袖高×近大附属 東西高校IT対談【前編】
「iPad活用」の先にあるものとは? 袖高と近大附属が徹底討論
千葉県立袖ヶ浦高等学校と近畿大学附属高等学校。東西を代表する教育IT活用の先進校で取り組みを主導するリーダー同士が、現在の教育IT活用について語り合う。
千葉県立袖ヶ浦高等学校 情報コミュニケーション科と、近畿大学附属高等学校(大阪府東大阪市)はそれぞれ、米Appleのタブレット「iPad」をいち早く導入した教育IT活用の先進校だ。袖ヶ浦高校は2011年から、近大附属高校は2013年からiPadの1人1台環境を実施。両校の取り組みはeラーニングの優秀事例を表彰する「e-Learning Awards フォーラム」でも評価され、袖ヶ浦高校が2012年に「日本e-Learning大賞」、近大附属高校が2013年に「文部科学大臣賞」をそれぞれ受賞している。
IT活用先進校である両校の取り組みを主導する教員が、同じ目線で語り合うことで、教育IT活用における学校のロールモデルと課題を探る――。こうした狙いの下、現場の陣頭指揮を執った両校のリーダーを招いて対談の場を設けた。公立と私立、関東と関西。さまざまな違いがある両校が、どのような考えでIT活用を進めているのか、取り組みの中で顕在化した課題とは何か。こうした点を理解しておくことは、これからIT活用を検討・実施しようという教育機関にとって大いに参考になると考える。
対談の席についたのは、千葉県立袖ヶ浦高等学校からは情報コミュニケーション科 学科長の永野 直教諭、近畿大学附属高等学校からは教頭の森田 哲教諭と、ICT教育推進室 室長の乾 武司教諭。モデレーターには、両校の取り組みをよく知る教育ICTコンサルタントの小池幸司氏を招いた。
近大附属の私物iPad導入を後押ししたのは袖高だった?
小池氏(以下、敬称略) まずは、互いの取り組みについて、どのようなイメージを持っているのかをお聞かせください。
近大附属高校・森田教諭(以下、敬称略) 実は、袖ヶ浦高校には本校の私物端末利用(BYOD)を後押ししてもらった、という思いを持っています。
iPadの導入を検討し始めた頃、生徒のiPadを個人所有にするか、学校貸与にするかが課題になっていたのですが、答えを出せずにいました。ちょうどその頃、e-Learning Awards 2012フォーラムで永野先生の講演を聞き、「iPadは生徒の私物だ」とまるで当たり前のように話されていたのが、とても印象的で驚きました。あの講演を聞いて、「うちも、生徒の私物でいくぞ」と決めたのです。
袖ヶ浦高校・永野教諭(以下、敬称略) えっ、そうだったのですか(笑)
小池 e-Learning Awards 2012フォーラムといえば、袖ヶ浦高校が最優秀賞の「日本e-Learning大賞」を受賞したフォーラムですよね。あの会場にお2人ともいらっしゃった、ということでしょうか。
森田 その通りです。当時はタブレット導入を実施している学校そのものが少なく、袖ヶ浦高校の先行事例はとても参考になりました。
今でこそBYODを選択する学校は増えましたが、当時は違いました。どちらかといえば、「生徒が私物端末を学校で使うと、何か問題が発生したときに学校側が介入しづらい」と考える風潮が強く、それならば「学校貸与の方が管理しやすく、望ましいのでは」という意見が多かったのです。
近大附属高校・乾教諭(以下、敬称略) 私は当時、「iPadのようなデバイスは、生徒が自由に使ってこそ生きる」と考えていました。ですが、校内でこうした懸念を持つ教員に対して、「BYODでも問題ない」と自信を持って言うことはできませんでした。でも永野先生の講演を聞いていると、客観的な根拠は無かったのですが、「大丈夫だ、いける」という空気感が伝わってきました。その後は自信を持って、“私物端末でも問題ない”と言えるようになりました。
永野 ありがとうございます。当校のBYODに関しては、当時の校長が理解を示してくれたことが大きいと考えています。
学校で共通理念を掲げて、導入当初から全体の取り組みとして実践されている近大附属高校は素晴らしいです。タブレット導入は、さまざまな教育観を持つ教員を巻き込んでいくのが難しい。同じ教育現場にいる者として、その経緯がいかに大変だったかをお察します。
学校によっては、ITに強い教員1人で実践しているケースもまだ多いです。その点、近大附属高校は、学校全体の取り組みとして進めていこうとする強いポリシーを感じます。
小池 袖ヶ浦高校と近大附属高校の共通点は、学校側がルールを決めず、生徒が比較的自由な環境でタブレットを使用していることです。これがIT活用の取り組みを成功させる1つの要因なのでしょうか。
乾 周りからはよく、タブレット活用に関して「どのような制限を掛けているのか」と聞かれます。この質問に対しては、「自分の学校でよく議論して決めた方がいいですよ」と答えています。なぜなら、この質問がまさに、IT活用を左右する学校の姿勢そのものだからです。
学校が決めた制限の中で使わせるのか。もしくは生徒に自由度を与えて、教師の予想を超える使い方を認めるのか。どちらの立場を取るかは、学校や教員の姿勢次第だと考えています。iPadのような可能性を広げるデバイスを生徒に与えておきながら、従来と同じような枠組みで使わせて本当によいのか。当校では、実際に導入してみて、高校生の場合は有害サイトへのアクセス禁止など最低限のルールを整備すれば十分だと実感しています。
