ガートナーに聞く「製造業ITの未来」【後編】
ニッポンの製造業が飛躍するためのIT戦略を探る
これから日本の製造業がよみがえり、再び世界に向けて飛躍するためには、具体的にどのようなIT戦略を取るべきなのか? 前編に引き続き、ガートナー ジャパンの中村祐二氏に聞いた。
前編「製造企業が“今”を乗り切るためのIT投資の在り方」では、ガートナー ジャパン ガートナーコンサルティング マネージング・ディレクターの中村祐二氏に、製造業全般において今後取るべきIT投資の大まかな指針について聞いた。後編の今回はもう少し深掘りすべく、製造業の企業タイプ別に取るべきIT戦略について中村氏に聞いた。
製造業は大きく3タイプに分類できる
一口に製造業といっても企業のタイプはさまざまであり、それぞれ取るべきIT戦略は異なってくる。中村氏は、製造業のタイプは大きく3つに分類できるという。
第1のタイプは「技術主導型」製造業だ。これは、高い技術力を有し、その能力で競争優位を維持している企業である。日本でいえば、自動車メーカー大手がその代表的な例だ。
第2は「マーケティング主導型」製造業である。このタイプの企業は、技術力そのものに大きなブレークスルー要素や独自性は少ないものの、巧みな市場調査能力とマーケティング力で他社との差別化を実現し得る力を持つ企業のことだ。アップルなどがその典型といえよう。
第3は「オペレーション・エクセレンス型」製造業だ。その企業ならではの特別な技術力やマーケティング力があるわけではないが、すべての業務プロセスにおいて効率性を追求し、その効率性の高さ故に他社との競争を有利に進めるという企業だ。
では、それぞれの企業タイプ別に取っていくべきIT戦略とはどのようなものになるのだろうか。
「技術主導型」は冷徹な姿勢で投資判断を
まず技術主導型製造業の場合、世界市場を見据えてグローバルに事業展開を行っている企業が多い。そのため、ビジネスプロセスと同様にIT投資もまた、海外拠点まで含めたグローバルレベルでの全体最適化を目指したものであるべきだ。
しかし、まだ多くの製造企業は日本国内拠点のIT化にリソースやコストを掛け過ぎていると中村氏は指摘する。
「『わが社は日本企業である』『わが社は日本に本社がある』という理由だけで、日本国内のIT投資を偏重すべきではない。開発能力の獲得やタイム・ツー・マーケットの短縮、人件費や資材調達費の削減のために海外へのシフトを進めているのであれば、またそれで利益を確保しているであれば、IT投資もその利益への寄与度に応じて配分するべきだ。日本企業だから日本にお金を掛けてもいいじゃないか、というのでは筋が通らず、結果として戦略と投資のインバランスが生じて経営パフォーマンスが劣化し、資本までもが逃げていってしまう」(中村氏)
いみじくもグローバル企業としての発展を目指すなら、余計な私情を交えることはなるべく避け、常に全体最適化を考えて冷徹な姿勢でIT投資を行っていくのが正しい在り方というわけである。
これを行うために中村氏が勧めるのが「IT投資のパターン化」だ。これは前編で同氏が語った「コア分野とノンコア分野の分類」に似た手法かもしれない。高付加価値を生み出す業務分野に関しては、手を掛けることをいとわず「複雑なIT」を容認するが、高い費用対効果が望めない分野については「ぜい肉をそぎ落としたIT」「簡便なIT」でよしとする考え方だ。
中村氏は、後者のパターンに分類すべき代表例としてERPを挙げる。ERPといえば、一般的には当初の意図に反して複雑なITとなった典型例のように思えるが、同氏は「ポストERPはERP」と語る。この言葉が意味するのは、これまでの日本流の複雑なERP導入方式の代わりに、別のアプローチでのERP導入が行われていくようになるということだ。
「ERP導入が一大事業になってしまうのは、『ERPでベストプラクティスを』というスローガンを誤解しているからだ。高機能化や便利さを追求してきた日本企業にとって、『ベスト』というのは言い換えると『複雑な』こと。しかし、既製品であるERPパッケージにそれを求めるのは困難だ。だからといって、ERPパッケージがカバーしている領域を自社開発した方がいいのかというと、そういうわけでもない。一時的にコストを低く抑えられるかもしれないが、後々までのメンテナンスのことを考えると選択すべきではない」(中村氏)
そこでカギとなってくるのが、「ぜい肉をそぎ落とした」ERPパッケージの選択ということらしい。ここでいう「ぜい肉」とは、あらゆるケースを想定して機能を盛り込むだけ盛り込むこと。それを減らすということは、本当に必要で需要が高い機能だけに絞り込んでしまうということだ。特に技術主導型製造業にとっては、「ERPがカバーする機能領域を考えれば、『ベストプラクティス』のベストは、『高機能』ではなく『事が足りる』と読むべきである」と中村氏は言う。
しかし、これではもしかするとユーザー側から「それでは仕様が不十分だ」と反論が出ることもあるだろう。それに対しては、中村氏はこう答える。
「これまではユーザーが『こんなものを作りたい』と言うと、作り手側は難しいと思いながらも反証せずにこれを受け入れて、結局最後にはプロジェクトが火を噴くという事態に陥りがちだった。しかし本来は、ユーザーが『こういう機能が必要』と言う際には、その機能を実装した場合の費用対効果を立証する責任はユーザー側にあるはずだ。『それができないなら作らない』というぐらいの、ユーザーを過度に甘やかさない姿勢も持った方がいい」
「マーケティング主導型」にはBIが有効
それでは、マーケティング主導型製造業はどうだろう。このタイプの企業が最も重視すべきIT投資の1つに、BI(ビジネス・インテリジェンス)がある。
はた目から見ると、業界も業態も同じで技術力も他社と比べてさほど差がないように思えるのに、収益力では明らかに後塵(こうじん)を拝しているという企業がある。こうしたパフォーマンス格差は、そもそもの経営戦略の差から生まれたものだと中村氏は言う。
