PayPalのインキュベータープログラム参加者が語る
起業家が語るベンチャー苦闘物語、成長のきっかけはどこにある?
新興企業は、事務所の確保から優秀な人員の採用までさまざまな課題に直面する。米PayPalのインキュベータープログラム(事業育成制度)「Start Tank」ではどのようにこれらの課題を解決するのか。
革新的なアイデアとそのアイデアを実現する勇気がある者には、幸運が訪れ、成功を手にするチャンスがもたらされる。しかし、起業したばかりの企業には、数々の試練が待ち受けている場合がほとんどだ。資金難はもちろん、安価な物件探しに奔走することになる。また、優秀な人材や出資者も見つけなければならない。これらの問題は、2014年7月中旬に米ボストンにあるPayPalの本社で開催された「Small Companies with Big Partners」イベントでパネルディスカッションに参加した米CO Everywhere、米Givewell Getwellおよび米Launch Angelsという3社の新興企業が明らかにしたものだ。
これらの新興企業が他の企業と異なる点は、PayPalのインキュベータープログラム(事業育成制度)「Start Tank」に登録していることだ。
ベンチャーの苦労を軽減するには?
Start Tankは、オンライン決済サービス提供会社であるPayPalが、米eBayに買収されて間もない2013年に立ち上げた事業だ。このプログラムでは、起業したばかりの新興企業に業務スペースやコンサルティングサービスを無償で提供している。このプログラムの支援を受けられる期間は6カ月間とかなり長い。最先端のPayPal本社には、成功している企業に私たちが期待する設備が用意されている。具体的には、最新のビデオ会議設備、給湯室、休憩室、テーブルサッカーゲーム、シャワー付きバスルームなどだ。
当然のことながら、この新しいプログラムは、ボストンの新興企業の関心を集めている。Paypalが前回の募集枠で受け入れることができたのは、希望企業のわずか20%だった。そう話すのは、PayPalのメディアネットワーク部門の最高運営責任者(COO)であり、イベントの司会進行を務めたデビット・チャン氏だ。このイベントはマサチューセッツ州の「Tech Hub Caucus」と銘打って開催された。開催理由の1つは、この人気の高いインキュベータープログラムを他の地元企業のモデルにしたいというマサチューセッツ州議員の要請だ。
このイベントのパネルディスカッションでは、Start Tankの登録企業が4つの大きな課題を明らかにした。これらの課題が解決されれば、起業志望者の苦労が軽減され、どの都市でも新しい企業の数が自然に増えていくという。
大企業への動機付け
Start Tankインキュベータープログラムが生み出す経済的利益は大きい。
Givewell Getwellの共同創設者兼CEOであるアシュリー・レイド氏は次のように話す。「ベンチマークとして当社の状況をお伝えしたい。当社は非常に規模が小さい起業したばかりの企業だ。2014年は5万~10万ドルのコスト削減を実現し、ネットワークの拡大によって多くのビジネスチャンスを獲得できる見込みだ」
Givewell Getwellは、現在Start Tankに登録している新興企業だ。療養中の人が生活しやすくなるように、さまざまなサービス利用者の名簿と患者名簿を統合するWebベースのプラットフォームを提供している。例えば、交通、クリーニングおよび経済的/法律のサポートといったサービスだ。「サービスと患者ケアのニーズを結び付けるプラットフォーム」というアイデアは、レイド氏自身の経験から生まれたものだという。具体的には、がんを克服した同氏の母親の看病と、がんによって亡くなった親友の父親を目の当たりにしたという経験だ。そのアイデアを事業に発展させる障壁は、Start Tankの経済的支援によって低くなった。
Launch AngelsのCEO、シェリーン・シャルマック氏によると、Start Tankのようなプログラムでは、単なる経済的支援だけでなく、新興企業を組織化する手続きも行っているという。Launch Angelsは投資プラットフォームを提供している。このプラットフォームは、共通の関心/目標に共同で出資することを希望する少人数のグループのために50万~200万ドルという小額のベンチャー基金を設計することを目的としている。
シャルマック氏は5回の起業経験がある。そのため、自宅で1人で、会社の立ち上げに取り組む苦労を知っている。「会社を立ち上げたときに、自宅にいるのは自分だけで、他にあるのは冷蔵庫だったこともある。あのときはひどい状況だった」
「出勤する場所があれば士気が高まる。さらに重要なのは、事業の拡大にもつながる。チームを1カ所に集められるのは良いことだ。1カ所に集まることでチームの関係は非常に良くなる。それだけでチームの力を引き出せるようになる」(シャルマック氏)
このような理由から、PayPalのStart Tankのようなインキュベータープログラムに投資する動機を大企業に与える方法を見つけることが重要だとレイド氏およびシャルマック氏の両氏は口をそろえていう。
「新興企業に無償で提供しているスペースのコストを相殺するために税金を免除するという単純なものでも構わない」(レイド氏)
特にボストン地域では、大学でもインキュベータープログラムを奨励する必要があるとシャルマック氏は見ている。同氏が設立した投資会社Launch Angelsには、マサチューセッツ州近郊の大学から、キャンパスを拠点とするインキュベータープログラムを支援する資金形成に力を貸してほしいという要望が数多く寄せられている。
シャルマック氏によれば、大学の卒業生は「多額の資金」を保有しており、そうした資金を大学への寄付以外の形で提供できる場を望んでいる。また、新しい経済に貢献したいという思いもあるという。第2のFacebookを生み出すキャンパスを拠点としたインキュベータープログラムが、出資者や大学に良い結果をもたらすことは間違いない。「起業家たちは大学を卒業/中退して有名になり、その大学の学位の価値は上がる」と同氏は話す。だが、このような資金を形成するためには人々の背中を押すような動機が必要だ。
事務所スペースへの助成金
CO Everywhereは、ユーザー間のつながりを生み出し、特定の場所に関するソーシャルなアクティビティに参加できるソーシャルアプリを提供している。同社は以前Start Tankに登録していたが、今は登録していない。同社の共同設立者兼CEO、トニー・ロンゴ氏は次のように語る。「西海岸の芝生は青くない。今のサンフランシスコで、米Twitter、米Apple、米Facebookに次ぐような企業が成長するかどうかは疑わしい」
シリコンバレーで有能な人物を雇用するには高いコストを支払わなければならない。買収側の企業は、有能な人物を雇用するためだけに価値のない新興企業を買収し、エンジニア1人につき100万ドル以上を支払うことも珍しくないとロンゴ氏はいう。
CO Everywhereがボストンにとどまることを決めて、事務所をダウンタウンクロッシング地域に移転したところ、6カ月で20人の従業員を雇用できたという。これはシリコンバレーのような場所ではあり得ないことだ。
問題はもう1つある。サンフランシスコでは居住費が非常に高い。多くの新興企業の従業員、特に大学を卒業したばかりの従業員には手が届かないとGivewell Getwellのレイド氏は指摘する。
「1年または8カ月にわたって給与が支払われなければ、家賃の支払いは非常に厳しくなる。また、全ての人が10年働いて起業資金をためられるわけではない」とレイド氏はいう。同氏は起業する前、オランダのPhilips Healthcareで役員を務めていた。優れた革新的なアイデアを生み出す同社の従業員の中には、大学を卒業したばかりで奨学金の支払いが残っている者もいる。
物件や事務所スペースを探す上で重要なのは価格だけではない。公共交通機関やイノベーションの中心地に近いことが非常に重要だとレイド氏はいう。公共交通機関までの距離は大した問題でないように思えるかもしれない。だが、新興企業にとっては成功するかどうかを大きく左右する要素になるとシャルマック氏もレイド氏の意見に同調する。「この距離の問題は、時間がたつほど深刻になる」
テクノロジー支援企業TechNetで社長とCEOを兼任し、パネリストの中で唯一Start Tankに登録した経験のない企業で働くリンダ・ムーア氏は、ある興味深い取り組みを紹介した。同氏によると、サンフランシスコの市長に新しく就任したエドウィン・リー氏が、この問題の解決に乗り出しているという。リー氏の陣営は、サンフランシスコ市内で孤立して使われていない地域(軍用地など)を別の目的に使用するという新しいキャンペーンのプロセスに着手したとムーア氏は話す。
従業員の構成の多様性
新興企業は大企業と共通するある問題を抱えている。レイド氏によれば、それは起業時の「白人男性の割合が高い」ことだという。経営陣の中で多様性を育てることは難しい。
レイド氏のチームが現在取り組んでいる最大の課題は、ボストンに移転して、ベンダーの買収活動を統括するよう上級執行役員を説得することだ。この上級執行役員は米ハーバードビジネススクールを卒業し、経営全般とマーケティングの分野で10年の経験を持っている。このポストに間違いなく適任だと同氏はいう。「彼はアフリカ系アメリカ人である。ボストンへの移転について彼の同意を得るに当たって最大のハードルは、ボストンという街に対するイメージだ。ボストンは”多様性のある街”、“友好的な街”だと見られていない」
また、女性も不足している。「女性に優しい環境作りのためにできることは全て歓迎する。それが女性中心のプログラムを作成することであっても、開発者環境全般が女性開発者に開かれた状態にする方法を見つけることであっても構わない」とシャルマック氏は語る。
シャルマック氏とレイド氏は、米STEM Education Coalitionが実施する女性やマイノリティーを対象としたプログラムを支援することを推奨している。
「このプログラムにより、非常に優れた能力を持つ人材が10年後に大学を卒業し、われわれと共に働いてくれる可能性がある。私はこの状況が実現することに賭けている」(レイド氏)
Bコーポレーションへ助成金の実現
「ベネフィットコーポレーション」(Bコーポレーション)と呼ばれる新たな法人格が、社会的な使命を持った新興企業にとって強力な後押しとなるかもしれないとレイド氏はいう。
Bコーポレーションとは、金銭的利益と社会的利益に基づいて企業の価値を算出する営利目的の企業だ。例えば、レイド氏が立ち上げた新興企業Givewell GetwellはBコーポレーションに分類される。このような構造に魅力を感じる優秀な企業は今後増えると同氏は予測している。米Etsy、米Ben and Jerry‘sおよび米Patagoniaは成功を収めているBコーポレーションだ。
だが、少なくともマサチューセッツ州では矛盾した状態が起こっている。
「問題は、このような助成金を全て手にしたくても、われわれにはその資格がないことだ」(レイド氏)
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