iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」【第4回】
「iPadしか使わない学校」は時代遅れに――デジタルハリウッド大学 栗谷幸助 准教授
多くのクリエイターを輩出し続けるデジタルハリウッド大学。そこでiPadをはじめとするIT製品活用を推進する1人が、栗谷幸助准教授だ。同氏が自らの経験を基に、IT製品活用のコツを語る。
デジタルハリウッド大学(東京都千代田区)は、2005年に株式会社立大学として誕生した文科省認可の大学だ。Webやコンピュータグラフィックス(CG)などのデジタルコンテンツ関連業界で活躍するクリエイターを数多く世に送り出している。
同大学でWebデザインの講義を受け持つ栗谷幸助准教授は、大学だけでなく、同大学が併設する専門スクール「デジタルハリウッド」においても講師歴を持つ。デジタルハリウッドの通信教育である「オンラインスクール」では映像教材の制作にも携わり、自らも出演。この映像教材は分かりやすさが好評を博し、デジタルハリウッドの人気教材となっているという。
栗谷准教授は、大学、専門スクール、オンラインスクールと3つの異なる校種で指導経験を持つ。校種によって異なる学習者の多様なニーズに応えるべく、新しい指導方法や学習スタイルの導入・実践にも積極的だ。米Appleの「iPad」を発売直後の2010年に学習者へ配布し、iPadを使ったクラスとそうでないクラスの理解度における比較・検証も実施。現在は、レクチャー型授業と映像教材を組み合わせた「ハイブリッド型授業」と名付けた授業を実践し、映像教材のさらなる可能性を探っている。
他の教育機関とは違い、クリエイター志望という目的を持った学習者が集まるデジタルハリウッドには、時代の変化や動きに敏感で多様な価値観を持つ人材が多い。そんな学習者のニーズやライフスタイルに向き合いながら、共に変化を遂げてきた栗谷准教授に、IT製品を生かす秘訣を聞く。
連載: iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」
秘訣1:教育の枠にとらわれず、IT本来のメリットを知る
教育機関でIT製品の活用を成功させるためには、「そもそもIT製品を使うメリットは何かを教員が知っていることが大切だ」と栗谷准教授は語る。授業でIT製品がどう使えるかといった教育的価値だけにとらわれず、IT製品本来のメリットを知り、それを教育現場であればどう生かせるかを後から考える方が現実的ではないか、ということだ。
こう栗谷准教授が考える背景には、自身の失敗経験がある。栗谷准教授はiPadを導入した頃、「授業の中でiPadを使うことばかりを考えてしまい、活用の幅を広げることができなかった」という。以後、IT製品を活用する際は、教育的価値という枠にとらわれず、「教育現場では、IT製品が本来持つメリットをどのような形で生かせるか」を考えながら活用範囲を広げている。
一般的なIT製品が持つメリットとして栗谷准教授が挙げるのは、「『時間』『場所』『情報』の縛りを暖和すること」。中でも教育現場では、「場所の縛りを暖和するメリットを生かすべきではないか」と提案する。
栗谷准教授もこうした考えの基にIT製品活用を進めている。その一例が、学習者がIT製品を使う場所を授業中だけに限定しないようにしたことだ。同校が配布したiPadを学習者の自宅やカフェ、通学の電車の中などあらゆる場所で使用できるようにした。こうした取り組みを通して、「学校外で使用する際は、利用目的をはっきり定めた方がIT活用や学習時間の増加につながるなど、新たな発見があった」(栗谷准教授)という。
IT製品に教育的効果を求めることは大切だ。ただし、教育的効果ばかりに目を向けてしまうと、利便性や効率化といったIT製品本来のメリットを遠ざけてしまう恐れもある。同じIT製品でも、教員がそのメリットを理解しているかどうかで、その活用範囲や生み出す価値に違いが現れることを知っておきたい。
秘訣2:使う端末を限定しない 鍵はWebサービスの活用
「教育機関では使用する端末を限定せず、学習者が好きな端末から必要な教材へアクセスできるのが理想だ」と、栗谷准教授は考えている。
栗谷准教授がこう考えるようになった要因は2つある。1つ目が「反転授業」(※)の“失敗経験”だ。栗谷准教授は2010年、専門スクールのデジタルハリウッドで反転授業を想定した活用を実践した。学習者がiPadを利用し、予習として自宅で映像教材を視聴するという取り組みだったが、「長期的な学習方法としては根付かなかった」と栗谷准教授は明かす。
※ 動画教材などを利用して生徒が家庭で予習し、授業では予習内容を踏まえた応用問題を解いたりディスカッションをしたりする授業形式。
2010年当時の状況に目を向けると、同校が利用可能な映像教材のほとんどは米Adobe Systemsの「Adobe Flash」形式だった。Flash再生用のプレーヤーやプラグインがないiPadでは、当然ながら視聴可能な映像教材が限られる。このことが、反転授業が根付かなかった大きな原因の1つだと栗谷准教授は分析する。
2つ目は、学習者が持つ端末の多様化だ。デジタルハリウッドの受講生は、もともとデジタルデバイスの所有率が比較的高い。同校がiPadを導入したときも、既に個人のWindows端末やMacを学校へ持参していた学習者が多かった。学習者が使うスマートフォンのOSはさまざまであり、iPad以外の端末に慣れている学習者も少なくない。こうした状況下では、「校外で、当校支給のiPadを必ず使うように指導することは難しかった」と栗谷准教授は話す。
「同じ教室にいる学習者全員が同じ端末を使うスタイルは、いずれ変化するだろう」と栗谷准教授は予測する。学習者が私物端末を教育機関に持ち込む(BYOD)動きが一般化すれば、教育機関ではさまざまなOSや機種の端末が利用されることになる。家庭が既に購入している端末の利用に加え、保護者の意図や学習者の好みを考慮した端末選びに理解を示さねばならないケースが出てくると思われるからだ。
もちろん、小学校、中学校、高等学校においては、教材の調達や管理のしやすさなど、学習者全員が同じ端末を使うことで得られるメリットもある。栗谷准教授はこうした事実に理解を示しつつも、こう指摘する。「学習者が使うIT製品は、もはや文房具と同じ。教育機関側で『この会社製の、この製品を持って来てください』と指定するのは、いずれ現実的な話ではなくなる。IT製品活用に取り組む教員は、このことに目を向けておくべきだ」
特定の製品だけに利用を限定することなく、幅広いIT製品を効果的かつ効率的に活用するにはどうすべきか。重要な要素である端末に注目すると、「端末を選ばずに使えるWebサービスを活用することが有効な解決策となる」と、栗谷准教授は語る。
タブレットに最適化された、シンプルな操作が魅力なネイティブアプリは多い。学習者の発達段階によってはこうしたネイティブアプリを使う方がよい場合もあるが、同時に「端末に振り回されない運用の仕方を知っておくことが賢明だ」(栗谷准教授)。
企業向け、あるいはビジネスパーソン向けのWebサービスの中にも、スケジューラやプロジェクト管理ツールなど教育用途で使えるものは少なくない。栗谷准教授は、「年齢によっては、こうしたWebサービスを使うことが社会人スキルの向上につながる」という見方を示す。
ノートテイキング(ノートを取ること)、スケジュール管理、チームプロジェクトの進捗状況/情報共有、コミュニケーションなど、デジタルデータを利用した他者とのやりとりや管理は、今や身に付けていて当たり前ともいえるビジネススキルだ。一般的なWebサービスを教育現場でも活用し、「体系的な知識の勉強だけではなく、新たな情報を取り入れて活用しようとする姿勢など、学習活動全体の取り組み方を学ばせることが大切だ」と栗谷准教授は話す。
秘訣3:ITを使うことを恐れず、多くを求め過ぎない
教育現場でIT製品を生かすためには、「使うリスクや失敗を恐れず、とにかく始めてみることが大切だ」と栗谷准教授は強調する。校種、地域、学習者、規模など、教育現場ごとに置かれた環境や条件は違う。当然ながら、同じIT製品を活用しても、得られる成果や手応えは環境や条件によって異なってくる。「難しいことや新しいことだけをやろうとせず、カジュアルな雰囲気の中で“やってみよう”と思えることからスタートするのが望ましい」と栗谷准教授は話す。
それでも、取り組みの過程でエラーや失敗を起こすこともあるだろう。栗谷准教授は、「うまくいかないことがあっても諦めないでほしい」と、IT製品の活用に取り組む教育機関や教員にエールを送る。「エラーや失敗に対処していくことが、教員のITスキルやリテラシーを高めることにつながっていく」と、栗谷准教授は考えている。
中でも、ソフトウェアのインストール、WebサービスのID取得、会員登録の手間、ログインやパスワードの管理など、「一見すると教育とは関係ない作業も大切だ」と栗谷准教授は語る。ITが不得手な教員がこうした作業をすると、失敗することが多いかもしれない。だが栗谷准教授は「失敗を重ねながらITスキルやリテラシーを高められる良い機会だと捉えるべきだ」とアドバイスする。
「IT製品を使うことを恐れないためには、最初からIT製品に多くを求め過ぎないことも大切だ」と、栗谷准教授は語る。確かに、教育現場でおけるIT製品の活用範囲や用途は幅広い。ただし、IT製品を学校生活のあらゆる場面で活用することを前提にしてしまうと、IT製品の活用自体が目的化してしまう。むしろ最初のうちは、グループワークや個別学習、プレゼンテーション、画像検索など、用途を絞った使い方で効果や成果を得る方が、今後の活用範囲を広げやすいといえる。
教員が作るデジタル教材も同様であり、デザインや見栄えなどに完璧を求め過ぎないことが大切だ。栗谷准教授自身も、「映像教材は視聴に耐える最低限の品質は大切だが、“きれいにまとまり過ぎている”ほどの品質は必要はない」と話す。完成度の高さを求めるのではなく、ある程度、スピード感を持って進めていくことの方が大切だからだ。
2010年のiPad登場から4年あまりが過ぎ、教育現場ではさまざまなタブレット活用事例や利用価値が明らかになってきた。それがプレッシャーとなり、「あれも、これも使わなければいけない」と義務感を感じながら、IT製品活用に取り組んでいる教育機関もあるだろう。こうした中、“多くを求め過ぎない”という栗谷准教授のアドバイスは、かえって意外に感じられるかもしれない。
クリエイターを夢見る学生たちと向き合いながら、これまで取り組みを進めてきた栗谷准教授は、「教員自身が楽しみながらIT製品を使うことが、教育現場におけるIT製品の価値を生み出すはずだ」と語る。
「IT製品に多くを求め過ぎない」。教員自身の“IT製品を使う楽しみ”も大切にしながらIT製品活用を進めてきた、栗谷准教授の教育観がにじみ出ている言葉だといえるだろう。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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