実践! 中堅・中小企業のための賢いIT投資【第1回】
中堅・中小企業にもできるIT投資対効果の算出法とは?
長引く経済不況の中、中堅・中小企業にとって「そのIT投資は正しいか」を的確に判断するのはシビアで難しい。ヒト・モノ双方がかかわるITの投資対効果を測定・最大化する手法をひもといていこう。
厳しい経済状況が続く中、IT投資に割くことのできる予算は非常に限られている。「IT投資」という言葉自体に拒否反応を示す経営者も少なくないだろう。こうした状況では、即効性のあるコスト削減に頼ってしまいがちだ。だが、性急かつ場当たり的なコスト削減策は、業務効率の低下や将来のビジネス展開の芽を摘むことにもなりかねない。
一方、中堅・中小企業(SMB)は投資対効果(ROI)を測るのが苦手といわれている。一般的に「モノ」の購入コストは目に見えやすいが、「ヒト」が絡む人的コストは把握が難しい。今抱えているIT資産の運用に苦慮している状態で、そうしたふかん的な視点でコストを把握し、本当に実効性のあるIT投資判断を行うことは容易ではない。
本連載ではそうした状況を踏まえ、専門的な知識や難しい数式を用いることなく、SMBがIT活用の投資対効果を最大化するためのポイントについて、数回にわたって解説していくことにする。
今後の連載予定(テーマ)
・第1回:投資対効果とは何か?
IT投資の効果を正確に測ることは大変難しく、数多くの要素を網羅した計算式が登場してくることも多い。そうした緻密な計算をする前に、まず把握しておくべき基本的な考え方について、具体例を挙げながら解説する。
・第2回:中堅・中小企業向け支援制度を活用しよう
「IT基盤強化税制」などSMB向けには政府によって実施されるさまざまな施策がある。こうした支援策を知っているのと知らないのとでは、コスト面で大きな差が付くこともある。こうした支援制度を活用する際のポイントや留意点を解説する。
・第3回:ハードウェア購入で役立つレンタル/リースの知識
レンタルやリースは、初期費用や償却負担を軽減する手法として有効なサービス。法制度の改定などでリースを使いづらくなった面もあるが、ベンダー側もさまざまな工夫を凝らしている。レンタルとリースの基本事項について解説した後、各ベンダーの具体的な施策も交えつつレンタル/リース活用のポイントを解説する。
・第4回:SaaSと自社内運用、本当に得なのはどっち?
SaaS(Software as a Service)は中堅・中小企業のIT活用に適しているといわれる。その一方で、自社内運用と比較してあまりメリットが感じられないという意見も聞かれる。そこで、IT投資効果の観点からどのような場合にSaaSを活用すべきなのかについて具体的に解説する。
連載初回となる今回は「そもそも投資対効果とは何か?」について取り上げたい。
常に自社の現状や業務内容を念頭に置く
投資対効果を測る方法には、投資資金回収に必要な期間を指標とした「ペイバック法」や、基準となる事例(ベストプラクティス)との比較で評価を行う「ベンチマーキング」などさまざまなものがある。こうした手法は、数量的な判断を下す際には大変役に立つ。しかし、評価基準の算出ばかりに気を取られ、業務の実態を忘れてしまうと思わぬ落とし穴にはまることがある。
例えば、ITベンダーから「メールアプリケーションを刷新すれば、不要メールの削除やメール検索のために費やした時間が節約され、その分社員の残業代が節約できます」というアピールがあったとする。これに従いコスト削減効果を算出したところ、社員1人当たりの業務時間が1日30分平均で短縮され、コスト削減効果が年間1000万円とはじき出されたとしよう。この試算に従えば、新規メールシステムに500万円の投資をしたとしても投資対効果は十分得られることになる。
しかし、1日当たり30分の余裕ができた社員はその時間で何をするだろうか? その分、売り上げ向上に寄与する業務に励むのか、それともいつもより30分早く退社するのだろうか。あるいは、残業代がなくなると困るという理由で、のんびり仕事をする社員はいないだろうか。「1日30分の余裕」がプラスに働くのは、「社員は無駄な残業をせず、生産的な業務に励みたいと考えている」という業態や風土があることが大前提なのだ。
