袖ヶ浦高校「課題研究発表会」リポート
プロジェクションマッピングが連絡手段に? 袖高生が学校IT活用を考える
先駆的なタブレット活用校である千葉県立袖ヶ浦高等学校が、生徒の研究活動を発表する「課題研究発表会」を開催した。発表会の内容から、同校が進めるIT活用の狙いを読み解く。
米Appleのタブレット「iPad」の導入から4年が過ぎようとしている千葉県立袖ヶ浦高等学校 情報コミュニケーション科。2011年の同学科新設と同時にiPadを導入し、当時の公立高校としては珍しく、私物端末の利用(BYOD)によるiPad導入を実施した。以来、その取り組みは関係者の注目を集め続けており、現在でも全国各地からの視察が後を絶たない、タブレット活用の先進校である。
袖ヶ浦高校が成果発表の場として毎年1回開催しているのが、3年生と2年生がそれぞれ取り組んだ研究内容をポスターにまとめて掲示、発表するポスターセッション形式の「課題研究発表会」だ(写真1)。決まった答えがない問題に対して自ら考え解決していく「Project Based Learning(PBL、問題解決型学習)」の実践である。ITの日常的な活用を通して、将来に必要な資質やスキルの育成を目指す同校の理念を体現した取り組みだといえる。
本稿では、袖ヶ浦高校 情報コミュニケーション科の学科長である永野 直教諭の話を交えつつ、2014年11月に開催した課題研究発表会の内容をリポートする。
「iPad授業の披露」ではない、課題研究発表会の目的
「iPadの学習活用場面をご覧いただく目的の授業公開ではありません」。課題研究発表会の告知文には、参加者たちへの注意書きが掲載されていた。iPadの導入から丸4年が経過する袖ヶ浦高校 情報コミュニケーション科(以下、袖高)の授業公開ともなれば、iPadを使いこなす生徒の姿を見ることができると思うだろうが、そうした期待に応えることはそもそも目的とはしていない。
袖高の課題研究発表会は、3年次の科目「課題研究」と、2年次の学校設定科目「情報コミュニケーション実習」の授業で生徒が取り組んだグループ学習の内容を、ポスターセッション形式で発表する場だ。各科目では、3年生は生徒各自が設定した研究テーマ、2年生は複数生徒によるグループが設定したテーマについて、それぞれ問題を見つけ、ITを活用して解決する問題解決型の授業形式を取る。
研究活動の過程ではiPadをはじめとするIT製品/サービスの使用は必須にしておらず、課題研究発表会でもどのような手段を使うかは生徒に一任している(写真2)。それでも課題研究発表会を実際に見れば、この取り組みが、袖ヶ浦高校がIT活用を続ける真の狙いに直結していることが分かる。
3年生が取り組んだ課題研究の中身
3年生の課題研究では、全40人が7つのチームに分かれて、各グループで決めたテーマについて研究を進めた。各グループは、日常の問題についてITを用いて解決することを目標に、それぞれの研究テーマを見つけるところからスタートし、以下に挙げた7つの研究テーマを設定。1年間かけて研究活動に取り組んだという。
- 学校での「プロジェクションマッピング」のアイデア
- 高校生が自作した動画教材による数学の学習効果の検証
- 高校生が点字に関心を持つための拡張現実(AR)機能付きメモ帳の作成
- 高齢者と家族をつなぐ2種のメールインタフェースの提案
- 高校生のための健康促進動画を「Vine」を使って伝える
- 高校生のマナー向上を目的としたノベルゲームの作成
- 動画で学ぶ「アサーティブコミュニケーション」とその効果
この中から、特に注目した4つ研究テーマを詳しく見ていこう。
研究テーマ1:学校での「プロジェクションマッピング」のアイデア
まず紹介するのは、立体面に映像を投影するプロジェクションマッピングの技術を学校生活で活用する研究だ。プロジェクションマッピングは芸術作品やエンターテインメントなど観賞用として利用されることが多いが、研究チームは学校では「情報伝達」の用途で生かせるのではないかと考えた。学校から生徒への連絡や生徒同士のコミュニケーション、来校者への案内などにプロジェクションマッピングを生かそうというわけだ。
その具体例として同チームが生み出したのは、来校者がミニブログの「Twitter」でツイートした内容を階段の前面部分にリアルタイムで投影するシステムである(写真2)。開発に利用したのは、画像処理や動画といったデザイン分野のプログラミングに特化したオープンソースの開発環境「Processing」。Twitterの特定アカウントのタイムラインを読み込み、大きさや位置、スクロールの速度などもプログラミングで調整している。
Twitterを表示した階段の脇には、動画と静止画のプロジェクションマッピングを表示し、ウェルカムボードのような役割で活用していた(写真4)。静止画のプロジェクションマッピング作成にはWindows/Mac OS用ソフトウェア「HeavyM」とiOS用アプリケーション「DynaMapper」、動画のプロジェクションマッピング作成にはiOS用アプリ「Prspctv」を使用した。
