クラウドガバナンス現在進行形【IaaS比較編・2013年版】
「62のIaaSランキング」から見える、今後のクラウド比較で気を付けたいこと
IaaS上位サービスにおけるNIST定義満足度とガバナンス成熟度は完成の域に達し、PaaS層への進化や、IaaS同士の相互接続も始まりつつある。これにより、IaaS層のエコシステムやサービス手順の自動化はさらなる加速を示すだろう。
2013年6月、NIST定義やガバナンス要件を基に、62のIaaS(Infrastructure as a Service)を比較・スコアリングし、比較表とランキングをまとめた記事「【徹底比較】安心・満足なクラウドはどれだ? 62のIaaSランキング」(以下、62のIaaSランキング)と、この記事に関する考察「『62のIaaSランキング』を徹底解説! 日本におけるCloud-washingの実態」を公開した。本稿では、62のIaaSを調査した筆者がIaaS市場の今後について考えをまとめた。
これからのIaaS
IDC Japanが発表している国内サーバ市場規模調査と国内パブリッククラウドサービス市場調査のデータを利用し、「クラウドは本当にコストダウンになるのか」で提示した方法論で国内サーバ運用費(含む償却費)とクラウド市場規模の関係をグラフにしてみた(グラフ)。ここで言うクラウドとはIDCの定義に基づいているので、62のIaaSランキングの調査基準で言うなら広義のクラウドに当たる。
クラウドが総市場規模を下支えするほどに成長しつつあることがご理解いただけると思う。米国でもRW Baird & Co.が「2016年までに米Amazon Web Services(AWS)が100億ドルの収益を上げ伝統的なIT市場が最大400億ドルの損失を被る」と予測している。ともあれ、米連邦政府がクラウドファーストを唱えた2010年11月19日から遅れること2年、ようやく日本でも利用実績が積み上がりつつあり、クラウドファーストが常識になり始めたようだ。
さて、今回、国内でIaaSを名乗るサービスのクラウド定義満足度とガバナンス成熟度を調査しサービス分布を俯瞰してみて、ちまたで言われる通りクラウドファーストが常識となるファンダメンタルが整いつつあることを実感した。突出した単一のサービスが孤高の高みに屹立しているような状態では市場はなかなか動かない。需要側から見るとさまざまな選択肢が複数の事業者から提供されており、供給側から見ると代替資源確保やリスク分散が可能な状態になって初めて、James F. Mooreのいう(ビジネス)エコシステム(※1)が回り始める。
※1 相互作用する企業と個人を基盤とした経済共同体。需要・供給双方にとっての便益を増大させるサイクル
62のIaaSランキングでガバナンス成熟度評価結果を見る限り、ハイブリッドクラウド上位の事業者を中心に、IaaSにおける定義満足度と成熟度はいったん、完成の域に達しつつあるようだ。エコシステム成長の観点からは先行して始まっているPaaS(Platform as a Service)層におけるハイブリッドクラウド運用に加え、IaaS層における相互接続も始まり、一段と幅広い選択肢が得られる状況が出現しつつある。
エコシステム成長の観点から、筆者は2013年3月4日の米IBMによるオープンなクラウドアーキテクチャへのコミットと「IBM SmartCloud Orchestrator」の発表、2013年4月17日にインターネットイニシアティブ(IIJ)と日本マイクロソフトが発表したクラウド間の相互接続の実現や、同6月3日の日立によるAWS連携クラウドサービス発表の動きは、エコシステム成長の階梯が一段上がりつつあることを示していると考える。米RackSpaseによる通信事業者へのOpenStackベースのクラウド構築の提案の動き、米Red HatによるRed Hat Enterprise Linux OpenStack Platform提供開始も合わせ、以前、「利用者がIaaSの信頼度を計算するには?」で紹介したような事業者をまたがった資源融通が可能な時代が近づきつつあるといえる。さらに、2013年7月2日にはドイツ証券取引所が、2014年にクラウド資源の取引市場を創設するとの構想を発表した。筆者は、NISTによるメトリクス定義作業も道半ば、後述するISO/IEC 27017、27036の完成もまだ先という現状において、取引所という一定の透明性を確保可能にするモデルが登場することは、個別企業提携による自然発生的なエコシステム成長だけに頼る場合とは異なる成長シナリオを提供してくれる可能性があると期待している。
例えば、クラウドプロバイダー由来の公開APIを利用した相互運用性確保から始まり、提携関係のネットワークの成長、資本系列化によるエコシステムの成長、一種のクラウドブローカーとして振る舞うCloud Sleuthなどのメトリクスサービス、それに加えて取引市場の登場による取引量と取引価格の可視化が進むことで、市場健全性の見える化がもたらされ、クラウドファーストが加速する可能性がある。
このようなエコシステム発展に向けて、技術的側面からは2013年3月18日に初版公開されたばかりのOASIS TOSCA(※)に対応したIBM SmartCloud Orchestratorの今後の展開と、同種の機能を備えたOSS実装の登場がいつになるのかに特に注目している。
自然発生的なエコシステム成長だけに頼ると、支配的なクラウドプロバイダー由来の公開APIのデファクトスタンダード化が進むはずだ。API仕様は合理的にデザインすると内部アーキテクチャ仕様に従うので、デファクトスタンダードの地位を得たAPIを動作させるのに最も適したアーキテクチャはデファクトスタンダードを得た事業者のアーキテクチャとなる。互換API整備を余儀なくされる競合プロバイダーは互換API開発コストと運用コストのオーバーヘッドを甘受せざるを得なくなり、競争面で不利になる。この不利を避けるためにはデファクトスタンダードの地位を獲得した事業者の互換アーキテクチャを採用するしかなくなる。互換アーキテクチャを選択すると経営上の選択の幅はデファクトスタンダード事業者より狭くなり、やはり競争条件が悪化するだろう。
OASIS TOSCAのようなクラウドプロバイダー由来の公開APIに寄らない中立な相互運用のための共通言語が普及できるなら、個々の事業者のクラウドアーキテクチャは、支配的な事業者が提供するAPIのアーキテクチャモデル制約に対して相対的に自由になる。それ故、クラウド発展の多様性を維持する観点からOASIS TOSCAの普及は重要な指標になり得ると考えている同じ理由で筆者はRandy Bias氏が公開書簡で求めた「OpenStackをAPIレベルでAWS互換に」という望みは筋が良くないと考えている。OpneStackなどのコミュニティーによる開発はクラウド事業分野におけるコミュニティーレジリエンスの典型例といえるだろう。OpenStackはOpenStackの道を行くべきだ。
※ OASIS TOSCA:パーツ間の関係やサービス挙動の相互運用についての標準的な記述方法を提供し、クラウド•アプリケーションおよびサービスの移植性を高めるオープンな規格(参考:PaaSはロックインが常識? TOSCA標準で実現近づくクラウドの相互運用性)
こうしてIaaS間の連携も始まってくると、個々のIaaS(またはIaaS連合)を基底としたサプライチェーンの信頼性基準と自グループの信頼度を示し、クラウド定義満足度とガバナンス成熟度に応じたエコシステムとしてのポジション獲得競争が始まる。このような競争条件下において競争優位性を得るには、事業継続性と運用弾力性に配慮した、「クラウド リファレンス アーキテクチャv1.0」でいう手順の自動化、すなわち手順の資源組み込み実現が重要になる。システム規模が大きくなるほどガバナンス上欠かせない手順を自動化しなければ即応性が担保しにくくなるし、サービス品質の均一化も難しくなるためだ。もちろんコスト制約を度外視するなら実行は可能だろうが、今後予想されるリアルタイム化した内部統制を手動で行うのは現実的ではないためでもある。
2013年4月25日には日本セキュリティ監査協会が「クラウドセキュリティ推進協議会」を発足させた。先にも触れたクラウドのセキュリティ標準を取り扱うISO/IEC 27017の策定も2015年発効を目指して進んでいる。サプライチェーンの情報セキュリティを取り扱うISO/IEC 27036は4部のマルチパート構成になっており、パート1、2については2013年秋には公開される見込みだ。これらの動きは少しずつではあるが、システムの脆弱性を管理する枠組みが、サプライチェーンの粒度で整備されようとしていることを示すとしてよいだろう。
事業者間の競争という側面と対を成す、利用者側の要求の側面からも事業継続性と運用弾力性を要件としたガバナンスモデルと成熟度評価の重要性を支持する調査結果がある。
米Hewlett-Packard(HP)がColeman Parkes Research, Ltd.に委託した2012年10月(発表は2012年12月6日)の「HP Cloud and Information Optimization」によると「アジア太平洋地域および日本の69%の組織がハイブリッドクラウドを志向している」といい、72%が「クラウド間でのワークロードポータビリティが重要である」と回答していた。HPは2012年11月(発表は2013年4月11日)にクラウド定義満足度が表す手順の資源組み込みの重要性を支持する調査も行っている。HPがColeman Parkes Research, Ltd.に委託した「IT Performance Study調査」によると、エグゼクティブの70%以上が「パフォーマンスメトリクスによってITを測定すべきだ」と考えており、「IT監視作業に手動プロセスが含まれている」と回答した。そのうち71%(全体の49.7%)が「手動であることによってフィードバックが遅延する」と認めている。
事業継続性と運用弾力性を要件としたガバナンスモデルを前提に、ガバナンス成熟度評価とクラウド定義満足度評価を組み合わせた今回のクラウド評価モデルの実効性についての傍証としてご記憶願いたい。
IaaSとPaaSの相互運用性、互換性