このように、本当に意味のある投資対効果を検討する上では、自社の現状や業務内容を想定しながら具体的に考えるということが不可欠だ。そこで、以下では基本的なスキームを整理した上で、この「自社の現状や業務内容を想定しながら」という部分について、具体例を交えながら詳しく見ていこう。
評価対象と評価期間に関する基本スキーム
投資対効果を測る上で欠かせないのは「評価対象」と「評価期間」である。IT機器などの「モノ」だけを対象とするのか、社内の情報システム運用担当者の人件費も含めて考えるのかといったことを検討するのが「評価対象」の特定である。一方、初期の導入/構築費用のみを考えるのか、数年間にわたる運用コストも含めて考えるのかといった観点が「評価期間」の特定ということになる。
実は、この評価対象と評価期間を的確に洗い出すことが最も難しく、かつ重要なプロセスであるといえる。しかし、SMBが手軽に活用できるひな型はなかなか存在しない。そのため、評価対象や評価期間をあいまいにしたまま部分的な評価指標計算を行い、期待した投資対効果が得られなかったという結果に終わってしまうことも少なくない。
そこで極めて大まかではあるが、表1に評価対象と評価期間の区分一覧を整理してみた。
| 導入/構築段階 | 運用段階 | 廃棄/移行段階 | |
|---|---|---|---|
| ヒトが行う業務 | 実業務処理フロー作成など | 実業務の遂行 | データの抽出/移行作業など |
| ヒトが行うIT関連業務 | システム構築費用など | システム運用費用など | データの抽出/移行作業など |
| 業務アプリケーション | パッケージ導入費用 | パッケージ保守費用 | |
| インフラ | ハードウェア/ネットワーク導入費用、データセンター初期費用など | ハードウェア/ネットワーク運用保守費用、データセンター月額費用など | ハードウェア廃棄費用、データセンター移行費用など |
| 出典:ノークリサーチ(2009年) | |||
表1の縦の項目は評価対象の区分である。上2つが「ヒトの稼働」にかかわる区分、下2つが「モノ」に関する区分である。社外に委託するか、社内で賄うかという観点でさらに細分化する方法もある。しかし、社内と社外どちらでカバーするかということは、評価対象と評価期間を特定した結果に応じて採択されるべき投資手段であると考えた方が分かりやすい。一方、横軸は評価期間の区分である。導入/構築の段階や運用段階だけでなく、廃棄/移行(別のシステムに切り替えるなど)段階も含まれている点が重要なポイントである。この一覧表を基に「どの区分での投資対効果を重点的に検討するのか」、言い換えれば「どの区分において、費用と効果をてんびんに掛けた取捨選択を行うべきか」を決めていくわけだ。
ケーススタディで考えてみる
上記の基本スキームの活用方法を解説するに当たって、次のようなケーススタディを想定してみよう。
輸入家具販売業A社
- 年商:90億円
- 業況:輸入元を拡大し、品ぞろえを次々に変えることによって顧客の関心を維持している。顧客層を全国に拡大するため、インターネットでの商品閲覧と注文を可能にするシステム(オンライン販売システム)の導入に取り組もうとしている。
A社の場合は、オンライン販売システムでの投資対効果を最大化するのが目下の至上命題ということになる。ここで、いきなり「オンライン販売システムを自社内で持つべきか、ASP/SaaS形態を活用すべきか?」というシステム論に陥ってしまなわいようにすることが大切だ。また、「今後の海外展開を踏まえたシステムにすべきか」「ネット決済機能は組み込むべきか」を判断するために高額な費用を掛けてシミュレーションをするのも、SMBにとってはリスクの高い投資といえる。つまり、SMBにとっては
- いきなりシステム論に陥らないこと
- 「IT投資のための投資」を避けること
の2点が非常に重要なポイントとなってくる。
この2つのポイントを外さないためには、以下のようなステップで基本スキームの中から投資対効果を検討する区分を洗い出していくことが有効だ。
ステップ1:自社のコア業務の内容と範囲を特定する
