全ての利用者が標的になる
「WhatsApp」の暗号化は万全ではない? E2EEとマルチデバイス機能が生む死角
「WhatsApp」はデバイス間の通信を暗号化するE2EEを採用している。しかし複数デバイスの同期機能が裏目に出て、デバイスのOS特定や狙い撃ちの攻撃を許す恐れがある。どのような構造的問題があるのか。
メッセージングアプリケーション「WhatsApp」は、2016年にエンドツーエンド暗号化(E2EE:通信経路上の第三者がデータを解読できない暗号化方式)を導入し、サーバからのデータ漏えいを防ぐ仕組みを実装した。
しかし、E2EEの導入によってサーバは通信の中継器となり、悪意のあるメッセージやスパムの内容をサーバで検出、遮断することが困難になった。結果として、攻撃の矛先はサーバからデバイスへと移行している。
暗号資産ウォレット事業を手掛けるZengoのCTO(最高技術責任者)であるタル・ベリー氏は、WhatsAppが採用するマルチデバイスアーキテクチャ(スマートフォン、PC、タブレットなど複数のデバイスを連携させる仕組み)の構造的な隙を突いた新たな攻撃手法を公表した。ベリー氏によれば、E2EEと複数デバイスの同期機能が組み合わさることで、攻撃者は標的が使用するデバイスのOSを正確に特定し、特定のデバイスにピンポイントでマルウェアを配信できる状態になったという。マルチデバイスアーキテクチャの制約と、その制約を突いた具体的な攻撃アプローチを解説する。
相手のOSを特定できてしまう仕組み
本記事は、セキュリティカンファレンス「Black Hat Asia 2026」におけるベリー氏のセッション「Your Number Is Up: When 3.5 Billion Strangers Can Exploit Your WhatsApp Devices」の内容に基づいている。
WhatsAppは2021年にマルチデバイス機能を導入した。この機能のエンドツーエンド暗号化は、Signalのマルチデバイス向けセッション管理アルゴリズム「Sesame」をベースにしている。Sesameでは、エンドユーザーが所有する各デバイスを独立したエンティティとして扱い、各デバイスは独自の公開鍵と秘密鍵のペアを生成してサーバに登録する。送信者は、受信者が持つ複数のデバイスそれぞれに対して個別の通信セッションを確立し、同一のメッセージを配信する設計だ。
ベリー氏はこの設計思想の違いがもたらす課題を指摘する。各デバイスが個別の鍵とセッションを持つことで、ユーザーのデバイス情報が外部から可視化されるという点だ。攻撃者はサーバに問い合わせるだけで、標的がいくつのデバイスを登録し、いつデバイスを変更したかを把握できる。
標的のデバイス数を把握した攻撃者は次に、各デバイスのOSを特定する「フィンガープリンティング」を実施する。これは高度なサイバー攻撃において、特定OSの脆弱(ぜいじゃく)性を突くエクスプロイト(攻撃コード)を確実に届けるための重要な準備の段階だ。
WhatsAppは、モバイルデバイスとPC向け版(Android版、iOS/macOS版、Windows版)とWeb版があり、それぞれ異なる言語を用いて実装されている。このクライアントプログラムの実装の違いによって、不正な形式のメッセージを受信した際の挙動に差異が生じる。
ベリー氏の研究チームは、エンドユーザーの画面に通知されない「サイレントPing」を悪用した手法を実証した。例えば「存在しないメッセージへの反応」や「存在しないメッセージの削除リクエスト」を送信した際、iOS版は即座に受け取りの応答を返すのに対し、Android版は応答しないといった違いがある。
サーバはE2EEによってメッセージの内容に干渉できないため、これらの不正な形式のメッセージは遮断されることなくクライアントに直接到達する。攻撃者は、このような複数の確認用メッセージを送信し、応答の有無やタイムアウトの挙動を分析することで、標的のデバイスがAndroidなのか、iOSなのか、あるいはWeb版を利用していたのかを正確に判別する。
標的型マルウェアのピンポイント配信
デバイスごとのOSを特定できると、攻撃の成功率は大きく跳ね上がる。マルチデバイスというアーキテクチャにおいて、送信者は受信者の複数のデバイスに対して、必ずしも同じメッセージを送る必要はない。
ベリー氏が開発した検証ツールを用いたデモでは、受信者のWeb版WhatsAppには「イヌ」というテキストを、デスクトップ版には「オウム」というテキストを個別に送信できることが示された。この仕組みを利用すれば、Androidの脆弱(ぜいじゃく)性を突くペイロード(マルウェアの実行を可能にするプログラム)を、標的のAndroidデバイスにひも付くセッションにのみ送信し、他のデバイスには無害なダミーのメッセージを送るというピンポイント攻撃が可能になる。全てのデバイスに不審なファイルを送り付けて発覚リスクを高めるのではなく、確実に機能するデバイスだけを狙うという合理的な攻撃手段が成立する。
アーキテクチャの見直しと今後の展望
この問題の根本は、WhatsAppの「電話番号さえ知っていれば誰にでもメッセージを送れる」という初期からの仕様と、E2EEおよびマルチデバイスアーキテクチャの組み合わせにある。現状、攻撃者はWhatsAppユーザーの中から任意の相手を標的にでき、ユーザーがこれらのサイレントPingによる情報収集を完全に防ぐ設定は用意されていない。
ベリー氏は解決策として、サービス側のアーキテクチャ改修を提言している。
1つ目のアプローチは、メッセージの受信を連絡先に登録されたエンドユーザーのみに制限する「ロックダウンモード」の導入だ。これによって、面識のない第三者からの攻撃を遮断し、攻撃を受けるリスクを連絡先リスト内のエンドユーザーからのものだけに限定できる。未登録ユーザーからの通信は、画像などのリッチメディアを含まないテキストのみの「メッセージリクエスト」として隔離する。
2つ目のアプローチはより根本的で、現行のプロトコルであるSignal Sesameを別の新しいプロトコルに置き換えることだ。この方式では、送信者に対して受信側の代表となる1つのデバイス(エンティティ)のみを公開する。メッセージを受け取った代表デバイスが、エンドユーザーが所有する他のデバイスに自動で同期させる仕組みだ。これによって、送信者に対してデバイスの台数やOSの種類を完全に隠すことができる。
システムの拡大に伴い、通信の機密性を守るE2EEは不可欠なインフラとなった。しかし、その設計思想がクライアントの攻撃対象領域を拡大させる可能性がある。サービス提供者には、利用者の規模に応じたセキュリティシステムの根本的な見直しが求められている。
本稿は、Black Hatが2026年8月27日に公開した動画「Black Hat Asia 2026 | When 3.5 Billion Strangers Can Exploit Your WhatsApp Devices」を基に作成しました。
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本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。
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