EdTechフロントランナー【アルクテラス編:第2弾】
生徒1人ひとりの“一番知りたい解き方”を教材にする「カイズ」
ノート共有型SNS「Clear」を運営するアルクテラス。同社が運営する個別指導塾「志樹学院」でも活用しているのが、学習者の特性に合った指導を支援する「カイズ」だ。その特徴を説明する。
前回の「『LINE』『Facebook』で授業ノートを貸し借りできる『Clear』」でもお伝えしたように、アルクテラス(東京都大田区)は1人ひとりの思考パターンに合った学びを提供する「アダプティブラーニング」を追求する企業だ。今回は同社が運営する個別指導塾「志樹学院」でも活用している、学習者の個性に配慮した指導支援ツール「カイズ」を紹介する。前回同様、同社代表取締役である新井 豪一郎氏に話を聞いた。
カイズとは:指導の幅を広げる、1人ひとりの傾向に合わせた講師向けツール
航海に使う「海図」の意味を込めた名称を持つカイズは、講師の指導力を上げることを目的としたSaaSだ。同じ問題でも解説の内容を変えた複数の教材を用意し、学習者の「特性」に合わせて使い分けることを実現した。事前に学習者の特性を把握し、初回の授業であっても、講師が学習者の性格や傾向を意識しながら指導できるようにしたのである。
カイズの特徴は、大きく分けて2つある。1つ目は入塾時アンケートを基にした学習者の分析データ「マイコンパス」の提供、2つ目は学習者に合った学習を実現する「個別教材」の提供だ。
特徴1:保護者もうれしい? 学習者のタイプが分かる「マイコンパス」
マイコンパスは、入塾時のアンケートを基に算出した、学習者の性格や学習姿勢などの分析結果を示したデータ集だ。アンケートはWeb化されており、簡単なクリック操作で回答できるようになっている他、学習者が退屈しないように回答の進捗を見せる工夫もしている(画面)。保護者向けの設問も用意されており、家庭での学習者の状況などを問う。カイズは、学習者と保護者両面の見解を学術的な理論に基づいて分析し、マイコンパスを作成する。
マイコンパスには以下の3つの要素が含まれる。
- 学習者の学びのスタイルを示す「学習個性」
- 学習者の得意・苦手領域や興味関心を示す「多重知能」
- 保護者から学習者への「接し方分析」
1つ目の「学習個性」は、認知心理学の知見に基づき、学習者の学習姿勢や問題を解くために使うカイズの機能をパラメータ別に分析し、得意/不得意な学びのスタイルを視覚化したものだ。
問題を解くときには、まず「全体を把握してから挑む」タイプなのか、それとも「足元から順次に把握し進める」タイプなのか。問題には意欲ベースで取り組むタイプなのか、それとも計画を重視するタイプなのか――。こうした分析は、講師が学習者に対して、問題にチャレンジしてもらうときの姿勢や、解説をする際の話の組み立て方に大きく影響を与える。
学習個性は、考え方の好みに関する「思考スタイル」の理論と、プランニング(P)、注意(A)、同時処理(S)、継次処理(S)といった4種の認知機能から知能を定義する「PASS理論」を複合的に組み合わせた、独自アルゴリズムから生成されているという。前者は米Yale University(イエール大学)のロバート・J・スターンバーグ教授が、後者はJ・P・ダス、ジャック・A・ナグリエリ両氏が提唱する理論だ。
2つ目の「多重知能」とは、論理/数学的思考力、言語認識力、空間把握力など8種の知能のバランス分析を示す。学習者の興味関心や得意不得意を明確にするデータとなる。こちらは、米Harvard University(ハーバード大学)のハワード・ガードナー教授が提唱する、人は複数の知能を持っているという「MI理論」に基づいた分析だという。
3つ目の「接し方分析」は、保護者の接し方が学習者の勉強姿勢や性格形成に影響するという、P・M・サイモンズの「養育態度」に関する理論に基づき、アンケート結果から「愛情」「不満」「言いなり」「指図」「期待」「不安」という6つの傾向の強弱を示すものだ。例えば、学習者が保護者の日常の指導に対して感じているのは愛情なのか不満なのか、細かく指示した方がよいのか、自発性に任せた方がよいのか、といった分析結果をまとめる。保護者に客観的なデータとして示すのに最適だ。
最終的には、こうして得られたデータから学習者を幾つかの「タイプ」に分類する。例えば、途中経過はさておき正解にたどり着くことに重きを置く「ゴール重視型」なのか、足元の不明点を1つずつ解決して先に進む「プロセス重視型」なのか、といった具合だ。
特徴2:学習者のタイプに合った解法を示す「個別教材」
カイズの興味深い点は、学習者のタイプ別に異なる教材を用意する点である。小学6年生算数の「比」の計算を例にして紹介しよう。以下の2つの画像を見てほしい。問題は全く同じだが、解法がかなり異なっていることが分かる。
ゴール重視型の学習者には「視覚的に全体を捉えて考える」という傾向が見られることを生かし、ゴール重視型の学習者向けの教材では、図から一気に立式する解法を示している。一方でプロセス重視型の学習者向けの教材では、1つずつ手順を踏んで理解するために、比の原則「等しい比の関係」を使って立式まで誘導していることが分かる。前者は答えが出るまでのプロセス数が少ないという利点があるものの、図から式を作るのが苦手な学習者にとって、習得は難しいだろう。
このように、学習者のタイプに合わせて解き方や解説を複数用意しているのが、カイズの大きな特徴だ。もちろん講師は、学習者のタイプだけでなく、マイコンパスにある学習者の性格や特性も事前に把握している。そのため、指導でどのような言い方をすれば学習者に響くのか、どういう言い方をすると良くないのかといったノウハウが、土台としてある程度できている。そこに、授業を通して個別の信頼関係を積み上げていくわけだ。
カイズに込めた思い:講師の“必勝法”に合わない生徒をなくしたい
「個別指導塾には大きな課題がある。それは、講師が学習者に教える“自分の中での必勝法”が、学習者によっては全くマッチせず講義が成立しないことだ。これでは、学習者の力を引き出すことはできない」。新井氏はこう指摘する。この指摘は、講師のスキル強化に悩む学習塾経営者にとって耳の痛い話ではないだろうか。
1人ひとりに合った指導を期待して、クラス形式のグループ指導よりも割高な個別指導方式の学習塾を選択する保護者や学習者は少なくない。ただし、個別指導塾に入塾したとしても、講師の「自分はこの方法で理解できた」という“必勝法”が学習者に通用しないケースもある。そうなると、講師は学習者や保護者の期待に応えることができないばかりか、「何度も同じ説明や解説を繰り返す」といった方向に走りがちだ。筆者も塾での個別指導講師を3年間ほどしていた経験があるので、こうした事情はよく分かる。
理解のポイントや考え方、そして性格の傾向は学習者1人ひとりで異なる。講師は、こうした傾向を意識して授業を組み立てることが非常に重要だ。ただし講師は、学習者との「付き合い」の中で徐々に傾向を把握していくのが一般的であり、これは講師の人物掌握スキルに依存する部分が大きい。学習者の性格に合った「教え方」の引き出しを増やすことも容易ではない。
これらの能力を研修などで育成するのもかなり難しい。とはいえ、学習者との良好な関係が築けなければ、講師の交代を余儀なくされるケースも出てくる。交代が多くなれば、講師間の引き継ぎの手間の増加、指導効率の低下、学習者の満足度の低下などの課題を招くことは必至である。こうした状況を打開し、1人ひとりの学習者の力を引き出すべく生まれたのがカイズだ。
アルクテラスは個別指導塾の「志樹学院」も運営しており、そこでもカイズを利用している。新井氏によると、志樹学院の講師には、マイコンパスにある学習個性の項目を基に講義を組み立てるように指導しているという。「無理に弱い部分を伸ばすのではなく、強みを伸ばす」(新井氏)のが狙いだ。強みに立脚した学び方で学習モチベーションを維持することも、学習者にとって大事なことである。
今後の展開:強みを伸ばす「アダプティブラーニング」で新たな個別授業を創る
アルクテラスは、学習塾向けにカイズの外販もしている。価格は1校舎当たり月額2万5000円(税別)だ。導入した学習塾では、学習者の成績や満足度の向上、それに伴う問い合わせ数の増加、退塾の減少といった成果が上がり始めているという。
マイコンパスと連動する教材はアルクテラスが独自に開発しており、現在の提供科目は中学校数学/英語、小学校算数である。「今後は、科目数を順次拡大していく。また講師のスマートフォンを講義中に活用し、学習者の個性への対処をさらに強化していく」と新井氏は語る。このように、カイズはまだ完成しているわけではなく、現在も発展途上にあるといえる。
カイズの潜在的な使い道は幅広い。特に、学習者の弱点の補完やメンタル面でのケアも求められる個別指導塾では大いに役立つはずだ。個別指導塾で、学習者の個人データが詰まったカイズのマイコンパスを生かせば、講師向けに「学習者のタイプ別ケアマニュアル」のようなものを作り、講師が学習者の弱点を正確に把握して指導したり、志望校の求める学習者像に合わせた指導をしたりすることも可能になる。こうしたアプローチにもぜひ、期待したいところだ。
カイズのマイコンパスや個別教材の仕組みは、塾だけではなく、アダプティブラーニングを志向する学校が取り入れると非常に面白いのではないだろうか。マイコンパスを利用すれば、学校の教員が学習者や保護者の傾向をある程度事前に把握できる。さらに、学習者のタイプ別に最適化した課題プリントを作成できるとなれば、かなり魅力的だ。アダプティブラーニングにはさまざまな方式があるものの、民間企業の提案するアプローチが学校の教育現場に取り入れられるにはまだ至っていない。カイズには、この状況を変える原動力になる可能性があるといえる。
さらに、前回紹介したノート共有サービスであるClearを組み合わせ、学習者にノートを提出してもらったり、宿題や課題をどう解いたかに関するデータをマイコンパスに結び付けることができれば、学習者の思考過程の変遷や成長を記録できるはずだ。
教育IT化の動機として注目されるアダプティブラーニング。その1つの手段となり得る可能性を秘めたカイズは、今後の教育界にどのような影響を与えていくのか。引き続き注視したい。
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