「避けられない試練」だった契約書チェックを効率化
契約書レビュー時間を3分の1短縮 富士フイルムHDがWordで実現した法務DX
富士フイルムホールディングスは、法務向け文書編集ツール「BoostDraft」を導入し、契約書レビュー時間を約3分の1短縮した。レビュー時間の短縮以外に得られた効果は。
契約書の表記揺れや定義語、条項番号に不整合がないかを目視で確認する――。法務担当者にとって必要な作業である一方、専門的な判断を必要としない地道な確認に多くの時間を取られることもある。
富士フイルムホールディングスの法務部も、M&A関連の契約書から各事業の開発・製造・販売に関する契約書まで、多様な文書の形式面を人手で確認していた。担当者はこうした作業を「避けては通れないもの」と捉え、効率化できる課題だとは考えていなかったという。
同社は、法務向け文書編集ツール「BoostDraft」を導入し、契約書のレビュー時間を約3分の1短縮した。形式面の確認に使っていた時間を法令の検討などに振り向け、法務業務の質向上につなげている。導入の背景と効果を紹介する。
3時間の契約書審査を2時間に 得られた効果は
富士フイルムホールディングスは、ヘルスケア、エレクトロニクス、ビジネスイノベーション、イメージングの4事業をグローバルに展開している。2026年3月31日時点の連結従業員数は7万3526人だ。
同社の法務部はグループCEO直轄の組織で、約30人が所属する。取締役会の運営や実効性向上などを担う「コーポレートガバナンスグループ」と、各事業部門の契約審査や法律相談を担う「ビジネスサポートグループ」で構成される。
国内グループ会社の法務担当者と連携し、独占禁止法などへのコンプライアンス対応や従業員への法務教育も実施する。グローバルなM&AやPMI(買収後の統合)では、米州、欧州、アジア太平洋地域の法務部門と協働することもある。
法務部が扱う文書は、数十ページに及ぶM&Aや組織再編、資本業務提携の契約書だけではない。製品の開発、製造、販売、ライセンスに関する契約書、取締役会の議案資料や議事録、株主総会の招集通知、事業報告書など多岐にわたる。
契約書は、通常、担当者とマネジャーの2人1組で審査する。担当者が一次審査を実施し、マネジャーがダブルチェックして内容を充実させる流れだ。
表記揺れや条項番号を全て目視で確認
BoostDraftを導入する以前、法務部は表記揺れや定義語、条項番号の整合性、数字やアルファベットの全角・半角といった形式面を全て目視で確認していた。
特にM&Aの契約書では、知的財産、人事、経理、経営企画など複数部門からコメントが寄せられる。変更履歴やハイライトが重なった文書を整理し、最終版に統合する作業にも大きな負荷がかかっていた。
ペーパーレス化も別の課題を生んだ。以前は契約書を印刷し、ページをめくって印を付けながら確認していたが、コロナ禍を境に在宅勤務とペーパーレス化が進み、PC画面上でレビューする機会が増えた。
長文の契約書を画面上で確認する場合、定義語や参照条文を確認するために何度もページを行き来しなければならない。別のページを確認した後、元の箇所を探すだけで時間がかかることもあった。
担当者は目視チェックの限界や煩わしさを感じていたが、当時は解消すべき業務課題として捉えていなかったという。
富士フイルムホールディングス 法務部の谷川 聡氏は、形式を整える作業について、契約審査に必要なステップであり、法務のプロフェッショナルとして「避けては通れない、受け入れるべき試練」だと考えていた。
若手の担当者も、地道なチェックや転記を法務担当者として経験すべき仕事であり、こうした作業をこなすことが成長につながると認識していた。
内容審査ではなく「形式面の無駄」を減らす
BoostDraftを知ったきっかけは、社内のITソリューション部門から「法務に特化したツールがある」と紹介されたことだった。
同社は以前から業務効率化に向けて各種ツールの情報を集めていた。契約書のひな型と審査対象の文書を比較し、欠落した条項などを指摘する製品のデモも受けたが、導入したいと思えるほどの魅力は感じなかったという。
一方、BoostDraftは、当時、契約内容の法的な判断を自動化するのではなく、変更履歴の統一や表記揺れの修正など、形式面の作業を効率化することを主眼としていた。
BoostDraftは「Microsoft Word」(以下、Word)のアドインとして動作し、定義語や参照条文の確認、表記揺れの検出、条項番号のチェック、変更履歴の整理などを支援する。Wordを使った既存の業務フローを大きく変えずに導入できることも特徴だ。
富士フイルムホールディングスが魅力を感じたのは、法務担当者が避けられないと考えていた形式面の作業を短時間で処理できる点だった。法務の現場を知る弁護士が開発に関わっており、現場の細かな負担を理解した機能がそろっていることも評価した。
離れたページに記載された定義や参照先をポップアップで確認できるため、紙の契約書をめくるような感覚で文書を確認できる点も導入を後押しした。
