医療ITコンサルタントのためのQ&A【第1回】
「電子カルテ」と「HIS」は違う? 病院とベンダーが混乱する「用語の誤解」
医療機関とITベンダーは「医療現場をITで効率化する」という同じ目標を共有していても、システム導入時の議論がかみ合わないことがあります。用語の使い分けに端を発する「誤解」に注目し、混乱の原因を探ります。
筆者が医療現場のIT化に関わるようになって約20年がたちます。ある時は医療機関のIT担当者として、ある時はITベンダーのアドバイザーとして、常に「ITを活用して医療現場を効率化する」という思いの下に取り組んできました。そのような経験の中で、医療機関とITベンダーはIT化への思いが同じであるにもかかわらず、両者はすれ違い、ボタンの掛け違いを繰り返してきたように感じます。なぜ、このような状況が起きるのでしょうか。
主な理由は2つあります。1つ目は医療機関とITベンダーの間に「情報量の差」があること。2つ目は医療機関とITベンダーがそれぞれの常識にとらわれていることです。これは医療業界に限った話ではなく、どの業界でもIT化に取り組む上で常に付きまとう問題です。
医療現場のIT化を適切に進めるためには、医療機関とITベンダーが、医療現場の業務とITの理解を相互に進め、共通の言語でコミュニケーションを取る必要があります。本連載は医療ITの製品選定に関与する立場の方に向けて、医療機関とITベンダーの相互理解の不足がもたらす問題に焦点を当て、例を提示しながらすれ違いが起きる理由を解き明かします。
「電子カルテ」と「HIS」の違い
医療機関の中心的なシステムに位置付けられるのは「電子カルテ」です。医療現場のIT化という課題において、電子カルテは象徴(シンボル)のように見なされ、「電子カルテ導入」と「医療現場のIT化」は長らく同義語のように扱われてきました。
電子カルテは本来、英語の「EMR」(Electronic Medical Record)に相当します。ところが医療機関は、電子カルテと「HIS」(Hospital Information System)を同じような意味で扱うことがあります。HISとは、以下のような医療情報システム全般の総称です。
- 電子カルテ
- オーダーエントリーシステム
- 医師や看護師が実施する検査や処方などの指示を電子的に管理するシステム。「オーダリングシステム」とも呼ぶ
- 医事会計システム
- 各診療部門システム
用語の意味を理解し、用語を適切に使おうと考えるITベンダーは、これらのシステムの総称を「HIS」と呼びます。一方で医療機関は、電子カルテを中心としたHISの導入・運用を推進する役割の組織を「電子カルテ委員会」と呼び、HISを「電子カルテ」と呼ぶ医療従事者が少なくありません。こういう場面で、すでにすれ違いが生じています。呼び名の違いが、医療現場とITベンダーの間で認識がずれる一因となっているのです。
例えば病院がITベンダーに依頼して「病院のIT化」について相談しているとしましょう。その場合の目的は、本来ならば「HISの要件定義」と呼ぶべきで、電子カルテを筆頭にさまざまなシステムの要件定義をすることになります。この状況を病院側が「電子カルテの要件定義」と呼んでしまうと、ITベンダーにとっては電子カルテだけを対象としているように聞こえ、オーダーエントリーシステムや医事会計システムの話は含まないという誤解につながります。現実には、電子カルテとHISという2つの用語を厳密に使い分けないまま、話し合いが進むことは珍しくありません。
このように医療機関とITベンダーが、2つの異なる言葉を混同して使いながらプロジェクトを進めると、今どんな話をしているのか、両者の認識が混乱してしまいます。システム導入プロジェクトの会議で「われわれは今、どの粒度で議論をしているのだろうか」と迷子になってしまう人も珍しくありません。この状況が続けば、議論が暗礁に乗り上げてしまうのも当然のことでしょう。
言葉の定義を適切に把握して使用するのは、医療現場のIT化に限らず重要なことです。電子カルテとHISの言葉の定義を明確にせずにいくら議論を続けても、話がかみ合わないまま進むことになるので注意が必要です。「ITベンダーが使用する言葉は横文字ばかりで意味が分かりにくい」と考える医療従事者は少なくありません。議論の場では細かく気を配り、言葉の意味のすり合わせをする必要があります。
「カスタマイズ」と「セッティング」の違い
HISの導入を進める場面では、「カスタマイズ」と「セッティング」という言葉も混同しがちです。カスタマイズの本来の意味は「特別注文で作る」「注文に応じて作り替える」ことで、システムのプログラムを変更する(開発する)ことを意味します。そのためITベンダーは一般的に「カスタマイズは有償で応じます」などと顧客に説明します。
セッティングの本来の意味は「配置する」「設定する」ことで、システムを任意の条件に設定することを意味し、プログラムの変更(開発)はしません。電子カルテ導入の場面を例に挙げると、処方や検査などの項目を登録する行為を一般的にセッティングと呼んでいます。
この2つの言葉をしっかり定義しないまま、または説明しないまま話し合いを進めていると、医療機関とITベンダーの認識にギャップが生まれてしまいます。その結果、医療機関が「後になって『カスタマイズは有償だ』と言われても困る」とITベンダーにクレームをつける事態に発展することもあります。医療機関にとって、カスタマイズとセッティングの作業範囲の違いは、説明を受けなければ分からないのです。
ITベンダーが考える「カスタマイズ」は、医療機関にとっては「セッティングの範囲内」という認識になっている場合があります。この認識のずれを早期に埋めなければ、後々大きな問題に転じることも珍しくありません。
「オーダーメイド」から「既製品の組み合わせ」へ
こうした用語の混同が度々生じているのは、これまでの医療業界におけるHISの開発プロセスに原因があったのではないかと考えます。HISの黎明(れいめい)期は、医療機関の要望に応じて、その都度オーダーメイドの開発をすることが珍しくありませんでした。当時はHIS自体も未成熟であり、実用化するには広範なカスタマイズが必要だったため、顧客の個別の要望に応じてシステム全体を作り込む「フルカスタマイズ」の開発方式を採っていた側面があります。こうした背景があるために「電子カルテはカスタマイズするのが一般的だ」と考えている医療従事者は今でも少なくありません。
今ではHIS市場は成熟し、さまざまな医療機関にHISが普及しました。ITベンダーも豊富な経験を積んだことで、カスタマイズを必要としないHISも登場し、セッティングだけでさまざまな医療現場のニーズに応えられるようになりました。近年のHISは、セッティングの範囲内で個々の要望に応じつつ大量生産(マスプロダクション)を実現する「マスカスタマイゼーション」型の製品が一般的になりつつあります。
著者紹介
大西大輔(おおにし・だいすけ)MICTコンサルティング
一橋大学大学院経営学修士(MBA)コース修了。医療コンサルティング大手に入社。2002年に医療IT機器の常設展示場「MEDiPlaza」を立ち上げ、企画運営、スタッフ指導、拠点管理などを担当。2016年10月に医療ICT専門コンサルタントとして独立し、MICTコンサルティングを設立。医療機関向けシステムの開発アドバイス、導入アドバイス、医療IT人材の育成などに従事する。過去2000件を超える医療機関へのシステム導入の実績から、公的団体を中心に講演を多数実施している。現在、医療事務・クラーク専門学校の非常勤講師も務めている。
このコラムについて
「医療機関の人にとっては周知の事実だが、ITベンダーには認知されていないこと」またはその逆の「ITベンダーにとっては周知の事実だが、医療機関の人にとっては認知されていないこと」を取り上げます。両者の認識の違いが生じる理由を探るとともに、解決策を考えます。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
医療ITコンサルタントのためのQ&A
「医療機関の人にとっては周知の事実だが、ITベンダーには認知されていないこと」またはその逆の「ITベンダーにとっては周知の事実だが、医療機関の人にとっては認知されていないこと」を取り上げます。両者の認識の違いが生じる理由を探るとともに、解決策を考えます。
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
急増する「AIはこう言ってる」マン 判断を狂わせる「AI忖度」を防ぐには?
-
2
取手市がVDIと決別した理由 更改費用「4倍超」を約1.7倍に圧縮
-
3
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
4
自宅のWi-Fiが「遅い」「途切れる」本当の原因は? Dellが推奨する鉄則
-
5
本当に安いPCで十分か? “すぐ重くなる”を防ぐノートPC選びの絶対条件
-
6
Claudeの不可視透かしに批判殺到 著作権消失や誤判定に潜む企業リスク
-
7
100億円の「Linux更新」を回避 みずほ銀行が選んだ“おきて破り”のRHEL延命策
-
8
221人調査で分かった「情シス最大のストレス」は?
-
9
LLMの「過学習」、正しく説明している文章はどれ?
-
10
レガシー基幹システムをSAPに統合 山善が突き止めた「標準化と個別最適」の境界線
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
年収2000万「クラウドセキュリティのプロ」になれる資格とは
-
2
セキュリティソフトをすり抜ける標的型攻撃メール、不審メールの見破り方とは?
-
3
Windows Updateの通信集中で回線が逼迫、ネットワーク刷新事例に学ぶ解決策
-
4
財務を戦略的組織へ進化させるAI活用術、4つの主要な障壁と解消方法
-
5
「NAS」「SAN」「DAS」は何が違う? いまさら聞けないストレージの基礎
-
6
“あのファイル転送”で暗躍するノーウェアランサム
-
7
標的型攻撃メールを見破るには? サンプル文面を例に傾向を解説
-
8
商用利用の安全性を確保し大量のコンテンツを高速で生成する、AI活用の秘訣
-
9
マンガで解説、1日で生成AI環境を構築できるワークショップの中身とは?
-
10
Dark AIが台頭する時代の新発想、「より高度なAIで対抗する」具体的方法とは?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー