iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」【第3回】
“PDCA軽視”の学校にIT化成功は無い――玉川大学 小酒井 正和准教授
経営学者でありながら、eラーニングの黎明期から教育ITの分野に携わってきた玉川大学の小酒井 正和准教授。経営学の視点も取り入れた独自の目線で、教育現場におけるIT活用の秘訣を語る。
玉川大学(東京都町田市)は、教育のIT化に積極的な校風を持つ。同大学は、キャンパスの全域に無線LANを配備。新入生は入学時にクライアントPCを各自で用意することになっている。
2014年春には、紀伊國屋書店と共同で電子書籍の導入もスタート。学生が教科書を「紙」と「電子書籍」のいずれかから選択できるようにした。国内の大学としては極めて珍しい取り組みであり、電子書籍メディアが持つ学習効果の検証に貢献するものとして注目度が高い。
この玉川大学において、教育現場でのIT活用を積極的に進めている1人が、同大学工学部マネジメントサイエンス学科の小酒井 正和准教授だ。小酒井准教授の専門は、管理会計とIT投資マネジメント。経営学者でありながら、1998年から青山学院大学総合研究所でeラーニング授業開発プロジェクトに参画するなど、教育現場でのIT活用に黎明期から携わる。
自身の研究室所属の学生に「iPad」や「iPad mini」を貸与し、IT活用を踏まえた教育研究活動を進める小酒井准教授。2013年度には、農学や商学といった異分野の研究をする他大学のゼミとの共同研究プロジェクトも開始するなど、学生が自ら学び、新しい知識・知恵を創造する場を作ることを目指している。その小酒井准教授に、教育現場でIT製品を生かす秘訣を聞いた。
連載: iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」
秘訣1:教員自身が普段からさまざまなデジタルデバイスを使う
今や学習者の多くは、スマートフォンやタブレット、クライアントPCといったデジタルデバイスを個人で所持していたり、家庭の共用端末といった形でそれらを使える環境にある。こうした中、教育現場でデジタルデバイスの活用を進める際、教員が学習者のデジタルデバイスの活用実態を十分に把握しておくことが重要になりつつある。
小酒井准教授は、それに加えて「教員自身が、授業だけでなく自分の生活も含め、あらゆる場面でデジタルデバイスを使うことが大切だ」と語る。通勤や自宅で過ごす時間、長期休暇、出張時など、教育現場以外で教員自らが積極的にデジタルデバイスを使い、時間的・物理的制約の無い使い方とは何かを経験しておくことが、教育現場での活用に広がりをもたらすという。学習者がどのようなタイミングでデジタルデバイスを使い、生活や学習に生かしているのかについても、教員自らがデジタルデバイスを日常的に利用することで、より理解を深めることができるのは言うまでもない。
これまで教育現場においては、IT製品といえばクライアントPCが主流だった。だがクライアントPCと同じ感覚でスマートフォンやタブレットなどの新しいデジタルデバイスを活用すると、「成果物だけを見比べて“それならばクライアントPCの方がいい”という発想に陥り失敗しやすい」と小酒井准教授は語る。
例えば、学習者がプレゼン資料を作成することを考えると、作成に使えるデジタルデバイスは豊富にある。出来上がったスライド自体の見栄えは、クライアントPCで作ってもタブレットで作っても、そう大差は無いかもしれない。
注目すべきなのは、デジタルデバイスの種類による変化は、アウトプットされた成果物ではなく、その作成プロセスに生じるということだ。
これまで学習者が学校のパソコン教室や自宅で取り組んでいたスライドなどのドキュメント作成は、今やスマートフォンやタブレットといったスマートデバイスを使えば、カフェテリアや移動中でも可能になった。作業効率は物理キーボードを備えるクライアントPCに軍配が上がるにしても、スマートデバイスの方がクライアントPCよりも作業場所や作業時間の確保がしやすく、ドキュメントへアクセスできる機会も格段に多くなる。
こうした作成プロセスの多様化は、教員が普段から多様なデジタルデバイスのさまざまな使い方を試しているからこそ気付くことができる観点だといえるだろう。
加えて小酒井准教授は、「教員自身が普段からデジタルデバイスを使用する頻度を増やすことで、“気付き”や“好奇心”が生まれやすく、その後、楽しみながら使っていける」と指摘する。デジタルデバイスの活用というと、教員は教育的利用や現場でどう活用するかばかりを考えてしまいがちだが、自分の趣味や関心事のために使うのも価値がある、ということだ。
IT製品を教育現場で生かすには、教員はIT製品に対する感性を磨く必要がある。その感性は、好奇心で自然に磨いていくのが一番だ。
秘訣2:試行錯誤を恐れず、スピード重視で実践する
ビジネスの分野では近年、「リーンスタートアップ」や「アジャイル開発」といった、最初に手間や負担をかけず、短いプロセスを何度も繰り返して全体を組み立てていく新しい手法が生まれてきた。これと同じように「スピーディに試行錯誤を繰り返すアプローチが、教育現場でIT製品を活用する際にも生きるのではないか」と、小酒井准教授はIT投資マネジメントの視点から話す。
小酒井准教授が最も重要視するのは、現場の試行錯誤のスピードだ。「完璧なゴールは無くとも、何となくでも終着点が見えているなら、とにかくトライしてみることが大切だ」と小酒井准教授は説明する。「教育現場では、ちょっとでも失敗をすると『全部ダメ』ということになりがちだ。そうではなく、間違いや改善点があれば、その都度正せばよいという考え方が必要になる」(同)
