約500億円契約の崩壊
「AI活用」を掲げた年金刷新が炎上 英政府が大手ITアウトソースを切り捨て「内製回帰」した理由
「AIによる業務革新」を信じて委託した460億円の年金システムが大炎上し、未払い被害が続出した。失態を重ねる大手ベンダーに愛想を尽かし、英政府が下した「内製回帰」の決断は委託依存の危険性を物語る。
英政府は、英アウトソーシング大手Capitaによる度重なる運用失敗を受け、公務員年金制度の管理業務を内製化する方針を固めた。
内閣府は2023年、Capitaに公務員年金の管理業務を発注した。7年契約で総額は2億3900万ポンド(現在の為替レートで約499億円)に上る。
公務員年金制度(CSPS)の受託業務は、2025年12月に前事業者のMyCSPからCapitaへ移管される予定だった。しかし初期段階から遅延や不具合が相次ぎ、翌月には英歳入関税庁(HMRC)の専門家が投入され、「緊急復旧計画」を率いる事態となった。
相次ぐ混乱を受け、英政府は業務の内製化を決断した。内閣府の報道担当者はComputer Weeklyに対し、政府が「年金制度の内製化に向けた長期戦略を積極的に策定している」と説明した。Capitaによる破綻寸前の運用実態に加え、現政権が「一世代で最大規模の内製化の波を推進する」方針を掲げていることが背景にある。
2025年12月にMyCSPから業務を引き継いで以降、Capitaは契約上の義務を果たせず、年金受給者を深刻な経済的困窮に陥れている。同社はこの契約で損失が出る見通しを認めた。公的部門向け事業への依存度が高い同社にとって、度重なる失態の報道や政府の内製化方針が重なり、逆風が強まっている。
本記事では、失態を重ねる大手ベンダーに愛想を尽かし、英政府が下した「内製回帰」の決断に見る委託依存の危険性についてまとめる。
英政府は調達を中止し、業務を内製化
Capitaは英国内で膨大な公的機関の顧客基盤を抱えている。調査会社Tussellによると、同社は現在199件の公共契約を保持し、総額は79億ポンドに上る。CSPSでの失態にもかかわらず、同社は2026年3月に「シナジービジネスプロセスサービス」(Synergy BPS)契約を落札した。公的な入札通知によると、この契約規模は10年間で約9億5900万ポンドと試算されている。この案件は、雇用年金省(DWP)、法務省、内務省、環境・食糧・農村地域省(Defra)のバックオフィス業務を支援するものだ。
だが同社への風当たりは厳しさを増している。Computer Weeklyが過去に報じた通り、閣僚らはCSPSの問題を理由に、Capitaに対する5億6300万ポンドの契約承認を拒否した。関係者によると、Capitaは公的機関向け研修や人材開発を提供する「Learning Frameworks 2.0」を受託する予定だった。KPMGが保有していた既存契約の後継として計画されていたが、英政府は調達を中止し、業務を内製化することを決めた。
社内からの厳しい批判
さらに2026年8月にComputer Weeklyが報じたように、CapitaのCEOを務めるアドルフォ・エルナンデス氏は従業員から激しい非難を浴びた。失敗続きのCSPS運用を好転させる体制が整ったと主張したためだ。
エルナンデス氏は全社宛てのメッセージで、サービスの不備を認めつつも体制の改善を強調していた。「提供しているサービスは不十分であり、受給者への影響をおわび申し上げる。だが現在は、問題を正すための適切な人材、プロセス、技術が整っている」(エルナンデス氏)
しかし、全社宛てに返信されたメッセージで、年金担当チームの従業員はエルナンデス氏の主張に真っ向から反論した。「Capitaのサービス実態は『不十分』という言葉で済むレベルではない。受給者にとっては壊滅的だ。この大混乱のせいで受給を待ちながら亡くなった受給者がいるという事実は背筋の凍る思いであり、誰も背負うべきではない現実だ」
この従業員によると、現場スタッフはCSPS契約についての懸念を訴え続けてきたが、経営陣からは「あいまいではぐらかすような無意味な返答」しか得られなかったという。
重苦しい沈黙