このグループの生徒は研究や実演を通して、移動中の人に見てもらうためにはコンテンツのクオリティーを高める必要があることをあらためて実感したという。今後の展望には、「学校の黒板にプロジェクションマッピングの技術をうまく使って、学習理解を深めるような使い方も可能ではないか」と提案した。ちなみに、同グループが作成したポスターの右上部分には、プロジェクターで別の資料を表示するスペースを設けており、発表そのものにもプロジェクションマッピングを用いていた(写真5)。
研究テーマ2:高校生が自作した動画教材による数学の学習効果の検証
2つ目は、教員ではなく生徒が自作した数学の動画を学習に活用することで、学力向上が可能かどうかを検証した研究だ(写真6)。生徒目線で作った動画がどれだけの効果を上げるのかを測るべく、統計分析にも挑戦した。
同研究ではまず2年生を対象に、1年生の数学でつまずいた単元をアンケート調査した。その結果、「三角形の応用でつまずいた」という回答が多いことが分かり、その原因は中学校数学の基礎が固まっていないことだと考えた。そこで、式の整理と三角比に関する2種類の動画を作成することにしたという。
動画の撮影にはiPadを用いて、編集にはiOS/Mac OS用動画編集アプリ「iMovie」と、Windows用動画編集ソフト「AviUtl」を用いた。動画の作成に当たっては、以下の4つのポイントに注意したという。
- 1つの動画は5分以内にする
- 注意すべき点をテロップやインサートで分かりやすくする
- カットを多用して動画のテンポをよくする
- 生徒目線で作成する
作成した動画は、動画共有サイト「YouTube」にアップロードし、スマートデバイスからも視聴できるようにした(写真7)。
生徒が自作した動画で学力向上の結果が得られるのか。数値的な判断をするために、表計算ソフト「Microsoft Excel」を使い、「t検定」という手法で2つのサンプルの平均値間に統計的な有意差があるかどうかを検証した。
まず、三角形の応用を履修した2年生と未履修の1年生を被験者に選定。各被験者に動画視聴の前後でテストを受けてもらい、動画視聴前、動画視聴後のテスト結果をそれぞれサンプルに採用して、両サンプルの平均値を用いてt検定を実施した。その結果、各サンプルの規模は小さいものの、動画視聴前後でテスト結果に有意差が見られ、平均値は動画視聴後の方が高いという結果が出た。つまり、生徒が作成した動画でも実用的に効果があることが分かったのだ。
研究テーマ3:高校生が点字に関心を持つためのAR機能付きメモ帳の作成
3つ目は、高校生の点字への興味を喚起することを目的に、AR機能付きメモ帳を作成したチームの研究内容だ。ITを障害者支援に直接活用するのではなく、高校生が障害者に対して関心を持つことが重要だと考え、多くの人に点字への関心を持ってもらうためにITを活用できないかどうかを考えたという。
作成したAR機能付きメモ帳には、点字用の升目が印刷されている。AR機能の実現にはiOS/Android用AR作成・閲覧アプリ「Aurasma」を利用。メモ帳の升目を塗りつぶして書いた点字をAurasmaで読み込むと、Aurasmaが点字をマーカーとして認識し、イラストやメッセージを画面内で浮き上がるように表示する仕組みだ(写真9)。
同グループの生徒は、高校生に身近なスマートデバイスと文房具の組み合わせが、点字を知るきっかけになるはずだと説明。今後の課題として、Aurasmaで点字をよりスムーズに認識できるようにメモ帳の作りを工夫することを挙げる。
研究テーマ4:高齢者と家族をつなぐ2つのメールインタフェースの提案
最後に紹介するのは、高齢者が使いやすいメールインタフェースの設計、開発に取り組んだグループの研究内容だ。同グループはまず、地域の老人ホームで介護福祉士にインタビュー調査を実施し、高齢者のメール活用の実態を探った。結果、高齢者にとってメールの必要性はある一方で、「メールは操作が難しい」と感じている高齢者が多いことが明らかになった。
どのようなインタフェースであれば、高齢者にとって使いやすいのか。同グループは検討の末、「緊急」「来て」など伝えたい内容を端的に示すボタンを持つインタフェース、主要な主語、述語、修飾語を記載したボタンを持つインタフェースの2種類を考案した。前者はHTML、後者はビジュアルプログラミング環境「Scratch」を利用して開発。いずれも、ボタンを押すだけでメール本文が作成できるように工夫した。
インタフェースの完成後、同グループは老人ホームをあらためて訪問。現場担当者にインタフェースを見せてアンケート調査を実施した。その結果、「文章などはカスタマイズしたい」「音声入力ができるようにしたい」などのフィードバックをもらい、個別のニーズに合わせることができるように、自由度を高めることが必要だと実感したようだ。
生徒は課題研究発表会の後、それぞれの研究内容を論文に仕上げる。
それぞれが必要に応じて使えてこそ「真の情報活用能力」
