中高一貫女子校の私物iPad導入事例
「物理キーボードなんていらない」――私物iPadを使いこなす女子中学生
中高一貫の女子校である山梨英和中学校・高等学校。その中等部に当たる山梨英和中学校は、生徒の私物iPadを学校生活に活用している。生徒主導のルール作りなど、同校が進める取り組みを聞いた。
生徒/保護者の自己負担でタブレットを活用する教育機関の1つが、中高一貫の女子校である山梨英和中学校・高等学校の中等部に当たる山梨英和中学校だ。姉妹校のiPad導入を機に、2012年から徐々に米Appleの「iPad」の活用を進めてきた同校は、生徒の成績向上など具体的な成果を上げ始めているという。iPad活用を主導する山梨英和中学校・高等学校 教諭の宿院 頼氏に、iPad導入の経緯や効果などを聞く。
iPad活用の現状:ほぼ全ての教科で利用、「iPad mini」も選択可能に
山梨英和中学校で私物iPadを活用しているのは、中学3年生の一部と中学2年生だ。中学3年生は、学年ごとに1クラスのみ設置している英語強化クラスの全20人が私物iPadを活用。中学2年生は、全クラス78人が利用している。教員についても、国の補助金制度を利用して全員分のiPadを確保しているという。
同校の生徒は、英語を中心に、数学や理科など基本的にはほぼ全ての授業でiPadを活用する。特に、調査やプレゼンテーションに利用することが多いという。ただし、常時iPadを利用するわけではなく、基本的にはかばんに入れておき、教員が指示したときのみ取り出して利用する。家庭では、iPadを利用して宿題をしたり、メールやオンラインストレージ同期サービスの「Dropbox」を利用してリポートを提出したりしている。
授業で特定のアプリを利用する場合は、各生徒に事前にインストールしてもらう。有料アプリの場合、料金の支払いは生徒負担だ。例えば、写真や動画を盛り込んだプレゼンテーション資料の作成や発表のために、プレゼンテーションアプリの「Keynote」やコンテンツ作成/編集アプリの「ロイロノート」を利用している。
iPadのバージョンは特に指定しておらず、小型の「iPad mini」を選択する生徒もいるという。ただし、携帯電話回線が接続可能な3Gモデルは「月々の通信料金などの維持費が掛かるため」(宿院氏)、無線LANのみ利用可能なWi-Fiモデルを選んでもらっている。
1年生に私物iPadは“時期尚早”、貸し出し端末で事前準備
生徒に私物のiPadを利用させるのは、中学1年生の3月、実質的には中学2年生の4月からだ。それまで生徒は、同校が購入した貸し出し用の「iPad 2」36台を利用し、英語の時間などでiPad活用に関するノウハウやマナーを学ぶ。
中学1年生では私物ではなく貸し出し用iPadを利用させるのは、「中学1年生の段階では、iPadの使い方が分からなかったり、リテラシーに未熟な部分があることが多い」と判断したからだと宿院氏は語る。現在53人いる中学1年生は、中学2年生への進級前の2014年3月に、iPadを購入することになる。
iPad導入の経緯:姉妹校のiPad導入がきっかけに
山梨英和中学校がiPad導入に踏み切った大きなきっかけになったのが、同校の姉妹校でオーストラリアの女子校であるMentone Girls' Grammar School(以下、メントン校)がiPad導入を決めたことだ。
山梨英和中の英語教科クラスの生徒は、中学3年生の夏期休暇の期間中、メントン校で研修を受ける。そのメントン校が2011年の夏、iPadを全校生徒に1台ずつ持たせることを決定した。
メントン校のiPad導入決定を知った山梨英和中学校は、「生徒の研修先となるメントン校でiPadを導入するのであれば、導入を検討する必要があるのではないか」と判断。急きょプロジェクトチームを立ち上げて、iPad導入の検討を開始した。議論の末、メントン校がiPadを導入した2012年2月の1カ月後である2012年3月に、当時の中学1年生の英語教科クラスでiPad導入を開始した。
iPad選定理由:すぐに使える手軽さと安全性を評価
上記のような経緯もあり、当初からiPadは有力な候補ではあったが、「必ずしもiPad導入を前提とせず、さまざまな可能性を考えて選定を進めた」という。「学習用端末として、iPadで本当によいのか」「iPadではなく、ノートPCでもよいのではないか」といった視点で、他の選択肢も検討した上で、最終的にiPad導入を決断したと宿院氏は説明する。
