技術継承を促進したポイントは
製造業の暗黙知を形式知へ 共和電業のボトムアップ×トップダウンDX
共和電業は、ベテラン従業員の退職とノウハウの継承に備え、製造拠点に動画マニュアル作成・共有ツールを導入した。活用を促進し、現場を動かすために実行された施策は。
現場従業員が自ら選んだツールであっても、導入しただけで活用が最大化するとは限らない。取り組みを継続し、さらに広げていくには、現場が活動しやすい仕組みを整える必要がある。
ひずみゲージや計測機器を製造する共和電業は2023年頃、ベテラン従業員の定年退職という「技術継承の危機」に直面した。そこで、製造現場で長年蓄積されてきた製造の知見やノウハウをナレッジ化しようと、動画マニュアル作成・共有ツールを導入した。現場の合意形成を重ね、同社の山形、甲府の両生産拠点がそろって選んだツールだった。
導入後の取り組みは予定通り進んでいたが、共和電業はそこで満足しなかった。
動画マニュアルの作成を一部の従業員の自主的な活動にとどめず、より多くの現場で継続的に活用できる仕組みにするには何が必要なのか。同社品質保証部でDX(デジタルトランスフォーメーション)を主導した上坂直弘氏(品質・製品本部 品質保証部 製品・信頼性技術課 次長 信頼性技術チーム課長)に、当時の工夫や、成果を創出するまでの道のりを聞いた。
退職者だけが知るノウハウを形式知に
共和電業は、約1万7000機種に及ぶ製品を少量多品種で生産している。製品によっては、数年ぶりに注文を受けて製造することもある。
技術継承への危機感が強まったのは、長年にわたって製造現場を支えてきたベテラン従業員が相次いで定年を迎え始めた頃だった。数年ぶりに生産する製品について、詳しい作業方法を知る従業員が既に退職していたといったこともあった。
Microsoft Excelで作成された手順書はあったものの、最新の状態に更新されていないものもあった。ネジを締める際の繊細な力加減や工具を動かす順番など、文字や静止画では伝えきれず、個人の頭の中にしか残っていないノウハウもあった。
幸い生産ラインが完全に止まる事態には至らなかった。それでも、残された資料や関係者の記憶を頼りに、その都度「何とか乗り越える」状態だったという。
このまま退職が続けば、製品を作れなくなる恐れがある。品質維持やクレーム防止の観点からも、ベテラン従業員の知見を個人の中にとどめず、会社の資産として残す必要があった。
そこで上坂氏は、作業の一連の流れを動画で記録し、誰でも確認できる状態にすることを決めた。
現場が「自分事」として取り組める環境づくりを徹底
しかし、当時の製造現場においてDXというキーワードの認知度は低かった。本社が必要性を訴え、選定したツールを現場に配ったとしても、十分に活用されない可能性がある。そこで上坂氏が最初に重視したのは、機能や価格ではなく「現場の納得感」だ。
動画マニュアル作成・共有ツールの選定は本社や管理職だけで決めず、実際に利用する現場従業員に選んでもらうことにした。主要3社のツールを候補とし、山形と甲府の両拠点で、各ツールを1カ月ずつ利用した。合計3カ月をかけて操作性や現場との相性を検証した。
トライアル後は、管理職だけでなく現場従業員にアンケートを実施。PCの操作に苦手意識を持つ従業員からも意見を集めるため、Webだけでなく紙のアンケートも用意した。
「誰一人取りこぼさない」。上坂氏は、デジタルツールを導入するプロジェクトであっても、意見を集める手段までデジタルに限定しなかった。
その結果、山形と甲府の両拠点がそろって、スタディストの「Teachme Biz」を選んだ。示し合わせたわけではなかったが、双方から「使いやすい」「共和電業に合っている」との声が上がった。現場と足並みをそろえて選定することで、現場が「自分事」として取り組める環境を作ったのが上坂氏のポイントだ。
異なるツールを拠点ごとに導入すれば、ライセンス費用だけでなく、運用や管理、教育も複雑になる。製造品目や現場の文化が異なる2拠点の意見が一致したことも、導入を後押しした。
活動を活発化させた工夫は
Teachme Bizの本格導入後、動画マニュアルの作成は予定通り進んだ。ただし上坂氏らは、取り組みを一時的な活動に終わらせず、より多くの従業員が継続して参加できる状態にするには、もう一段の工夫が必要だと考えた。
理由の1つは、動画作成を通常業務の中でどのように位置付けるかという問題だった。
従業員には、本来担当している製造や検査の業務がある。動画撮影や編集の必要性を理解していても、繁忙時には通常業務を優先せざるを得ない。継続的に動画を増やしていくためには、担当者の自主性だけに依存せず、業務として取り組みやすい環境を整える必要があった。
工場でスマートフォンを操作することにも配慮が必要だった。事情を知らない周囲の従業員には、何のために端末を操作しているのか分かりにくい。動画マニュアル作成を会社として明確に位置付ければ、担当者も業務時間を使って取り組みやすくなる。
現場に選択権を渡したことで、導入時から主体的に取り組める土台はできていた。次に必要になったのは、その活動をより継続しやすくするための仕組みだった。
現場から生まれた「動画委員会」
取り組みをさらに活発化させるきっかけは、本社からの一方的な号令ではなく、現場から生まれた。
共和電業の山形と甲府に在籍する管理職から、「マニュアル作成を促進するための委員会を立ち上げたい」という提案が上がったのだ。
上坂氏はこの提案を採用した。IT機器への抵抗が比較的少ない若手従業員を中心に、山形と甲府のそれぞれに「動画委員会」が設置された。
個々の従業員がそれぞれ動画作成に取り組むだけでなく、相談したり、ノウハウを共有したりする中心的な役割を設けることで、活動を組織的に広げられるようにした。
「正式な業務にする」で活動を加速
さらに上坂氏らは、動画委員会の活動を会社の年間実行計画に組み込み、動画マニュアルの作成をKPI(重要業績評価指標)として設定した。KPIの設定は、現場の管理職からの提案だったという。
これによって、動画作成は従業員の自主性だけに依存する活動ではなく、業務時間を正式に使って取り組める業務として位置付けられた。
通常業務が忙しい時期でも、動画マニュアルの作成時間を確保しやすくなる。工場内でスマートフォンを操作することについても、会社として認められた活動だと周囲に説明しやすくなった。
ここで上坂氏らが取り入れたのは、現場主導を否定するトップダウンではない。現場が主体的に活動できるよう、会社側が制度面から支えるアプローチだった。
全てを現場任せにすることだけが現場主導ではない。活動時間や役割を明確にする必要があれば、会社側がその条件を整えることも重要になる。
一方で、動画の作り方や委員会の細かな運営方法まで、本社が一律に決めることはしなかった。最初から細かいルールを設けることはせず、各拠点が試行錯誤できる余地を残した。
その結果、山形で生まれた優れた運用方法を甲府が採用するなど、改善策が現場間で横展開される動きも生まれた。現場の自主性を生かしながら、会社が活動しやすい仕組みを整えたことが、活用をさらに広げることにつながった。
「仕事を奪われる」ベテランの不安にどう対応した?
活用を広げる上では、ベテラン従業員の心理面にも配慮する必要があった。動画マニュアルを作る目的は、熟練者が持つ技術や知見を組織に残すことにある。しかし、当事者にとっては、自分にしかできなかった業務を他の人もできるようにする取り組みでもある。
その結果、「ノウハウを公開すれば、自分の仕事がなくなるのではないか」――。このような不安を抱く従業員も一定数いたと上坂氏は話す。
会社としては技術継承が必要だと説明できる。だが、正論を一方的に伝えるだけでは、長年かけて技術を身に付けてきた当事者の不安は解消できない。
そこで上坂氏は、最低でも月1回、多いときには月2~3回、山形と甲府の拠点に足を運んだ。Web会議だけで済ませず、現場で直接話を聞いた。
「オンラインで伝えるのみだと、相手の意見を軽く考えているように受け取られる恐れがあると思いました。泥臭いかもしれませんが、顔を合わせて説明することで、少しずつ理解が進みました」(上坂氏)
動画作成の方法にも配慮した。ベテラン従業員にスマートフォンの操作や編集まで任せるのではなく、ベテランが普段通りに作業し、若手従業員が撮影を担当するペア体制を採用した。
ベテランは技術を実演し、若手はデジタル機器を扱う。それぞれの得意分野を生かすことで、ベテラン側の負担を抑えた。
委員会のメンバーが入れ替わる際には、動画を何本作るかだけでなく、「なぜ動画マニュアルを作るのか」を改めて説明する場も設けた。
KPIだけを追う活動にしないためには、目的を繰り返し共有する必要がある。上坂氏らは、仕組みで活動を後押しすることと、現場の納得感を保つことの両方を続けた。
部署によって異なる定着度
動画委員会の設置によって活動は進んだが、全ての部署が同じように活用できるようになったわけではない。
動画委員会のメンバーがいる部署では、撮影方法やツールの使い方について相談しやすく、マニュアル作成も進みやすい。一方、委員がいない部署では、まだ十分に浸透していないケースもあるという。