永野 本校でもそうした最低限の規制は設けていますが、基本的に生徒は自由な環境で使っています。使用時のルールもありますが、それは学校や教師が決めたものではなく、生徒が自分たちで考えたものです。確かに、生徒がタブレットを自由に使えるとなると、不適切な使い方をしてしまうときもあります。ときには教師が介入しなければいけない場面もある。ですが、それも学びのうちです。
デメリットだと考えて学校側が制限してしまうよりも、生徒が自由にタブレットを使って、そこから新たなものを生み出すメリットを取る方がうまくいくと考えています。生徒は、さまざまな場面で教員の予想を超えた使い方をします。その“化学反応”は、IT活用の取り組み自体を加速させることにもつながります。
既存サービスを組み合わせる袖高、独自システムを採用した近大附属
小池 両校の共通点が「生徒に自由度を与えていること」であるなら、相違点は「学校専用システムの有無」だと考えられます。袖ヶ浦高校は、「Twitter」「Evernote」「Dropbox」といった既存のサービスを組み合わせて活用しているのに対し、近大附属高校はエヌ・ティー・エス(横浜市港北区)とポータルシステムの「CYBER CAMPUS」を共同開発しています。当然ながら、公立と私立でコスト面の条件も異なるとは思いますが、専用システムの導入についてはどのような考えをお持ちでしょうか。
森田 ポータルの独自開発を進めた背景には、iPad導入をスムーズに進めたかった、という思いがあります。iPad導入の準備段階では、反対する教員がいることを予想し、全教員に一律のiPad活用スキルを求めるのは難しいと考えました。反対する教員を巻き込むには、どの教員でも使え、学習インフラとして機能するシステムが必要だと考えたのです。
乾 授業内だけでのiPad利用をベースに進めてしまい、「適切なアプリやシステムがないから、iPadを使わない」という状況が生まれる可能性を懸念しました。授業中の配布物をデジタル化したり、メールで生徒と連絡を取るなどの使い方であれば、どの教員でも無理なく使ってもらえる。各教科での利用に適した機能は、「後から載っければいい」という考えでスタートしました。
永野 本校は、公立ゆえに専用システムの構築にまで予算が確保できない状況です。ですが、逆にその立場を生かした教育を提供できると考えています。
Twitter、Evernote、Dropboxのような世界で広く使われているサービスを使うと、世の中の動きを把握しながら、社会に通用する使い方やリテラシーを学ぶことができると考えています。自分の目的や好みに応じて、さまざまなサービスを使い分けたり、組み合わせたりしながら、最適な手段を見つけるスキルも身に付けてほしいと考えています。
小池 近大附属高校は、iPadの導入に反対する教員をあらかじめ想定して、最初から全員が使える専用ポータルを採用したとのことでした。実際にiPadを使う教員は増えたのですか。
森田 本校は教員だけで200人もいるので、まだ全員が使う状況には至っていません。ただ教員全員にiPadを配布しているので、朝の会議にiPadを持ってきたり、会議の資料をPDF化したりするなどでiPadを使う人はかなり増えました。生徒との緊急な連絡に使ったりして、教員自身が「便利だな」と体感する機会が持てると、iPadに対する感覚は変わります。
乾 便利な感覚とはどういうものなのか。なぜ紙ではなくデータとして残す方がいいのか。こうしたことは、教員自身が実際に体験しないと分からないし、体験がないと生徒への還元につながらないのではないでしょうか。
永野 同感です。教員自身がまずは「使える」と実感することが大切です。そのような体験も無く、ただ上から「タブレットを使って授業をするように」と指示するのでは、イメージやアイデアも浮かびません。
大抵の場合、こうした点を研修でカバーしようとしますが、個人的には違和感を覚えています。というのも、タブレット導入時に教員が受けるべき研修は、タブレットの操作やアプリに関する知識についてではなく、「授業はどう変わっていくべきか」という授業デザインについてだと考えるからです。
生徒にどういう力を付けてもらいたいのか。その力を付けるために、生徒はどんなことをすればいいのか。こうしたことを教員自身が学べる機会は意外と少ないのです。現状は教員が自分で調べたり、自分から外へ出向いたりしない限り、学べないこともたくさんあります。こうした研修こそ、校内ですべきですね。
森田 本校でも教員にiPadを配布した際に、あらゆる研修を用意しました。電源の入れ方から基本的な操作方法、CYBER CAMPUSの使い方などです。外部から講師を招いて、教育の情報化や世界の動向についても話してもらいました。教員は、自分たちの新しい取り組みを大局的な視点で見ることも必要だと考えています。
教育ITは“西高東低”? ITへの意識は教員の「差」を生むか
小池 教育IT活用は、一部で“西高東低”といわれています。近畿や九州といった関西以西の方が、関西以東と比べてITの取り組みに比較的積極的なのではないか、ということです。東と西で、教員のITに関する意識に違いはあるのでしょうか。
