AI活用を進めているものの、個人の作業補助にとどまり、業務改善にはつながっていないという声がある。AIで仕事の進め方を変えるにはどうすればいいのか。「個人の便利ツール」を脱却するAI活用の勘所を紹介する。
生成AIを全社導入したものの、使われているのはメールの下書きや文章の要約ばかり――。利用者が増えても、「会社の仕事そのものが変わった」とまでは言えない企業は少なくありません。
なぜ生成AIを導入しても、組織全体の業務改革につながらないのでしょう。問題は、AIの性能や従業員の配置だけではありません。では、何を見直せばいいのでしょうか。
総務省が2026年7月22日に公開した「令和7年版 情報通信白書」によると、日本では55.2%の企業が何らかの業務で生成AIを利用しています。一方、生成AIの用途を見ると、文章のドラフト作成や資料の要約といった「個人レベルの作業支援」にとどまっているという声があります。
もちろん、こうした使い方にも効果はあります。メールを書く時間が短くなったり、会議資料のたたき台をすぐにつくれたりすれば、各従業員の業務効率化につながります。
しかし、こうした小さな効率化を積み重ねるだけでは、組織全体の仕事の進め方を大きく変えることは困難です。生成AIが「個人の便利ツール」の域を超えないためです。
生成AIの効果を組織全体に広げるには、「必要なときに個人が生成AIを使う」という状態から一歩踏み出す必要があります。生成AIを業務プロセスそのものに組み込み、人間とAIが役割を分担しながら仕事を進める仕組みに変えることです。そこで鍵になるのが「AIエージェント」です。
AIエージェントを理解するために、まず仕事を「判断」と「実行」に分けて考えてみましょう。
仕事の多くは、状況を理解して次に何をするかを決める「判断」と、決めた行動を実際に遂行する「実行」の繰り返しで成り立っています。
例えば、「犬と猫の画像ファイルを、それぞれ別のフォルダに分類する」という仕事があります。画像を見て犬か猫かを見分けるのが「判断」、その結果に従ってファイルを適切なフォルダへ移動するのが「実行」です。
従来のAIは主に前者を担ってきました。画像を見せれば、学習したデータを基に犬か猫かを判定できます。しかし、AIが「これは犬です」と答えただけでは、仕事は終わりません。その結果を受け取ってファイルを移動する処理が必要です。
AIエージェントは、AIによる「判断」と、その結果に基づく「実行」をつなぎます。画像ファイルの例でいえば、犬か猫かを判断するだけでなく、その結果に応じて適切なフォルダへファイルを格納するところまで、一連の処理として実行します。
ここで押さえておきたいのは、AIエージェントの全ての動作をAIそのものが担うわけではないことです。ファイルを移動したり、データベースを更新したり、通知を送ったりする処理は、RPAをはじめとする従来型の自動化技術でも実現できます。
AIエージェントの特徴は、AIによる判断と、既存のシステムやツールによる実行を組み合わせられることにあります。その意味では、こうした仕組み自体が全く新しいわけではありません。例えば、AIが機械の故障を予測し、その結果に応じてシステムがアラートを出す仕組みも、「判断」と「実行」を組み合わせたシステムと捉えることができます。
では、なぜ今、AIエージェントが注目されているのでしょうか。理由は、生成AIによってAIが担える「判断」と「実行」の範囲が広がったためです。
従来のAIは、画像から犬と猫を見分けるように、あらかじめ定められた対象について、学習データを基に予測や判定をすることを得意としていました。
これに対して生成AIは、人間が自然言語で与えた指示や、文章、画像、ドキュメントなどを読み取り、その内容に応じて次のアクションを柔軟に判断できます。
従来、AIの役割は予測や判定などの「判断」が中心で、その結果を基に文章や資料、プログラムなどをつくるのは人間の仕事でした。
生成AIは文章や画像、プログラム、ドキュメントなどを生成できるため、仕事の成果物をつくるという「実行」の一部まで担えるようになりました。
つまり生成AIによって、AIエージェントは「判断できること」と「実行できること」の両方を増やしました。これによって、生成AI活用は個人の作業を支援する段階から、組織の業務プロセスそのものを変える段階へ進む可能性が生まれています。
なお、AIエージェントは身近な製品を通じて利用できます。代表的なものとしては、組織内のデータ操作に強みを持つMicrosoftの「Microsoft 365 Copilot」、チャット指示で幅広く外部システムの操作が可能なOpenAIの「ChatGPT Work」、Anthropicの「Claude Cowork」などがあります。
自社の業務に合わせてAIエージェントを構築したい場合は、Microsoftの「Power Automate」やDifyの「Dify」、n8nの「n8n」などのローコードツールも有効です。
ところで、AIエージェントを業務に組み込む際、「現在の業務のどこをAIに任せられるか」を最初に考えるという声があります。
しかし、その前に確認したいことがあります。現在の業務プロセスの多くは、「人間にとって効率がよい」ように設計されているということです。
例えば、大量の書類を種類別に処理する仕事を考えてみましょう。書類が1枚届くたびに処理するよりも、同じ種類の書類をある程度ためてから、まとめて処理する方が人間にとっては効率的です。
別のシステムを開き、必要な情報を準備し、手順を思い出し、再び作業に集中する。人間にとって、こうした準備や仕事の切り替えには負荷がかかります。そのため、私たちは似た仕事をまとめたり、担当者ごとに作業を分けたりして、できるだけ切り替えの回数を減らすように仕事を設計してきました。
