「Evernote Days 2014 Tokyo」リポート
“品女”“袖高”もほれ込む「Evernote」 両校が語る魅力と課題は?
情報整理ツール「Evernote」を利用する品川女子学院と千葉県立袖ヶ浦高等学校。この両校が登壇した米Evernoteの主催イベントの内容を基に、EvernoteなどのITを生かす教育機関の今を探る。
2014年7月11、12日の2日にわたり、米Evernoteが東京都江東区の日本科学未来館で「Evernote Days 2014 Tokyo」を開催した。「記憶の未来」をテーマにした同イベントの2日目には、パートナーセッションとして「教育とエバーノート~高校現場での活用事例と提言~」を催した。
同セッションは、Evernote日本法人であるエバーノート会長の外村 仁氏がモデレータを務め、NTTドコモ法人ビジネス戦略部長の松木 彰氏、千葉県立袖ヶ浦高等学校の永野 直教諭と眞山和姫教諭、品川女子学院の酒井春名教諭が登壇した。イベントの模様を基に、教育現場でのEvernoteの活用状況と課題を浮き彫りにする。
“Evernoteファン”のIT推進校が共演
セッション内容の詳細に入る前に、登壇者を簡単に紹介しよう。袖ヶ浦高校の永野教諭は、2011年よりいち早く1人1台の「iPad」を各家庭で購入し、学校に持ち込む「BYOD」方式で全国から注目を集める公立学校のIT推進の“顔”ともいえる人物だ(参考:公立高校が「生徒入学時のiPad購入」を義務化できた理由)。一方、同校の眞山教諭は「Evernoteファンの1人」(同)であり、無料アカウント(Evernoteスタンダード)を授業で試行錯誤しながら活用しているという。
品川女子学院は、「“品女”はなぜ『企業向けEvernote』を大規模導入したのか」「女子高生にもっと起業家精神を――“品女”がクラウドを使う理由」でも紹介した通り、1人1台の「iPad mini」に加え、Evernote Businessを日本の教育機関として初めて大規模導入した。同校で情報科と家庭科を教えているのが酒井教諭だ。
企業版サービスである「Evernote Business」を教育機関やエンタープライズ向けに販売しているNTTドコモ。その担当部署に所属する松木氏は、個人でもEvernoteの有料アカウントを契約し活用しているヘビーユーザーだ。
余談となるが、今回の登壇者は全員、Appleのセットトップボックス「Apple TV」の無線コンテンツ配信機能「AirPlay」を利用し、自分自身のiPadの画面を前方スクリーンに映しながら実践事例を紹介した。品川女子学院や袖ヶ浦高校ではApple TVを日常の学校活動で活用し、iPadを片手に教員が教室内を動きながらスライドを操作したり、生徒が自分のiPadの画面をスクリーンへ投影しながら発表したりしている。エバーノートの外村氏は、「事前準備で全員から『Apple TVを用意してくれ』と言われた。こんな経験は初めてだ」というエピソードを明かした。
“袖高”はEvernoteをどう使う?
袖ヶ浦高校と品川女子学院の2校は、各校でのEvernote活用事例を披露した。袖ヶ浦高校については、同校の眞山教諭が2つの事例を紹介した。
事例1/情報:紙への書き込みをEvernoteに集約 ノートチェックを容易に
1つ目は教科「情報」の授業での活用事例だ。同校の情報の授業では、授業記録を全てEvernoteに残している。一方、生徒に対しては端末へのテキスト入力だけでなく手書きも重視しており、あえて紙のプリントを配布し、学ぶべき内容を書いて覚えてもらう。生徒は記入済みのプリントを写真撮影してEvernoteに投稿し、それを教員が「提出物」としてチェックする。
生徒のプリントへの書き込みは、従来の授業に置き換えれば紙のノートを取ることに相当する。教員はEvernoteを活用することで、今まで学期に数回しかできなかった生徒の“ノートチェック”をほぼ毎回の授業でできるようになったという。さらに提出物の督促の手間も軽減でき、生徒の提出忘れ自体も激減したそうだ。
EvernoteはiOSやWindows、Androidなど複数種類のOSで利用できるので、生徒がEvernoteに投稿したプリントの書き込み内容は、iPadだけでなく「iPhone」やその他のスマートフォン、Windows搭載のクライアントPC、Macでも確認できる。内容は授業中かどうかにかかわらず、いつでも確認できるので、教員が生徒のつまずきをいち早く把握し、その結果を授業に反映できるようになったという。
事例2/英語:発音訓練で利用、生徒の隠れた個性も発見
2つ目は英語の授業だ。生徒はEvernoteの録音機能を使い、iPadのマイクに向かって発音した音声を記録。その音声ファイルを英語教員に提出する。教員は後日、赤字でコメントを返す、といった流れだ。紙のノートを中心とした従来の授業では、まず不可能な学習方法だといえよう。
会場では眞山教諭がiPadを使い、流ちょうな英語の音声を再生した。この音声は、ある生徒が授業で録音したものだという。「3年近くこの生徒を指導していたが、普段は大人しく、こんなに優れた英語の発音能力を持っているとは知らなかった。今まで埋もれていた個性を発見できたと思う」と、同教諭は興味深い話を明かした。
眞山教諭の話では、随所に個別の生徒への配慮が見受けられた。「まだできていないが、Evernoteで進路指導や志望校に合った個別課題を提供する、といったことも可能なのではないか」と期待を寄せていたのが印象的だ。
「普通の学校」袖高、その3つの特徴
先駆的なIT活用を進める袖ヶ浦高校。学校や生徒の実態はどうなのか。永野教諭は、袖ヶ浦高校の特徴として以下の3点を挙げた。
・“普通”の学校である
・偏差値も50前後の“普通”の生徒が集まっている
・みんなでシェアし、みんなで取り組む学校である
1つ目については、政府や地方自治体が特別に資金援助して実施する実証実験などではなく、本当に「普通の学校」としてITの導入や活用を進めている、という意味だ。同校は約3年前に新学科の「情報コミュニケーション科」を新設したのを契機に、学びのツールとしてタブレットを導入した。ただし、その際に「特別な予算があったわけではない」(永野教諭)という。
注目すべきなのは、普通の公立高校でも持続可能な仕組みでITを活用していることだ。永野教諭によると、同校は独自の学習システムもそれを支えるサーバも持っておらず、ほとんどの場合、無料のWebアプリケーションを活用している。自治体からは無線LANインフラの構築予算のみを支出してもらい、学校の支出は、タブレットで利用する「7000円程度の光インターネット回線の月額料金だけ」だと同教諭は説明する。
2つ目について永野教諭は、「偏差値的にも人間的にも、本当に普通で、素直な生徒が集まっている。教員の言うこともきちんと聞ける」と自校の生徒を評価する。一方、「指示のない状況下で自らアイデアが出せる、という感じでもない。『何とかしなきゃいけない』と考える課題の1つだ」(同)という。
3つ目については、生徒自身が問題を作って他の生徒に解いてもらうといった活動がある他、教員も全員でITの活用や事例の共有に取り組む風土があるという。「ITを使う学校では、1人の“スーパースター”が推進していることが多い。だが当校の場合、自分が外で講演するときに紹介するのも、ほとんどが他の教員の実践事例。皆で進めている点が特徴だ」と表現していた。
同校のIT活用で象徴的なのは、「社会に出たら誰も使っていないような専用システムではなく、Evernoteや『Dropbox』『Twitter』のような、世界中で日常的に使われているツールをもっと教育にも活用する」という考え方だ。世間に登場した無料ツールを積極的に試し、よしあしを判断してどんどん乗り換えたり、相補的に組み合わせて使ったりという試行錯誤が日々、生徒と教員によって繰り返されているのだという。
“品女”はEvernoteをどう使う?
一方、品川女子学院の酒井教諭は、同校でのEvernoteの実践事例として以下の事例を紹介した。
事例1:「デジタルシラバス」の公開
1つ目は、学期内に実施する授業概要を示すシラバスの内容をEvernoteにまとめた「デジタルシラバス」の公開だ。具体的には、Evernoteが持つ「ノート」(※)の公開機能を利用して簡易的なWebサイトを立ち上げ、そこに教員が作成した授業計画を公開している。生徒はインターネット経由でいつでもその情報を参照できる。
ノート: Evernoteの情報整理の単位で、紙のノートの1ページに相当する。あるテーマに沿った複数のノートをまとめて「ノートブック」として登録することもできる。
ある理科の教員は、動画共有サイト「YouTube」にアップロードした予習用動画教材へのリンクや復習・課題のプリントをデジタルシラバスに添付し、授業前後に活用してもらっている。これにより、試験前にできがちな教員への“質問行列”が緩和されたケースもあるという。以前は度々職員室へ来ていたのに動画教材の提供後に職員室へ質問に来なくなった生徒でも、テストではきちんと得点できていたという事例も確認されているそうだ。
事例2:クラス単位に用意する共有ノートでの“教え合い”
生徒同士がEvernoteで共有しているノート(以下、共有ノート)を使い、互いに教えあう事例も報告した。ある生徒が自分の授業メモやプリントをアップロードして他の人に教えたり、欠席者のフォローをしたりする。この共有ノートを見ながら、各生徒は“自分自身のテスト対策ノート”を作っているという。実験の記録にも、共有ノートは活躍しているそうだ。
