レガシー基幹システムをSAPに統合 山善が突き止めた「標準化と個別最適」の境界線30年超のスクラッチシステムを移行

自社開発で長年使ってきた基幹システムの移行、統合は大変な作業だ。山善は、3事業で30年以上個別運用してきた基幹システムのSAP移行を完了した。移行過程で、同社はどのような課題に直面し、どう解決したのか。

2026年08月21日 05時00分 公開
[TechTargetジャパン]

 専門商社の山善は、30年以上にわたり3つの事業部門(生産財、住建、家庭機器)で個別にスクラッチシステムを開発、運用してきた。

 長年のアドオンやカスタマイズの積み重ねでシステムは複雑化し、全体像の把握や改修が難しくなるなど、DX(デジタルトランスフォーメーション)やデータ活用を進める上での足かせになっていた。

 そこで山善は、3事業で個別運用してきた基幹システムを一括ではなく「2段階」でSAPへ移行した。

 しかし、第1段階では「Fit to Standard」を徹底しすぎて現場が混乱し、計画の見直しを迫られた。山善はこの失敗を第2段階でどう生かしたのか。長期化したレガシー刷新を進めるためのロードマップを追う。

「一括刷新」ではなく2段階で移行 その理由は

 山善は工作機械や産業機器、機械工具などの「生産財」に加え、住宅設備機器や家具、家電などの「消費財」を扱う専門商社だ。事業拡大に伴い、生産財事業、住建事業、家庭機器事業でそれぞれ異なる基幹システムを利用してきた。

 これらは30年以上にわたり、各事業の要望に合わせて独自開発を続けてきたスクラッチシステムだった。長年のアドオンやカスタマイズによって複雑化し、システムの全体像を把握することさえ難しくなっていた。

 一部を改修すると、連携する会計システムにトラブルが発生することもあった。さらに、事業ごとに異なるシステムが複雑に連携していたため、データ連携時の障害やデータの不整合、情報のリアルタイム性の欠如といった問題も抱えていた。

 一方、山善は、グローバルビジネスや直販、ネットビジネスの拡大を進めている。そのような中、こうしたレガシーシステムはDXやデータ活用を阻む要因になりつつあった。そこで2018年、同社はデータの一元化と業務プロセスの統合を目的とする「Nextageプロジェクト」を立ち上げた。

 新たなERPとして採用したのが「SAP S/4HANA Cloud Private Edition」(現SAP Cloud ERP Private、以下SAP)だ。山善が評価したのは、海外15の国と地域にサービス拠点を展開しており、多言語、多通貨、各国の商習慣に対応できる点だ。

 コスト面では、SAPの導入費だけでなく、既存システムを今後10年間維持、改修し続ける費用も含めて山善は比較した。その結果、両者に大きな差はなく、同程度のコストでデータや業務プロセスの統合まで実現できるSAPへの刷新を選んだ。クラウド化によって災害時のバックアップ環境を整えやすくなり、BCPを強化できる点も評価した。

 ただし山善は、3つの基幹システムを一度に置き換える方法は採らなかった。

 プロジェクト開始後、最初の半年間をPoC(概念実証)やシステム構想の策定に充てた。その上で、情報システム部の要員や移行リスクを考慮し、まず老朽化が特に進んでいた生産財領域を刷新し、そこで得た知見を残る2事業に展開する方針を決めた。

ステップ1で直面した「標準化し過ぎ」の壁

 ステップ1では、生産財領域にSAPを導入し、2022年8月に本稼働した。

 山善が重視したのが、SAPの標準機能に業務を合わせる「Fit to Standard」だ。既存システムがブラックボックス化した背景には、30年以上にわたり現場の要望に応じてカスタマイズを積み重ねてきたことがある。

 新しいERPでも同じことを繰り返せば、将来再び複雑化しかねない。そこで山善は、独自アドオンを極力増やさず、標準機能を優先する方針を採った。ところが、アドオンを認める審査を厳格にし過ぎたことで、現場との間にずれが生じた。

 山善は、顧客の細かな要望に応えることで競争力を培ってきた。標準化を優先しすぎれば、こうした強みまで失うのではないかという懸念が現場から上がった。

 そこで途中からアドオンの扱いを柔軟にしたが、今度は当初想定以上にアドオンが膨らみ、計画全体の見直しを余儀なくされた。

 ここで山善が直面したのは、「標準化か、個別最適か」という単純な二者択一ではない。どの業務を標準機能に合わせられるのか。どの業務は事業競争力に直結するため残すべきなのか。その境界を見極めることが、基幹刷新の重要な論点になった。

ステップ2では「譲れない要件」を先に決める

 ステップ1の経験を受け、山善は、住建事業と家庭機器事業を対象とするステップ2で進め方を変えた。

 Fit to Standardという基本方針は維持しつつ、各事業が「これだけは絶対に譲れない」と考える業務要件を事前に明確化した。その上で、標準機能に合わせて変更できる業務と、事業の競争力を維持するために残す業務を切り分けた。

 この判断を支えたのが、ステップ1で蓄積した情報システム部の経験だった。

 ステップ1を通じて、社内エンジニアはSAPの仕組みや標準機能への理解を深めた。そのため「これまでのやり方を変えたくない」という現場の声に対しても、単純に標準化を求めるのではなく、その業務が何を目的としているのかを確認した上で、標準機能を使った代替策を提案できるようになった。

 ステップ1で先行稼働した生産財領域の保守や、プロジェクト期間中に発生したSAP S/4HANA Cloud Private Editionのバージョンアップにも、ステップ1を経験したエンジニアが主体となって対応した。

 その結果、ステップ2ではアドオン数と開発工数を想定の範囲内に収めることができた。住建、家庭機器の刷新と生産財領域との統合を進め、2026年1月にプロジェクト全体を完了した。

 2段階移行の狙いは、作業量を単純に分散することだけではなかった。第1段階で得た失敗や判断基準、人材の経験を、第2段階へ引き継ぐことに意味があった。

「3 in 1」で3事業を1つの基幹システムへ

 Nextageプロジェクトの結果、山善では生産財、住建、家庭機器という3事業が1つの基幹システムを利用する「3 in 1」の全社共通基盤を完成させることができた。

 SAPには、財務会計、管理会計、販売管理、在庫管理、購買管理、プロジェクト管理といったコア業務を集約した。一方、それぞれの事業の強みや競争力に直結する固有機能は周辺システムとして残した。全てを統一するのではなく、共通化すべき領域と事業固有で維持する領域を分離した形だ。

 この共通化は物流にも効果をもたらした。従来は事業部門ごとに基幹システムと物流システムをつなぐインタフェースが異なっていたが、基幹システムを統一したことで、事業ごとの差異が障壁になりにくくなった。新たな物流拠点を立ち上げる際にも、基幹システムそのものを改修する必要がなくなったという。

ERP刷新と並行して「使えるデータ」を整える

 山善はERPの統合だけでなく、刷新後のデータ活用も並行して準備していた。2023年には独自のデータ分析基盤「YDP」(YAMAZEN Data Platform)を構築。SAPの基幹データに加え、SFAや各種サブシステムのデータを集約し、SAPとはリアルタイムに連携できる。

 営業担当者やマネジメント層は、YDPに蓄積したデータをBIツールで分析、可視化できるようになった。山善では「データは見るためのものではなく、稼ぐためのもの」を合言葉に、在庫分析や営業活動と売り上げの相関分析などに活用している。基幹システムとデータ基盤の双方を整備したことで、全社横断で同じ尺度から分析し、3事業のデータを経営判断や営業活動に生かす土台を構築した。

2段階移行で「情シスの経験値」も引き継ぐ

 2段階移行の効果は、システム面だけに表れたわけではない。

 ステップ1で発生した苦労を経て、社内エンジニアがSAPの知識を身に付け、ステップ2では導入パートナーに任せ切るのではなく、対等な立場で解決策を検討できるようになった。

 ERPは本稼働して終わりではない。バージョンアップや業務変更への対応を継続する必要がある。自社にシステムを理解する人材が残らなければ、刷新後もベンダー依存が続く可能性がある。

 山善の場合は、先行領域を経験した人材を次の移行や運用にも投入することで、システムだけでなく運用能力も段階的に移行した。

 業務部門にも変化が生まれたという。従来の業務をそのままシステムに再現するのではなく、「業務プロセス自体をシンプルにできないか」と考える意識が現場のリーダー層にも広がり始めた。

 さらに、基幹システム統合やノーコード開発に関心を持った若手エンジニアがキャリア採用で加わるなど、DX人材の確保にもつながった。

30年後に同じ問題を繰り返さないために

 レガシーシステムから脱却しても、新しいERPにアドオンや独自開発を積み重ねれば、再びブラックボックス化する可能性がある。

 そこで山善が今後進めるのが「クリーンコア」だ。SAPの標準機能を最大限活用し、基幹部分の独自開発を増やしすぎない状態を維持する。

 これにより、SAPのバージョンアップに追随しやすくし、保守性の向上や運用コストの削減、新しいテクノロジーの迅速な利用につなげる。

 国内3事業の統合を終えた山善は、海外拠点のシステムもSAPへ統合する計画だ。さらに、エンタープライズアーキテクチャの観点から、SAPだけでなく周辺システムを含めたIT資産全体の最適化も進める。

ロードマップの先にAI活用を置く

 山善は、中期経営計画で掲げる「デジタル融合戦略」の一環としてAI活用も進める。ただし、基幹システムを刷新しただけでは、AIに使えるデータが自動的にそろうわけではないと考えているという。

 そこでBPM(ビジネスプロセスマネジメント)ツール「SAP Signavio」を利用し、標準的な業務プロセスから生成されたデータと、例外的なプロセスから生じたデータを識別する。業務プロセス自体を改善しながら、AIで利用するデータの「純度」を高める狙いだ。

 将来的にはSAPのAI関連機能も活用し、AIエージェントによる業務効率化にも取り組む。

 山善の事例から見えるのは、30年モノのレガシー脱却では、「新しいERPを何にするか」と同じくらい「どの順番で移行するか」が重要だということだ。先行領域で実際に移行を経験し、標準化と個別要件の境界を見極め、その知見を人材ごと次の段階へ引き継ぐ。2段階移行は、大規模刷新のリスクを分散すると同時に、次の移行を成功させるための学習プロセスとして機能した。

本稿は、SAPが2026年8月18日に公開した80年の歴史を持つ専門商社の山善。個別最適化した基幹システムを SAP Cloud ERP Private で統合し、3つの事業が同居する「3 in 1」のデータドリブン経営基盤を確立を基に作成しました。

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