課題研究発表会の当日は上述の通り、生徒が教室でiPadなどの端末をどう活用しているかを直接的には見ることはできなかった。だが研究活動の発表内容からは、iPadやWindows端末、各種スマートフォンなどを駆使して、グループの作業を進めてきたことがよく分かった(写真13)。生徒は目的や状況に応じて、そのときに必要な端末やサービスなどを自ら判断して利用しているという。
「ツールの使い分けやネットから得られる製品/サービスをどう活用するかなど、目的や伝える相手によって、何を使えばよいか自分で判断できるようになってほしい」――。永野教諭は、課題研究活動に込めた思いをこう語る。
情報コミュニケーション科では、1年生からiPadなどの端末を活用していることもあり、生徒にとって端末の活用はお手のものだ。ただし、学校の授業を中心とし、教員や友達のみで構成された限られたコミュニティー内では、「皆が同じような目的で、同じような使い方をするだけで終わってしまいがちだ」と永野教諭は指摘する。
永野教諭は、こうした均一的な使い方の必要性を認めつつも、活用の幅を広げる工夫をすべきだと述べる。その具現例が課題研究発表会というわけだ。「情報活用能力は本来、自らの目的や何らかの問題解決のためにITを活用する能力のことであるはず。タブレットを導入するにしても、問題解決型の学習を取り入れることが重要だと考えている」と同教諭は話す。
さまざまな用途で、iPadをはじめとするITに3年の間触れ続けた袖ヶ浦高校の生徒。この経験が、卒業後に直面していくであろう大学や社会生活でのさまざまな課題を、人と協力しながら、ITの力を駆使して自ら解決していく力につながっていくのだろう。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社MatrixFlow] 「物流リソース最適化」ガイド:人員・配車・傭車を出庫依頼の確定前に決めきる -
製品資料
[株式会社キーエンス] なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは -
製品資料
[株式会社セールスフォース・ジャパン] 「CRMは設計と無関係」は本当か? PLMとの融合で実現する高速開発 -
事例
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] AIエージェントの時代にどう備える? 「新たな働き手」を支える3要素とは -
製品資料
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] “横並びの自動化”から脱却、AI活用で生産性と競争力を高める秘訣
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
法務と開発者で「言葉が通じない」問題 トヨタやソニーが語るOSS管理の真実
-
3
なぜ「Gemini 4 Argon」は出遅れたのか? Googleが狙う“逆転のシナリオ”
-
4
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
5
情シスの約8割が転職や退職を意識 調査で分かった“辞めたくなる最大の理由”
-
6
ChatGPTは“検索しまくり”でGeminiは“淡泊”? データが明かすAIの裏側
-
7
情報漏えいはなぜ繰り返されるのか 今すぐ見直すべき「境界」
-
8
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
9
「結局使わなくなる」Microsoft 365 Copilotを半年で定着 キリンの3施策
-
10
「中堅・中小企業のネットワーク・セキュリティ運用実態」に関するアンケート
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
2
家庭用Wi-Fiルーターの業務利用は危険? 避けるべき理由と具体的な対策
-
3
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
-
4
財務部門がAIを最大限に活用する方法 無駄のない戦略的リーダーシップへの道
-
5
LLMが兵器化? 元FBI高官が鳴らす警鐘とセキュリティツール統合のポイント
-
6
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
7
なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは
-
8
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
9
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
10
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー