標準機能重視と徹底教育がもたらす勝機
レガシーERP脱却の現実解 ヘルスケア大手がSAPクリーンコアと標準AIを貫く理由
レガシーERP刷新やAI活用に悩む情シスへ。ヘルスケア大手のHaleonは独自開発を避け、SAPクリーンコアと標準AIで基幹系を変革する。幹部160人への徹底教育など、AIとERPを定着させる現実解を明かす。
消費者向けヘルスケア企業の英Haleonは、歴史と新しさの両面を併せ持つ企業だ。社名になじみがない読者でも、同社の製品には見覚えがあるはずかもしれない。歯磨き粉のSensodyne(センソダイン)や鎮痛剤のAdvil(アドビル)、ビタミンサプリメントのCentrum(セントラム)、制酸薬のTums(タムズ)、禁煙補助薬のNicorette(ニコレット)など、多くの家庭で見かける製品が並ぶ。
同社は2022年7月に、GSKやPfizer、Novartisの消費者向けヘルスケア事業の統合によって設立された。最高デジタル・技術責任者(CDTO)を務めるクレア・ディクソン氏によると、同社の中核となるERP(統合基幹業務)システムは、GSKが導入していた「SAP ECC6」の複製(クローン)だという。同社の技術戦略としては、SAPだけでなくMicrosoftとも密接に連携する計画を進めている。
本記事では、独自開発を避けSAPクリーンコアと標準AIで基幹系を変革するHaleonが取り組んだAIとERPを定着させる現実解について解説する。
システム基盤を全面的に刷新
統合会社の設立時にHaleonへ参画したディクソン氏は、SAPのクラウド移行プログラム「RISE with SAP」を通じた「SAP S/4HANA」への刷新を指揮してきた。
ディクソン氏はこれまで、包装資材大手のDS Smithやエネルギー大手のBPでCIO(最高情報責任者)を務めた経歴を持つ。Accentureでシニアマネジャーを務め、United BiscuitsでSAPアナリストを務めた経験もある。しかし、歴史ある大企業の事業を統合して誕生したHaleonでの役割は、これまでの経験とは一線を画すと同氏は語る。技術面では、システム基盤を全面的に刷新し、消費者向け企業により適した構成へと移行する好機があるからだ。
「Haleonでの取り組みは非常に刺激的だ。成熟した事業基盤を持ちながら、企業としては全く新しいからだ」。マドリードで開催された年次カンファレンス「SAP Sapphire」の会場で、ディクソン氏はComputer Weeklyにこう語った。
同社は「人間味あふれるアプローチで、より良い日々の健康を届ける」という目的を掲げ、「日々の健康ニーズに応える、手軽で科学的根拠に基づいたソリューション」に注力している。世界100以上の市場で事業を展開する同社の2025年の年間売上高は約110億ポンドで、従業員数は2万4000人に達する。2030年までにさらに10億人の消費者に製品を届けることを目標に掲げており、それまで年率4~6%の増収を目指している。
Haleonの変革プログラムのSAP側の取締役レベルの窓口は、クリスチャン・クラインCEOだ。クラインCEOとHaleonのブライアン・マクナマラCEOは、パートナーシップを通じて緊密に連携している。「取り組みが進むにつれて、共同でイノベーションを創出できると期待している」とディクソン氏は述べた。
「クリーン」なパートナーエコシステム
SAPは、オーランドとマドリードで開催した「SAP Sapphire 2026」で、自律型AIエージェントを主軸とした自律型企業のビジョンを打ち出した。
「SAPとパートナーシップを結んだ際、AIエージェントの機能がさらに拡充されることを見込んでいた。そのため、SAPの『クリーンコア』を前提とした提携とし、AIエージェントの登場に期待を寄せていた」とディクソン氏は語った。
「今回の発表には非常に満足している。多くの機能が標準でそのまま提供されるからだ。当社のAI戦略は、ベンダーが提供する標準機能を可能な限りそのまま活用することにあり、自社でAIエージェントをゼロから構築することは望んでいない。一部は自社開発しているが、それを基本戦略にするつもりはない。目指すのは、市場投入までの期間を大幅に短縮できる消費者向け企業へと進化させる、目的に適したクリーンコアの設計だ」(ディクソン氏)
Haleonの目標は大きいとディクソン氏は言う。「現在利用しているSAP環境は基本的にGSKからの複製なので、SAPとのパートナーシップはその実現に大きく役立つ。現状は製薬会社のテンプレートのままだが、私たちが目指しているのは消費財企業だ。目的に適したクリーンコアを設計することで、市場投入までの期間を大幅に短縮できる消費財企業へと生まれ変わる機会が得られる」と同氏は付け加えた。
その一環として、同社はプロセスマイニングツールの「SAP Signavio」を活用しており、さらなる利用拡大を計画している。「設計プロセスの一環としてSAP Signavioを活用することに期待している。SAP環境内でプロセスマイニングや評価を完結できるからだ。既存のECC環境に組み込んでプロセスの適合性を確認し、その結果に基づいて自動化を進めるか、現在の業務の一部を廃止するかといった価値の創出先を判断できる」とディクソン氏は述べた。
「プロセスマイニングはSAPファミリーの一部なので、他のツールを探す理由は見当たらない。戦略的には、非常にクリーンなパートナーエコシステムの構築を目指している。シンプルな構成が最善で、攻撃対象領域(アタックサーフェス)の削減にもつながる」と同氏は補足した。
GSKから分社化した際、Haleonは全てのシステムをクラウドへ移行する好機と捉えた。「2年間でシステムの98%を『Microsoft Azure』へ移行し、デジタル対応の基盤を整えた。これは素晴らしい成果だ。その基盤を生かしてSalesforceと提携を結び、同社のLife Sciences Cloud上で薬局向けプラットフォームを構築している」とディクソン氏は語る。
「当社はSalesforceと共同で営業担当者向けプラットフォームを構築している。薬剤師や医療従事者、歯科医といった顧客を担当する営業担当者が4500人いる。これは一般消費者向けとは異なる、当社の事業の非常に大きな部分を占めている」(ディクソン氏)
デジタル、データ、AIでの協業
Haleonの変革で戦略的な役割を果たすもう1つのベンダーがMicrosoftだ。
2026年6月、Haleonは「全社規模でデジタル、データ、AIのケイパビリティを拡大するためのMicrosoftとの5年間の協業」を発表した。この合意は、Haleonがすでに導入している「Microsoft 365 Copilot」の活用を基盤とし、AIツールのさらなる普及を後押しするものだ。
提携発表に際し、ディクソン氏は次のように述べている。「今回の協業は、グローバル戦略の実現に向けてデジタル、データ、AIを活用する上での大きな前進だ。成長の加速、生産性の向上、そして機敏で成果重視の組織文化の構築を推進できる。当社はすでに業務全体にAIを組み込んでおり、消費者インサイトやマーケティング、研究開発(R&D)、サプライチェーンといった領域で具体的な成果と効率化を達成している」
「MicrosoftのクラウドおよびAI機能と、Haleonが持つ消費者ヘルスケアの知見を組み合わせることで、AI活用の取り組みを加速させる。業務の簡素化やデータ価値の最大化、イノベーションの加速を実現し、チームがより迅速かつ賢明な意思決定を下して消費者に貢献できるようにする」(ディクソン氏)
ベンダーとの関係構築と並行して、同社は経営幹部層に対するAI教育にも力を注いでいる。
「教育が全ての基本だ」とディクソン氏は語る。「データとAIの活用に向けた取り組みの一環として、ケンブリッジ大学と共同開発したデータとAIについての講座に幹部全員を参加させている。2026年9月末までに、経営幹部トップ160人が受講を終える予定だ。世界中からリーダーが集まり、ケンブリッジで受講する2日間の集中講座であることが成功につながっていると考える。全従業員を対象にしたデータ研修プログラムも導入し、対象に応じたモジュールを提供している」(ディクソン氏)
「従業員の教育には責任を持って取り組まなければならない。そうしなければ、一部の人しかAIを適切に使いこなせないからだ。Copilotについても、多くの人はその能力を十分に引き出せていない」
「教育を実施すれば、週末に『自分が対応すべきタスクや相手からの返答待ちタスクは何か』を尋ねたり、直近の会議3件の要約を出力させたりできることに気付く。人々はその真価をまだ理解しておらず、Google検索のように質問してしまっている。それはCopilotの本来の使い方ではない」(ディクソン氏)
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