目的を完璧に明確にし、かつその実現に必要な全ての条件が整ってから「はい、スタート」という形を取るのではなく、教員ができることから「取りあえずやってみる」という感覚でIT製品の活用を始めてみる。そして何度も試行錯誤を重ねる中で、その取り組みを全体へ広げるイメージを持つのが望ましいようだ。
「教育現場では、新しい取り組みをする際にスタートまでのプロセスが長過ぎたり、何でも一斉に始めようとしたりする傾向がある」と小酒井准教授は話す。多くのプロジェクトは途中経過にも豊かな発見があり、こうした経験から得られた発見こそが、プロジェクト成果物の実用化や運用の際に必要なノウハウになる。
小酒井准教授によると、ノウハウをより多く蓄積するために最も大切なことは、小さな成果でもよいから、最初の成功事例を得るまでのスピードにこだわることだという。特に、トライに至るまでのスピードを上げることを意識すべきとのことだ。
トライ後の改善については、「企業が業務改善の際に用いるPDCAサイクルの考え方が生きる」と小酒井准教授は語る。
PDCAは、ビジネスの基本とも言われている、計画(Plan)し、実行(Do)して、その結果をチェック(Check)した上で改善(Act)するという、4段階のステップで業務改善を進める手法である。企業では一般的にこの4ステップをサイクルで繰り返すことで業務の改善を図るわけだが、「教育現場においてもPDCAの考えが有効だ」と小酒井准教授は指摘する。
「PDCAの考え方をベースに持っていると、問題点の洗い出しや成功・失敗の分析がしやすくなる。PDCAサイクルのスピードを早めることができれば、現場での情報共有、成功事例の横展開や定着も促進できる」。小酒井准教授はこう語る。
教員の感覚的な判断でIT活用の取り組みを評価することも確かに大切だ。だがスタート時点では、曖昧な終着点のイメージを何度も試行錯誤しながら固めていくために、教員が仕事の仕方を体系的に見直す手法を持ち、次へのトライへ生かせるような行動パターンを現場に浸透させておくことが大切だといえる。
小酒井准教授が所属するマネジメントサイエンス学科には数学教員養成コースもあるが、「教員ほどPDCAサイクルの考え方が大事な職業は無い」と小酒井准教授は言い切る。「本学科では、教員を目指す学生たちも必修でビジネスを学んでいる」(同)
秘訣3:学習者に寄り添い、これまでの教育観を捉え直す
汎用性の高いIT製品を教育現場で生かすためには、「教員自身がこれまでの常識や教育観を捉え直すことが大切ではないか」と小酒井准教授は語る。多様な使い方ができるはずのIT製品であっても、教員が「自分のときはこうだった」「勉強はこういう風にやるもの」といった固定概念を持ったまま使うと、活用の幅が自ずと狭くなってしまう。むしろ、教員が学習者側に歩み寄り、「今まで無かったツールを学習者と同じように使い、全く新しい取り組みをしてみる」といった意識を持つことが、多用な用途や活用を見いだす源泉になる。
その第一歩として、「教員が学習者に対して『授業中にどんどんデジタルデバイスを使ってよい』というメッセージを伝えることが大切だ」と小酒井准教授は話す。学習者も教員と同じく、教育や学校に固定概念を持ち、「学校はデジタルデバイスを勝手に使ってはいけないところだ」などと考えていることが意外と多いという。せっかくIT製品を導入しても、教員の予測よりも使用されないケースがあるのは、こうした固定概念からくる“指示待ち”の学生が多いことが一要因として考えられる。その対策として「学習者に対する教員の言葉がけが大切になってくる」と小酒井准教授は指摘する。
学習者にデジタルデバイスを気軽に使ってもらう具体的な手段として、小酒井准教授が自身の授業の中で使用しているのが、デジタル・ナレッジの学校向けオンラインコミュニケーションサービス「Clica(クリカ)」だ。Clicaは、学習者の反応や理解をリアルタイムに集計したり、発言を書き込んだりできるサービスで、学習者が持つ個人のスマートフォンからでも操作できる。授業や講義の中で、いつでも自由に発言を書き込めるので、学習者に「授業中にデジタルデバイスを使ってもいいんだ」と思ってもらう環境を作りやすいという。
Clicaについて学習者は、他の人の発言にクリックで賛同できることや、友達の異なる意見を知ることができる点にメリットを感じるようだ。また、学習者の授業/講義への参加感や貢献度を上げ、「自分たちの授業や講義は自分たちで作る」という意識を根付かせるためにも、学習者自身が思いのままに発言できるような学習シーンを作ることは大切だといえる。「学習者を単なる観客にしておくのではなく、授業に参加するプレーヤーへと変えていく。そんな新しい教育観を持つことが求められているのではないか」と小酒井准教授は語る。
「従来の教育観が全て悪い」とは言い切れない。良い部分もたくさんあるはずだ。その事実を踏まえつつ、かつ固定概念に捉われずに、時代の変化や社会のニーズに応える新しい教育観を持つ――。そのためには、IT製品に幼い頃から慣れ親しみ、教員よりもIT製品に近い距離にいる学習者に寄り添うことも大切だといえる。小酒井准教授が「IT活用に限らず、教員は『教え子と共に成長する』という気持ちがなければならない」と語るように、新しい教育観は教員の視点だけではなく、学習者の価値観も踏まえて形成していくことが望ましいといえる。
iTeachers(アイティーチャーズ)
小学校、中学校、高等学校、大学、専門スクール、学習塾という、各教育機関でITを活用した革新的な取り組みをしている9人の先駆者が集まって結成した教育者チーム。「教育ICTを通じて『新しい学び』を提案する」をスローガンに、実践の中で培われた経験やノウハウを、全国のイベントやセミナー、メディアなどを通じて広く情報発信している。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」
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