国内初のオフィスLANにおけるOpenFlow導入
【事例】金沢大学附属病院が前例のないOpenFlowを選んだ理由
金沢大学附属病院が、OpenFlowをベースとするNECのネットワーク製品を導入した。OpenFlowをデータセンターで使った例はあったが、組織内ネットワークで利用するのは恐らく国内初。なぜ同院は新技術の導入に踏み切ったのか。
2012年6月、NECは金沢大学附属病院の新ネットワークに同社の「UNIVERGE PFシリーズ(プログラマブルフロー)」が採用されたことを発表した。プログラマブルフローは、OpenFlowをベースとした同社の次世代ネットワーク製品で、ユーザー端末が直接接続されているLANへの適用は、これが初の事例となる。いわば“前例のないシステム”の導入となったわけだ。この導入経緯について、金沢大学附属病院の経営管理担当の副病院長兼経営企画部長である長瀬啓介教授と、同じく経営企画部 特任助教の山岡紳介氏に聞いた。
建物の建て替えとタイミングが合致
金沢大学附属病院と、隣接する医学系研究科では現在再開発が進行中で、古い建物を段階的に建て替えている。付属病院正門からはまず古い外来診療棟に入ることになるが、ここを通り抜けるとその奥にある真新しい中央診療棟、新外来診療棟、さらに附属病院に隣接する医学系研究科の建物である新総合研究棟に出ることができる。1Fロビーにはカフェなども入っており、昔ながらの大学病院のイメージからは意外に思えるほどの明るく開放的な空間が確保されている。ネットワーク基盤の再構築とOpenFlowの採用は、この建物の建て替えとタイミングが合致したことで実現したのだという。
病院ではさまざまな部門システムが使われているが、今回OpenFlowが採用されたのは「電子カルテシステム」「医事システム」「生理検査放射線画像システム」「麻酔患者管理システム」、そして「眼科診療システム」。「電子カルテシステム」と料金計算などのための「医事システム」で1つの仮想ネットワークを構成し、他に「生理検査放射線画像システム」「麻酔患者管理システム」「眼科診療システム」でそれぞれ仮想ネットワークを構成。合計4つの仮想ネットワークをOpenFlowネットワーク上に構築している。
導入規模は、OpenFlowコントローラー「UNIVERGE PF6800」が冗長構成で2台と、OpenFlowスイッチ「UNIVERGE PF5240」が16台。スイッチはフルメッシュ構成となっている。
これまでの院内システムやネットワークの課題
OpenFlow導入以前のシステムでは、ネットワーク構成を正確に把握することすらできない状況だったという。これは、病院ならではの事情に加え、同院がネットワーク技術の発展初期段階から情報化に取り組んできたことも影響している。
長瀬教授は、今回のネットワーク基盤の再構築に際して、「病院には専門性の高い人たちが集まっており、それぞれ独自のネットワークを構築してきた歴史がある。これらを統合したいということと、長い時間が経過する間にネットワークをきちんと管理できない状態に陥ってしまったため、これを再構築する必要に迫られたことの2点が主要な動機となった」と話す。
病院全体で部門システム/ネットワークが幾つあるのかも正確には把握できないそうだ。この理由は、ネットワークが医療機器の付属品扱いになっている点にもあるという。例えば、「電子カルテシステム」と「医事システム」は1つのネットワークに統合されているが、「放射線システム」「検体検査システム」「生理検査システム」「眼科システム」「調剤システム」「内視鏡システム」などは並列して存在する。医療機器は現在、ネットワーク化が進行しているが、基本的には医療機器メーカーがそれぞれ独自のノウハウに基づいてネットワーク機能を機器に組み込んできた。
こうしたシステムを使う人はそれぞれの分野の専門家であり、これら専門家と機器メーカーが協力して練り上げてきた結果がそれぞれの部門システムとなっているという事情もある。「病院全体のネットワーク基盤を変更するから、それに合わせて部門システムを改修するように」などという一方的な手法は到底取れない。また、従来はこうした手法による導入に合理性があったのも確かだ。例えば、放射線システムでは大量の画像データをネットワークでやりとりするため、大量のトラフィックが発生する。現在のCTやMRIといった機器では巨大サイズの画像データを出力することになる。一方、電子カルテシステムは文字情報が主体であり、トラフィックとしてはさほど多くはない。こうしたトラフィックの性質の違うシステムを混在させるのは、特にネットワークの帯域幅が今ほど広くなかった時代には困難で、それぞれを分離して専用のネットワークを構築する方が技術的にも理にかなっていたのである。
とはいえ、長年の間にはシステムの改修や移設といった作業が繰り返し起こり、結果として「何がどうなっているのか誰も正確に把握していない」。状況把握ができていないことは、潜在的に重大トラブルを抱え込んでいる状況だともいえるだろう。
また、部屋の移動や端末の移設などによって毎回ネットワークの構成変更や物理的なケーブリング作業が発生し、そのためのコストが膨らんでしまうという問題もあった。
OpenFlowを選択した理由とは
金沢大学附属病院でのOpenFlow導入のきっかけは、NECからの提案だったという。長瀬教授は、「最初にNECから提案があったのは2011年の8月で、その時点では特に比較すべき競合製品はなかった。まず、当院のメインコントラクターがNECであり、長期にわたり一緒に病院情報システムを構築してきたという基礎があったため、担当エンジニアが当院の問題点を把握していた。その上でNECが商品化したプログラマブルフローを早い段階で提案してくれた。さらに今回、建物の建て替えがあった。こうしたタイミング的な要因も大きい」と語る。
