近畿大学附属高等学校が進めるIT活用の今【前編】
生徒が先生、教員は見守り役――「iPad×反転授業」で見えた“ちょっと先の授業”
生徒が声を出すのは、教員に当てられたときだけ――。「iPad」や「反転授業」を生かし、そんな数学授業の在り方に一石を投じるのが、近畿大学附属高等学校だ。そのユニークな取り組みを見ていこう。
2013年度の新入生1048人全員を皮切りに、米Appleのタブレット「iPad」の1人1台環境をスタートしたのが、近畿大学附属高等学校(大阪府東大阪市)だ。導入したiPadは学校支給ではなく、生徒の個人購入で導入する「BYOD」(私物端末の利用)を採用。併せて、学習ポータルサイト構築ツール「CYBER CAMPUS」をエヌ・ティ・エス(横浜市港北区)と共同開発するなど、学習活動や学校生活などでの幅広いIT活用を目指して実践を続けている。そのIT活用は、「第10回 日本e-Learning大賞」で文部科学大臣賞を受賞するなど、外部からの評価も高い。
同校が取り組むIT活用の中で特に注目すべきなのが、数学や英語、物理などで実践中の「反転授業」である。反転授業は、従来の家庭学習と教室での授業の役割を一部反転させた授業形態だ。iPad導入をきっかけに、数学授業の在り方に一石を投じる同校数学科の芝池宗克教諭。同教諭が受け持つ高校2年数学の授業の様子をリポートする。
反転授業で実現する「生徒同士が教え合う授業」
生徒は教員の解説に黙って耳を傾けてノートを取り、1人で黙々と問題を解く――。高校の数学の授業といえば、そんな光景が一般的ではないだろうか。芝池教諭の数学の授業は、これとはまるで対照的だ。机は寄せ集めて島のような形(アイランド型)に配置。生徒は教室内を移動してiPadで板書を撮影したり、生徒同士で活発に教え合ったりする。
これは、芝池教諭の授業では、数学では珍しい「協働学習」(Collaborative Learning)を実践しているためである。協働学習は、多様な学習者が能力やスキルを共有し、対等な立場で学習目標の達成を目指す学習形式のことを指す。
芝池教諭は、協働学習の手法の1つである「知識統合型ジグソー法」(※)という学習方法を部分的に参考にして、生徒全員が1つの授業時間の中で、必ず一度は教える役目を担う学習シーンを作っている。
※ 知識統合型ジグソー法:東京大学 大学発教育支援コンソーシアム推進機構(CoREF)の三宅なほみ教授が提案する学習方法。あるテーマについて複数の視点で書かれた資料をグループに分かれて読み、自分なりに納得できた範囲で説明を作って学習者間で交換。得た知識を組み合わせてテーマ全体の理解を深めたり、テーマに関連する課題を解いたりする。
知識統合型ジグソー法のエッセンスを取り入れたのは、「生徒同士の教え合いといっても、教える人がいつも同じになることが少なくないからだ」と説明する。「他人に教えることで自分の理解が深まることを知ってほしい」と話す芝池教諭は、知識統合型ジグソー法を参考に、全員が教える役目になれる学習シーンを作り出している。
それでは、芝池教諭の授業の様子を見ていこう。
生徒全員が“教え役”“教わり役”に
生徒は4人一組となって10個のグループに分かれる。芝池教諭はあらかじめ、4種類の問題が書かれたワークシートを生徒全員に配り、各グループではどの生徒がどの問題を担当するかを決める。担当する問題が決まったら、今度はグループに関係なく同じ問題を担当する生徒同士で集まり、教室内に4つの「ステージ」を作る(写真1)。
各ステージでは、生徒は「教え役」と「解説を聞く役」とに分かれる。教え役になる生徒は当番制で決まっており、黒板に板書をしながら、皆に分かるように説明をする。自分の教え方が適切かどうか、授業の何日か前から芝池教諭のところへ行き、チェックを受けることで誤った解説をしない仕組みになっている。一方、解説を聞く役の生徒は、自分のグループへ戻ったときに他のメンバーへ教えられるよう、教え役生徒からしっかりと解説を聞き、理解を深めなければならない(写真2、3)。
解説を聞く役の生徒は、自分が担当する問題の解法を理解した後、それぞれのグループに戻って他のメンバーに解法を教える(写真4、5)。ステージで解説を聞いたときに取ったメモやiPadで撮影した板書の写真をメンバーに見せながら、自分の言葉で説明することで、解法の理解を深めていく。自分が担当しなかった問題に対しても、他のメンバーが別のステージで聞いた解説を教えてもらいながら、ワークシートを完成させる。50分の授業時間の大半が、こうした生徒同士の教え合いの時間に当てられる。
ところで、授業の大部分を生徒同士の教え合いが占めているのであれば、その間に芝池教諭は何をしているのか。芝池教諭が話をするのは、授業開始時と終了前の総評や別解の解説時だけだが、当然ながら、その間に何もしていないわけではない。
芝池教諭が授業中に注力するのは、生徒の動きや理解度のチェックだ。特に芝池教諭は、グループ内の話が止まっていないかどうかに気を配るという。会話が滞っているグループを見つけると、すかさずサポートに入る。難しい問題を担当している生徒には手助けをし、つまずいている生徒にはアドバイスをする。
「一斉授業で自分が話す時間が空いた分、生徒に対して個別にアドバイスできる。その環境を生かしたい」と同教諭は話す。生徒1人ひとりに目を配ることで、数学の苦手な生徒をケアしたり、得意な生徒を鼓舞するなど、生徒の状況に合ったアプローチで接することができる、というわけだ(写真6)。
授業時間内は生徒の声が途切れることがなかった。分からない部分を気軽に質問し合ったり、分からない友達のために必死になって教えている生徒の姿があちらこちらに見られたのが印象的だった。
真の“教え合い”を支える「反転授業」
このようなスタイルの授業は、「全員が動画を見て予習をしてくる反転授業の上に成り立っている」と芝池教諭は説明する。生徒は新しい単元に入る約2週前から、芝池教諭が作成した動画をiPadで視聴。その内容を「予習ノート」にまとめて提出する(写真7、8)。予習ノートを提出しない生徒に対しては、放課後に残って取り組むように指導し、全員が予習を終えた状態で協働学習に進む。
動画は全て芝池教諭の手作りだ(写真9)。動画では、同教諭が教科書の問題を説明しながら解答を手書きしていく。動画の再生時間は10分以内に収めており、自身の顔は動画内に写していない。
反転授業の進め方について芝池教諭は、「『明日、授業でこの部分を勉強するから、前日までに動画を見ておくように』といった形を取るのは難しい」と話す。そもそも高校数学の予習は、動画を使う、使わないにかかわらず、細切れで進めるのは難しいからだ。
それよりも、教科書の章や節ごとに予習を進めていく方が全体像を把握しやすいし、知識も定着しやすい。そのため芝池教諭は、動画の内容を教科書の章や節に合わせて作成している。生徒が予習をする単元は、余裕を持たせるために、授業の進度よりもかなり先の内容にしているという。
反転授業導入のきっかけは「協働学習の時間確保」
なぜ反転授業を採用したのか。そのきっかけとなったのは、芝池教諭がiPad導入の約3年前である2010年から取り組んできた協働学習だ。「数学を知識として教えるだけでなく、授業を通して、社会に出たときに必要な生き抜く力も身に付けさせたい」――。そのような考えから、同教諭は授業で積極的に協働学習を実践してきた。
だが「50分の授業で『教員が教える時間』『生徒が問題を解く時間』『生徒同士が教え合う時間』をそれぞれ十分に確保するのは、とても難しかった」と芝池教諭は振り返る。生徒自身も切り替えが曖昧で、「聞いて」「納得して」「理解して」「教え合う」というプロセスの良さが伝わらずにいた。
解決策を模索する中、2013年に同校がiPadを導入したのを機に取り入れたのが、反転授業だった。基礎的な知識や内容は動画で予習してもらうことで、授業内に充てるそれらの時間を省略し、授業では協働学習の時間を大幅に増やせるようになったという。
反転授業の目的を考え抜いて行き着いた「シンプルな動画」
「反転授業を始める前は、『動画には、生徒が一度見ただけで理解できるような演出的な要素が必要だ』と考えていた」と芝池教諭は話す。ただし、こうした動画を作るにはさまざまなテクニックが必要で、作成に着手する前のハードルが高い。
そこで芝池教諭は、反転授業で何をしたいのかをもう一度考え直したという。その結果、反転授業をするのは「生徒同士が教え合う協働学習の時間を確保したい」からであり、動画で全てを理解させたいわけではないことをあらためて確認。あくまでも授業を通して生徒に学力を身に付けてもらうことが大切だと考え、動画も芝池教諭が継続的に作成に取り組める程度のものを検討した結果、現在のような形に落ち着いたと話す。
実際には複数の動画をまとめて作るのであくまでも概算だが、動画作成に掛ける時間は、1本当たり40分程度だという。動画全体の簡単な流れをテキストに書き出し、録音は1回きりのライブ録音で済ませる。言い間違えたりしても撮り直しや修正はせず、むしろ動画の中で言い間違えを謝るなどして、できるだけ編集作業の手間を省く。完璧な動画を作成することよりも、スピーディに作成することで継続性を重視した形だ。
こうして出来上がった動画は、ファイル形式を変換してCYBER CAMPUSにアップロードする。
数学を通して“社会で生き抜く力”を教えたい
取り組み自体は1年足らずと短いものの、反転授業を継続的に実践してきた近大附属高校。その成果について芝池教諭は、「生徒の授業態度が良くなり、数学に苦手意識を持つ生徒が減った。数学以外にも生徒の主体性が増したと感じる」と手応えを感じている。
一方、反転授業がもたらすのはメリットばかりではない。他の教科との連携やバランス、生徒への負担など、多くの教師が取り組むに当たって課題となる点が多いのも事実だ。芝池教諭も「学校の教員全員が反転授業をする価値があるかどうか、学校全体で考える必要がある」と警鐘を鳴らす。実践者の言葉は重い。
「失敗例や成功例も含めて公開しながら、さまざまな人の意見を取り入れて改善し続けたい」と語る芝池教諭。始まったばかりの反転授業の取り組みを前進させていくための努力は続く。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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