まず、自社のコア業務(本業そのもの)が何であり、それが基本スキームの上でどの範囲に及ぶのかを考えてみる。A社の場合、さまざまな輸入家具を次々と展開していくことが競争力の源泉である。輸入家具商材の選定はA社のノウハウであり、この業務は同社が存続する限り継続的に実施される業務である。つまり、A社のコア業務は評価対象では「ヒトが行う実業務」、評価期間はすべての区分に及んでいるといえる。
ステップ2:コア業務を踏まえた固定対象を特定する
固定対象とは、コア業務を実施するに当たって不可欠であり、コスト削減の観点から安易に変更をすべきでない区分を指す。A社のオンライン販売システムでは全評価期間での「業務アプリケーション」が該当する。A社では多種多様な商材をどれだけ頻繁かつ迅速に差し替えられるかが業績に大きく影響する。使い慣れたアプリケーションからの変更は、データ移行の手間や社員の使い勝手などを考慮するとなるべく避けた方が無難である。逆に仕入れ元や商材が固定しており、決済や物流における安定性や効率性を追求したいという企業では「業務アプリケーション」ではなく「インフラ」が固定対象となる場合もある。
ステップ3:変動対象の制約条件を洗い出す
変動対象とは、コア業務によって生み出される成果を最大化するために随時取捨選択される区分を指す。固定対象とならなかった「ヒトが行うIT関連業務」と「インフラ」は変動対象となる。例えば「ヒトが行うIT関連業務」は、「業務アプリケーション」が自社内で手軽に扱えるものなのか、構築/導入/運用保守をすべて社外に任せるべきものなのかに応じて、取るべき実現手段が変わってくる。
ここで重要なのは、固定対象を変動させないこと。採択した「業務アプリケーション」が標準サービスメニューに含まれるという理由から、「インフラ」区分でデータセンター事業者B社を選択したとする。しかし、もしB社にデータエクスポートサービス(※)が用意されていなければ、A社のオンライン販売システムはB社に束縛されることになり、より安価な「インフラ」区分を提供する他社が登場しても活用できなくなってしまう。このように、変動対象に課すべき制約条件を事前に洗い出すのがこのステップの目的である。
※この場合は、A社がB社以外のデータセンター事業者においても過去のデータを活用できるように、契約終了時に全データをA社に引き渡すこと。
ステップ4:変動対象の費用と効果を比較する
ステップ3によって制約条件を満たすべき変動対象の実現手段が明らかになり、実際の候補(ベンダーやサービス提供者)が絞られてくる。ここで初めて、費用と効果を算出する過程に入るわけだ(表2)。こうして対象区分を絞り、制約条件も洗い出しておけば、費用と効果の算出における負担を軽減することができる。
投資対効果を綿密に算定するためには、評価対象を網羅的に洗い出し、個々の評価対象について必要となる費用と得られる効果を何らかの手段で数値化するというプロセスが必要になる。しかし、ビジネスには不確定要素も多く、人員が少ないSMBにとっては、そうした手間の掛かるプロセスを踏むこと自体が「投資を検討するための投資」になってしまう。そこで、上記のようにコア業務範囲を明確にした上で、コア業務への影響が少ない部分(変動対象)を絞り込むわけだ。対象を絞り込めば、費用と効果の算出も容易になり、今後状況が変わった(より安価な手段が登場した)ときにもコア業務への影響を最小限に抑えつつ、安価な手段がもたらすメリットを享受できる。
こういった「ビジネスもITも常に変動することを念頭に置き、取捨選択する部分を絞り込む」というアプローチが、SMBにとっての現実的な投資対効果判断手法の1つになり得るだろう。
<筆者紹介>
岩上由高
ノークリサーチ シニアアナリスト
ソフトウェアベンダー数社でソフトウェア製品の企画、設計、開発、コンサルティング、トレーニングなどに携わった後、ノークリサーチに入社。シニアアナリストとしてITのさまざまな領域の調査・分析に従事し、その成果を記事執筆やコンサルティング活動を通じて積極的に発信している。
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