OpenFlowの利点は、論理的な“フロー”の定義によってトラフィックを制御できる点だ。つまり、単一のネットワークインフラ(物理的な接続)の上に、仮想的に複数のネットワークを構築できる。患者の個人情報を扱う都合上、トラフィックの分離は厳密に行われる必要があるが、フロー定義によって仮想化されたネットワークでは、「間違ったポートにシステムを接続したら見えてはいけないはずの情報が見えてしまった」といったトラブルはあり得ない。
前述の通り、OpenFlowの導入は、まず新築の新総合研究棟に限定して実施した。これは、病院全体に一気に展開する前の試験導入的な意味合いがあった他、新総合研究棟は直接治療を実施する場所ではないため、仮にトラブルがあったとしても患者に迷惑が掛かることはないという安心感もあってのことだという。新しい建物は50年ほどの耐用年数を見込んでいるため、今回のタイミングを逃すとこうした新技術の導入は難しかったかもしれない。その意味では、ちょうど建て替えが進行中にOpenFlowが成熟段階に入ったという絶好のタイミングだったわけだ。
プログラマブルフローに関しては、金沢大学附属病院がオフィスLANとして初の採用事例になる。ということはつまり、金沢大学附属病院が採用を決定した段階ではオフィスLANでの適用実績は皆無で、参考とすべき前例が一切ない状況だったわけだ。しかし、この点について長瀬教授はあまり心配していなかったという。
長瀬教授は、「OpenFlowは、“エンド・ツー・エンドのフロー”という考え方がベースになっている。まだあまり実績のない新しい技術ではあるが、最初に話を聞いた段階で、『基盤技術は、さほど新しいものでもない』と感じた。一番の違いは『どのようにネットワークを制御していくのか』という思想の違いだろう。人間が考えたことをプログラムという形で表現し、コンピュータに組み込んでいくわけだが、その際のプログラムの組み込み方の思想の変化だということだ。そう考えれば、新技術採用に伴うリスクはほぼコントローラーの完成度に限定されると判断できる。確かに何らかの問題が出るかもしれないが、それを言うなら現状稼働しているOSだってバグだらけだとも言え、むやみに心配しても仕方ないだろう。それよりも、その思想の変化によって実現される“安定性”や“設定ミスの抑制”などのメリットの方が大きい。大規模で複雑なネットワークを今までのやり方で構築していくには相当な工数が掛かると予想されるため、両者を比較検討したときに既存型のネットワークを選ぶことは考えられなかった」と語る。
国内初のオフィスLANでのOpenFlow採用事例という点に関しても、特に意識はしなかったそうだ。「ここは大学病院であり、病院情報システムはインフラだ。そのため、リスクを取って何か大きなチャレンジを実験的に実施する、という場ではない。適切で最適な製品選択をすればよいのだが、それがこの時点においてはOpenFlowだったということだ。従来型の製品でやるよりもOpenFlowの方が良い選択だと確信できるだけの差があったということでもある。粛々と必要なものを選択しただけのことで、派手なことを狙ってやったわけではない」と長瀬教授は言う。
病院のシステムに求められる要件
長瀬教授は、金沢大学附属病院を「北陸地方における終局の病院」だと表現する。その意味は、他の病院で治療ができない患者が送られてくる病院であり、ここで治療できなければ他にどこにも治療できる場所はない、という位置付けの病院だということだ。そのため、24時間365日、常にコンピュータシステムを診療の基盤として動かし続けなくてはならない。エンタープライズシステムにおいても「ミッションクリティカル」という表現が使われるが、金沢大学附属病院のネットワーク基盤は、まさに人命が掛かったシステムだということになる。
「電子カルテシステムが参照できなくなると、患者さんの容体が急に悪化した場合に過去の投薬履歴などを参照できず、適切な治療ができなくなるかもしれない(注:電子カルテシステム自体には予備システムがある)。この病院はどんどん容体が変化していくような患者さんが集まっている病院なので、システムを止めることは絶対にできない」(長瀬教授)。OpenFlowの導入によって、ネットワークの構成変更もコントローラーに対する一元的な作業で確実に実施できるようになる。これによって、ネットワーク構成の変更に要する作業時間が短縮され、計画停止時間も抑制できるとの期待が掛かる。
「患者のことを考えて、確実な道を徹底的に選んでいく」ことで、「安定したネットワーク、安定したシステム」を実現することが目的であり、OpenFlowは単に結果として選ばれたにすぎない、と長瀬教授は言う。今後の新たな検査機器の導入などに際しても、従来であれば物理的なケーブリング作業を伴うネットワーク工事が不可避的に発生するところだ。しかし新総合研究棟では、部門ネットワーク機器ごとに配線工事が発生していたものが簡素化され、ネットワーク工事の必要箇所が減少したことで、ネットワークのメンテナンスコストを削減できたという。
今後は、機器更新のタイミングなどを踏まえながら、まずは病院全体の病院情報システム/医事システムにOpenFlowを展開していく計画だ。さらに将来を見据えると、さまざまな部門システムを全て単一の物理ネットワーク上に統合し、プログラマブルフローの仮想テナントネットワーク機能を使って適切に分離していく、という姿が理想だが、実現に向けては部門システム側の対応状況を見ながら、その時々で最適な選択を繰り返していくという。
システムの安定性や信頼性を何よりも重視する金沢大学附属病院。OpenFlowベースのネットワークが本番稼働を開始し、数カ月経過した現在もトラブルフリーで運用されているという。
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