共有ノートは教員も閲覧でき、「自分より教え方がうまい」と共有ノートに記載された生徒の教え方に感心することさえあるという。特に試験前はこうした教え合いが活発になるといい、生徒の活動が「見える化」できることも、教員から見た大きなメリットだといえる。
モデレータの外村氏は「Evernoteはいろいろな使い方ができる一方、それゆえとっつきにくいという声もある」と明かす。同氏は、品川女子学院でのEvernoteの活用事例を見学したときのことに触れ、「教員が生徒に対して特に指示することなく、ちょっとした“一例”を示すだけで、生徒が自分たちでどんどん使い方を発展させていく姿があちこちで見られた」と感心していた。
酒井教諭も「生徒は普段、勉強においていろいろと困っているようで、デジタルの有効性と身近な勉強を熱心につなげようとする。教員以上にデジタルを柔軟に使い、自分たちで工夫をしている」と生徒の取り組みを評価する。
「新しいことは6割『ゴー』」な“品女”、その3つの特徴
公立の袖ヶ浦高校とは異なり、私立学校である品川女子学院。酒井教諭は、「私立は特徴を出すことが重要だ」と前置きした上で、品川女子学院の3つの特徴を挙げた。
・「28Project」(※)を通じた、社会人との交流や企業とのコラボレーション
・起業家マインドの育成
・一般校と比べて速いスピード感
※ 28Project:「28歳になったときに社会で活躍できる女性を育成する」ことを目的とした、品川女子学院の教育方針。
1つ目の28Projectと2つ目の起業家マインドについては関連記事に詳細を譲り、ここでは非常に特徴的な3つ目を説明する。
学校は一般的に、考え方が非常に保守的であることが少なくない。だが品川女子学院は、「社会」を意識した明確なビジョンを掲げており、ビジョン達成に必要な「新しいこと」を始めるための障壁が低いという。
事実、酒井教諭によると、iPad miniとEvernote Businessの導入は、自身の受け持つ学年で協力者が比較的多く、進めやすい環境であったことから先行的に開始したとのことだ。決済をする漆 紫穂子校長も、「基本的には6割は『ゴー』」と、良い取り組みを認める風潮を作っているという。漆校長は、同校のWebサイトに掲載している「校長日記」や著書の出版などを通して情報発信し、社会に貢献する女性の姿を率先して示している。
「Evernoteで断片化していた知識を連続に」NTTドコモ松木氏
「EvernoteのCEOであるフィル・リービン氏の『Evernoteを100年使える、いつまでも使えるノートの会社にしたい』というビジョンに共感し、同社への販売サポートをしてきた」と語るのは、NTTドコモの松木氏だ。同社は、Evernote登場初期の段階からパートナーシップを結び、販売を支援。特に学校でのIT製品導入に当たって課題となる請求書での清算対応や導入後のサポートなどを中心に支援してきた。
松本氏が自身でEvernoteを使う中で分かった強みが、「これまで断片化していた知識や知見が横断的に利用できること」だという。
「仕事などで知識を紙のファイルやWebサイトで整理していくと、それらが断片化して所在が分からなくなることが多い」と松本氏は指摘する。「5年くらい間をあけて、『当時の成果物が現状の業務に役立つのではないか』と思い付くことがあるが、そういうときに断片化に悩まされてなかなか探せない」(同)。Evernoteにこうした知識を入れていけば、さまざまな知識を「タグ付け」したり、キーワードで拾ってくることで、再利用しやすくなる。
Evernoteを導入する教育機関が増え、かつそこに蓄積した情報を社会人になっても利用可能となれば、中学高校から社会人まで“連続した知識”を支えるインフラが得られることになる。長い年月をかけて蓄積した知識をいつでも引き出せるので、探す時間を劇的に減らせる他、意外な知識同士が結び付く「セレンディピティ」につながることもあり得る。こうした意味では、既にEvernoteを利用している品川女子学院や袖ヶ浦高校とその生徒は、将来に向けた「クラウドへの知識の蓄積」が既に始まっている分、アドバンテージがあるといえるだろう。
国産MOOC「gacco」の社内受講でもEvernoteを活用
Evernoteに限らず「自分で使わないと分からない」(松木氏)として、NTTドコモが社内で活用するのが、同社も参画する大規模公開オンライン講座(MOOC)の「gacco」だ。「会社に入っても、学び続けないと人はスカスカになってしまう」(同)という観点から、同社では一部の管理職に対してgaccoの受講を義務付けているという。
gaccoのメリットは、有力大学の教員による厳選された講義を受講できることだ。移動中など音声が再生できない場面も想定し、講義内容の大半にテロップを挿入しているなど、「無料だが講義のクオリティは非常に高い」(松木氏)。
実はNTTドコモは、gaccoの社内利用の際、受講案内や情報共有にもEvernoteを利用している。例えば、「次回の部会ではこのテーマを扱うので、このgaccoの講義を見てくるように」といった部会担当者からの指示が、Evernoteの共有ノートに掲載される。部会のメンバーはその講義を視聴の上、考えたことや感じたことをEvernoteの共有ノートに記載し、部会に持ち寄ってシェアするのだという。
Evernoteの「今後の改善」に期待すること
セッションの最後には、モデレータの外村氏がEvernoteの改善要望や、今後Evernoteを使って実現したいことを登壇者に聞いた。袖ヶ浦高校の永野教諭は、生徒が教員へ送った回答をリアルタイムで自動集計する韓国Waterbear Softの「PingPong」、Ednity(東京都渋谷区)の学校向けSNSである「ednity」といったアプリと、Evernoteとの連係について期待を寄せた。
永野教諭は、授業中に生徒からの意見や考えを引き出すツールとしてこれらのアプリを使っているが、「議論内容が“その場限り”になってしまい、後から参照できないのが難点だった」(同)という。最近ではPingPongで生徒の回答をEvernoteに送付できるようになり、これまでの生徒の発言などをEvernoteの検索機能で振り返ることができるようになった。「ednityでも同様のことができたらと思う」と同教諭は語った。
「全てをEvernoteに入れることは望んでいない」と永野教諭は強調した。「それぞれの役割に特化したさまざまなIT製品/サービスを使っていく中で、分散してしまいそうな情報を誘導するハブになるよう、いろいろなサービスと連係してほしい」(同)
酒井教諭は、今後Everenoteでやりたいこととして「教員のノウハウを組織内、もしくは組織を離れていても参照できるようにしたい」と述べた。
同教諭は、新任で学校に赴任した際、右も左も分からない所からスタートした。そのときに頼りになったのは、職員室で席が隣のベテラン教諭だったという。「こうしたベテラン教員が持っている素晴らしくパワフルな知見を、もっと広く共有できるようにしたい」と、学校を超えた教員間の情報・ナレッジ共有に意欲を示す。
今後10年で、教員の多数を占めるベテラン層が一気に退職してしまうことが問題視され始めている。こうした状況を目前に控え、Evernoteを使ってベテラン教員のノウハウを利用しやすい形で視覚化できれば、非常に有意義だろう。
「Evernoteに公開範囲を簡単にコントロールできる機能があるとうれしい」と、眞山教諭は要望を出す。確かに、公開範囲をタグなどで制御できる機能があれば、個人情報や重要な情報とはいかなくとも、「他の生徒と必ずしも共有する必要がない情報」を扱いたいときには便利だろう。
眞山教諭のクラスでは、生徒は他の生徒がEvernoteに登録したノートを見ることは基本的にはなく、眞山教諭のみが全生徒のノートを閲覧できるようにしている。眞山教諭のEvernoteには、各生徒のノートがズラリと並んでおり、ときには提出されたプリントを職員室で1枚ずつスキャンし、各生徒のEvernoteに登録したりする。その一連の作業には、かなりの手間が掛かっているそうだ。公開範囲の詳細なコントロールができれば、こうした負荷の一部を軽減できる可能性がある。
松木氏は「授業や学習環境の改善で困っていたのは先生だけではなく、生徒も困っていた。それを解決するために、Evernoteのような“継続したナレッジデータベース”ががっちりはまったのだと思う」と述べた。その上で、「今後はこうした課題を抱える教育機関との接点を増やし、個別の連続する知識が、もっと世の中の役に立つよう支援していきたい」と語り、Evernoteの普及に向けたサポート体制の拡充に意欲を見せた。これには外村氏もすかさず「全国に支店を持つNTTドコモの力で、日本中の先生にEvernoteを届けてほしい」とエールを送った。
教育分野での活用が広がりつつあるEvernote。「全てを記録する」というコンセプトが教育分野に入り込んだとき、松木氏が言う「連続した知識」が新たなイノベーションを起こすのかもしれない。当然ながら、こうした可能性を持つIT製品/サービスはEvernoteに限らない。次の世代を担う子どもたちの可能性を無限に広げるためにも、自由度の高く、かつ手軽に利用できるツールをうまく取り入れることは、教育ITの進化にとって重要な1歩になるはずだ。
変更履歴(2014年8月18日)
掲載当初、タイトルと本文で袖ヶ浦高校の略称を「袖校」としていましたが、同校の正式な略称である「袖高」へ変更しました。タイトルと本文は修正済みです(編集部)。
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