ノートPCではなくiPadを選定した理由として宿院氏が挙げるのは、手軽さだ。「ノートPCは重量が重く起動に時間がかかり、教科書のようにぱっと出してぱっと使うことができない」。またAndroidなど他のタブレット端末と比べて、「基本的にAppleの審査をパスしたアプリケーションしか利用できない仕組みなので、安全性が高い」と判断した。
その他、教育系のアプリケーションが充実しており教員が補助教材として使えること、生徒同士の教え合いにも使えるといったことを考慮し、iPadを選定したという。
iPad導入効果:成績にも好影響、学びの可能性拡大
iPadの導入で、「分からないことをインターネットで手軽に調べられることなどが、生徒の学習の効率化に結びついている」と評価する宿院氏。テストの点数など定量的な効果については「学校の方針で、特に具体的な検証はしていない」ものの、成績面での効果も現れていると説明する。
同校の中学3年生で、定期テストの成績上位者の半数以上が、iPadを利用する英語強化クラスの生徒だというのが、こうした効果の一例だ。上述した通り、同校の中学3年生で私物のiPadを活用するのは、英語強化クラスだけである。
同校ではもともと、入学直後の中学1年生では、成績上位者に占める英語強化クラスの生徒の割合が高い傾向があった。ただし今までは、学年が進んで学習内容が高度化するのに伴い、英語強化クラスの生徒が成績上位者に占める割合が徐々に低くなることが多かったという。iPadの活用で、「現在の中学3年生の英語強化クラスの生徒は、中学1年生のときよりも、中学2年生/3年生のときの方が成績上位者の割合が高くなっている」と宿院氏は話す。
その他、テレビ電話アプリケーションの「FaceTime」を利用し、iPad導入のきっかけを作ったメントン校と映像を使った交流学習を可能にするなど、幅広いシーンでiPadを生かしている(写真)。
「ソフトキーボードの方が圧倒的に打ちやすい」という生徒も
iPadの実際の使い勝手について、同校の生徒はどう捉えているのだろうか。スマートフォンなどのタッチ端末を持っていないというある生徒は、「初めてiPadを触ったときは、電源が入っただけで『どうしよう』と戸惑った」という。ただし「小学校でもPCを授業で使ったりしていたので、PCがタッチ形式になっただけだと思えば、すぐに慣れることができた」と話す。
同校は、コンピュータ室にハードウェアキーボードを備えたMacを配備している。だが中学3年生の英語強化クラスでは、資料作成も含めてiPadで完結させるという生徒も少なくないという。ハードウェアキーボードよりも、「iPadのソフトウェアキーボードで打った方が確実に速い」と語る生徒もいたのが印象的だ。
iPad活用の工夫:ルールは生徒が決める
山梨英和中学校は、「モバイルデバイス管理(MDM)」「モバイルアプリケーション管理(MAM)」といった管理製品やセキュリティ製品は導入しておらず、端末にシステムによる制限は掛けていない。ただし、学習に必要がないアプリケーションの導入はルールで禁止しており、もしルールを破った場合はiPadを1カ月の間没収する。SNSの利用も禁止対象だ。「iPadは教科書と同等なものだという位置付け。生徒には、『教科書の中にゲームがあったらおかしいでしょ』と説明している」と宿院氏は語る。
こうした基本的なルールは学校主導で決めたが、家庭での使い方など詳細なルールは、必ず各クラスの生徒の代表者が集まるリーダー会を開いて決めるようにしているという。こうして作られたものの1つが、「家庭では、iPadを使った通信は午後8時まで、iPad自体の利用は午後10時までにする」というルールだ。
iPad導入の直後である2012年6月ごろ、保護者から「子どもがiPadばかり使っていて勉強をしないんです」という連絡が学校に入ったという。ここで同校は、教員だけで利用制限を決めるのではなく、リーダー会を開き、「こういう話が保護者からあったが、どうだろう」と生徒に問い掛けた。その後「勉強のために導入したiPadで勉強できなくなるのは本末転倒なのでは」という議論になり、上記のルールを生徒自らが決めた。
ルール策定後は、保護者からiPadの利用に関する苦情はなく、生徒からも家庭でもっと使わせてほしいという声もないという。「こうしたルール作りの経験は、社会に出てからも生きる」と宿院氏は考えている。
私物端末の課題:故障、支払いとも大きなトラブルなし
学校だけでなく家庭での利用も前提に、生徒が自己負担で端末を購入する「BYOD」を選んだ山梨英和中学校。学校におけるBYODで検討すべき課題として、端末の故障防止と端末購入時の支援策が挙げられる。ただし同校は、双方とも特に大きな課題にはなっていないという。
故障については、「貸し出し端末で、思わず手が滑って端末を落とし、画面が割れたということはあったが、私物iPadを落として破損したという報告は入っていない」という。私物iPadには本体を保護するカバーを付けることを推奨しており、「基本的には、カバーで破損は回避できると認識している」。
端末購入時の支援策として、同校は分割払いや端末の貸し出しといった個別対応をする準備を整えていたが、「実際にこうした個別対応をするケースは今のところない」と宿院氏は語る。例えば同校の現在の中学2年生の保護者は、iPad購入に関する質問はあったが、反対はなかったという。同校の中学2年生は、中学1年生のときに貸し出し用iPadを利用した学習を経験しており、「保護者も生徒の話などを通じて、iPad活用への理解を深めてくれた結果だと考えている」。
今後の展開:高校にもiPad導入を 「反転授業」も模索
山梨英和中学校を卒業した生徒は、原則として併設する山梨英和高等学校へと進級する。山梨英和中学校・高等学校が次に目指すのは、山梨英和高等学校へのiPad導入だ。山梨英和高等学校は現在、iPadを導入していないが、2014年度に導入する方向で検討を進めている。
課題となっているのが、生徒のスキルの差だ。上述の通り、山梨英和中学校の3年生で私物のiPadを活用するのは英語強化クラス1クラスのみ。山梨英和高等学校に進学すると、英語強化クラスの生徒は希望する進路に応じて複数のクラスに分かれる。「クラス内の生徒のスキルの差にどう対処するのかを検討している」と宿院氏は説明する。
iPad導入と合わせて山梨英和高等学校が検討しているのは、動画教材などを利用して生徒が家庭で予習し、授業では予習内容を踏まえた応用問題を解いたりディスカッションをしたりする「反転授業」の導入だ。山梨英和高等学校は既に、数学など一部の授業で反転授業の試行をしているという。
宿院氏は、「反転授業については賛否両論があり、導入を決定したわけではない」と前置きしつつ、「生徒は、予習で分からなかったところを授業の中で教員に説明してもらえるので、より主体的に授業を受けることができる」などのメリットがあることが分かったという。予習をしてこない生徒が出てくるという懸念は、「学習内容に関するリポートの提出を義務付けることで対処できる」と宿院氏は説明する。今後、iPadを核に、どういった学びの形を実現していくのかに注目したい。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
「Excel至上主義」の終わらせ方 丸2日の手作業地獄から情シスと現場を救うには
-
2
急増する「AIはこう言ってる」マン 判断を狂わせる「AI忖度」を防ぐには?
-
3
取手市がVDIと決別した理由 更改費用「4倍超」を約1.7倍に圧縮
-
4
221人調査で分かった「情シス最大のストレス」は?
-
5
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
6
「AI時代の統合基盤・エンタープライズAI管理」に関するアンケート
-
7
自宅のWi-Fiが「遅い」「途切れる」本当の原因は? Dellが推奨する鉄則
-
8
100億円の「Linux更新」を回避 みずほ銀行が選んだ“おきて破り”のRHEL延命策
-
9
本当に安いPCで十分か? “すぐ重くなる”を防ぐノートPC選びの絶対条件
-
10
Claudeの不可視透かしに批判殺到 著作権消失や誤判定に潜む企業リスク
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
年収2000万「クラウドセキュリティのプロ」になれる資格とは
-
2
セキュリティソフトをすり抜ける標的型攻撃メール、不審メールの見破り方とは?
-
3
Windows Updateの通信集中で回線が逼迫、ネットワーク刷新事例に学ぶ解決策
-
4
財務を戦略的組織へ進化させるAI活用術、4つの主要な障壁と解消方法
-
5
「NAS」「SAN」「DAS」は何が違う? いまさら聞けないストレージの基礎
-
6
“あのファイル転送”で暗躍するノーウェアランサム
-
7
標的型攻撃メールを見破るには? サンプル文面を例に傾向を解説
-
8
商用利用の安全性を確保し大量のコンテンツを高速で生成する、AI活用の秘訣
-
9
マンガで解説、1日で生成AI環境を構築できるワークショップの中身とは?
-
10
Dark AIが台頭する時代の新発想、「より高度なAIで対抗する」具体的方法とは?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー