Microsoftが解説
AIコーディングツールの”しくじり”3選 「MCPを増やすほど賢くなるは誤解です」
Microsoftは、AIコーディングエージェント導入時に企業が陥りやすい3つの失敗パターンと、AIを自社環境向けに最適化する「Agent Experience」(AX)の考え方を公式ブログで公開した。
CursorやClaude Code、GitHub CopilotといったAIコーディングエージェント(以下、エージェント)を導入したものの、「思ったほど開発効率が上がらない」「AIコーディングツールごとに生成結果が違う」「MCP(Model Context Protocol)や社内ナレッジを追加したら、逆に精度が落ちた」といった声がある。
Microsoftのプリンシパルデベロッパーアドボケートのワルデック・マスティカルツ氏は2026年5月21日、企業がエージェントの導入で陥りやすい“3つの失敗パターン”と、企業や自社技術にエージェントを最適化するための概念「Agent Experience」(AX:エージェント体験)を同社のブログで紹介した。
3つの失敗モード
併せて読みたいお薦め記事
AIエージェント運用の関連記事
マスティカルツ氏によると、多くの企業では「どのLLM(大規模言語モデル)を使うか」に注目が集まりがちだ。だが実際には、エージェントの精度は、モデル単体では決まらないと同氏は強調する。
開発者がプロンプトを入力してからコードが生成されるまでのスタックには、3つのレイヤーが存在するとマスティカルツ氏は説明する。
- モデル(LLM)
- ハーネス(Copilot、Cursor、Claude Codeなど)
- エージェント拡張(MCP、Skill、Instructionなど)
モデル(The Model)
LLMは、過去の学習データを基にコード生成を実施する。古いSDKや過去の設計パターンを学習している場合、既に非推奨となった実装を提案する可能性がある。学習データに十分な情報が存在しない場合は、ハルシネーションが発生することもある。
ハーネス(The Harness)
ハーネスは「どの情報をエージェントへ渡すか」を制御する。例えば、同じLLMでも、GitHub CopilotとCursorではツール呼び出しやコンテキスト管理の方式が異なるため、生成結果が変わる場合がある。MCPサーバやSkillの説明文が同じでも、ハーネス側の実装によって、AIの解釈やツール選択結果が変化する可能性があるという。
エージェント拡張(Agent Extensions)
人間が唯一コントロールでき、即座に最適化できる層だ。つまり人間側が実際に改善可能なのは、この層だ。
例えば、以下の情報をMCPやagent.mdとしてAIへ渡すことで、LLMの誤学習を補正できる可能性があるとマスティカルツ氏は指摘する。
- SDKの最新の利用方法
- 社内のコーディング規約
- セキュリティポリシー
- APIの利用ルール
- 推奨アーキテクチャ
拡張機能が陥る「3つの失敗モード」
一方マスティカルツ氏は、エージェントが一度に処理できるトークン量(コンテキストウィンドウ)には限界があると指摘する。つまり、エージェントが一度に読める情報量には上限がある。
そのため、MCPやSkillといった拡張機能を大量に追加すると、「限られたコンテキストウィンドウの席を奪い合う『ゼロサムゲーム』が発生する」とマスティカルツ氏は指摘する。
同氏がセッションを数百回にわたって分析した結果、エージェント拡張が失敗するパターンは以下の3つに集約されることが分かった。
発見の失敗(Discovery failure):「MCPを増やすほど賢くなる」は誤解
企業の中には、「とにかく社内の情報をAIへ渡せば精度が上がる」と考え、MCPやRAG(検索拡張生成)の導入を急ぐところがある。
しかし、複数のMCPが「データベース操作用ツール」という趣旨で存在している場合、エージェントはどちらを使うべきか判断できなくなる可能性がある。あるいは、膨大な社内ナレッジを読み込ませた結果、本来必要だった設計ルールやSDK情報がコンテキストから押し出されるケースも考えられる。
実際には、「拡張機能を増やすほど賢くなる」とは限らず、むしろ競合やノイズによって全体精度が低下する可能性があるという。
これは、企業でSaaSやセキュリティ製品を乱立導入した結果、運用が複雑化する問題に近い。AI時代には、「AIへ何を見せるか」だけでなく、「何を見せないか」まで含めた情報整理が必要になる可能性がある。
選択の失敗(Selection failure):AIが「社内ツール」を認識しない
これは、AIのコンテキスト内にはツールが存在していても、エージェントがその存在を認識できない状態だ。例えば、開発者が「認証を設定して」と指示しているにもかかわらず、ツール側の説明文が「Identity Provider Configuration」のような専門用語中心で書かれている場合、エージェントが適切なツールとして認識できない可能性がある。
マスティカルツ氏はこの問題を「最も修正しやすい失敗」と説明する。つまり、エージェント向けの説明文やツール名を、人間だけでなく“エージェントが理解しやすい語彙”へ最適化する必要があるということだ。
品質の失敗(Quality failure):「AIが使った」のに質が下がる
最も厄介なのが、品質の失敗だ。これは、「エージェントがMCPを発見した」→「正しく呼び出した」→「拡張機能が返した中身が長過ぎてノイズになり、むしろ出力コードの品質が悪化した」という状態を指す。ツールが動いている(呼び出されている)からといって、成果が良くなっているとは限らないというわなだ。
つまり、「社内情報をAIへ接続する」だけでは不十分であり、以下に留意することが大切だということをマスティカルツ氏は説明している。
- エージェントが理解しやすい形式になっているか
- 情報は最新か
- 不要な情報が混在していないか
- 他のMCPと競合していないか
これは、従来の「ナレッジ管理」とは異なる課題だ。人間向けには理解しやすい長文資料でも、AIにとっては“ノイズ”になる可能性がある。
AXにおいて最適化すべき「4つの指標」
マスティカルツ氏は、AXをブラッシュアップしていく上で、以下の4つの問いに沿って拡張機能を最適化していく必要があると指摘する。
発見(Discovery)
そのエージェントは、他のツールと混在した環境でも自社の拡張機能を見つけられているか?
選択(Selection)
開発者の曖昧な意図に対して、そのエージェントは適切な拡張機能を選択できているか?
品質(Quality)
適切な拡張機能が使われた結果、生成されたコードの品質は本当に向上しているか?
合成(Composition)
拡張機能が単体で動くだけでなく、他の一般的な拡張機能と共存したときにも問題なく機能するか?
LiftとDragを測定する
AXにおいて重要なのは、拡張機能が成果を向上させる「Lift」(浮力)になっているのか、それとも精度低下やコスト増加を招く「Drag」(空気抵抗)になっているのかを測定することだとマスティカルツ氏は強調する。
例えば、MCPを追加したことでコードの品質は「多少改善した」ものの、消費トークン量やAPIコストは3倍に増加した場合、それは「高コストなリフト」であり、本当に費用対効果があるのかを検証しなければならない。
LiftとDragを正しく評価するためには、LLMやハーネス、開発者のプロンプトといった固定条件を一定に保ったまま、
- MCPがない状態
- MCPがある状態
を比較し、コードの品質やトークンの消費量などをA/Bテスト的に評価する必要があるとマスティカルツ氏は説明する。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社キーエンス] なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは -
製品資料
[株式会社セールスフォース・ジャパン] 「CRMは設計と無関係」は本当か? PLMとの融合で実現する高速開発 -
事例
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] AIエージェントの時代にどう備える? 「新たな働き手」を支える3要素とは -
製品資料
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] “横並びの自動化”から脱却、AI活用で生産性と競争力を高める秘訣 -
製品資料
[サイボウズ株式会社] AIが「わざわざ使うツール」になっていない? 業務で自然に使う導線にする秘訣
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
情シスの約8割が転職や退職を意識 調査で分かった“辞めたくなる最大の理由”
-
3
法務と開発者で「言葉が通じない」問題 トヨタやソニーが語るOSS管理の真実
-
4
AIの導入効果はどう測る? DMM.comのエンジニア組織に学ぶ効果検証のノウハウ
-
5
【漫画付き】ひとり情シス協会が明かす、RAG導入でしくじる企業「2つの共通点」
-
6
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
7
情報漏えいはなぜ繰り返されるのか 今すぐ見直すべき「境界」
-
8
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
9
なぜ「Gemini 4 Argon」は出遅れたのか? Googleが狙う“逆転のシナリオ”
-
10
「中堅・中小企業のネットワーク・セキュリティ運用実態」に関するアンケート
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
2
家庭用Wi-Fiルーターの業務利用は危険? 避けるべき理由と具体的な対策
-
3
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
-
4
財務部門がAIを最大限に活用する方法 無駄のない戦略的リーダーシップへの道
-
5
LLMが兵器化? 元FBI高官が鳴らす警鐘とセキュリティツール統合のポイント
-
6
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
7
なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは
-
8
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
9
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
10
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー