」は、その一例だ。
スケジュール管理や通勤経路紹介機能を持つMyndは、学習した情報を使用し、時間までに目的地に到着するためには何時に家を出る必要があるのかをユーザーに通知する。「私見だが、モバイルパーソナライゼーションの鍵となるのは、ユーザーの生活を楽にするかどうかだと考えている」とチャールズ氏は語った。
モバイルアプリのデザイナーと開発者がパーソナライゼーションに注目すべき理由の1つは「30秒ルール」にあると、High Start Groupのシャー氏は考えている。同氏は、新しいモバイルマーケティングのモットーについて次のように言及した。「多忙な日々を送るユーザーの多くが、移動中や通勤中にスマートフォンで何かをざっと確認するのに使える時間は30秒ほどしかない。この30秒という時間にアプリがすべきことは、ユーザーに不可欠な情報を提供することだ」
「現在位置に応じて情報やサービスの提供内容を変える『ジオフェンシング』やペルソナの発達により、ユーザーの行き先やユーザーにとって重要な場所を把握可能になった。こうした情報を活用すれば、ユーザーがアプリを開いて有益な情報を取得する手間を減らすことができる」。Skyhook Wirelessのシュナイダー氏はこう説明する。
「コンシューマーが店舗と自宅のどちらで買い物をしているかに基づくワンツーワンマーケティング手法によって、モバイルパーソナライゼーションはさらに一歩前進する」とシュナイダー氏は指摘。こうしたマーケティング手法を「in-mode」と呼んだ。「in-modeでは、コンシューマーが店舗で買い物をしている場合、店舗での購入に適した操作性を提供する。自宅にいる場合は、自宅からの購入に適した操作性を提供する」と同氏は語った。ただし同氏によると、こうしたパーソナライゼーションを生かしたマーケティング手法は、まだ初期段階にあるという。
パーソナライゼーションと識別
シュナイダー氏はそう遠くない未来に、買い忘れ防止の一助となる賢い買い物リストが誕生すると考えている。店舗のレジが会計時、コンシューマーのモバイル端末にある買い物リストを確認し、買い物リストにある買い忘れの品物を検知して購入者に通知する、といったものだ。購入した品物に基づき、お勧めの補助食品やレシピを提示する機能も実現するだろう。
このような仕組みは、人々が物事を選択するのを支援する。シュナイダー氏が指摘するように、「人々は選択の矛盾を抱えている」からだ。「コンシューマーは選択肢が多すぎて、購入すべきものを判断できないことが往々にしてある」(同)。例えば、陳列棚に多数のピーナッツバターが並んでいる状況に直面したとしよう。コンシューマーは何も買わないかもしれない。ヘルシーなブランドのピーナッツバターがあるにもかかわらず、違うブランドの商品を手に取った場合には、罪悪感を抱えた状態で棚の前から立ち去る可能性もある。
Localyticsのチポラ氏は、「パーソナル化された情報には注意が必要だ」と聴衆に警告した。「エンドユーザーにとって本当に価値があるものをパーソナル化しなければならない」(チポラ氏)。一方、Care.comのチャールズ氏は、ユーザーの世界を制限しすぎないように配慮する必要性についても警鐘を鳴らした。「人間には『選択』という行為が必要だ。アドバイスは提供しても、選択権はユーザーに委ねるのがよい場合もある」(チャールズ氏)
プライバシーとデータの贈り物
誰もが認識しながら、見て見ぬふりをしている重要な問題がある。それは「コンシューマーのプライバシー」だ。パネルディスカッションの聴衆は、プライバシーに関する強い懸念を示し、プライバシーについて幾つかの質問を挙げた。だがパネリストは、プライバシーについてはほとんど懸念していないか、全く懸念していないように見えた。
パネリストは、企業はサービスの観点から収集するデータとその用途を詳しくコンシューマーに説明する必要があり、実際に説明していると主張した。「強力なアプリで魅力的な価値を提示すれば、プライバシーに関する状況が一変する可能性は十分にある。コンシューマーはプライバシーについて懸念しなくなるだろう」(チャールズ氏)
顧客のプライバシーに関するシュナイダー氏から企業へのアドバイスは次の通りだ。「顧客データは最大限に活用することをお勧めする。顧客から拒否されたら、その時点で使用を止めればよい。データは贈り物であり、贈り物は使うべきだ」
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