受給者の不安をあおるように、破綻した制度を立て直すCapitaの改善計画については進展が伝わってこない。承認を求めて改善計画が内閣府に提出されてからすでに7週間近くが経過している。
元公務員のスティーブ・テシエ氏は、退職から9カ月以上が経過した現在も年金を受け取れていない。同氏は、Capitaと内閣府が国民の資金を元手に「危険な賭けに出た」との確信を深めている。
国防省(MoD)に長年勤務し、北大西洋条約機構(NATO)への出向経験もあるテシエ氏は、今回の混乱の一因は政府の不作為にあると指摘する。2026年7月に政府が受け取ったCapitaの業務改善計画の詳細公表が遅れていることは、「間違いなく」政府の失策の一例だと同氏は批判した。
「情報発信の対応があまりにひどすぎることを考えれば、公表されないこと自体に驚きはない」とテシエ氏は語る。「計画の内容に期待通りの説得力がなく、政府も次に何をすべきか苦慮しているのではないか。常に後手に回っているが、Capitaの過去の実績を見れば予測できたはずであり、備えておくべきだった」(テシエ氏)
同氏は「目に見える進展がないまま6週間以上放置している状況は、退職者のために迅速に対処しているという主張と矛盾する」と言い添えた。
テシエ氏は政府も責任を逃れるべきではないとし、「Capitaが批判されるのは当然だが、同社に権限を与えて事業を可能にしたのが内閣府である事実を忘れてはならない」と訴えた。
内閣府の報道担当者は次のように述べた。「改善計画には商業上の機密情報が含まれるため開示できない。今後の進捗(しんちょく)は適切な時期に公表する。Capitaへの移行後のサービス水準は到底容認できない。現役および退職公務員が本来受けるべきサービスを提供できるよう、業務を安定させることが最優先課題だ」
議員による追及
通常のサービス水準を達成する期限だった2026年6月をCapitaは守れなかった。同年7月の下院決算委員会(PAC)で、同社は極めて複雑な案件を除き9月までに正常化すると説明した。しかし現役および退職公務員は、年金手続きの遅延や困難に直面し続けている。
Capitaが引き継いで以来、CSPSの問題はPACで何度も取り上げられてきた。同社が議員で確約を繰り返してきたにもかかわらず、期待される基準を依然として満たせていない。
問題の中心にあるのは、重大な技術的失敗だ。直近に開かれたPACと行政・憲法問題委員会(PACAC)の合同公聴会で、PACAC委員長のサイモン・ホア議員は、Capitaが2025年12月のCSPS移行に向けて2年間の準備期間があったにもかかわらず、同社が掲げた「AI革命」を支える技術が機能しなかったと指摘した。
ホア氏はエルナンデス氏らに、契約締結プロセスで政府に示された公約を突きつけた。「2年間の移行期間を経てAIによる変革を起こし、世界水準の年金サービスを提供すると内閣府は説明を受けていた。だが斬新なサービスどころか、基本的な要件すら満たせていない」(ホア氏)
ニック・トーマス=シモンズ閣僚も以前、委員会でこうした壮大な公約について証言していた。ホア氏は「いったい全体、何が起きたというのか。これは偶発的な事故ではなく、構造的な破綻だ」と厳しく追及した。
テシエ氏によると、前年に退職して年金を待ち続けているにもかかわらず、CSPSのシステム上ではいまだに国防省の現役職員として登録されたままになっているという。
Computer Weeklyの取材にCapitaは次のように回答した。「内閣府に提出した改善計画に基づき、迅速な対応を続けている。最初のマイルストーンは9月1日に設定されており、内閣府による検証を受ける」
Capitaはさらに「未処理案件の解消とサービス改善に引き続き注力している。進展は見られるものの、特に遺族給付や退職手続き、試算を待つ受給者への対応が不十分であると認識しており、多大なご迷惑をおかけしていることをおわび申し上げる」と述べた。
2026年7月に開かれたPACとPACACの合同会議で、ホア議員は失敗企業への報酬支払いを嘆き、「突き詰めれば、Capitaのような企業が英国政府の急所を完全に握っていることが根本的な問題ではないのか」と述べた。
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