SAP移行で「ERP崩壊」 小売業の1900億円赤字が示す「ベンダー任せ」の限界親会社離脱のIT刷新で1900億円の損失

大手スーパーのアズダは親会社からの独立に伴うIT刷新を断行したが、1900億円もの巨額赤字を計上した。専門組織を構築して挑んだSAP移行の裏で何が起きたのか。経営リスクとしてのIT管理の重要性を解き明かす。

2026年07月08日 05時00分 公開
[Cliff SaranTechTarget]

 英国の大手スーパーマーケットチェーンAsdaは、大規模な基幹システム刷新プロジェクト「Project Future」を実施した。その結果、店舗の商品補充やオンライン販売に深刻な混乱が生じた。この影響などにより、2025年12月期には約10億ポンド(約1900億円以上)の税引き前損失を計上し、そのうち2億8420万ポンド(約550億円)をプロジェクト関連の非基礎的費用として処理した。また、2025年末までのプロジェクトに伴う累計キャッシュ流出は12億2400万ポンド(約2400億円)に達した。

大規模なシステム刷新で何が起きたのか

 Project Futureは、Asdaが米大手小売チェーンWalmartから独立するために進めた、IT基盤の全面的な刷新プロジェクトである。Walmartが提供していた従来のIT環境から離れ、自社専用の独立した環境へ移行することが目的だった。

 同社は2021年、将来のIT基盤の中核としてMicrosoft Azure上で動作する「RISE with SAP S/4HANA」の採用を発表。商務、調達、サプライチェーン、物流、店舗運営などを一体的に管理する計画を立てた。プロジェクトにはこれだけでなく、データ統合を担う「SAP Business Technology Platform」、購買・調達ツールの「SAP Ariba」、そしてAIを活用してオンライン購入から配送までを最適化する注文管理システム「Blue Yonder」も組み込まれていた。

 つまり、単一の基幹システムを置き換えるだけでなく、ERP、調達、注文管理、物流、ECといった複数のシステムと業務を広範囲かつ同時に刷新する、極めて大規模な事業変革だった。こうしたマルチベンダーの複雑な環境では、個々の製品が正常に動作していても、システム間のデータ連携や業務プロセスの接続部分で問題が生じ、1つの不具合が複数の業務へ連鎖しやすいリスクをはらんでいた。

移行直後に発生したシステム不安定化と販売機会の損失

 Asdaが2026年6月に公開した決算報告書によると、同社は2025年第3四半期(7〜9月)、大型店舗と配送センターを支えるシステムのSAPへの移行を完了し、スタンドアロン環境での運用を開始した。しかし、移行直後からシステムは想定以上に不安定な状態に陥った。

 最も大きな影響を受けたのが商品の補充プロセスだった。システムの不具合によって配送や補充が滞り、店舗の棚に商品が並ばない「欠品」が発生。オンライン販売でも、在庫情報や注文、配送に関わる一連の業務が影響を受け、顧客体験が悪化した。結果として、店舗とECの双方で重大な販売機会の損失へと発展した。

 主要なシステムは2025年第3四半期から第4四半期にかけてようやく安定化し、技術的な重大インシデントは同年11月までに同社が「持続可能なレベル」とする水準まで減少した。ただし、全てが解決したわけではなく、ECサイトの最適化作業などは2026年に入っても継続されることとなった。

経営を直撃した巨額の赤字とプロジェクト費用

 このシステムの混乱は、Asdaの経営に直接的な打撃を与えた。同年度に計上された非基礎的費用2億8420万ポンド(約550億円)は、プロジェクト全体の総予算ではなく、このトラブルによって店舗や配送センターで発生した一時的な在庫損失(廃棄やデータ不整合)や、補充プロセスの混乱に伴う追加の運営コストである。

 一方で、プロジェクト開始から2025年末までに同社から流出した「累計キャッシュ」は12億2400万ポンド(約2400億円)に達している。その内訳は、資本的支出(設備投資など)が1億6800万ポンド、営業関連のキャッシュ流出が10億5600万ポンドとなっており、単年度の費用報告とは異なる長期的な投資・運営の重みが浮き彫りになっている。商品を適切に提供できず競合への顧客流出を招いたこと、また在庫不整合による余剰在庫や緊急配送の発生などが、最終的に約10億ポンドという巨額の税引き前損失につながった。

専門家集団でも防げなかった「外部依存」のわなと社内体制の重要性

 Asdaは本プロジェクトを自社だけで進めていたわけではない。SAPやBlue Yonderといった大手ITベンダーをはじめ、移行ルートの支援を行うResulting ITとも協力。さらに、新システムを長期安定運用し、障害発生時に専門家へ迅速にアクセスできるよう、外部企業の協力を得て「SAPセンター・オブ・エクセレンス(CoE)」まで設立していた。それにもかかわらず、稼働後の大混乱を防ぐことはできなかった。

 コンサルティング会社Oxford8のダミアン・フェシー氏は、原因の仮説として「WalmartのSAP環境からの分離」と「SAP自体の最新バージョンへの更新」という2つの難度の高いビッグプロジェクトを並行して実施したことが、移行リスクを致命的に高めた可能性を挙げている。

 Asdaは2025年度の報告書で、主要システムのクラウド(SaaS)化が進むほど、複数のITサプライヤーへの依存度が高まり、ベンダーコントロールや責任分担の管理がより重要になると指摘している。外部に任せきりにすると、障害時に原因の切り分けができず復旧が遅れるリスクがある。

 この苦い教訓を経て、Asdaは現在、外部ベンダーに依存するだけでなく、社内のテクノロジーチームのスキル強化や内部インフラのアップグレードに投資し、自社主導でシステムの回復力(レジリエンス)を高める方針へと舵を切っている。基幹システムの刷新は単なるIT製品の導入ではない。一歩間違えれば営業を止め、売り上げや利益、顧客の信頼を一瞬で失う「最大の経営リスク」になり得ることを、本事例は強く示している。

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