1時間放置したら「詰む」 IBMセキュリティ調査で判明したAI時代のデータ防御策データ侵害の平均コストは500万ドル

AIを悪用したサイバー攻撃が増える一方、AIと自動化を防御に活用することで、データ侵害による損失を抑えられる可能性もある。企業が見直すべきポイントを整理する。

2026年08月04日 05時00分 公開
[TechTargetジャパン]

 IBM Securityの年次調査レポート「Cost of a Data Breach Report 2026」によると、データ侵害が継続することで組織に生じる損失は、1時間当たり約1100ドルに上る。対応の遅れは、月や週ではなく、時間や分単位で被害額を左右する問題になっている。

 同調査は、過去1年間にデータ侵害を経験した16カ国、17業種の約600組織を対象に実施した。セキュリティ担当者や経営幹部など、侵害の実態を直接把握する約3500人から回答を得た。

 AIを悪用したサイバー攻撃が増える一方、攻撃者と同じ速度で脅威を検知し、封じ込めるには、企業は何を見直すべきなのか。IBMのディスティングイッシュトエンジニア、ジェフ・クルム氏の解説を紹介する。

データ侵害の平均コストは500万ドルに上昇

侵害の特定と封じ込めに平均247日

 レポートによると、データ侵害1件当たりの世界平均コストは約500万ドルで、前年から12%増加した。米国では平均約1150万ドルに達し、世界平均の2倍を超えた。

 侵害の原因をコストと発生頻度の両面から分析すると、フィッシング攻撃がいずれも最多だった。コスト面ではソーシャルエンジニアリングが2番目に高く、発生頻度ではサプライチェーンに起因する問題が2番目に多かった。

 攻撃者が侵入してから組織が侵害を特定するまでにかかった期間は平均183日だった。侵害を特定してから封じ込めるまでには、さらに平均64日を要した。特定から封じ込めまでの合計は平均247日となる。

 この期間は2025年版より6日長く、過去10年間の平均とほぼ同水準だった。セキュリティ製品や監視技術が進歩しているにもかかわらず、侵害を早期に発見し、被害の拡大を止めることは依然として難しい。

 攻撃者が組織内に長くとどまれば、その間にアクセス権限を拡大し、より多くのデータを探索、窃取できる。企業にとっては、侵入を完全に防ぐ対策だけでなく、侵入後の異常を早期に検知し、封じ込める能力が重要になる。

ランサムウェア被害は34%から39%に増加

 ランサムウェアが関係するデータ侵害の割合は、2025年版の34%から、2026年版では39%に増加した。

 攻撃者はデータを暗号化するだけでなく、盗み出した従業員情報や知的財産を悪用し、企業に身代金の支払いを迫っている。情報を公開してブランドの評判を傷つけると脅したり、従業員データを金融詐欺に利用したりするなど、圧力のかけ方も多様化している。

 このため企業は、バックアップからシステムを復旧できるかどうかだけでなく、データが既に持ち出されている可能性も考慮しなければならない。盗まれたデータの種類や機密性、悪用された場合の影響を把握し、顧客や取引先、従業員への対応を含めた計画を準備する必要がある。

AIを悪用した侵害はコストが約100万ドル増加

 2026年の調査では、AIを悪用した攻撃の増加も明らかになった。生成AIを利用した攻撃は56%増加し、データ侵害を受けた組織の4分の1では、攻撃に何らかの形でAIが使われていた。

 具体的には、経営幹部や上司の声、映像を再現するディープフェイクや、AIが生成したマルウェアが使われている。攻撃者はディープフェイクを使って従業員や取引先になりすまし、送金や認証情報の提供、アクセス権限の変更などを要求できる。

 AIを使えば、自然な文章のフィッシングメールを大量に生成したり、攻撃対象に応じて内容を変更したりすることも容易になる。従来は人手と時間が必要だった攻撃の準備や実行を自動化し、より多くの組織を狙えるようになる。

 AIが関係したデータ侵害では、1件当たりのコストが平均で約100万ドル増加した。

 一方、AI関連の侵害を受けた組織の92%は、AIシステムに適切なアクセス制御を実装していなかった。侵害されたのはAIモデルそのものだけではなく、AIと接続するAPIやアプリケーション、プラグインなども含まれる。

 企業がAIを導入する際は、モデルの性能や回答精度だけでなく、周辺システムに誰がアクセスできるのか、どのデータを参照できるのか、どの権限で処理を実行できるのかを管理する必要がある。クラウド環境やAPIの設定不備も、引き続き侵害につながる要因となる。

AIと自動化で侵害コストを約200万ドル削減

 AIは攻撃者だけの武器ではない。調査では、セキュリティ対策にAIと自動化を広範に活用した組織は、データ侵害によるコストを約200万ドル削減していた。

 侵害の特定から封じ込めまでの期間も、平均で約65日短かった。攻撃者が組織内にとどまる期間を短縮できれば、窃取されるデータの量や、復旧に必要な作業、事業停止による損失を抑えられる可能性がある。

 AIは、ネットワークや端末、クラウドサービスから発生する大量のログを分析し、通常とは異なる通信や操作を検知する用途に活用できる。検知した事象の優先順位付けや、影響範囲の調査、端末の隔離といった初動対応を自動化することも可能だ。

 調査対象組織の約50%は、脅威の検知や対応を担うセキュリティオペレーションセンター(SOC)にAIエージェントを導入していた。

 ただし、フロンティアモデルと呼ばれる新しい基盤モデルを脆弱性管理に活用していた組織は18%にとどまった。AIを侵害後の検知や分析に使うだけでなく、攻撃者より先に脆弱性を見つけ、修正につなげる余地が残されている。

 企業は、AIの導入件数を増やすこと自体を目的にするのではなく、検知時間や封じ込め時間、誤検知率、対応に要する工数などの指標を定め、導入効果を評価する必要がある。

AIエージェントの「非人間ID」を管理する

 企業が見直すべき課題の一つが、AIエージェントやアプリケーション、機器などに割り当てる「非人間ID」の管理だ。

 AIエージェントがシステムやデータにアクセスし、業務を実行するには、人間の従業員と同様にIDや権限が必要になる。業務で使うAIエージェントが増えれば、それに伴って管理対象となるIDも急増する。

 非人間IDは、人間のIDに対して50倍に達するとの推計もある。特定の処理を実行するために一時的に作成され、処理が終われば不要になるIDも少なくない。

 こうしたIDを人手だけで発行、変更、削除することは難しい。管理されないIDが残れば、攻撃者に悪用されたり、AIエージェントが本来必要のないデータへアクセスしたりする恐れがある。

 企業は、AIエージェントごとに用途と責任者を明確にし、必要最小限の権限だけを付与する必要がある。利用期間を限定し、処理の終了後や長期間使われていない場合に、IDや認証情報を自動的に無効化する仕組みも求められる。

 人間の従業員と同様に、AIエージェントが「誰として」「何にアクセスし」「どのような操作をしたのか」を追跡できる監査ログを残すことも重要だ。

AIが利用する機密データを把握し、暗号化する

 調査では、侵害された機密データを暗号化していた組織は37%にとどまった。暗号化されていないデータが盗まれれば、攻撃者は内容をそのまま閲覧し、恐喝や詐欺に利用できる。

 AIの活用が広がると、これまで一部の業務システム内に閉じていたデータが、AIサービスやAPI、プラグインを通じて外部へ送信される可能性がある。企業は、機密データがどこに保存され、誰がアクセスし、どのAIサービスが利用しているのかを把握しなければならない。

 保管中のデータだけでなく、ネットワークを通じて送受信されるデータや、AIが処理している最中のデータについても、暗号化やアクセス制御を検討する必要がある。

 将来の量子コンピュータによる暗号解読も課題になる。現在は解読できない暗号化データであっても、攻撃者が保存しておき、量子コンピュータの性能が向上した後に解読する「Harvest Now, Decrypt Later」と呼ばれる攻撃が想定される。

 企業は耐量子計算機暗号への移行を検討するとともに、利用する暗号方式を将来変更しやすくする「クリプトアジリティ」を確保する必要がある。まずは、社内で使われている暗号方式や証明書、暗号鍵を棚卸しし、移行に時間がかかるシステムを把握することが出発点となる。

企業が見直すべき4つのポイント

 AIを悪用した攻撃に備えながら、AIと自動化による防御の効果を引き出すには、企業は次の4点を見直す必要がある。

 第1は、侵入を防ぐ対策だけでなく、侵害を早期に特定し、封じ込める運用を整えることだ。AIによる異常検知や調査、端末隔離などを活用し、攻撃者が組織内にとどまる時間を短縮する。

 第2は、AIモデルだけでなく、APIやプラグイン、クラウド環境を含めてアクセス制御を設計することだ。AIに接続する周辺システムを含め、認証や権限設定、利用状況を継続的に確認する必要がある。

 第3は、AIエージェントなどの非人間IDを一元的に管理することだ。必要最小限の権限を付与し、不要になったIDや認証情報を自動的に無効化する。

 第4は、機密データの保存場所と利用経路を可視化し、暗号化することだ。どのAIサービスがどのデータを利用しているのかを把握し、将来の暗号方式の変更にも備える。

 AIによって攻撃の速度が人間の対応速度を上回れば、従来の手作業中心の運用だけで侵害を防ぎ切ることは難しい。ただし、十分な管理をしないまま防御側にAIを導入すれば、新たなアクセス経路や過剰な権限を生み出す恐れもある。

 企業には、AIシステムのアクセス制御、非人間IDの管理、機密データの暗号化といった基本対策を整えた上で、防御側にもAIと自動化を組み込むことが求められる。攻撃者と同じ「機械の速度」で検知と対応を進められるかどうかが、データ侵害による損失を左右する。

本稿は、AI Engineerが2026年7月29日に公開した動画「2026 Cost of a Data Breach Report:AI Is Changing Cybersecurity」を基に作成しました。

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