「第6回 教育ITソリューションEXPO」リポート
国私立8大学が「教材共有クラウド」で挑む、“大学全入時代”の課題とは?
学生の基礎学力を底上げすべく、千歳科学技術大学など8大学がeラーニングを中心とした共有システムを開発した。その経緯や実態を、担当者の話を基に明らかにする。
千歳科学技術大学(北海道千歳市)を代表校とする国私立8大学は、学生の主体的学習を支える共通基盤の整備やノウハウの共有を進める「学士力養成のための共通基盤システムを活用した主体的学びの促進」と呼ぶ連携事業を進めている。文部科学省の「大学間連携共同教育推進事業」に採択されたこの連携事業では、eラーニング教材を整備してクラウド環境で共有する「共通基盤教育システム」を開発するなど、ITを積極的に活用している(画面)。
連携事業へ参加する大学の顔ぶれは幅広い。千歳科学技術大学や北星学園大学、創価大学、愛知大学といった私立大学に加え、山梨大学、愛媛大学、佐賀大学といった国立大学も参加。私立の短期大学である桜の聖母短期大学も名を連ねる。これら8大学は、eラーニングの活用ノウハウを共有する団体「大学eラーニング協議会」の加盟大学でもあり、既に初年次教育やキャリア系eラーニング教材の共有を図ってきた実績がある。
この8大学連携事業は、どのような経緯でスタートしたのか。開発したシステムはどのように利用されているのか。教育関係者向け年次イベント「第6回 教育ITソリューションEXPO」で講演した、千歳科学技術大学理工学部グローバルシステムデザイン学科教授でキャリアセンター長を務める小松川 浩氏の話を基に見ていこう。
8大学連携で学生の教育ノウハウを共通化
8大学連携事業では、数学、英語、国語、情報といった理系・文系問わず重要になる4教科を対象に、基礎学力を高める仕組みを構築する。この4教科について、基礎学力の習得度合いを評価する手法に加え、習得が不十分な学習内容を補強するためのeラーニング教材や教育方法を開発。その成果を共通基盤教育システムとして8大学で共有する。特に、「大学間で共通化できる部分が多い」(小松川氏)と考えられる入学前学習やキャリア教育といった初年次教育を対象に据える。大学入学前の高等学校までの学習内容や、入学直後の初年次の学習内容の確実な習得を目指す。
基礎学力評価の中心的な要素は、入学直後のガイダンスで実施するプレースメントテストと、入学から約1年後に実施する到達度テストだ。上記の4教科について、各分野の担当教員がテストを作成。プレースメントテストは主に高校までの学習内容、到達度テストは主に初年度の学習内容の習得度を把握することを目的とする。
各テストの問題は、「この問題が解ければ、この単元を理解しているかどうかがおおよそ分かる」(小松川氏)といった問題をそろえ、習得が不十分な単元を明確化できるようにした。テスト結果を示したリポートには、点数だけでなく習得が不十分だと判断した単元についても記載し、復習がしやすくなるよう配慮した(図1)。さらに、その単元に関する復習用のeラーニング教材も教員が作成。テストの結果を基に、取り組むべきeラーニング教材を学生に提示する。
テストの作成方針は、教科によって変えている。理系と文系で学習内容が大きく異なる数学については、理系型、文系型、情報系学科などを想定した文理融合型の3種を用意(図2)。情報については、高校の教科「情報」の学習内容をベースに問題を構成した。テストの内容は毎年改訂しているといい、2013年度には、プレースメントテストは約1万5000人、到達度テストは約7500人を対象に実施したという。
システム基盤はクラウドに
共通基盤教育システムは、ニフティのパブリッククラウドサービス「ニフティクラウド」で稼働させている。連携事業の8大学に所属する学生は、Webブラウザから専用サイトへアクセスし、ID/パスワードを入力すればシステムを利用できる。利用対象は8大学に限定しているわけではなく、大学eラーニング協議会に参加する大学やその学生の利用例もある。
「大学内にある端末数には制限がある」(小松川氏)ことから、テストは実際にはWebブラウザ経由ではなく、紙ベースのマークシートで実施しているという。各大学は回答済みのマークシートを集計してデータ化し、学生の氏名など個人情報は暗号化した上で共通システムに登録。各学生の経年データを蓄積して分析できるようにしている。
教育改革を見据え基礎学力向上が課題に
千歳科学技術大学をはじめとする8大学がこうしたシステムを構築した背景には、大学入学前後の初年次教育における課題がある。
伝統的な筆記試験だけではなく、推薦入試やアドミッションオフィス(AO)入試など入試形式は多様化している。こうしたさまざまな入試形式は、多彩な能力や可能性を持つ学生を確保できるという利点がある。一方で、多様な選考方法を取った結果、「学生の基礎学力も多様化しているのが事実だ」と小松川氏は語る。
大学の学習内容は、高校までの基礎学力の習得を前提としている。「高等学校までの教育で、基礎学力の習得はある程度保証される」(小松川氏)ものの、大学での学習に必要な基礎学力を十分に身に付けないまま大学に入学する学生が少なくないのが現状だ。希望すればどこかの大学には必ず入れる“大学全入時代”といわれる現在、その問題は深刻さを増している。
こうした状況下で、学生が大学の学習へスムーズに移行できるようにするためには、入学前学習などで基礎学力を補う工夫が必要になる。ただし、入学前学習を効果的に進めるには個別の学生の基礎学力を把握していることが不可欠だが、「筆記試験を経ずに入学する学生が増える中、基礎学力の把握が難しくなってきた」(小松川氏)のが現状だという。
また、学生の基礎学力を把握しただけでは問題の根本的な解決にはならない。「その上で、どのような教育方法を取るべきかを明確化することが、大学がなすべき最も大事なことだ」と小松川氏は指摘する。特に、大学入学直後の初年次教育をどう進めていくかは、大学にとっても学生にとっても重要になる。
とはいえ、単体の大学でこうした課題に挑むのは難しい。そこで、共通の問題意識の下、大学eラーニング協議会の参加大学の中から「大学初年次の共通基盤的な教育ノウハウを共有しよう」と手を挙げた大学が集まり、今回の8大学連携事業に至った。「各大学で使えるものはなるべく共通化しよう」との方針の下、「共通化はITの得意技」(小松川氏)という認識から、ITを活用する方針も自然に決まったという。
“IT×教員の後押し”が効果につながる
8大学連携事業で開発したプレースメントテストやeラーニング教材は、既にさまざまなシーンで活用されている。「初年次教育に掛かる教員の負担は、システムの導入でかなり効率化できた」と小松川氏は強調する。ただし、その効果を学生にも広げるには、システムそのものの良さだけではなく、システムを生かす工夫が重要になるというのが同氏の考えだ。
千歳科学技術大学では、キャリア教育の一環として共通基盤教育システムを利用。学生に「将来やりたいことのために、自分が今なすべきこと」を整理してもらい、伸ばすべき要素に関するeラーニング教材に取り組んでもらっている。何に取り組むべきかだけではなく、何のために学習するのかを明確化した学生は、eラーニングによる学習率が高まる傾向が見られたという(図3)。
大学eラーニング協議会に参加する岩手県立大学でも、システムの利用と合わせて学生のモチベーション維持に知恵を絞る。同大学では入学前教育において、学生に自ら学習すべきことを考えてもらい、学習計画を作成してもらっているという。メンターに学習内容の進捗を報告させたり、計画通りに学習を進められない学生は4人程度のチームにして互いに助け合ってもらうなど、学生にさまざまな支援の手を差し伸べてeラーニング教材による学習を後押ししている。
「学生をその気にさせることさえできれば、ITは知識定着に大きな効果をもたらす」。小松川氏はこう強調する。ITを導入しただけで、学生のモチベーションが自然と高まることは、まずない。最新のIT製品を導入して一時的に学生の興味を引いたとしても、それは学習に対するモチベーション向上と必ずしもイコールではない。教員や大学が学生のモチベーションを高める工夫を続けることが、ITの効果を引き出し、初年次教育の課題に対処する原動力になる。
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