失敗が称賛される企業が強い理由
ガチガチの保守的企業を変える「引いてダメなら押してみる」戦略
米Hyatt、米Merck&Co.、米Nestlé Purina PetCareの重役が、革新を起こすビジネスプロセスと上層部からの働きかけが重要な理由を語った。
デジタルによる既存概念の破壊や、失敗をオープンに語り合う場が増加するにつれ、企業の経営幹部の指針には「革新」が欠かせなくなっている。だが、文化的な変革が起こったとしても、それには年単位の長い時間がかかる。これが革新の不都合な真実だ。
革新を推進するための幹部社員を雇用している企業もある。このような革新リーダーたちの主な役割は、旧態依然のやり方を止めて、新しいプロセス、製品、ビジネスモデルを導入して文化を刷新することだ。つまり、旧式のテクノロジーや情報管理システムで名声を傷つけることはない。だが、その代わりにITリーダー含め多くの幹部社員が骨の折れる任務と見なす「変更管理」を担うことになる。
Hyattのバージョン0.5という考え方
グローバルなホテルチェーン米Hyattのジェフ・セメンチュク氏、ペットフード販売会社の米Nestlé Purina PetCareでかつて働いていたスリカント・ゴパール氏、製薬会社米Merck&Co.のキャスリン・ガンサー氏は、いずれも革新リーダーの手本となる人物だ。彼らは一様に、それぞれが所属する企業に革新の文化を根付かせようとしている。その目的は、それぞれの業界の先進的な勢力と戦い、競争力を維持することだ。その過程で、革新リーダーは幾つかの教訓を学んでいる。例えば、「革新とは、既存の製品やプロセスを段階的に強化することから、ビジネスモデルの完全な変容や破壊まで多岐にわたる」という基本的な知識などだ。
米ニューヨークで2014年12月に開催された「Chief Innovation Officer Summit」で、この3人の革新リーダーは職場に革新を浸透させる方法についての洞察を共有した。以下にそれらを紹介する。
1957年に第1号ホテルをオープンしたHyattは、その後10年ほどで、米国で最も勢いのあるホテルチェーンへと成長した。まさに革新の文化を体現していたといえよう。だが同社でチーフイノベーションオフィサーを務めるセメンチュク氏によると、ビジネスをローカルからグローバルに広げるにつれ、社内の文化も「野心的なベンチャー」から「保守的な企業」に変わったという。
「保守的な企業」になった結果、スケーラブルで標準的な運営方法が用いられるようになった。そのうちの幾つかは最近ようやく廃止されたばかりだ。「2014年まで、当社の世界各地にあるホテルのほとんどでは、チェックイン時にフロントクラークが顧客の名前を3回も呼ぶ必要があった」とセメンチュク氏は語る。
セメンチュク氏はHyattで働き始めて3年になるが、全ての顧客に同じような対応をするのではなく、個人に細かく合わせたサービスを提供するために文化をもう一度変えようと試みている。必要なのは革新だけではない。創造的なアイデアや実験を阻む時代遅れのやり方と文化的なハードルを取り除くなど、ときには何かを排除することも必要になる。「この転換が困難を極めることは分かっている。保守層の中にも意見を同じくする人はいるが、このような変化を実現することは容易ではない」
セメンチュク氏にとって幸運なことに、HyattのCEOであるマーク・ホプラメジアン氏はこの試みに協力的だ。ホプラメジアン氏は最近、20年かけて築き上げられた文化の刷新には時間がかかることをセメンチュク氏に再認識させた。ホプラメジアン氏は革新チームの成功だけでなく、失敗についてもオープンに話し合った。また、文化を刷新する優れた方法として「ちょっとした新しいアイデア」も提供した。「ホプラメジアン氏は、試作段階でバージョン0.5がバージョン1より優れているという意見を出した。私たちが当社の文化から学んだのは、構想を試して完成形にすることに時間をかけ過ぎているという事実だ。実際、数年もの年月を費やしたり、数百万ドルものコストを投資したりすることがあった。だが、そこから学べることは多くはない」(セメンチュク氏)
バージョン0.5では実験が奨励されるだけではなく求められている。この考えは定着したとセメンチュク氏はいう。
学習の機会として失敗が称賛される
医療業界が非効率であふれていることは周知の事実だ。「米国の医療業界で費やされている3ドルのうち1ドルは回避できる。つまり無駄な出費だ」と話すのは、米ニュージャージー州ケニルワースに拠点を置くMerck&Co.で戦略とコマーシャルモデルイノベーションの統括責任者を務めるキャスリン・ガンサー氏だ。
このような統計を踏まえると、医療業界は転換の好機にあるように見える。だが、厳しい統制が行われ、過度にリスクを嫌う業界にとって転換を受け入れにくくしているのは、革新に付き物の「失敗」だ。何かに失敗しない限り、真の革新は起こり得ないとガンサー氏はいう。
ガンサー氏が失敗と革新を結び付けるのは単なる比喩ではない。これはガンサー氏と彼女が率いる30人のチームが果たすべき任務だ。彼女らは現在、テクノロジーを利用して顧客との関係を深める方法を模索している。「私たちは同じ問題を追跡する多数のプロジェクトを並行して進めている。そのうち、他のプロジェクトより優れた成果を達成するものが出てくるだろう。4~5回の試行で1~2回成功するなら公衆衛生の改善に重要な役割を果たすかもしれない」。失敗はただ忘れ去られるわけではない。例えば、どこで間違った方向に進んだのかを特定するのに役立つ。ガンサー氏は、教訓をチームで共有して、次の実験に生かしているという。
「失敗は成功のもと」という文化を確立するには2つの条件がある。1つは組織のトップクラスの賛同者が出資と調達を快諾すること。もう1つはイノベーターが日々の活動を積極的に遂行することだ。「全員がイノベーターでないことを認識することは重要だ。Merck&Co.では、革新に前向きな従業員の強力なネットワークを作ろうとしている。新しいアイデアを心置きなく試せる場所を確保するために、彼らを賛同者に組み入れる。構想が有益であることが確認されれば、それを次の段階に進める」(ガンサー氏)
全員がイノベーターになってもいけない。企業にはアイデアを形にして拡張できる「ビルダー」も必要だ。「全てのイノベーターがそれをやろうとするのは破壊行為だ」とガンサー氏はいう。
変更管理に2方向のアプローチ
米Nestlé Purina PetCareは約125年もの歴史を持つ老舗企業だ。2015年1月に退職するまでグローバルイノベーションの統括責任者を務めていたスリカント・ゴパール氏はNestlé Purina PetCareを「成功は収めているが、かなり保守的な企業」と評している。
ゴパール氏は、実証済みの「New Product Development&Introduction」(新製品開発および市場投入、NPDI)プロセスを導入したことが革新の維持と拡張に役立ったという。だがほとんどの場合、ブレークスルーを実現するには、ポリシーの枠を取り払うことが欠かせない。同社ではブレークスルーを「B3」と呼んでおり、B3は大きく(bigger)、大たんで(bolder)、より良い(better)革新を意味する言葉だ。
革新リーダーにとって既存の文化の詳細を理解することは重要だ。前例に倣うべきか、方向性を変えるべきかを判断するのに役立つ。また、新しい革新的なプロセスや製品を構築するために、どのように(そして誰から)同意を得れば良いのかも分かる。「これは、重要な関係者を仲間に引き入れて、(希望的には少数の)否定論者の意見を中和するのに役立つと考えている。大企業ではこれが恐らく最も現実的な結果だろう」とゴパール氏はいう。
ゴパール氏が提案する「押す」と「引く」の2方向のアプローチはクリティカルマスの形成に有効だ。まず「引く」戦略から始めるとゴパール氏はいう。擁護者、エバンジェリスト、意見のまとめ役を担って皆の関心を高める。「だが、全員の賛同を得られない地点に到達することは避けられない。そのときは“押す”アプローチにシフトする」とゴパール氏は話す。この時点では、重要な幹部や製品の市場投入を後押ししてくれる協力者が誰かを認識している。
「割合としては“引く”アプローチを60~70%、“押す”アプローチを20~30%にするとよいだろう」(ゴパール氏)
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