戦略の立案に何より必要なのは、意思決定の裏付けとなるデータである。経営戦略策定の際によく用いられるフレームワークに、「4C分析」がある。これは4つの“C”、すなわち“Company”(自社)、“Customer”(市場・顧客)、“Competitor”(競合他社)、“Channel”(チャンネル)のそれぞれの視点から分析を行い、経営戦略を立てるというものだ。中村氏によると、競合他社と比べてパフォーマンス面で後れを取っている製造企業では、せいぜい自社(Company)のデータ、すなわち「1C」しか見ていないという。
「グローバル市場で本気で戦おうと考える製造企業なら、“Company”だけでなく“Customer”“Competitor”“Channel”のデータも必要。これらのデータをすべて突き合わせて、初めて『当社が取るべき道はこれだ』ということが見えてくる」(中村氏)
そして、これを具体化するためのITソリューションとしてBIが非常に有効だと力説する。刻々と変化する市場の情報をいちいち手作業で集計して分析していては、競争力を維持していくのは困難なのだ。
「『BI格差』、すなわち戦略格差の重要性に目を向けるなら、効果が分からないからという理由で中途半端な取り組みになるということはないはず」(中村氏)
マーケティング主導でグローバル市場における競争優位を勝ち取ろうとするなら、幅広くかつ詳細レベルのデータ分析が必要で、そこから確立した戦略でパフォーマンスを稼ぐことが肝要なのだ。
「オペレーション・エクセレンス型」は最適なIT品質の見極めを
一方、オペレーション・エクセレンス型製造業は、日本人ならではの勤勉な国民性と暗黙知の集積を武器に、業務の効率性をとことん追求することによって競争するタイプだ。こうした企業は、ITもまた暗黙知をベースにした判断を前提とした作りになっている。
市場や生産拠点を日本国内に閉じているなら、こうしたITの形も有効かもしれない。しかし、事業をグローバル展開する段になり、海外拠点に日本で運用していたものと同じITシステムを展開しようとした途端、機能しなくなることに気付くだろう。中村氏は次のように説明する。「日本では社員が器用だし在籍期間も長いから、業務分掌やマニュアルに整理しきれなかったことも暗黙知を基に対処し、ITも利用できてしまう。しかし、これは海外では通用しない」
では、どうすればいいか。「IT化のスコープを絞ることだ」と中村氏は言う。
「ナレッジの形式知化には限界があると割り切り、ルールやマニュアルとして規定できないことはITシステムに盛り込まないこと。ITに関して『余計な工夫はしない』という決断も、これからの日本の製造業には必要だ」(中村氏)
中村氏は、かつて同僚から聞いた「結局、誰もが使える簡単なシステムを実現できたときが、ユーザーに一番喜んでもらえる」という言葉が、非常に強く印象に残っているという。細部までこだわりにこだわった多機能なシステムは、特定のニーズにはぴたりとはまるかもしれないが、汎用性に乏しく、習熟も難しく、メンテナンスの手間も掛かる。
グローバル規模で生産と流通の最適化を目指す製造企業は、「日本の常識は必ずしも世界の常識ではない」ということを頭に入れながら、ITの最適な“世界品質”を設定することが重要になってくるようだ。
ITは近代工業化を目指すべき
「これは必ずしも製造業に限った話ではないのだが」と前置きして、中村氏は日本企業のIT投資における最大の問題を「まだ家内制手工業レベルにとどまっていることだ」と指摘する。世界に名だたる技術立国ニッポン、そしてその屋台骨を支える製造業だが、ことITに関しては「ようやくこれから、近代工業化を目指さないといけない」というのである。これは一体、どういうことなのだろう。
「ITシステムはまだまだカスタムメイドが多く、徒弟制度の工房で職人がシステムを作っているような状況だ。しかも、毎回システム構築のたびに見積もりをして、そして毎回その見積もりから外れる。見積もりと実コストの関係を評して、俗に“2423の法則”(※1)などというが、これではまるで漫才だ。また、要件は同じなのに、作り手が違えばまったく異なる結果が出てくる。これも大きな問題だ。工業化の過程がそうであったように、ITはもっとシステマチックに進めていけるように進化すべきだ」(中村氏)
※1 システム開発の契約段階における見積もり規模を「2」とすると、具体的に要件を洗い出してみると「4」に倍増する。そこで発注側は当初の見積もり通り「2」しか払わないと言うが、受注側との折衝の結果、最終的に費用は「3」で妥結する。結局、費用が「2」から「3」に増加した発注側も、「3」の金額で「4」を作る羽目になった受注側も、どちらも不満に終わるという昔からの経験則。
かなり手厳しく聞こえるかもしれない。しかし一方で中村氏は、製造業は企業ITの進化の先頭に立てるはずだとも言う。
「近代工業化の過程をあらためて見るまでもなく、製造業は本業のモノ作りにおいて、“乾いたぞうきんを絞る”という表現があるほど、効率化を追及する姿勢に富んでいる。また、科学的手法で生産効率の向上、品質の向上・均質化を進めてきた。このノウハウをIT投資に生かさない手はないし、この業界ならそれができる」(中村氏)
今は困難な時期に直面している国内製造業だが、実はブレークスルーのきっかけは既にその内に秘めている、ということのようだ。かつて、いち早く世界規模の競争に打って出た日本の製造業。そこで培った知恵と、もともと持っている製造業ならではのノウハウを組み合わせたとき、業界のみならず日本全体の企業ITを変えていく力が生まれるのかもしれない。
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