「AWS Summit Tokyo 2014」EdTech & Research セッションリポート
信州大学がAmazonクラウドで災害対策 「クラウドは自前で作るものじゃない」
全学内システムのクラウド移行を目指す信州大学。当初は自前でのクラウド環境構築に挑んでいたが、「Amazon Web Services」をはじめとする商用クラウドの利用へとかじを切った。その理由とは何か。
「広島大学が基幹系をAmazonクラウドへ移した理由」に引き続き、アマゾン データ サービス ジャパンが2014年7月に開催したユーザー向けイベント「AWS Summit Tokyo 2014」の講演から、教育機関のクラウド移行事例を紹介する。本稿で紹介するのは、長野県松本市に本拠を置く信州大学の事例だ。
事業継続計画(BCP)の一環としてディザスタリカバリ(DR)の仕組みを構築している信州大学。そのインフラとして利用するのが、アマゾン データ サービス ジャパンのクラウドサービス群「Amazon Web Services(AWS)」をはじめとするクラウドである。同大学の総合情報センター長である不破 泰教授の話から、クラウド活用の経緯やAWSの選定理由を明らかにする。
AWS利用の現状:災害対策の一環として利用
松本市、長野市、上田市、南箕輪村の3市1村に5つのキャンパスを持つ信州大学。キャンパスの中には、大規模地震の発生が予想される牛伏寺断層を含む糸魚川-静岡構造線断層帯に立つものもあり、災害対策が重要な課題となっていた。システムの災害対策も不可欠であり、その手段として同大学が利用するのがAWSなどのクラウドだ。
信州大学は、2015年以降、全学の情報システムをクラウドへ移行すべく作業を進めている。既に大学の学習管理システム(LMS)や公式Webサーバ、安否確認システムをAWSで稼働させているという。
クラウド移行の背景:“自前のクラウド”には限界が
事業者が提供するクラウドの利用を決めたのは、大学が自前で構築したクラウドを使ったDRの実現には限界があると認識したことが背景にある。
信州大学は、2010年3月稼働の教育用計算機システムを対象に、学内のデータセンターに構築する自前のクラウドを使ったDRの設計・構築を進めた。具体的には、同大学の2大拠点である松本/長野キャンパスに自前のクラウドを構築して相互に接続し、システムとデータを補完し合う、といったものだ。「『同時に全てのキャンパスが被災することは考えにくい』という発想があった」(不破教授)ことが、このアプローチを取った背景にある。
だがこのアプローチには、幾つかの問題点があった。2カ所のキャンパスに同等のシステムを構築すれば、当然ながら「システムもコストも倍になり、障害発生ポイントも倍になる」(同)。さらに、「スケーリングやシステム構成の調整が困難になってリソースが確保し難くなったり、片方のシステムが停止したときのリカバリ手順が複雑化し、自動化が困難になることが分かった」(同)という。また、自治体などが作成するハザードマップを見た結果、「5カ所のキャンパス全てが同時に被災する可能性はゼロではないことが発覚した」(同)ことも懸念材料となった。
信州大学は、教育機関が自前でクラウドを構築することが、こうした問題の根本にあると判断した。サービスとして提供されているクラウドであれば、インフラの構築や運用、リソースの確保はクラウド事業者に任せることができる。各地に分散したデータセンターで災害対策を施しているクラウドも少なくない。「クラウドは利用するものであり、自前で作るものではない」(不破教授)という考えから、事業者が提供するクラウドを使ったDRの構築を検討。2015年以降、学内の全ての情報システムを順次クラウドへ移行することを決断したという。
AWS選定の理由:「8つの条件」に当てはまるクラウドを選定
クラウドの選定に当たって、信州大学は8つの条件を挙げた。
- プライベートクラウドではなく、パブリッククラウド・SaaSとして必要な機能を実現する
- 信州大学のキャンパスが全て瓦解したとしても、データとシステム、アクセス方法が消失しない
- 特定データセンターに強く依存しない。関係する1つのDCが喪失しても、システムが稼働する
- 他クラウドとの相互運用性が高い
- システムとデータのセットで耐障害性が担保できること。ただし、システム停止時のリカバリは瞬間的な切り替えは必要としない
- コストが増加しない(適切な、過剰でない設計を行う)
- システムのフローや依存関係が複雑化しない
- クラウドのシステムにクライアントが単純な方法でアクセスできる
データセンターの地理的な分散による災害対策効果を期待することもあり、「特定のデータセンターに依存したものは、クラウドとは認めない」(不破教授)と定めた。他のクラウドとの相互運用性の高さを選定基準に挙げているのは、「全てのシステムをAWSなど特定のクラウドへ移行すると決めているわけではなく、適材適所で最適なクラウドを選んで活用したい」という考えからだ。
信州大学は、こうした条件を満たすかどうかを軸に、国内外のクラウドから選定を進めた。その結果、セキュリティやリアルタイム性の要求が高いシステムは学外のデータセンターで運用する商用クラウドをプライベートクラウドとして利用する一方、双方の要求がそれ程高くないシステムについては、IaaSとしてAWSを選定したという(写真1)。
不破教授がAWSのメリットとして挙げるのが、専用線経由でAWSを利用可能にする「AWS Direct Connect」を使い、国立情報学研究所の学術情報ネットワーク「SINET」とAWSを接続できるようになったことだ。「SINETは安く利用できるのが魅力。システムは可能な限り、AWSなどSIENTと接続できるクラウドに集約したいと考えている」(同)
本音は「SaaSが使いたい」
信州大学では上述の通り、大学公式WebサーバやLMSのインフラにはAWSを採用しているものの、システムインテグレーター(SIer)の協力で、AWSで稼働するアプリケーションのみをサービスとして使うSaaS形式で利用しているという。運用や構築に掛かる負荷を考慮し、「できる限りSaaSを使いたい」(不破教授)と考えているからだ。
ただし、通常のSaaSは「汎用性に問題がある」(同)という考えから、可能であればSaaSを選定するものの、ニーズに応じてAWSなどIaaSを中心とした他のクラウドを使ってシステムを移行・構築する方針だという。仮にインフラにIaaSを使う場合でも、システムインテグレーター(SIer)などの協力が得られる場合には、SaaS形式を採用する。
導入効果:コストの“見える化”にクラウドが寄与
災害対策を主な目的にクラウド移行を進める信州大学。他にも、運用負荷の軽減といったメリットを得ているという。「これまでは教員がシステムを管理するケースも多く、システムが止まると週末に出勤する必要があった。それがなくなったのは大きい」と不破教授は語る。
教職員や学生などの内部スタッフがシステムを運用していると運用コストを見落としがちだ。これを可視化できることも、クラウド移行のメリットだと不破教授が指摘する。「クラウドへ移行すると、当然ながら定期的に利用料金が掛かる。では、今まで通り大学でシステムを抱え込めばコストが掛からないのかというと、そうではない。従来ボランティアで賄っていた作業コストが、クラウドで可視化されたにすぎない」(同)
「中にあるから安全」という考えは無意味
「システムが学内にあるから安全という理屈は、全く意味を成さない」と不破教授は語り、学外の事業者から寄せられる、学外のデータセンターで運用するクラウドにはセキュリティの懸念があるのではないかとの議論を一蹴する。
同大学の学内サーバ室は、ICカードによる入退室管理などのセキュリティ対策を施している。以前に入室トラブルが発生した際、警備会社の立ち会いの下でサーバ室の窓ガラスを割って内部に入ったところ、警報装置は作動したものの、30秒程度で中に入ることができたという。警備会社に「警報が鳴ってからどれぐらいの時間で現場に到着できるか」と聞いたところ、10分程度かかるとのことだった。「10分あれば、ラックからねじを外してサーバを持ち出すこともできる。学内にサーバがあるからといって安全ではない」(不破教授)
今後は事務情報共有システムをグーグルのクラウド「Google Apps」へ移行するという信州大学。AWS以外にも適材適所でさまざまなクラウドを使い分け、全てのシステムのクラウド移行を完了させたい考えだ。
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