オーディオメーカーのVictrolaは、SAP ECCからSAP Cloud ERPへ移行した。約6カ月で基幹システムを刷新し、損益レポートの作成時間を4時間から10〜15分に短縮した。成功を支えた4つのポイントを紹介する。
アナログレコードの人気が再び高まっている。2025年には、レコードの売上高が今世紀に入って初めて10億ドルを超えたという報道もある。こうした中、レコードプレーヤーやオーディオ製品を手掛けるVictrolaは、4つのポイントに留意して基幹システムを刷新した。
同社は、従来利用していた「SAP ERP Central Component」(SAP ECC)から「SAP Cloud ERP」へ移行。財務関連業務を250時間以上削減したほか、損益レポートの作成時間を4時間から10〜15分に短縮したという。SAP移行を成功に導いた4つのポイントを紹介する。
Victrolaは1906年創業のオーディオメーカーだ。レコードプレーヤーをはじめとするオーディオ製品を世界で展開している。
同社は販売、流通チャネルを拡大する中で、既存ERPの限界に直面していた。SAP ECCは安定して稼働し、長年にわたって事業を支えてきたものの、今後の成長に必要な拡張性や柔軟性が不足しつつあった。
Victrolaでデジタル戦略担当シニアバイスプレジデントを務めるアダム・シュナイダー氏によると、ERP刷新の目的は、既存業務を維持するだけではなかった。新しい取り組みや事業の変化を支えられる基盤を構築する必要があったという。
「Victrolaの創造性を後押しするシステムが必要だった」。シュナイダー氏はこう話す。その条件に合致したのが、パブリッククラウド型のSAP Cloud ERPだった。そこでVictrolaでは、4つのポイントに留意してSAP移行を進めた。
Victrolaは今回のプロジェクトを、単なるシステムの更新ではなく、クラウドを前提とした業務やシステムの再設計と位置付けた。
同社には、変化に積極的に取り組むため「Let’s go」の合言葉を掛ける文化があるという。会議ではメンバー同士が拳を合わせ、新しい取り組みへの意欲を共有する。こうした文化を生かしながら、プロジェクトチームはERP刷新を進めた。
一方、変革への勢いだけに頼ったわけではない。特に重視したのがチェンジマネジメントだ。プロジェクトチームは、クラウドへ移行する理由と、移行によって得られる効果を社内に説明した。
シュナイダー氏は、単に新システムの使い方を伝えるのではなく、「なぜ変えるのか」を明確にしたことが、従業員の意識を変える上で大きな効果を発揮したと説明する。従業員は次第に新しいシステムへの期待を持つようになったという。
ERP刷新に当たり、経営層からは事業への影響を懸念する声も上がった。特にVictrolaにとって第4四半期(10〜12月)は販売のピークに当たるため、新システムへの移行によって受注や物流、財務業務に混乱が生じるとの懸念があった。
SAP移行を推進するプロジェクトチームはこうした懸念に対応するため、ERP刷新をIT部門だけのプロジェクトにせず、事業部門が主導する取り組みとした。シュナイダー氏によると、結果的に経営層の約75%がプロジェクトに参加したという。
経営層を早い段階から巻き込み、意思決定や業務設計に参加してもらうことで、新システムへの理解と合意を形成した。
システムの安定性に対する社内の信頼を高めるため、SAP Cloud ERPに精通した外部パートナーの選定にも力を入れた。
Victrolaが求めたのは、SAPのパブリッククラウドに関する技術知識だけではない。同社の企業文化になじめることも条件だった。こうした要件を満たすパートナーとして、ITサービス企業のReplyを選定した。
「プロジェクトを進めながら、担当者がシステムについて学ぶ余裕はありませんでした」――。シュナイダー氏によると、Replyは、パブリッククラウドに関する深いビジネス知識とノウハウを持ち、速やかにプロジェクトをリードできる確かな実力を備えていたという。さらに、Victrola特有の雰囲気になじめる柔軟性も持ち合わせていたという。
SAP Cloud ERPの導入対象には、受注、入金業務、財務業務、大規模な倉庫業務が含まれた。
そこで実装時期として、販売が集中する第4四半期を避け、プロジェクトメンバーや現場へ過度な負担が発生しないように配慮した。プロジェクト全体に要した期間は約6カ月だった。
シュナイダー氏によると、新システムの稼働後、現場は一度で新システムに適応できたわけではないという。最初の1カ月でユーザーの信頼感を醸成し、稼働開始から約4カ月後には、細かな調整を続けながらも業務を平常化させたという。
Victrolaは、既存システムから過去の履歴データを移行しなかった。組織構造やデータ管理方法が変化していたことに加え、ECCを引き継がず新しくSAP S/4HANA Cloudを構築する、「グリーンフィールド型」のアプローチを採用したためだ。
過去データをそのまま移行すれば、旧システムの複雑なデータ構造や運用上の問題まで引き継ぐ可能性がある。同社はデータ移行を限定することで、こうした技術的負債や複雑性の処理を回避した。
既存システムに施していた独自のカスタマイズについても、SAPの標準的な業務プロセスを実機で確認し、自社業務との違いや追加開発の必要性を検討する「Fit-to-Standard」のワークショップを実施した。その結果、業務を標準機能に合わせることで、カスタマイズの大部分を廃止した。
SAP Cloud ERPの導入後、Victrolaではデータの正確性に対する信頼が高まり、レポート作成の柔軟性も向上した。
特に大きな効果が表れたのが財務業務だ。従来、損益レポートの作成には4時間かかっていたが、新システムでは10〜15分に短縮した。
決算処理も迅速になり、利益率の分析もしやすくなった。経営判断に必要な情報を早く把握できるようになったことで、事業環境の変化に対応しやすくなったという。
Victrolaは、データや取引の仕組みを再設計した結果、財務関連業務を合計で250時間以上削減した。
「データを以前より信頼できるようになりました。それは、システム環境や事業基盤を根本から見直したためです」とシュナイダー氏は話す。
SAP Cloud ERPへの移行は、現在の業務を効率化するだけでなく、今後のAI活用に向けた基盤整備にもつながった。
従来のシステム環境では、新しいAI戦略を適用することに不安があったという。現在は、SAPが継続的に支援、更新するクラウド環境を利用しているため、最新のシステムを前提にAI活用を検討できるようになった。
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