しかし、AIにとっても同じ進め方が効率的とは限りません。
AIは人間のように、作業を切り替えるたびに集中が途切れたり、手順を思い出すのに時間がかかったりするわけではありません。書類をいったん仕分けしてため込むよりも、届いた時点で内容を確認し、必要なマニュアルを参照して、その場で処理した方が適しているケースもあります。
ここに、「既存業務をそのままAI化する」ことの問題があります。
人間向けに設計された業務プロセスを残したまま、その一部分だけをAIに置き換えれば、人間だから必要だった仕分けや待ち時間、引き継ぎといった工程まで、そのまま残る可能性があります。
「この作業はAIに置き換えられるか」だけを考えるのでは不十分です。「そもそも、この作業や順番は、AIが働く環境でも必要なのか」と問い直す必要があります。
AIが働くことを前提に業務プロセスを設計し直す方法の1つが、「仕事の順番」を見直すことです。
人間の仕事には、「前の工程が終わってから、次の工程へ進む」というプロセスが数多くあります。
なぜ順番に進めるのでしょうか。前の工程で決めた内容が後から変われば、後工程でつくった成果物も修正しなければならないからです。人間が成果物をつくり直すには時間と労力がかかるため、手戻りを避けるには、前工程から順番に内容を固めていく方が効率的です。
しかし、この進め方も「人間が成果物をつくり、人間が修正する」ことを前提にしています。
AIエージェントが成果物の作成や修正を担えるのであれば、途中で内容が変わっても短時間で作り直せます。そうであれば、手戻りを避けるためだけに後工程を止めておく必要性は小さくなります。
むしろ、複数の工程を暫定的に同時進行させ、変更が生じるたびに関連する成果物を更新する方が効率的になる可能性があります。
システム開発を例に考えてみましょう。
システム開発では、要件定義、設計、開発のように、工程を順番に進めることがあります。要件が曖昧なまま開発を始めると、後から設計書やプログラムを大幅に作り直すことになり、手戻りの負担が大きくなるからです。
しかし、AIエージェントが成果物の作成と修正を担うのであれば、進め方を変えられる可能性があります。
暫定的な要件がまとまった段階で、設計書やプログラムの作成も進めます。途中で要件や設計が変われば、その都度AIエージェントが変更の影響を調べ、関連する成果物を更新します。
従来であれば「後で作り直すことになるから、今は着手しない」と判断していた仕事を、あえて早い段階から進めることができます。
人間にとって手戻りは大きなコストです。しかし、AIが作成や修正を繰り返すのであれば、そのコスト構造は変わります。「1つの仕事を完成させてから次へ進む」という人間にとって効率的だった原則が、AIにとっても最適とは限りません。
同じ考え方は、システム開発以外の業務にも当てはまります。
例えば営業提案を準備する場合、一般的には、顧客の課題を整理して提案の骨子を考え、詳細な提供内容を決め、見積もりを作成してから、提案資料を仕上げるという流れがあります。
人間が作業するのであれば、提供内容や金額が固まらないうちに提案資料を作り込むと、大量の修正が発生します。そのため、前工程がある程度確定するまで後工程を待つのが合理的です。
一方、AIエージェントが成果物の作成や修正を担うのであれば、提案の骨子ができた段階で、見積もりと提案資料を同時につくることができます。
見積もりを作る途中で提供内容の問題に気付けば、提案内容へ反映します。提案資料を作る過程で説明不足が見つかれば、提供内容や見積もりも見直します。それぞれの工程で得た気付きを、他の成果物へ随時反映していくのです。
AIが成果物を短時間で作り直せるのであれば、「前の工程が完成するまで待つ」こと自体が、余計な待ち時間になる可能性があります。
AIエージェントの導入を検討する際、既存業務を一覧にして「どの作業をAIで自動化できるか」を探すことは重要です。
ただし、それだけではAIの能力を十分に引き出せない可能性があります。
情報システム(情シス)やDX(デジタルトランスフォーメーション)の担当者としてもう1つ探るべきは、現在の業務プロセスに存在する「人間だから必要だった仕組み」です。
なぜ同じ種類の仕事をまとめて処理しているのでしょうか。なぜ担当者ごとに細かく仕事を分けているのでしょうか。なぜ前工程が終わるまで次の担当者が待っているのでしょうか。
その理由が、人間の作業負荷や手戻りを減らすためであれば、AIエージェントが仕事を担うことで、その前提自体を変えられる可能性があります。
もちろん、全ての業務を同時並行に進められるわけではありません。物理的な前工程が不可欠な製造プロセスのように、順番そのものに意味がある仕事もあります。
それでも、「現在の仕事の進め方は、人間が働くことを前提につくられている」という視点を持てば、AIエージェントによる効率化の余地は違って見えてきます。
みなさんの身の回りに、「前の工程が終わるのを待ってから、次の工程へ進んでいる仕事」はないでしょうか。その順番は、本当に業務上不可欠なものなのでしょうか。それとも、人間による手戻りを避けるためにつくられたものなのでしょうか。
AIエージェント導入で考えるべきなのは、「今ある業務をどうAIにやらせるか」だけではありません。「AIが働くのであれば、この業務をどうつくり直せるか」と考えることです。既存業務をそのままAI化するのではなく、AIと人間の双方に適した仕事の進め方へ再設計することが、生成AIを「個人の便利ツール」で終わらせず、組織の業務改革につなげるための第一歩です。
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