これは、導入時に一度説明すれば全社に自然と広がるわけではないことを示している。
動画作成の経験を持つ従業員が別の部署を支援する仕組みや、拠点、部署を越えてノウハウを共有する体制を整えれば、さらに活用を広げられる可能性がある。
DXツールの定着は、導入した時点で完了するものではない。組織や担当者の変化に合わせ、継続的に利用しやすい環境を整えていくことが重要になる。
年間800時間の削減という成果を創出
動画マニュアルの活用が進んだことで、作業説明にかかる時間を短縮することができた。従来は、1つの作業を説明するために約15分かかっていたが、動画の活用によって約5分になった。教える側と教わる側の双方が費やしていた時間は、年間で約800時間削減されたという。
これを金額に換算すると、年間約1000万円に相当する効果だと上坂氏は説明する。ただし、上坂氏が特に大きな成果だと考えているのは、数字では測りにくい組織内の変化だったという。
接点のなかった2拠点の交流が活発化
上坂氏によると、共和電業の山形拠点は、物理的な変化を電気信号として捉えるひずみゲージを製造している。甲府拠点は、その信号を処理する電子計測機器を生産している。両拠点の機器を組み合わせることで、1つの計測システムとして機能する。
そんな両拠点は、従来から接点を持つ機会は少なく、互いがどのような作業をしているのかを詳しく知る機会も限られていた。
しかし、動画マニュアルを作るようになった結果、各拠点の現場から「もう一方の拠点の話を聞きたい」「交流の場を設けてほしい」という声が上がった。これは、上坂氏が交流の場を設けたわけではなく、独自に発生した動きだ。
この結果、自分が担当する工程だけでなく、その製品が他の部品や機器とどのように組み合わされ、最終的に顧客へ届くのかを現場の従業員が再認識するきっかけになったという。動画委員会をきっかけに、両拠点が互いに優れた運用を取り入れ合う「両輪」が回る体制ができたと上坂氏は述懐する。
設計者に伝わらなかった「力加減」
動画による情報共有は、製造拠点間だけでなく、設計部門と現場の関係にも変化をもたらした。
ネジを締める順番や力加減、工具の動かし方といった細かなニュアンスは、静止画や文章では伝わりにくい。電話で説明を受け、写真を送ってもらっても状況を理解できず、最終的に現地へ出向くこともあったという。
しかし、動画マニュアルによって、仕様と作業工程を一連の流れとして確認できるようになった。設計部門と製造現場との間で、情報の正確性が高まり、意思疎通にかかる手間も減った。
これまで目立ちにくかった設備メンテナンスなどのノウハウも、動画によって可視化された。表に出にくいベテラン従業員の技術が、会社全体に共有されるようになったことも成果の1つだったと上坂氏は説明する。
DXの活用をさらに広げるために必要だったもの
活動を活発化させるために上坂氏らが実施したのは、現場に一層の努力を求めることではなかった。若手を中心とする動画委員会を設置し、活動時間を確保した。動画作成を年間実行計画とKPIに組み込み、正式な業務にした。一方で、具体的な運用方法は現場に委ねた。
本事例が示すのは、会社が決めるのは、現場が取り組める条件であるということだ。現場に任せるのは、その条件の中で自分たちに合った方法を考えることだ。
現場主導とトップダウンのどちらか一方を選ぶ必要はない。取り組みの段階に応じて両者を組み合わせることが、DXの活用をさらに広げる上で重要だった。
「誰一人置き去りにしない」を貫く
上坂氏が一連の取り組みで貫いたのは、現場を置き去りにしない姿勢だった。
ツール選定では、PCが苦手な従業員には紙のアンケートを用意した。ベテラン従業員が不安を訴えたときは、Web会議だけで済ませず、現地へ足を運んだ。動画撮影では、ベテラン従業員にデジタル機器の操作までは求めず、若手とのペア体制をつくった。
そして、取り組みをさらに広げる段階では、現場の自主性だけに依存せず、会社の正式な業務として活動できる仕組みを整えた。
現場の自主性を尊重しながら、時間や役割、活動の位置付けを会社側が整える。それでも不安や違和感があれば、現場との対話を続ける。こうした積み重ねが、ツールの活用を継続し、さらに活発化させることにつながった。
最後に上坂氏は、これからDXを進める当事者に、現場との合意形成を最優先すること、“押しつけ”ではなく、現場と同じ方向を向くことの重要性を強調する。
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