外部サーバへのアップロードが不要だった
契約書には、M&Aや取引条件など機密性の高い情報が含まれる。このため、法務向けツールを導入する際は、情報セキュリティの確認が課題になりやすい。
富士フイルムホールディングスによると、BoostDraftはWord上で動作するため、基本的な機能はオフラインで利用可能だ。契約書を外部のサーバにアップロードする必要はなく、社内のセキュリティ審査や導入手続きは比較的短期間で完了する。
クラウドサービスの仕様に合わせて業務フローを変更する必要がなく、従来通りWord上で作業できる点も、利用者の心理的、実務的な負担を抑えた。
正式導入前には、法務部の全員がトライアルに参加した。操作がシンプルで分かりやすく、参加者からの意見はほぼ全て肯定的だったという。利用者からは「もう元の業務のやり方には戻れない」との声も上がり、正式導入を決めた。
導入当初の利用者は法務部の約半数だったが、評判を受けてユーザーIDを順次追加した。現在は、法務部のほぼ全員が利用している。
3時間の契約書レビューが約2時間に
BoostDraftの導入後、契約書レビューにかかる時間は全体として約3分の1短縮された。
法務部の担当者によると、従来3時間かかっていた長文の契約書レビューは、約2時間で完了するようになった。通常の契約書についても、1時間程度かかっていた確認を約45分で終えられるようになったという。
特に活用されているのが、契約書中の定義語や参照先を、現在のページから移動せずに確認できるポップアップ機能だ。
M&Aの契約書では、文書の冒頭に定義規定をまとめて記載することが多い。例えば、38ページ目を読んでいる途中で定義語が出てきた場合、従来は冒頭まで戻って意味を確認し、再び38ページ目を探す必要があった。
ポップアップで定義語の意味を表示できるようになったことで、長大な契約書を何度もスクロールする手間が減った。元のページを見失ったり、確認を後回しにして忘れたりするリスクも抑えられた。
契約書に引用されている法令についても、関連情報をポップアップで確認できる。従来は法令が出てくるたびにブラウザを開き、法令名や条文を検索していたが、この作業も減らすことができた。
旧法令名の修正漏れをツールで発見
形式面の確認を自動化したことで、作業時間だけでなく、見落としによる修正漏れも減少した。
実際に、「中小受託取引適正化法」に関する文書の中に、以前の法令名である「下請法」という表記が残っていたことがあった。ポップアップ機能に法令情報を取得できない旨のエラーが表示され、担当者が古い表記に気付いたという。
条項を追加、削除した際に発生する番号のずれも検出できる。「前項」「各項」といった表現をハイライトするため、条文間の参照関係を把握しやすくなった。
英文契約では、大文字と小文字の違いが定義語かどうかを判断する上で重要になる。定義語を自動的にハイライトすることで、確認漏れの防止につなげている。
複数の文書を並べて表示し、同時に修正する機能も、複数の契約書を調整する場面で活用している。
若手の成長に必要なのは「地道な作業」なのか
導入による変化は、作業時間の削減だけではない。法務担当者が、どの業務を経験として積むべきかという認識にも変化が生まれた。
導入前、若手担当者は表記揺れや条項番号を地道に確認する作業も、法務担当者として成長するために必要だと考えていた。
しかし、トライアルを通じて、形式面の確認に時間を使うよりも、関連法令の調査や契約条件の検討など、法的な専門性が求められる業務に取り組む方が成長につながると考えるようになったという。
形式面の作業を効率化したことで、法令の検討をはじめとする高付加価値業務に充てられる時間が増えた。レビューの速度を上げるだけでなく、法務担当者が契約内容の検討に集中できる環境を整えたことが、業務全体の質向上につながっている。
生成AIが普及しても形式確認はなくならない
BoostDraftは、2024年に文書比較を効率化する「BoostDraft Compare」、2026年には契約内容のレビューを支援する「BoostDraft AI」の提供も開始した。
一方、富士フイルムホールディングスは、形式面の作業を効率化する基本的な機能について、生成AIが普及しても価値は損なわれにくいとみる。
生成AIが契約書の内容を分析し、リスクや修正案を提示できるようになっても、条項番号や参照先、表記、変更履歴を正確に整理する作業は残る。契約書の内容を判断する機能と、文書としての整合性を保つ機能は、異なる役割を担うためだ。
同社にとってBoostDraftは、既に法務業務に欠かせないツールとなっている。契約更新時に利用継続の希望を確認したところ、部内の利用者から継続を求める意見が寄せられ、契約更新を決めた。
現在は富士フイルムホールディングスの法務部とグループ会社1社が利用している。今後は他部門や海外拠点への展開、契約書以外の文書への活用も検討し、グループ全体の業務効率化につなげる考えだ。
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