難病を見抜く「IBM Watson」だけが医療AIじゃない
「医師はAIを歓迎する」――実用段階に来た、日本の“AI医療”の姿とは(2/2 ページ)
医療機関と連携して試行錯誤、日本の医療AI開発
2014年に創業したエルピクセルは、医療AIを事業化するために奮闘している大学発ベンチャー企業だ。その前身は2000年にオープンした東京大学の研究室で、ライフサイエンス領域における高精度の画像解析システムを開発してきた実績を事業のベースにしている。同社は、医療画像の診断支援ツールを開発し、「ImageJ」(注4)のプラグインとして無償配布している。また国立がん研究センターとの共同研究で、MRI(磁気共鳴画像法)画像から脳動脈瘤の有無を判定して自動検出する、ディープラーニング(深層学習)を応用したAIアルゴリズムを開発している。
注4:無償で利用できるオープンソース、パブリックドメインの画像処理ソフトウェア。DICOM形式(医用画像の標準規格)や、さまざまな顕微鏡/カメラメーカーの特殊な画像フォーマットを扱えることから、科学研究における画像解析に広く利用されている。
エクサインテリジェンスも、ディープラーニングを応用した画像診断AIアルゴリズムを開発している。開発のバックボーンとなる医療データや画像データは、同社と協業する医療機関、CVイメージングサイエンスの情報提供がもとになっている。CVイメージングサイエンスが運営するクリニック「CVIC」は心臓に特化した画像診断センターで、月に約200件もの心臓MRI検査を実施している。AI技術による分析の精度を高めるためには大量のデータがあるほどよい。しかし春田氏が指摘するように、日本では医療ITの環境と法制度が追い付いていないために、こうしたベンチャー企業が医療データや症例数を思うように集めることは容易ではない。共同研究施設を増やして大量の症例データを集めるといった組織的な取り組みも必要になるが、少ないデータ量でも高精度な分析を実現する技術の進歩も待たれる。
医療保険制度の整備が進むことで医療AIの状況は変わる
経済産業省が発行している「コンピュータ診断支援装置の性能評価 開発ガイドライン(2015)」においては、コンピュータを使った質的診断について「医師の診断を支援するために用いられるものである。最終診断結果には医師が責任を負う必要があるため、コンピュータ診断支援ソフトウェアの出力結果のみに判断を委ねてはならない」と用途を定義している。
メドピア代表取締役の石見 陽氏はパネルディスカッションの中で、医師の立場として次のように話した。「『AIによる医療に医師が戦々恐々としている』といったニュアンスの記事を見掛けたが、実際の医師は非常に多忙で、MRIやCT(コンピュータ断層撮影)の画像診断の補助にAI技術を使えたらありがたいと思っている人が多いのではないか。診断の最終責任を負うのは医師自身だが、万が一見落としがあれば患者の不利益になる。見落とす確率を少しでも減らすことにつながるのであれば、AIを歓迎する人が多いだろう」
“AI医療”と聞くと、人間は介在せず、コンピュータが人間を診断するような姿を思い描きがちだが、実態はAI技術が医師をサポートするのが“AI医療”の現実的な姿のようだ。IBM Watsonや富士フイルムの類似症例検索システム「SYNAPSE Case Match」のように、現時点で実用段階にあるAI技術は人間の診断能力を高める機能と実績を持っており、進化のスピードも速い。開発段階のAIアルゴリズムに関しても、技術者コミュニティーの情報交換が活発で、極端に言えば「昨日はできなかったことが今日はできるようになる」ほどだという。ただし春田氏が「技術があれば何でもできるわけではない。運用面の課題が解決できないと、医療現場でAI技術を広く利用することは難しい」と語るように、運用面での課題にどう対応していくべきか。一朝一夕で結論の出る話でもなく、今後の進展が待たれる。
医療AIは「人間には診断が難しかった疾患を短時間で見つけ出す」という華々しい役割にスポットが当たりがちだ。だが目下、医療現場でAI技術による診断支援が大きく貢献するであろう領域は、画像に関わる病理医や放射線科医の業務だろう。病理医は、がんの鑑別診断には欠かせない存在だが、医師不足が深刻化していることは広く知られていない。同様に放射線科医も、画像診断装置の進歩で爆発的に医用画像の枚数が増大したことで、医師数に対する業務量の多さが問題視されている。「医療AIの利用が効率化に貢献して医療費がこれだけ下がる、といった実証データが明確になった段階で、AI技術は日本でも一気に普及するのではないか」と石見氏は期待を示す。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
この記事の著者
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社MatrixFlow] 「物流リソース最適化」ガイド:人員・配車・傭車を出庫依頼の確定前に決めきる -
製品資料
[株式会社キーエンス] なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは -
製品資料
[株式会社セールスフォース・ジャパン] 「CRMは設計と無関係」は本当か? PLMとの融合で実現する高速開発 -
事例
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] AIエージェントの時代にどう備える? 「新たな働き手」を支える3要素とは -
製品資料
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] “横並びの自動化”から脱却、AI活用で生産性と競争力を高める秘訣
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
法務と開発者で「言葉が通じない」問題 トヨタやソニーが語るOSS管理の真実
-
3
なぜ「Gemini 4 Argon」は出遅れたのか? Googleが狙う“逆転のシナリオ”
-
4
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
5
情シスの約8割が転職や退職を意識 調査で分かった“辞めたくなる最大の理由”
-
6
ChatGPTは“検索しまくり”でGeminiは“淡泊”? データが明かすAIの裏側
-
7
情報漏えいはなぜ繰り返されるのか 今すぐ見直すべき「境界」
-
8
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
9
「結局使わなくなる」Microsoft 365 Copilotを半年で定着 キリンの3施策
-
10
「中堅・中小企業のネットワーク・セキュリティ運用実態」に関するアンケート
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
2
家庭用Wi-Fiルーターの業務利用は危険? 避けるべき理由と具体的な対策
-
3
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
-
4
財務部門がAIを最大限に活用する方法 無駄のない戦略的リーダーシップへの道
-
5
LLMが兵器化? 元FBI高官が鳴らす警鐘とセキュリティツール統合のポイント
-
6
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
7
なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは
-
8
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
9
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
10
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー