GPU高騰と電力不足に挑むCPUの現実解
「高すぎるGPU」を捨てAI推論をCPUへ Armが示す電力とコストの現実解
AIインフラの高騰や電力不足に悩む情シスが注目するのはGPUではなくCPUだ。空冷環境での高集積化やメインフレーム統合など、ArmがAI推論の現実解として選ばれる理由とコスト削減の勝算を明かす。
創業から30年以上が経過し、AIインフラ向けCPUの設計を発表してから半年がたった現在、Armはデータセンター市場で存在感を示す強力な競合として台頭している。企業がAIのセキュリティ、プライバシー、コストを巡る難しい判断に直面していることが背景にある。
Armは、1990年代のPCや初期の携帯電話に組み込まれるコンシューマー向け技術として事業を開始し、その後の20年間でエッジデバイスやIoT機器へと領域を広げた。2016年にソフトバンクが同社を買収し資金を注入したことで、ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)やクラウドサーバインフラへの進出を果たした。代表例が、2018年の「AWS Graviton」サーバの基盤採用だ。
その過程で、Armチップに対応する業務ソフトウェアやプログラミング言語、OSが増加することとなり、Armの低消費電力性が評価される用途での導入がさらに進んだ。NVIDIAがラック規模のAIインフラシステムにArm製CPUを採用したことも同チップの知名度を一段と高めた。
調査会社Moor Insights & Strategyの創業者兼CEOでチーフアナリストを務めるパトリック・ムーアヘッド氏は、「5年前まではIntel一強の市場だった」と振り返る。「AWSがGravitonにArmを採用したことを機に、業界全体でArm上にオープンソーススタックを構築する動きが始まった。かつては二流扱いだったものが、いまやネイティブの選択肢になった。企業は、意識しないままArmを利用しているはずだ」(ムーアヘッド氏)
ArmのAI向けCPUへの注力
この1年間で、エージェント型AIやAIインフラの活用はハイパースケーラーや先端研究機関の領域から一般企業へと広がり始めた。コストやガバナンスへの懸念からAIの推論ワークロードを自社内に戻す動きを検討する企業が増えたためだ。
IBMやRed HatなどのベンダーもAIインフラのコストを抑える手段として、軽量な言語モデルや小規模言語モデル(SLM)をCPUハードウェア上で組み合わせて実行することを提案している。さらに、クラウド環境かオンプレミスかを問わず、AI推論やエージェント型AIのワークロードでは、モデルの学習に用いられてきた高価で調達が難しく電力消費の大きいGPUよりもCPUを求める声が高まっている。
こうした市場の潮流とArmの歩みが完全に重なり合ったのが2026年3月のことだ。ArmはAIインフラ向けの「AGI CPU」を発表した。同社の公式文書では、この発表を「企業としての決定的なマイルストーン」と位置付けている。2026年8月20日の記者説明会で同社幹部が明らかにしたところによると、過去1年間でAGI CPUの基盤となる「Neoverse」プロセッサコアを15億個以上出荷し、そのうち5億個は直近の9カ月間で出荷されたという。
さらに4月には、オープンシステムとメインフレーム双方に対応するデュアル機能チップの設計についてIBMとの合意を発表した。その詳細は、米カリフォルニア州スタンフォードで2026年8月に開催されたカンファレンス「Hot Chips 2026」で公開された。
調査会社HyperFrame Researchのアナリストであるスティーブン・ソプコ氏は、こうした一連の進展について「AIの企業導入が進む中での中心的な動きだ」と指摘する。「メインフレームのサポートは、エンタープライズ市場そのものを意味している」(ソプコ氏)
注目を集めるArmとIBMのメインフレーム向けチップ計画
メインフレーム統合に向けたArmとの協業については当初、かつてIBM Zとx86プロセッサを組み合わせた試みのように課題を残す結果になるのではないかと疑問視するアナリストもいた。
計画されている新プロセッサの出荷は、IBMの次期System Zの刷新が予定される2029年まで行われない。しかし、両社から明かされた新情報は業界関係者に驚きと関心を与えた。IBMとArmの記者説明会によると、開発中のチップはSystem Zの「s390x」とArmの「Aarch64」という二つの命令セットを同一のプロセッサコア上で実行できるという。
HyperFrame Researchの創業者兼CEOであるスティーブン・ディケンズ氏は、「現在、メインフレームでサポートされているLinuxのパッケージやツールは全てs390x向けに移植する必要があり、IBMでは20人の専任チームがその作業に専従している」と説明する。「同チップが出荷されれば移植作業は不要になり、Arm上で動作するほぼ全てのソフトウェアがその命令セット上で動作するようになる」(ディケンズ氏)
「実に斬新なアプローチだ。最初に聞いたときは、2つ目のチップを搭載するのか、あるいは環境ごとに異なるファームウェアを用意するのかと考えたが、どちらでもなかった」とムーアヘッド氏は語る。「IBMとArmが成し遂げた高度な統合とエンジニアリング技術には感銘を受けた。これはx86陣営にとって手痛い打撃になると考えている」(同氏)
Armが示すAIの電力効率という強み
メインフレームへの統合は将来の展望にとどまるものの、低消費電力のエッジやモバイル環境で培われたArmの実績は、より小さな電力枠で多くのチップを高密度に実装できることを意味している。これは、AIワークロードのオンプレミス移行を検討する企業にとって重要な要素だ。
2026年8月の同社の記者説明会によると、例えば36キロワットの空冷ラックで、ArmのAGI CPUであれば1Uサーバ30台、計8160基CPUコアを収容できるという。同社が提示した資料では、同等のx86 CPUラックに収容できるのは2Uサーバ17台、計4352基CPUコアにとどまる。
x86 CPUは消費電力が何倍も大きい一方で処理能力も高いため、単純な比較は難しい面もある。また、最先端のラック規模システムの多くはGPUを搭載しており液冷を必要としている。しかし、空冷システムのままでCPUの集積密度を高められる点は、既存のオンプレミスデータセンターを活用したい企業にとってArmの強力なセールスポイントになるとソプコ氏は指摘する。
「調達担当者やCIOの立場からすれば、既存のデータセンターが空冷である場合、液冷への改修を伴う製品よりも空冷のまま利用できる製品を探すことになる」とソプコ氏は述べる。
さらに、Armの低消費電力性は、フィジカルAIやエッジAIにも適していると同氏は話す。Qualcommは、新しいデータセンター向けハードウェア「Dragonfly」とエッジコンピューティング向けハードウェア「Dragonwing」にArmチップを採用し、両環境にまたがるAIインフラの一貫性をアピールしている。
ソプコ氏は、台湾の台北で開催された「COMPUTEX」でQualcommのCEO、クリスティアーノ・アモン氏が行った講演に言及した。同氏は、Armチップを含む同一のプロセッサアーキテクチャが、エッジからデータセンターに至る多様なデバイスの基盤となり得る仕組みを解説した。
「Qualcommの同一アーキテクチャが、装着しているイヤフォンからPC、スマートフォン、自動車、上空を飛ぶドローン、そしてデータセンターに至るまで網羅される」とソプコ氏は説明する。「アモン氏が伝えたかったのは、AIエージェントがあらゆるデバイスをまたいでユーザーをサポートする、エージェント中心の世界が到来するという点だ」(ソプコ氏)
x86陣営も対抗策を講じる
ただし、企業はすでに膨大なx86ハードウェア資産を保有しており、x86に依存するレガシーソフトウェアも残っている。既存のインフラをAIワークロード向けに改修する際には、この点も考慮する必要があるとソプコ氏は指摘する。
x86の主要ベンダーであるAMDとIntelもチップの電力効率改善を進めている。エッジ領域に向けては、AMDが「Ryzen」、Intelが「Xeon 6」や「Atom」プロセッサの開発を強化している。2026年8月18日、AMDは2030年までにAIの学習および推論のラック効率を20倍に向上させるという2024年に設定した目標について大幅な進展があったと発表した。
企業は自社のワークロードに合わせて、Armとx86の性能および相対的な電力効率を個別に評価する必要があるとムーアヘッド氏は述べる。
「特定の環境では電力効率の面で明確な優位性がある。ただし、高い性能を重視したArmチップもあれば、効率性を重視したArmチップも選べるため、一概には判断できず、議論が分かれるところだ」(ムーアヘッド氏)
複雑化とメモリ不足が見通しを不透明に
それでもArmの存在感は定着しており、x86の集積密度向上によってデータセンターのフロアスペースに余裕が生まれ、多様なハードウェアを配置できるようになるだろうとソプコ氏はみている。
「新型のIntel Xeon 6+チップを採用すれば、データセンターの設置面積を従来バージョンの3分の1に抑えられる」と同氏は語る。「そこで生じるのが、空いた3分の2のスペースをどのように活用するかという問いだ」(同氏)
Informa TechTargetの調査部門Omdiaのレポートによると、最終的には多様なプロセッサが混在する環境になるとみられている。2026年4月に北米で実施された400人の回答者を対象とする調査では、76%が「プロセッサの多様性が2年前よりも重要になった」と回答した。
この調査を主導したOmdiaのアナリスト、スコット・シンクレア氏は、「企業にとってトークン効率は重要だが、オンプレミス環境の導入では利用可能な総電力に厳しい制約がある場合が多い」と説明する。「重要なのは、コスト効率を維持しながら既存の環境に適合する現実的な選択肢を提供することだ」(シンクレア氏)
企業のAIインフラ導入判断に影響を与えるもう1つの大きな要因が、世界的なメモリ不足だ。DellやNVIDIAなどのベンダーは価格引き上げの可能性を警告している。
あるアナリストは、このメモリ不足がAIワークロードのArmを含むCPUの需要をさらに押し上げると予測している。
Moor Insights & Strategyのアナリストであるマイク・レオーネ氏は、「メモリ不足は、エージェント処理をCPUへ移行させる動きを後押ししている」と分析する。「GPUに直結されたメモリが高価で入手困難な状況では、そうした高価なメモリを必要とせず、より安価なソケットで動作する選択肢が求められる」(レオーネ氏)
一方で、メモリのコスト上昇と不足によって、企業がAIインフラを当面はクラウド環境にとどめ、オンプレミスへの移行を先送りする可能性もあるとソプコ氏はみている。
「いずれはオンプレミスへの移行が進むはずであり、そうせざるを得ない」と同氏は語る。「ただ現時点では、クラウドベンダーを利用してAIワークロードを実行する方が合理的だと判断されるケースが多い。3年後にはオンプレミスでの運用が広がっているかもしれないが、現段階では多くの企業にとって移行コストが許容範囲を超えている」(ソプコ氏)
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