世田谷区立砧南小学校のIT活用授業を紹介
iPadとデジタルペンが生む「児童の“頭の中”を丸見えにする授業」とは?
授業でのIT活用が進むが、紙に書く作業の重要性は失われていない。その「筆跡」をデータ化したら、どのような授業が可能になるのか。デジタルペンやiPadを活用する世田谷区立砧南小学校の実践から探る。
鉛筆で紙に書くのと同じような感覚で使える「デジタルペン」。ボールペンと同じような形状の本体にセンサーを内蔵し、書いた文字や絵を画像ではなくストローク(筆跡)データとして保存するのが特徴だ。書いたものを書いた順番通りに再現できるので、問題をどう解いたか、どこでつまずいたかなどが分かりやすくなり、学習者の思考過程を可視化するのに役立つ。
こうしたデジタルペンのメリットを授業で生かしているのが、東京都の世田谷区立砧(きぬた)南小学校の菊地秀文教諭だ。同氏は、特定非営利活動(NPO)法人の教育テスト研究センター(CRET)からの研究委託で、デジタルペンの教育利用に取り組む。米Appleのタブレット「iPad」、付せんを送り合いながらグループディスカッションができるソフトウェア「XingBoard(クロッシングボード)」も授業で活用する。
デジタルペンとiPad、そしてXingBoard。この3種のIT製品を使った授業とはどのようなものなのだろうか。同校で2014年3月に取材した、6年生の社会科の授業の様子をリポートする。
話し合い:デジタルペンとiPadが議論を促進
取材した授業のテーマは「UNICEF(ユニセフ、国連児童基金)のはたらき」を学ぶこと。子どもの命や権利を守るためにユニセフがどんな活動しているのかを知るのが、この授業の目的だ。菊地教諭は授業の冒頭で、世界の5歳未満児の死亡率を表した地図をプロジェクター形式の電子黒板に投影。そこから何が読み取れるのかを班で話し合うよう促した(写真1)。
菊池教諭は話し合いに先立ち、1班4人で構成される各班にデジタルペン1本と、電子黒板に表示しているのと同じ地図を配布(写真2)。児童はこの地図に、気付いたことや考えたことをデジタルペンで書き込みながら話し合いを進めた。
「アフリカ大陸は赤(5歳未満に亡くなる子ども)が多い」「大きな国があるところは青に(5歳未満に亡くなる子どもの割合が小さく)なっている」など、児童は口々に意見を言い合っていた。班長は出てきた意見をまとめ、デジタルペンを使って用紙に書き込む役目だ。まずは教科書や地図帳だけを見て意見を出し合い、後に菊地教諭の呼びかけでiPadを使った調査へと移った(写真3、4)。
デジタルペンで児童の思考を可視化
菊地教諭が授業で使用しているデジタルペンやiPadは、CRETが研究目的でそれぞれ40台ずつ支給したものだ。デジタルペンは、大日本印刷がデジタルペンとセットで販売している授業支援ソフトウェア「OpenNOTE」と併用している(写真5)。OpenNOTEは、デジタルペンで書いた文字や絵を、Bluetooth経由でクライアントPCや電子黒板へ映写する機能を備える。
OpenNOTEとデジタルペンを併用すると、児童が書いた内容をほぼリアルタイムで電子黒板へ反映できるので、教員は各児童の作業の進捗具合を把握しやすくなり、作業が進まず助けが必要な児童も一目で分かるようになる。デジタルペン自体も、鉛筆でノートに書くのと同じ感覚で使えるので、「デジタル製品になじみがない児童にとっても、デジタルの環境にやさしく入っていける」と菊地教諭は評価する。
デジタルペンでデータ化した筆跡は、児童がどのような思考過程で課題と向き合っていたのかを理解するのにも役立つ。例えば、絵が得意な児童の筆跡データを調べれば、どのような筆遣いで描いたのかを知ることができる。漢字の苦手な児童の筆跡データは、書き順の間違いの指摘に生かせる。書いている途中で手の動きが止まった部分があれば、そこでつまずいていたり考え込んでしまっている可能性が高いと推測できる。
筆跡を基に児童にアドバイス
菊地教諭は班での話し合い時に、児童の机の間を巡回(机間巡視)しながら、筆跡データを電子黒板に投影することが多いという(写真6)。この日の授業でも、班長が書き込んだ内容を電子黒板に映し出し、筆跡を再現しながら、班内の話し合いがどのように展開したのかを確認。さらに話し合いが活発になるようにアドバイスや声かけをしていた。
中には、そもそも話し合いがうまく進まない班もある。こうした班に対して菊池教諭は、他の班の話し合い時の筆跡データを見せて積極的な参加を促したりしているという(写真7)。
発表:デジタルペンの筆跡を基に班の意見を説明
班での話し合いを終えると、次は発表だ。各班の代表者は発表のとき、地図への書き込みの筆跡データを電子黒板で再生し、それを見ながら自分の班の考えを説明していた(写真8、9)。この方法は「児童が話し合いの内容を順序よく説明するのに役立つ」と菊地教諭は語る。地図に書き込んだ情報が順番通りに再現されることで、班での話し合いの過程を思い出しやすくなるからだ。「多くの児童は、『次に』『なぜ』『最後に』などの接続詞をうまく使い、相手に伝わりやすい形で話せるようになった」(菊池教諭)
書いたままの文字や絵をクラス全体で共有することで、児童は他の児童の目を意識して丁寧に文字を書くようになったり、“自分だけやらないわけにはいかない”と感じて授業参加のモチベーションが高まったりするという。デジタルペンの筆跡データは、教員に児童の思考過程の可視化というメリットを与えるだけでなく、児童の学習意欲向上にもつながっているようだ。
課題分析:「XingBoard」を使い“付せん”で意見交換
班の発表が全て済んだところで5時間目が終了。次の6時間目の授業は、前の授業内容を踏まえた課題の分析だ。ここでは児童1人1台のiPadに加え、スクリーンで付せんを交換しながら意見交換できるXingBoardを利用して授業を進めた。XingBoardを使うと、4台までの少数のタブレット間で“付せん”に見立てたデータを交換したり、さらに編集を加えたりできる。
菊地教諭は最初に、今回の授業で考える以下の4つの課題を紹介した。各課題には赤、青、緑、黄のいずれかの色がひも付けられている。
- 世界の子どもたちが置かれている状況(赤)
- 子どもたちの命や権利を守るためのユニセフの活動(青)
- 私たちにできることは?(緑)
- 上記の内容に関する「思い」「考え」「気持ち」「感じ」(黄)
XingBoardにもこの4色と同じ色の付せんがあり、児童は各課題にひも付けられた色の付せんに自分の考えを書き込んでいった。例えば、「世界の子どもたちのおかれている状況」(ひも付けられた色は「赤」)に関する考えであれば赤の付せんに書き込む、といった具合だ(写真10)。
一通り考えを書き終えたら、次は班員それぞれに色(課題)を割り当て、「赤い付せんは赤の担当者へ送る」といった具合に、班全員が自分の付せんを各色の担当者のiPadへ送った。XingBoardでは、iPadのグルーピングや位置関係といった事前設定をしておけば、XingBoardの画面内にある付せんをフリックし、送りたいiPadの方向に向かって指をすべらせるだけで付せんを送ることができる(写真11)。付せんのやりとりはXingBoardのサーバを介しており、iPad同士が直接通信しているわけではない。
各担当者に班員の付せんを集約できたら、次は担当者ごとの個人作業となる。XingBoardで班の意見をグループ分けしたり編集したりして、課題に対する班の考えを整理していった(写真12)。
担当者ごとの課題の整理を終えたら、各担当者のXingBoardの画面を班全員のiPadで共有した(写真13)。4人分の画面を共有することで、4つの課題に対する班全員の意見を網羅的に確認できる。菊池教諭はこうした一連の取り組みを通して、児童の授業への参加意欲を高めているという。
デジタルペンと付せんがコミュニケーションを促進
タブレットと電子黒板を使った授業では、クラス全員のタブレットの画面を電子黒板に映写することは簡単にできる。菊池教諭があえてXingBoardを使うのは、付せんを交換することで、受け手と送り手に会話が発生し、口頭でのコミュニケーションが苦手な児童も学び合いに参加しやすくなるなどの効果をもたらすからだという。また、個人間でデータを交換したり、編集したりするには手間も、XingBoardを使えば解消できる。
デジタルペンとXingBoardを用いた授業は、「児童が学んでいる内容を共有、編集、保存しやすく、教育との親和性も高い」と菊地教諭は語る。これらのツールを日常的に使うことで、「紙が主体の学習が苦手だった児童が突如として実力を発揮したり、学習に対して意欲的になったりすることがある」という。
必要な手段を自分で見つける力を養いたい
菊地教諭はこのように、IT製品を使った授業を推進しているものの、「紙のノートを否定しているわけではない」と強調する。「『やっぱり紙のノートが良い』と感じる児童もいる」(菊池教諭)など、児童の好みや考え方もさまざまだからだ。菊池教諭はこうした児童の意向を踏まえ、紙とIT製品双方の良さを生かした授業展開を模索している。
こうした考え方を反映した取り組みの1つが、iPadへの入力手段を児童の好みに応じて変えられるようにしていることだ。今回の授業でも、外付けの物理キーボードを使う児童、iPadのソフトウェアキーボードを通常のキーボードレイアウトで使う児童、フリック入力のレイアウトで使う児童と、児童によって入力方法はさまざまだった(写真14)。
「IT活用が進む教育現場では、児童が自由にツールを選べる機会を設けることが大切だ」と菊地教諭は話す。同じ問題でも、紙で解く児童、デジタルペンを使う児童、それぞれの好みや使い勝手によってツールやメディアを自由に選択できる環境が望ましいと考えているようだ。「児童によって最適な入力方法やツールは異なる。これからの子どもは、こうしたツールの使い方も自分で選びながら学習方法を確立していく必要がある」(菊地教諭)
パフォーマンス向上や目的達成に最適な手段を見つける力を、自然な形で身に付けてもらいたい――。菊池教諭はこうした思いを抱きつつ、授業での日常的なIT製品の活用を継続する考えだ。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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