永野 本校への学校視察は、圧倒的に関西以西が多いです。印象としては、IT活用をきっかけにして、何か新しいことを始めなければという危機感を持っている教員が多いと感じています。
森田 関西以西の教育機関は、他校のIT活用に興味を持っていると感じています。ただし本校には、関東方面の私立高校からの視察も増えていますよ。
小池 なるほど。関西以西では停滞感から脱出するための起爆剤にITを生かそうとしていて、関東方面は水面下で動きがあるようですね。東西問わず、教員のITに対する意識は全体的に高まっていると考えられます。現場では、教員のITスキルによって何らかの「差」が生まれてしまうことはあるのでしょうか。
乾 教員のITスキルよりも、タブレットなどのIT製品を活用する際に、明確な意思や目的があるかないかで授業に差が出ると考えています。
タブレットを導入すると、指導の方法が多様化して選択肢が増えます。ただし同時に、より適切な選択肢を教員自らが選んでいくことが必要になります。そのときに、「何がしたいのか」「何を学んでほしいのか」といった明確な目的がないと、選択肢の多さに負けてしまう。授業で何をしたいのか。このアプリを使って何を学ばせたいのか。こうした明確な目的を持ってITを使うことが大切だと考えています。
永野 本校でiPadをうまく活用している教員は、特にITスキルが高いわけではありません。ITスキルは低くても、授業力が優れていれば、ITスキルの高い教員よりも授業の適切な場面でうまくiPadを使っていることが多くあります。授業のどの部分でiPadを使えば学びを深めていけるか、知っているからです。
「何のアプリを使っているのか」とよく聞かれるのですが、「同じアプリを使い、同じような授業をすれば、タブレットを生かした良い授業ができる」というのは誤解です。システムやアプリを使いこなすだけでは、良い授業はできません。肝心なのは、タブレットが生徒の学びに何をもたらすかを想像できること。それが「IT活用力」につながるのです。
法制度がIT活用のネックに
小池 両校の現場では、IT活用に当たってさまざまな課題があるかと思います。現行の仕組みや法制度がネックとなって、運用や活用に支障をきたしている部分はあるでしょうか。
森田 最大のネックは、デジタル教科書を取り巻く法制度です。まずは、デジタル教科書を検定教科書として認めてほしいと考えています。今の法制度では、生徒は紙の教科書を購入しないと単位が認められないのです。
現状では、デジタル教科書を導入すると、生徒は紙とデジタルの教科書代を二重で支払う必要が出てきます。これは全く現実的ではない。紙の教科書を購入すれば、デジタル教科書が付いてくるか、もしくはデジタル教科書のみの購入ができるか、そのどちらかにしてほしいと切に願います。
デジタル教科書が現状の形になっているのは、教育関連の法制度だけでなく、著作権法や業界の構造的な問題も背景にあると考えています。この仕組みを変えるためには、本校だけの努力では難しい。タブレットを導入した教育機関が、共同で声にしていく必要があると考えています。
乾 本校ではまだ実現できていませんが、タブレット導入の理想形として、“全ての教材がタブレットの中にある”という環境を目指しています。恐らく、タブレットをこのまま使っていけば、そこに自然と行き着くでしょう。
デジタル教科書は重要なコンテンツであり、学校側が使いやすい形になっていってほしいと望んでいます。マネタイズが必要であれば、デジタル教科書に課金式で問題集を追加できるようにするなど、工夫の余地はあるのではないでしょうか。
永野 公立の教育機関においては、公費の使いづらさがネックになっています。現行の制度では、たとえ他の購入手段より安くても、県費を使って家電量販店でIT製品を買うことはできないのです。
県費では、物理的なものでないと買うのが難しく、ソフトウェアなどダウンロード提供されているものは購入できないケースもあります。「『iTunes Card』などのプリペイドカードを購入すればよいのではないか」とよくいわれますが、これは金券の購入と同等だと見なされ、認められません。
県費ではなく、保護者から「教材費」として徴収して購入するにしても、年度始めまでに全ての購入計画を立て、内容を保護者に周知しておかなければなりません。良いアプリを見つけたからといって、計画に無かったものを購入することは難しいのです。100円のアプリ1つを買うにしても、手続きが複雑です。この辺りをもう少し改善していかないと、せっかくタブレットを導入しても、制限が多過ぎて誰も使いたがらないデバイスになってしまうのではないかと問題視しています。
小池 なるほど。両校ともに制度的にネックになっている部分は、これからタブレットを導入する教育機関にとっても共通の課題といえそうですね。
次回以降は、大学入試、生徒の学力評価、セキュリティなどのテーマについて語ってもらう。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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袖高×近大附属 東西高校IT対談
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