現在ハイブリッドクラウドセグメントの上位を占める事業者で勝ち組が確定したのかというとそうとも言えない。2013年2月からうわさされていたOSSベースのSDNフレームワーク開発に取り組むOpen Daylightが2013年4月8日に発表され、翌9日にはHPがデータセンター向け省電力・高密度実装サーバ「HP Moonshot System」を発表、さらに10日に米Intelが北京で開催した「Intel Developer Forum」(IDF)で22nm プロセス技術に基づくデータセンター向け製品群の拡張計画を発表、17日には米サンタクララで開催されていた「Open Network Summit」で「Intel Open Network Platform」が発表された。Intelは2013年7月22日にも「Software Defined Infrastructure」を発表するなど激しい発表攻勢を続けている。そのIntelも多大な貢献をしているOpen Compute Projectも着々と成果物を積み上げている。ただ、Open Daylightは発足後2カ月に満たない2013年6月5日に、最初のOSS SDNコントローラーであるProject Floodlightの開発元、米Big Switch Networksがボードメンバーから降りた。その意図を説明する公式ブログの記述を読む限り、さまざまな勢力を結集したOSSベースのSDNフレームワークが成立するにはまだ時間がかかりそうだ。とはいえ、全体として見ればこのようなゴタゴタもクラウド市場がダイナミズムに富んでいる証拠と捉えることもできる。
筆者がIaaS設計・開発に取り組んでいた2009年当時にはIaaSを構成するあらゆる要素の依存関係も整理されておらず、IaaS開発に挑む開発チームは全てを一から構築しなければならなかった。しかし、2010年10月にOpenStackが発表され、2012年4月にはCloud StackがApache Software Foundationに寄贈されるなど、オープンなスタックが利用可能になってIaaS要求開発工数が節約できるようになり、事業参入ハードルが下がり始めた。これら、ソフトウェアスタックレイヤーの成長・成熟が進む一方で、ネットワーク周りでもオープンなSDNフレームワーク開発が始まった。また、物理資源レイヤーでも省電力化と高密度化、低価格化がクラウド向けを意識した形で進み、ラック単位での導入・増設を前提にした提案がなされるようになってきた。それによって、構成設計の自由度が高まり、従来と比べて販売(稼働)ロスの小さなIaaS設計が容易になりつつある。しかもこの動きは、ほぼ同時にオープン化も進行しているので、普及はベンダー主導だった時代より加速する可能性もある。一連の動きを見るにつけ、筆者には、これまでのIaaSのコスト構造や実装設計が過去のものとなるタイミングが来ているように感じられる。これらの技術・製品を採用したりOpen Compute Projectなどの成果などを取り入れた、これまでのIaaSでは実現できなかった柔軟性を実現する新サービスがいつ登場してもおかしくないと考えている。
このような変化はIaaS市場に完結したものになるとは限らない。IaaSはクラウド市場の基底を成す重要な分野ではあるがクラウド市場の全てではない。その証拠にハイブリッドクラウド上位にランクされている事業者は、熟成の進んだIaaSインフラを足掛かりに、ワークフロー自動化やBIの提供、スケールアウト可能なデータベースサービスの提供など、PaaS層の構築と提供に競って取り組んでいる。また、米Googleや米Microsoftなど当初、自社基盤上で動作するPaaS提供から参入した事業者もIaaS市場に参入し、相互運用性や互換性に考慮しつつある。独SAPも2013年5月7日に「SAP HANA Enterprise Cloud」を発表し、GoogleやMicrosoftに続いた。2013年4月5日に米Accentureが発表した「Accenture Cloud Platform」は技術的な実態が不明なため評価しにくいが、「Big Data Recommender as a Service」や「Testing-as-a-Service」など、コンセプトレベルでは、先に挙げたIBMのSmartCloud Orchestratorの競合となりそうなテーマも掲げており、実態が判明するまでは動向に注意しておきたい。
クラウドサービス成熟度を計測する上ではIaaSとPaaSを俯瞰して、可能な組み合わせのバリエーションを網羅したフレームワークが必要な時期が到来しつつあるようだ。今後はPaaS層も対象としたエコシステム調査フレームワークが必要になるだろう。atoll projectとして取り組んでいきたい。
川田大輔(かわだ だいすけ)
外資系ITベンダー数社を経てITベンチャー創業に参画し取締役CTOを務めた後、コンテンツ事業会社に移り技術戦略を担当。事業開発、技術開発および技術投資業務を経験。2009年より電気通信事業者(旧区分一種)に勤務し、SOAに対応しNIST定義準拠したOSSクラウドアーキテクチャ開発に取り組み、2011年5月に技術公開。他に個人としてガバナンス観点からクラウドアーキテクチャを整理しメトリクス整備を目指す「atoll project」を主宰。本稿での記述内容は個人の見解であり、その責任は全て筆者個人に帰するもので、所属する組織を代表する意見ではありません。
Twitter:@daisuke_kawada
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